第6話 愛の告白
「好きだ好きだ好きだ好きだ!! 君のことが大好きだ!!」
「──へ?」
今までで一番間抜けな声が出た。先輩の発言にも今まで何度か驚かされたがそれは知的な驚きであって突拍子もないという意味で驚いたのは今が初めてだった。
「ああそうだ、そうなんだよ! 私は君のことがずっとずっと好きだったんだ! それなのにそのことに気がついていなかったんだよ!」
言葉の奔流が次から次へと俺の耳に流し込まれていく。
「よく思い出せば朝も昼も夜もずっと君のことを考えていた! 朝はいつもバス停で会えるのを楽しみにそわそわしていたし授業中は君がいなくて退屈だったし家に帰った後は君に話す内容を考えるので頭がいっぱいだったし寝るときは次の日君に会いたくてもどかしくて仕方なかった!!」
ぎゅっと俺にしがみついたまま先輩はまくしたてる。それは信じられないほど膨大で尋常じゃない量の愛の告白だった。
「私は君と話すのが楽しくて仕方なかった! 相槌を打つ君も考え込む君も私のために疑問を考えてくれる君も新しい知識を披露して満足している私を見て微笑んでくれる君も大好きで仕方なかった!! 君のことを知りたいともずっと思っていた! 何が好きで何が嫌いなのか、私のことをどう思ってるのか、私と話してどう感じているのか、私の一挙手一投足、一言一句に対して君がどんな風に考えて感じて思っているのかいつもいつもいつも知りたくて知りたくて知りたくて仕方なかった!!」
「ちょ、先輩……」
「大好きだ! 大好きだ大好きだ大好きだ!!」
俺の頭は真っ白になっていた。
これほどの恋慕の情を1度に叩き込まれて耐えられる人類はいないと思う。少なくとも俺はそうだった。
「ちょっと、落ち着いて……」
「これが落ち着いてなんかいられるかい! 私はやっと、心が破裂しそうなぐらい君のことが好きだ、っていう真実を見つけ出したっていうのに!!」
「先輩がさっき言ってた真理って、それなんですか!?」
「そうだよ! 君が言ったんだ! 私を受け入れるのだって! そうだ、私は君にもっともっと受け入れてほしかったんだよ!! 私の感情を言い表すための、その言葉が必要だったんだ!!」
さっき戯れに呟いたたった一言が、ここしばらくの先輩の悩みを解決する最後のピースだった、らしい。
だとするならこの喜びようは分からないでもない。悩みに悩んだ末に答えを見つけたときの喜びはそれこそ言葉に言い表せないものがある。
しかしまさか、それが俺に対する好意だったなんて。全く予想だにしていなかった。この様子だと先輩にとっても予想外だったんだろう。それもこんなに大きな感情だなんて。
「えと、でも、俺、彼女いますよ?」
「そんなことは今はどうだっていいんだ! 後で思い出すだろうけど、今はこの感情を見つけた喜びで頭がいっぱいだからね!」
俺の頭はまだ真っ白だった。せいぜいが思いついたことをそのまま喋るぐらいしかできないでいた。
「だから、私の心が喜びで埋まっている間だけでも。私の心に悲しみが到来するまででも。こうして君の胸の中にいさせてほしいんだ」
先輩は俺の胸に顔をうずめながら、少し落ち着いた声音で言った。
そう言われて先輩を跳ね除ける理由は俺の中のどこにも存在していなかった。
気になることがまだあるので聞いてみた。
「何で、その、俺のどこがいいんですか……?」
「ん? 恋愛感情なんて、所詮は脳が処理してる単純な情報の一種に過ぎない。視覚や聴覚から得た情報を脳が処理して神経系に命令を下して起こった結果を、私たちが恋愛感情と呼んでるに過ぎない。君はどう思う?」
「え、えぇ。俺も同じ意見です」
俺の答えにもう1度、先輩は顔を上げて微笑んでくれた。
「そういうところさ!」
ああ、と俺は納得せざるを得なかった。この答えを、この状況で言える人間は確かにいないだろう。
再び俺の胸に顔をうずめる先輩。俺は先輩の頭に手を置いてみた。置いてみたくなった。
「……それは、ずるいな。ずるいぞ君。それは悪い男だ」
「え、ど、どうしてですか?」
「後で教えてあげよう。今はそのまま撫でていてくれ。抱きしめていてくれ。もっともっと強く、離れないように」
俺は先輩を強く抱きしめて頭を撫でた。言われたからじゃない。そうするのが自然だと思ったからだ。
「ああもう。そんなことするから後が酷いことになるじゃないか。ただでさえ酷いことになるのが確実なのに、もっともっと酷いことになってしまうじゃないか」
「酷いことって?」
「言っただろう。悲しみが到来するまで、って」
あ、と今更冷静さが戻ってきた頭で思う。確かにこれは冷酷な行いだった。
今更だがこれ以上は先輩を傷つけてしまう。そう思い俺が先輩を抱く力を緩めると「待って」と言葉が差し挟む。
「まだ、ダメだ。私の覚悟ができてないし、手遅れだ。だからまだ抱きしめていてくれ」
「手遅れ……?」
「いいから、さっきみたいに抱きしめてくれ。でないと、先に出てきてしまう」
意味が分からないままに俺は先輩を抱く力を元に戻した。
「ありがとう……こうしている間だけは君は私のものだ。でも、離れてしまった途端、私はきっと変わってしまう。女の嫌な部分だけが出てきて、きっと君の敬愛した先輩ではなくなってしまう。君を失望させてしまう」
不安そうに先輩が話す。
「もしも君に失望されたら。失望した目で見られたら。それだけで私はきっと、頭を銃で撃たれたように、死んでしまうだろう。だから、私の覚悟がちゃんと決まって、ちゃんと君の前で少しの間だけでも元の先輩でいられるようになるまで、あと少しだけこうさせててほしい」
先輩の言葉を聞いた俺の答えは決まっていた。もうこの段階で俺の理性なんてものは完全に役目を放棄していた。
「見せてください。それを」
「──え?」
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