フタゴムシ

@Lothar

フタゴムシ

 残暑を感じさせる陽が路面に反射して俺の目に眩しさをもたらす。秋晴れの空には雲一つなく、太陽を包む輪が形成されている。これが田舎ならいい天気で過ごしやすい日かもしれないが、生憎とここは駅前。人ごみを避けて立っていてもじわりと汗がにじみ出る程度には暑い。

 待ち人は未だ来ず。さきほど「ちょっと遅れる」というラインが来たので待ち惚けになるのは分かっていたことなんだけど、ずっと立ちっぱなしだとちょっと辛い。

 だからといってベンチは浮浪者や俺と同じ待ち合わせの人で埋まってしまっている。地べたに座る選択肢などありえないので、こうして立って待つしかない。

 スマホを起動して、ラインを再度確認する。画面に映るのは里菜の遅刻報告と一緒に送られてきた自撮り。最近流行りという親指と人差し指で作るハートを両手で作り、しっかり化粧した顔で笑っている。薄手のシャツにロングスカート。今日も準備は完璧といったところなのかもしれない。


 と、改札口から大量の人が流れ出してくる。目を凝らすとその中に見覚えのある人影。それはこちらに近づいてきて俺の目の前で止まる。


「おはよー。待たせてごめんねーおでかけ新しいチークとか試してたらいつの間にかこんな時間に……」

「おはよう。もうお昼だけどね?」

「ごめんよー。卯月はいつ来たの?」

「ついさっき……っていいたいところだけど、20分くらいまったよ」

「……ふーん。卯月はいつもと同じ黄色のパーカーなんだね」

「里菜はバッチリだね」


 自撮りと同じ服装にベージュのポーチ。ゆるく巻かれた髪はセットにどれだけ時間がかかったのだろう。どこからどう見ても女の子。目の前の彼は、女の子にしか見えない。

 ――そう、彼……である。里菜と呼んだのは仮名。本名は伏せるけど、随分と男らしい名前だった。高校では男子の制服を身にまとった正真正銘の優男系イケメンなんだけど、その趣味は女装。それが高じてこうして休みの日に遊ぶとバッチリ女装してくる。

 中学で仲良くなった頃は確かしていなかったはずだけど……でも家に遊びに行ったときに女もののスカートとか置いてあって驚いた記憶はある。

 俺は女装にあまり詳しくないけど、ぱっと見はほんとに女性にしか見えない。そりゃよく見たら、胸や鎖骨のライン、手の甲は男のものなんだけど、よく見ないと分からないくらいなのは確かだ。

 足もきれいだけど、髪は普段は短いからたぶんウィッグ。でも立ち振る舞いも女性のそれ。

 ちなみに女装のときに男扱いしたら里菜は拗ねる。なので今日はきちんと女性扱いしないといけない。


「私はきちんとおしゃれしてきたのになー」

「無茶言わないで。オシャレなんてわかんないよ」

「卯月顔はいいからオシャレしたらモテるとおもうんだけどなー……ま、いいや。じゃあいこーか。お店ここから歩いて5分くらいだよ」


 里菜は俺の手を取り、引っ張って先を進む。

 今日は「映えそうなパンケーキのお店見つけたから食べに行こ!」と昨日学校で言われ、食べに行くことになったという次第である。

 たぶん女装でパンケーキ食べてる画像を裏垢に載せたいのだろう。里菜が女装していることを知っているのは俺だけなので、俺が呼び出されたという次第かな。

 俺は里菜に握られた手を握り返す。するとビクンと反応した後に、人差し指を俺の手に這わせてくる。なんか触り方が艶めかしい感じ。

 俺に背を向けて人ごみを突っ切る里菜は今どんな表情をしているのだろう?はぐれないように俺は里菜の手を強く握った。

 

 人ごみをぬけて、ひと段落。里菜も俺の手を放し、大きく息を吐く。


「休日のお昼だし、人多いねー」

「そうだね。ところでお店はあれ?」


 俺が指さした方を見た里菜が、


「そうそう……ってすごく並んでる!!」

「まぁお昼だしねー、どうする?」

「むむむ……並ぶのは嫌だけど……パンケーキ食べたい!」

「なら並ぼうね」


 里菜は肩を落としながら、行列の一番後ろにつく。俺もそれに続いて並ぶ。口調や思考まで女の子っぽくて、彼が男であることを忘れそうになる。彼がほんとに女の子であったなら惚れない理由がないと思う。

 並んでる間の会話内容も女の子のそれ。いつも学校で話す内容もちょっと女子っぽいけど、普段はセーブしているのだろう。俺にはわからないことの方が多い。

 結局20分くらい並んで、やっと入店。内装は明るめだけどシンプル。周りは女性客ばかりだ。これは男性二人だと厳しいかもしれない。まぁ見た目はカップルかもしれないけどね。

