第7話 俺と先輩が見つけた真理

「見せてください、と言ったんです」


 俺はさっきと同じ言葉を繰り返す。


「でも、それは」

「いいから、見せてください。失望なんてしませんから」


 有無を言わさない勢いで俺は断言した。

 先輩は逡巡してから、「わかった」とか細い声で言った。腕の力を緩めた俺から一歩、二歩と下がっていく。数歩、たった数歩距離をとったところで先輩は立ち止まり、自分の身体を抱きしめ始めた。


「……今、どういう気分なんですか」

「酷い、気分だ。君との距離が永遠に感じる。さっきまでのような幸福が二度と得られないと思うと、本当に身体が引き裂かれたような思いだ。これが失恋というやつなんだろうが、こんなにも辛く重い感情だとは想像していなかった」


 先輩は俺が尋ねずともそのまま話し続けた。


「今、私が何を考えているのか言おうか。私は今、みっともなく君に縋ろうとしてる。お願いだから私だけのものでいてくれって、他の女なんて知らないと言ってくれって、懇願しようとしてる……!」


 堰を切ったように先輩の感情が流れ出していた。


「そのためなら何でもするって! 君が望むならなんでも捧げるから私だけと一緒にいてくれって! 身体だって捧げるし裸になって外に出ろと言うなら出る! 持ってるものなら何を捨ててもいいしこれから得られるもの全てを失ってもいいから一緒にいさせてくれってみっともなく懇願しようとしてるんだっ!!」


 先輩の両目から大粒の涙が溢れる。頬を伝って足元に雫となって落ちていく。

 すぐに先輩は床にへたり込んでしまった。嗚咽混じりの声が聞こえてくる。


「こんなのは君が今まで一緒にいてくれた私じゃない! 知的に振る舞う私と一緒にいてくれたのに、こんな姿を見せるのは君に対する裏切りだっ!!」


 すすり泣きながらも先輩はまだ続けてくれた。


「でも、止められないんだ。こんなに愛する人と離れるのが辛いなんて思わなかった。この感情の前には理性なんて何の役にも立たない……知らなかった……知らなかったんだよ……」


 俺は先輩の前で屈み、手で顔を上げさせた。

 先輩は怯えるような顔で俺を見ていた。今の俺はきっと酷い顔をしていると思う。


「何でもするって、言いましたね?」

「言った……言ったとも! 本心だとも!!」

「なら──」


 先輩は俺の願いを聞いて見せたくない自分を見せてくれた。なら、俺も見せなくてはならない。この暗い感情を。さっき理解した自分の奥底にある感情を。


「──なら、二度と他の男と喋らないでください。そうしたら、俺も先輩しか見ません」

「え……それは、つまり……」

「約束してくれるんなら今の彼女なんてすぐ別れます。何でもしてくれるんですよね?」

「ほ、本当に? 本当に、本当かい?」

「はい、本当です」


 俺はすぐスマホを操作してマッチングアプリで知り合った彼女に別れ話の連絡をしてスマホの電源を切った。そして先輩のことを強く抱きしめた。


「これで約束ですよ。絶対に離れないって」

「あ……あぁ、あぁ! 約束だ! 君以外の男なんて見もしないとも!!」


 先輩は俺の胸の中で大声で泣き出した。

 なんてことはない。マッチングアプリで作った彼女との行動が面白くもつまらなくもなかったのは簡単な理由だった。興味がなかったからだ。先輩がマッチングアプリを始めようとしたのが嫌だったのは、好きなのは先輩だけだったからだ。

 お互いが好きだってことをお互いが気がついていなかっただけだったんだ。


「ねえ先輩、知ってますか?」

「何をだい?」


 俺は先輩を抱きしめながら言った。


「人間は人を好きになるとフェニルエチルアミンっていう、厚労省もびっくりの向精神性の強いホルモンが分泌されて人格を破壊するんですって。だから俺たちはもうとっくに人格が壊れちゃってるってわけです」

「ふぅん」


 先輩が俺の顔を両手で覆い顔を向かせる。先輩の瞳には俺が映ってる。きっと俺の瞳にも先輩が映ってるだろう。


「じゃあ、私は君に狂わされてるんだね」


 そう言って先輩は俺の唇に唇を押し付けてきた。心が壊れそうなぐらいに柔らかかった。

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色んなことを教えてくれる先輩と俺が恋心を知る じぇみにの片割れ @oyasiro13

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