第4話 足止めⅡ

 その場にしゃがみ込み、道の傍らに咲いていた小さな五枚の花弁の白い花をそっと撫でて茎の根元を摘まむ。ごめんね。と心の中で呟きながら、そのまま二輪だけを摘んだ。

 小さい頃に熱を出すとノエルとオーウェンは花を持って見舞いに来てくれていたから、そのお返しのつもりだ。

 踵を返し、来た道を戻る。町の人たちのざわめきが大きくなってきても無視を決め込む。

 誰にも見付からないようにそっと駆け出し、宿屋の勝手口に手を掛けた。

 ドアが開いた音を気にしながらも素早く中へと身を翻し、ドアを閉める。

 街の中を一人で歩いただけなのに、酷く疲れた。誰も居ない宿屋の廊下で、一人息を吐く。

 有難い事に、廊下でも、リビングでも宿屋の住人と出くわす事は無かった。そのままそろそろと二階への階段を駆け上がる。目指すはノエルとオーウェンの部屋だ。

 二人を起こしてしまわないようにゆっくりとドアノブを回し、中へと入った。オーウェンの寝息とノエルの小さな呻き声だけが聞こえてくる。

 飲料水である水差しの水をコップへと移し、そこへ花を生けた。足音を立てないように二人のベッドの間に置いてあるスツールにそのコップを置く。

 一瞬、オーウェンの寝息が静かになって肝を冷やしてしまった。しかし、直ぐに寝息は再開された。

 ほっと胸を撫で下ろし、部屋を後にする。おやすみなさい。と、心の中で囁きながら。

 自分の部屋に戻ると、ベッドに入る気にもなれずに椅子に座り、テーブルに突っ伏した。町の人の声は未だに聞こえてくる。

 何故、いきなりこんな事になってしまったのだろう。左手首を爪の跡が残る程に握り締める。

 私が二人を守らなければいけなかったのに。何も出来なかった。声を上げる事すら出来なくなってしまった二人を、ただ無力に見詰めるだけ――もう、二人を傷付けさせたりはしたくない。こんな思いは二度としたくない。

 涙は頬を伝う事無く、直接テーブルに水溜まりを作っていった。

 水分を取る事も忘れ、息を殺して泣き続ける。いつの間にか重たくなった瞼は視界を閉ざした。


――――――――


「……勇者様。勇者様」


 声と共に身体がゆさゆさと揺さぶられる。無理矢理瞼を抉じ開けると、茶色の木目が目に入った。


「お願いですから、ベッドでおやすみを」


「うん……」


 窓からは朝日が差し込み、外からは鳥と大勢の人の声が聞こえる。

 瞼を擦りながら、昨晩にフロントで見た女性の心配そうな顔を見上げた。


「質素で申し訳ないのですが、朝食をお持ち致しました」


「ありがとう」


 長い髪を掻き上げ、視線を落とす。と、直ぐにロールパンとチキンステーキ、野菜サラダが小気味のいい音を立ててトレーごと目の前に置かれた。


「従者のお二人はもうお目覚めのようで――」


「従者じゃない! 大事な仲間なのに……!」


「あっ……。申し訳ございません」


 申し訳無さそうに、女性はへこへことお辞儀をする。私たちとはあまり関わりたくないのか、そのまま足早に部屋から去っていってしまった。

 食欲が無い。食べたいとも思わない。それよりも、ノエルとオーウェンが心配で堪らない。

 体力の事を考えると食べない訳にもいかず、朝食を貪りつく。十分も経たずに朝食を終え、二人の部屋へと走った。


「ノエル! オーウェン!」


 ドアを開くなり、二人が座るベッドの前でくずおれる。真面に二人の顔を見る事が出来ない。


「ごめんないさい! 私が未熟なせいで、二人に大怪我をさせてしまった……!」


 詫びるだけで済む事態ではない事くらい分かっている。それでも謝らずにはいられなかった。

 あの状況では二人が生きているのが奇跡だ。

 涙を堪えて頭を下げ続ける。


「オフィーリア! 頭を上げて!」


「未熟だったのはおれたちも同じだよ」


「でも……」


 私は責められるべきだ。ううん、責められなくてはいけない。

 それなのに。


「オフィーリアが居なきゃ、俺たち死んでたよ」


「うん、感謝してもしきれない」


「ノエル、オーウェン……」


 そして、初めてゆっくりと顔を上げた。二人の慈愛に満ちた瞳が私を見詰めていた。


「心配掛けてごめんね、オフィーリア」


「ノエル……」


 ブンブンと激しく首を横に振る。私が謝られるなんて間違っている。

 堪らずに一粒の涙が零れ落ちた。


「あーあ。オフィーリアを泣かせた」


「それはオーウェンだって同じだろ?」


 意地悪そうに笑う二人に、一昨日までの日常に居た日々を思い起こさせられる。私たちはいつも三人一緒に居て、二人はよく互いを茶化して笑っていた。その話題の中心に居るのはいつも私だった。

 頬を右掌で拭い、小さな吐息を吐く。


「これからは、こんな経験絶対したくない。でも、私たちが強くなるには時間がかかる。それで……」


「うん、言いたい事は分かるよ」


「多分、俺たちもオフィーリアと同じ事を考えてる」


 三人で顔を見合わせ、頷き合う。


「私たちには攻撃だけじゃなくて、防御が必要だと思うの。仲間を一人増やしたい。だから、二人が動けるようになるまで、此処で人を探そうと思うの」


 最後まで話を聞くと、ノエルとオーウェンは顔を見合わせる。視線が此方に戻ってきた時には、二人は少し困った様な、複雑な表情に変わっていた。


「この町じゃ無理だと思うよ」


「えっ?」


「外で話してる町の人の声、聞いた?」


 ざわめきなら今でも聞こえてくる。

 コクリと頷いてみせると、オーウェンは窓の外を顧みる

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ハッピーエンドにしたい人生の最後の日 ナナミヤ @nanamiya5

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