 里菜はメニューを広げて、件のパンケーキを探す。


「あっ!あったこれこれ」


 里菜がメニューを指さす。その先にはフルーツが大量に乗った二段パンケーキ。値段もさることながら、その横に書かれている文言が気になる。


「……カップル限定?」

「そう!……あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いてないねー。ま、いいけど」

「うん、じゃあこれ頼も」


 里菜は店員を呼んでカップル限定パンケーキを注文する。


「――かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「かしこまりました。……それにしてもお客様、美男美女でお似合いですね!」

「えっ?……いや」

「そうでしょー、ありがとうございます」


 里菜はそう言って僕の手を握る。先ほどとは違って指を絡ませて恋人つなぎ。見せつけアピールにもほどがある。


「ふふっ。ごゆっくりどうぞー」


 そう言って店員は奥に戻っていく。それを見送って里菜は手を放す。

 正直に言うと、こういう行為に対して俺の心境は複雑である。俺と里菜は友人同士。これはお互いの共通認識だ。それをわかっているからこそ、彼の行動の真意は読めない。

 こういう思わせぶりな態度はいつものこと。俺は男友達のことをどうしてもそういう相手として見ることができない。里菜のことは友達としては好きだけれども、恋愛対象にはできない。

 理由はシンプル。里菜が男だから。どこまで行ってもそれは変わらない事実だから。俺には同性愛の気はない。それだけの単純な理由。同性愛はどうしても受け入れられない。生物の根源的なあれなんだと思う。

 里菜は水を飲んで、スマホをいじりだす。どーせまたSNSを巡回しているのだろう。里菜の女装は裏垢ではかなり好評らしい。


「なんいいねくらいつくかなー?パンケーキ」

「俺はSNSやってないし分かんないよ」

「ねぇー卯月はSNSやらないの?っていうかもしかして私に隠れてやってたりする?」

「やってないよ。前から言ってるでしょ」


 これは嘘。実は裏垢バッチリ見てる。里菜が裏垢にちょっと際どい自撮りを上げていることももちろん把握している。


「そっかー、やればいいのに?面白いよ」

「……承認欲求が満たされるから?」

「む……そういう言い方はよくないぞ」


 里菜は頬を膨らませて怒ったような表情を浮かべる。


「お待たせしましたー。カップル限定フルーツパンケーキですー」


 と、タイミングよくパンケーキが到着。かなり大きいし、フルーツも様々な種類の盛り合わせだし……確かに映えると思うけど、食べきれるのかな?これ。

 むくれていた里菜はパンケーキが来た途端に笑顔になる。ここまでの身代わりだとさすがにあざといまであるかもしれない。

 早速里菜はスマホを取り出して、


「おおー!めっちゃ映えそー!」


 言いながら里菜は色んな角度から写真を撮る。やはり角度とか、光の加減にこだわりがあるのだろうか?

 と、里菜は動きを止めて、


「なんか卯月、ほんとに彼氏っぽいね」


 意地悪な笑みを浮かべて、そう呟く。

 あざといし、可愛い、と思う。里菜がほんとに女の子だったら、どんなに楽だったか。何度そう思ったことか。

 どうしても男であることが、俺に不快感を与える。里菜が俺の前で女性のようにふるまう度に感じる苦悩を、里菜は分かっているのだろうか?俺の苦しみをわかったうえで、こうしてからかっているのだろうか?

 だとしたら性格が悪いにもほどがある。よく言えば小悪魔なのだろうか?中身が男だと思うと、考えれば考えるほど悪く考えてしまうけど。

 このパンケーキは、俺と里菜の周囲から見た関係を表しているのかもなんて考える。実情は最初に出てくるお冷みたいな関係なのに、内と外の違いが大きすぎる。その乖離のせいで、俺は居心地の悪さというか、不快感を抱いてしまう。

 恋愛感情と友情がごっちゃになってるように見えるのが気に入らない。俺は里菜に対して友情しかないのに、里菜はそうでもないように見えてしまう。

 そんな里菜がなんとなく気に入らないのと同時に、自分自身も気に入らない。俺が多様な恋愛に理解があれば、これが友情にしろ愛情にしろ気にする必要もなかっただろうに。なんで俺の思考はまともなままなんだろう?そこの恋愛感情がバグってしまえば楽になれるのに……

 こうして女装している里菜と会うたびに、そんなぐちゃぐちゃな思考がグルグル回る。俺の情緒がかき乱される。

 俺はどうするのが正解なんだろう?里菜は俺にどうしてほしいんだろう?何もわからない今の関係は心地よいけど、不快だ。


 何度も循環するその思考の末にいつも思うのは、ただ――


 ――気持ち悪い。

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