第2話
「本当に、弘樹なのか……? 」
「本物だよ。昔のクラスメイトに聞きまくって、ここにいることを突き止めたんだ」
名前を聞いた瞬間、恭平は驚きのあまり持っていたかばんを地面に落としてしまった。男の目元には深い皺が出来ていて、サングラスを外しても最初は誰だか分からなかったが、落ち着いて顔を注視しているうちに、紛れもなく小中学校で一緒だった紺野弘樹であることを確信した。
恭平は弘樹と誕生日が一日違いであり、出席番号は小学校から中学校までずっと隣同士だった。弘樹ならば、恭平の誕生日を知っていてもおかしくなかった。
「弘樹、今日はどうしてここに? 」
恭平はまだ信じられない様子で弘樹を見ていたが、そんな恭平を弘樹は呆れ顔で見ながらたばこを口にした。
「どうしてって、約束を果たしに来たんだよ」
「約束? 僕は弘樹と約束をした覚えなんかないけど? そもそも僕たちは、中学卒業以来ずっと会ってなかったじゃないか」
「お前、本当に忘れたのか? 薄情な奴だなあ」
「だ、だって本当に知らないよ。いつ、どこで約束したんだ? 」
「いつって、三十五年前だよ」
そう言うと、弘樹はポケットからスマートフォンを取り出し、一枚の写真を恭平に見せつけた。恭平がスマートフォンを覗き込むと、そこには寄せ書きのようなものがびっしり書かれた色紙が写っていた。
「中学校の卒業式の時、クラスのみんなに書いてもらった寄せ書きだ。わざわざここに持ってくるのはめんどくさいから、写メで撮ってきたんだ。どうだ? これでも分からないか」
「これが約束と何か関係があるの? 」
「ここを見ろ。これ、お前の字だろ?」
恭平は目を凝らして弘樹の指さす方向を見た。
「『紺野弘樹へ。卒業しても忘れないからね。五十歳になったら、一緒にお酒を飲もうな。約束だぞ 沢村恭平』……⁉ 」
その字は紛れもなく中学時代の恭平の書いた文字だった。恭平は頭を抱え、その場に座り込んでしまった。
「思い出したか? 」
「ああ……お前、よく覚えていたな」
「俺はこの言葉が嬉しくて嬉しくてさ。あの頃使った教科書やノートとかは全部処分したけれど、この寄せ書きだけは未だに大事にしてるんだよ」
そう言うと、弘樹は恭平の肩に手をかけ、流し目で問いかけてきた。
「僕の誕生日は今日だけど、弘樹は明日だろ? 明日お祝いすればいいじゃないか? 」
「わざわざ別な日にやる必要ないだろ? それに俺、明日は別な予定が入ってるんだ。せっかくだから、俺の誕生日も一緒にお祝いしてくれよ。たかだか一日違いなんだから、いいだろ? 」
「で、でも僕は、家族と誕生日パーティの約束が……」
「はあ? お前、俺との約束を破る気か? わざわざここまで会いにきてやったんだぞ。家族はいつでも顔を合わせられるんだから、別な日にやればいいだろ? ほら、いくぞ!」
弘樹の口調は、次第にきつくなり始めた。小中学校時代の弘樹は学年一の問題児で、何か気に障ることを言われると大声でわめき散らし、容赦なく暴力をふるい、教室の窓ガラスや掃除道具を破壊しまくった。恐喝事件を起こし、警察が来る騒ぎも起こした。恭平はその場面を見るたびに、怖い思いをしていた。当時は弘樹にいじめられないよう、上手く合わせながら仲良く付き合っていた。
下手に断ったら、何をされるかわからない……恭平の当時のトラウマは、まだ十分に解消されていなかった。
「わかったよ……じゃあ、行くよ」
恭平がうつむきながら小声でそう言うと、弘樹は白い歯を出して何度も恭平の背中を叩いた。
「ハハハ、そうこなくっちゃな。行きつけの店を予約してあるからさ。この近くにあるから、歩いていこうぜ」
恭平は、先を進む弘樹の後を追うように夜道を歩き始めた。一方、恭平のスマートフォンは、スーツのポケットの中で何度も震動を起こしていた。おそらく家族からの着信があったのだろう。でも、恭平には家族に電話やメールを送る余裕がなかった。道すがら、弘樹は嬉しそうに恭平に語り掛けてきて、とてもスマートフォンをいじる余裕が無かったのだ。
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