星の冒険

光城 朱純

星の冒険

 あぁ。僕もあの星屑たちのように、飛んでいきたい。

 この身を少し剥がして、この星の海の中に落とせば、冬の夜のあの一際美しい星団の一つに紛れこむことができるだろうか。

 南の空に沈んだ後、こっそりこの身を動かして、あの立派な角を持つ星座を作り上げる、星の一つになることはできないだろうか。

 そしたら、人間たちが考え出した、星座の形が変わってしまう。


 それでも良いじゃないか。ただほんの少しだけ赤く見えるからといって、あの立派な惑星と対抗させようなどと名付けられるなんて。

 僕にはここは相応しくない。

 天の川のほとり、周りが白い薄絹を広げたように見えるからって、赤く見える僕が目立つからって、そんなに注目しないでくれないか。

 周りから与えられる期待に押しつぶされてしまいそうだ。


「君たちが羨ましいよ」


 僕の傍を通り過ぎる星屑達に、つい愚痴をこぼした。


「アンタレスの名を持つあなたが、何を仰っているんですか!」


「そうです! 僕たちはもうどこかの星に引き寄せられ、その命を終えることが決まっているんです」


 僕の愚痴に、そんなに腹を立てなくても良いではないか。何万年もの間同じ位置に昇って沈む。ただそれだけの生き様が、本当は楽しくないことなど、黒布に縫い付けられたビーズのように、動くことのできない星々は知っている。

 誰もが皆君たちのことを羨ましく思ってるかもしれない。

 終わりを迎える運命だとわかっていても、この布から外れてしまえば、消えゆく運命の歯車が一気に進んでしまうとしても、その自由さに憧れて、自分の不自由さを嘆く。


 

「なぁ。僕の一部を持って行ってはくれないか?」


 ある日、星屑の中でも、一番大きな彼に声をかけた。


「どこへ持っていって欲しいのかは知らないが、俺たちだってどこにたどり着くかはわからん」


「どこへ……そうだな。そしたら僕とは反対の、冬の空に浮かぶおうし座まで持っていってもらえるかな」


「そんなところまでたどり着くはずがない!」


「わかってるよ。ちょっと言ってみたくなっただけだ。おうし座の近くに最も美しいと言われる星団があるだろう? あんなところまで行けたら、楽しいのかもしれないと、そう思っただけだ」


 僕の見ることのない世界。昇ることのできない空。そこに憧れたっていいだろう?

 僕は動くことはできない。貼り付けられた運命から、離れることなんてできない。


「さそり座の一等星が、星団なんかに憧れるのか?」


「綺麗なんだろう?」


「あんなもの、一つ一つは名前もわからない星の集まりだ。たった一つで南の空に輝く君とは比べものにならない」


 名もわからない星たちがあの様に集まって、誰もが褒めたたえ、見上げる星団となる。

 素晴らしいではないか。周りを星に囲まれて、皆で力を合わせて輝く。僕はきっと、そんな風になりたかったんた。


「できたら、連れて行って欲しい」


 僕は僕自身の一部を剥がして、彼に託した。僕の大きさはほんの少し小さくなって、ほんの少し歪む。

 僕自身はこの場所から動けないけれど、僕の一部は今大冒険に出るところだ。

 もしかしたらどこか他の星に吸い寄せられてしまう。無事にたどり着ける保証はない。それでも、僕はやっとその一歩を踏み出す。



 おうし座は僕とはちょうど真反対の場所にある。夏のさそり座からは見ることも叶わない。

 この天空を渡って、プレアデス星団まで。誰かに託すしかない願いでも、たった一つの僕の願い。

 僕からその身を託された彼は、他の星に引き寄せられないように、一直線におうし座を目指す。


 流れ星の長い長い旅。他の星屑に比べて一際大きかった彼の体は、長い月日と共に、欠けて崩れ、どんどん小さくなっていく。

 僕の願いを叶えようと、必死になって進んでいった最後の力を振り絞って、彼は僕の一部を投げ込んだ。

 僕が憧れ続けた、プレアデス星団に向けて。


 目の前に広がるのは、星々が集まって煌めく、夢にまでみた景色。

 振り返れば、彼自身はすでに粉々に崩れ、広大な星の海の塵となる。

 彼はなぜ、僕にここまでしてくれた?

 なんの見返りもなく?


「俺たちだって、自由に憧れたって良いだろう?」


 僕が羨ましいと言った流れ星達も、やっぱり不自由を感じていて、僕の大冒険に手を貸す気になってくれたと、その体の最後の一欠片が崩れる瞬間に教えてくれた。

 だが彼に投げ込まれた僕の一部は、プレアデス星団に届くことはなかった。それと目と鼻の先にある、名もなき星に吸い寄せられていく。

 僕の大冒険はここで終わる。

 それでも憧れ続けたその姿を一目見ることができた。


 この身を削って、ほんの少しの勇気を出す。そして同じように自由に憧れた、流れ星の力借りて、縫いつけられたままの生き様では、絶対に見ることができないはずの景色を見た。

 夏の夜空に浮かぶ僕の形は少し歪で、これまでよりも少し小さくなっているだろう。

 もしかしたらそのせいで、星としての寿命を縮めるかもしれない。その生き方は滑稽だと笑われるかもしれない。

 縫いつけられたままの生き方が、同じことを繰り返す日々が、楽だと、簡単だと思うかもしれない。


 それでも僕はこの冒険を後悔などしない。

 自分の身を剥がしたことも、星屑と一緒に飛んだ広大な黒い空も、彼に投げ込まれ、経験したことのない速さで動いていく景色も、何より一目見たいと憧れ続けたその姿を目に焼き付けることができたことも。

 何もかもが僕の宝物。


 星に引き寄せられていきながら、僕の一部がこのまま燃え尽きていく運命を素直に受け入れる。

 僕自身はこれからまた何万年もの間、繰り返し同じ位置に昇って沈む。

 こんなに輝いた時間はもう二度と訪れない。


 僕をここまで連れてきてくれた彼には最大限の感謝を。

 僕の勇気にも、わずかばかりの拍手を。

 縫いつけられたままの星達に、自由が訪れることを願う。


 今日も星屑達は僕の傍を通り過ぎる。今夜の星屑はいつもより多いみたいだ。

 彼の気概に、僕の勇気に、星達が応える。

 皆が一歩勇気を出して、ほんの少しその身を削った。星屑が一気に流れ出して、地上に降り注ぐ。


 明日の星空はいつもより、少し寂しいものになっているかもしれない。

 

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