第28話 思わぬ証拠

 朝になった。障子で和らいだ日光にすっきりと目が覚める。

 隣にはすぅすぅと寝息を立てる夜宮がいる。小指はまだ繋がったままだった。


 他人の家だけど、すっきりと眠れた気がする。


「ん……ぅ……しゅう、くん?」


 少しして、夜宮が細く目を開けて呟いた。廊下から足音が聞こえてくる。三鳩さんか、他の使用人さんか。

 いずれにしても、そろそろ起きる時間だ。


「おはよう。夜宮」


 そう言うと、夜宮はまだ眠たげな目のまま頬を緩めた。


「……おはようございます……」



 ◇



 朝食もいただいて、準備をして、三鳩さんの車で学校へ向かう。


「すぅ……すぅ……」


 ……けど、夜宮がまだ寝てる。

 車の中。俺の肩の上に頭を乗せて、寝息が聞こえる。


「……三鳩さん、夜宮って朝弱いんですか?」

「いえ、そんなことはないはずですが……」


 運転する三鳩さんは普段通りの澄まし顔だ。

 赤信号で車が止まり、ちらっと後部座席にいる俺たちに視線を向けてくる。


「なるほど」


 何か得心が言ったように頷かれる。


「まぁ……しばらくはそのままでいいのではないでしょうか」

「そ、そうですか……」


 たしかに、眠い人を寝かせておいてあげたいという気持ちはある。でも夜宮はそんなに朝に弱いイメージは無かった。お弁当とかも作ってきてくれていたし。朝に会っても、いつもきっちりとしている。


 やっぱり、久々に本家に行ったから疲れたんだろうか。

 夜もテスト勉強をしていたわけだし……。


「ふふ……」


 そんなことを考えていたら小さく笑う声が聞こえた。

 何か面白い夢を見ているのかと思ってちらっと夜宮を見たら、うっすらと開けている目とぱっちりかちあった。


「あ……」


 悪戯が見つかった子供のような笑みを浮かべる。


「見つかっちゃいました」

「……おはよう?」

「はい、おはようございます」


 三鳩さんがくすっと笑っている。


 ……寝たふりだったか。



 ◇



 昨日の質問の後くらいから、夜宮との距離はまた元に戻った気はする。

 いや、ちょっとだけ前よりも近いかもしれない。前までだったら、こんな風に悪戯をされることは無かったはずだ。


 悪戯はたぶん、甘えていることの裏返しなのだと思う。夜宮が甘えたい年頃のとき、甘えさせてくれる家族はいなかった。今それが出ていてもおかしくない。


「ではお二人ともいってらっしゃいませ」

「はい。行ってきます」

「ありがとうございました、三鳩さん」


 車を降りて夜宮と別れた。念のためにずらして教室に入るのだ。


 少し待ってから教室に入る。

 俺の席の後ろで喋っていた夜宮と、そして皆森が挨拶をしてきた。


「おはようございます、柊くん」

「おはよー榎並くん。……ん?」


 皆森がなぜか俺を見て急に首を傾げた。


「おはよう。……どうした、皆森」

「えー、あー、……後で聞くね」


 なんだか煮え切らない返事をされる。なんだなんだ。


「それより、二人とも仲直りしたんだ」

「……もしかして何か変わった?」

「雰囲気が変わったのはわかるよ。日奈ちゃん、昨日までは目逸らしてたもんね?」

「あ……あれは、えっと……若気の至りというか」

「そっかー!」


 恥ずかしそうに目を逸らす夜宮に皆森が抱き着いた。皆森はスキンシップが多いから、こういう風に絡んでいる場面をたまに見る。夜宮もちょっと照れてはいるが、嫌そうではない。


 こういう友だちができたのはいいことだなと思う。


「もし榎並くんに嫌気がさしても私がいるからね!」


 ……ありがたいことではある。けど本当に嫌気さされたら嫌だな。


「そういえば榎並くん、昨日は大丈夫だった?」

「え。……ああ、そうか」


 そういえば俺が夜宮の本家に呼ばれた時、その場には皆森もいた。気になるのは当然だ。


「夜宮のおばあさんとちょっと喋ったくらいか。いい人だったよ」

「へー、そうなんだ。けっこう切迫した感じだったから心配してたんだよ。……二人ともRINE返さないし」

「……え」

「……あっ」


 夜宮と一緒に目を丸くする。

 そういえば昨日は色々あったせいでスマートフォンを見ていなかった。


『おーい』

『無事ー?』

『生きてるー?』


 慌ててアプリを開くと、皆森からのメッセージが飛んできている。あと『おーい』と呼びかけてるスタンプが連打されてる。連打するなよ。


「す、すみません。紗良さん」

「ごめん。見てなかった」

「まぁいいよ。学校来なかったら流石に心配したけど、今ここで顔見れてるし」


 皆森は流してくれているが、一歩間違えたらけっこう怪しい場面だ。

 夜宮と俺が急に学校を抜け出して、しかも二人とも朝まで連絡が取れないとか。


 ……メッセージはこまめに見ないと。


「じゃあ、特に変なことはなかったんだ?」

「……ああ、特には」


 夜宮に覆いかぶさられたシーンが一瞬よぎったけど、あれは事故だ。変なことではない。


「ふーん……」


 皆森がびみょーな視線を向けてくる。


「……まぁ榎並くんだし無いか……」


 小さい声で何か言っている。しかも聞こえるように言われてる気がする。

 それは安心していいのか? 悲しむべきなのか?

 夜宮は抱き着かれたままきょとんとしていた。


 そんな俺たちを見て、皆森が身を乗り出して小声で言ってくる。


「でも二人とも、今日はちょっと距離を置いてた方がいいかも」

「どうしてですか……?」

「えーと……やっぱわかってないよね……」


 皆森が目線をうろうろさせながら、躊躇いがちに囁いた。


「あの……二人とも、同じシャンプーの匂いがするから……」

「え」


 声に詰まる。

 た、たしかに、それはちょっと離れていた方がいいかもしれない。

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