第3話

 やがて二人の視界に、やや古びた感じの白い建物と広い運動場が入ってきた。


「あ、ここって俺たちの通ってた小学校じゃねえか」

「ああ、そうだね」

「俺たちのクラスが入っていたプレハブ小屋は、もう無くなってるな。あの頃は子どもが多くてさ、狭いプレハブ小屋の教室にぶちこまれたんだよなあ」

「プレハブかあ。夏は暑いし、冬は寒いし、全然快適じゃなかったもんね」

「さすがの俺も耐えかねて、センセに鉄拳ぶちかましたんだよ。こんな所で勉強なんかできるかよってね」

「あの時先生が本気で怒っちゃって、弘樹のこと思い切りぶん殴ったよね。だから僕、見るに見かねて一緒に謝ったんだよ」

「そうそう、思い出したわ! 恭平ちゃん、鼻血まみれになった俺と一緒に頭下げてくれたよな」


 そう言うと、弘樹は申し訳なさそうな表情で頭をかいた。

 やがて二人は薄灯りのともる校庭にたどり着くと、弘樹は何かを見つけたのか、突然猛ダッシュで校庭の真ん中を突っ切るように走っていった。


「おい、どこに行くんだよ! 今も昔も変わらず、落ち着きのない奴だなあ」


 弘樹は校庭の隅に置かれた雲梯の手前で立ち止まると、思い切り手を伸ばし、猿のように器用に腕を動かしながら雲梯を渡っていった。やがて渡り終えると、高い所から一気に地面に飛び降りた。


「いてえな、ちっくしょう! 」


 どうやら、飛び降りる時に勢い余って腰から先に着地したようだ。


「弘樹! 大丈夫か? 」

「バーカ、この位でケガしてたまるかよ」


 弘樹は腰の辺りをさすりながらも、笑いながらゆっくりと立ち上がった。


「恭平ちゃんもやってみろよ」

「無理だよ。あの時だってクラスでただ一人出来なかったの知ってるだろ? 」

「だからあの時、俺が徹底的に特訓しただろ? 卒業する時には出来るようになったじゃないか」


 恭平は弘樹に促されるままに、両手を伸ばして雲梯の棒につかまった。しかし、そこから先に手が動かない。辛うじて手を伸ばすと、今度は全身のバランスを崩してしまい、棒から手が離れてしまった。


「あーあ、ダメか。俺と一緒にあんなに練習したのに」

「べ、別にいいだろ? 雲梯ができなくても何とかここまで生きて来れたんだ」

「でもさ、運動音痴は女の子にはモテねえぞ。それでよく結婚できたよな? 」

「……まあ、僕の場合はたまたま良い縁があったのかもね」

「ふーん。俺はモテたけど、何故か縁には恵まれなかったな……」


 弘樹はそう言って苦笑いすると、たばこを取り出し、煙を大きく吸い込んだ。


「どうしたんだよ? 急にしんみりしちゃって」

「バ、バカ言うな、何でもねえよ……久しぶりに体を動かして喉が乾いたから、早く飲みに行こうぜ」


 弘樹はたばこを地面に投げ捨てると、背中を丸めながら再び歩きだした。しばらく歩くと、ネオンがきらびやかな駅前の繁華街にたどり着いた。すれ違う人と肩がぶつかりそうな位狭い通りに、スナックやキャバクラが所狭しと立ち並び、着飾った女性やスーツ姿の男性が通りすがる人達に片っ端から声を掛けていた。

 肩で風を切るかのように、ポケットに手を入れて堂々と歩く弘樹をよそに、恭平はどこに連れていかれるのか不安なままだった。

 その時、恭平のポケットから強い震動と共に、けたたましく着信音が鳴り響きだした。恭平は慌ててポケットに手を突っ込み、スマートフォンを耳に押し当てた。


「もしもし……」

「あっ、恭平さん? 美沙希だよ、やっと電話がつながったね」

「ごめん。電車が遅れちゃってね……」

「それよりもさ、さっきおまわりさんが家に来たのよ」

「おまわりさん?」

「こないだ、暴力団の幹部が撲殺された事件があったでしょ? その時の犯人がこの辺りをうろついているかもしれないんだって」

「はあ? どうして? 」

「『外には絶対に出ないでください』って言ってたわよ。それと、『もしその人に声を掛けられたら、相手にしないで警察に電話して』だって」

「ふーん、犯人はどういう特徴があるって言ってた?」

「えーと、顔と服装は……」


 その時、弘樹が突然真正面からあごを突き出し、通話中の恭平を鋭い眼光で睨みつけた。


「おいコラ、誰と電話してんだよ」

「か、家族だけど……」

「そんなの後で電話しろよ。もう店に着いたぞ。お姉さんたちがお待ちかねだ。早く入れよ」

「ごめん……」


 一番確認すべき所を確認できないまま、恭平は通話を打ち切り、弘樹に連れられて通り沿いの小さな店に入った。

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