第12話 黄の始まり


※本日は2回更新しています。本話が最終話です。

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「まさか、リベラルを食べるつもり……!?」

「そうだ。だが勘違いするな。体を食べるのではない。あの子が死に際にそれを望めば、私はあの子の魂を取り込んで生き長らえる」

「体は、食べない……でも、そんな、自分の子を取り込んで生き長らえるなんて……」


 安堵しつつも理解できない、と言わんばかりのミスティの眼差しに少々気分を害しつつイデアルは淡々と言葉を重ねる。


「お前の言う通り、自分の子を取り込んで生き長らえるなど、私の星の倫理にも反する……だが私は、子孫が己の魂を捧げて大切な者達を守ってほしいを願い続ける限り、私は役目を果たし続ける」


 赤の他人の魂ではなく、自分とエルの血を引く――愛しい子孫が自分の命を犠牲に自分の大切な者達を守ってほしいと願い続ける限り、イデアルは生き続ける。


 自分が子孫の魂を消費しながら、次の子孫を見守り続ける――それがフェガリの民の血を絶やさない為に最も確実な方法であった。

 感情制御システムがあるイデアルだからこそ取る事が出来る、親として、祖先として、最善で最悪の手段――



「……安心しろ、魂一つにつき30年から50年……私の魂とエルの魂を合わせて80年は持つ。リベラルの子どもはともかく、リベラルは人として生きるのに十分な時間が」

「ちょっ……ちょっと待って!? 今、なんて……!? エルの、魂……!?」


 話を聞いても納得していない、ミスティの陰りを帯びた表情に耐えかねたイデアルが補足した言葉にミスティは大きく動揺する。

 引き裂かれた恋人の魂を食らった人外を睨む目は、5年前を彷彿させる。


『強いストレスを検知。制御します』

「そんな目で見るな。私だって、助けたかったのだ……いずれ魂をもらうつもりでいたが、リベラルがリベラシオンを振るえるようになるまで2人と過ごしたかった……だが、あいつは死に際まで人でありたいと願い、私の治療を拒んだ。だから魂を貰った」


 哀愁漂うイデアルの言葉にミスティは睨みつけるのをやめ――重い溜息をついた。


「エルってば……せめて、自分の子が自立するまでは生きなさいよ……! 本当に、最後まで我儘な人なんだから……!」

「全くだ」


 ミスティの嘆きにイデアルは全力で同意したが、黄金の天馬を動かすエネルギーとしてエルの魂を体に取り込んだ時に、彼の記憶と想いがイデアルにも伝わってきた。


 あの夜の契りと同じ温かさの中で彼の悲しみも苦しみも、イデアルを助けたいと願った気持ちが――真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐで、我儘な想いが、イデアルの魂に染みた。





 翌朝――まだ朝日が地平線から少しだけ顔を出した頃、エルは村の隅にある墓地に埋葬された。


 5年前までは仲間の死体を放置して逃げざるを得なかったエル達は、平和を手にすると仲間を弔える場所をまず真っ先に作った。


 村人達の囲いの中央――エルを収めた棺に土が被せられていく中、うずくまって大泣きしているリベラルにイデアルはそっと寄り添いながら、村人達に思念で語りかける。


『私は、エルの遺言によってお前達も守る事に決めた。もしお前達が自分の子孫も守ってほしいと望むならリベラルを丁重に扱え。リベラルがお前達を見限るなら、私もお前達を見限る』


 突如頭に響く声に村人達は動揺する。だがその声の主が黄金の天馬である事が分かると、その声がとても穏やかだった事もあって動揺は早々に静まった。


『外敵は私とリベラルが対処する。だが、けしてそれに甘えるな。何でも私達任せにせず、お前達もお前達の責務を果たせ。悪しき心を持たずちゃんと自分の責務を果たす者であれば、私はエル同様、力を持たぬ弱者達をこの地に受け入れよう』


 人と人が助け合う博愛の精神を否定するつもりはない。

 だが、悪しき心を持つ者を、受け入れてはならない者まで受け入れるようではどんなに強固な要塞も脆く崩れ去ってしまう。


(時には大切な物を守る為に、残酷にならなければならない時もある……人にはそれを選ばせる強さを身に付けなければならない)


 感情を制御するシステムとはまた違う方法――人のまま、生きられる方法で。


(……感情を制御できない人間達を、まとめあげる……何と難しい事か)


 それでも――エルの魂が残してくれた記憶が、想いが、イデアルにその道を歩ませる。


『……今日からこの村は私――<ゲルプゴルト>の守護の元、リベラルを王とし、<リビアングラス>という国家とする』


 リビアングラス魔法工学研究所――そして、かつてフェガリに降り立った黄色に輝く妖精ゲルプゴルトの名前はフェガリの民なら誰もが知っている。

 闇雲にフェガリの民を探すよりは、こちらから正体を明かす事で何かしらの手がかりが掴めるかも知れない。


 村人達への演説を終えたイデアルは未だ泣きじゃくるリベラルを自分の背に乗せて、魔力で固定した後、空高く飛んだ。


 リベラルが泣きじゃくる声の理由が『悲しい』から『怖い』になって、ギュッと目を閉じて数分後――


「……リベラル。目を開けてみろ」


 目に見えるのは淡い橙色と水色が綺麗な層をなす空に映える、美しく眩しい朝日――


「わぁ……綺麗……」


 イデアルは呆然と朝日を眺めるリベラルからエルの面影を感じた。

 昨日エルと共に見た夕陽の空と似ているようで違う空に、イデアルは心を撫でられるような温かさと寂しさを抱く。


(……エルの子なら、私達と同じ過ちはおかすまい)


 いや――エルの子に、私達と同じ過ちを侵させる訳にはいかない。

 最後まで人である事を望み、自我を貫いて死んだ男の子孫を。


 イデアルは憎い者の死より、愛しい者の愛を願った。

 エルは愛しい者の愛より、大切な者達の幸せを願った。


 その大切な者達の中には――イデアルもリベラルも含まれている。


(エル……私とお前の子は、この世界の人として育てよう)


 探究心、好奇心で身と星を滅ぼした民の生き残りとしての罪と使命を背負わせるような事はしない。

 ごく一部の人間の過ちと、それを止められなかった者達の過ちを繰り返さぬように自分が監視するこの世界で――フェガリの民の血とル・ティベルの民と交わらせて共に生きよう。


(ただ……私の大切な物を奪おうと天使が星に降り立った、その時は)


 いかにこちら側に非があろうと、一切の対話もなく赤子も、老人も、何も知らぬ者たちも皆無惨に殺していった心無い天使達を受け入れる気にはなれない。


(次は逃げたくはない……)


 もし消される運命に陥った、その時は――大量に消される命の中で、大量に消された命の中で天使達に一矢報いて消えよう。


 穏やかに平和を見守りたい気持ちと共にある、自分達を虐げた圧倒的強者に対して静かに渦巻く怒りの感情――それもまた、エルがイデアルに残した、大切な感情であった。



「わああああああん!!」



 リベラルの泣き声が再びイデアルの疑似聴覚を刺激する。

 子どもは景色を綺麗だと思っても、すぐ飽きる。

 親や周囲の気持ちを察した行動が取れるのはもっと成長してからだし、そもそも父親が亡くなったばかりで激しく気落ちしている。

 リベラルが泣くのは実に自然で、どうしようもない事であった。


『育児……親が死んだ時の慰め方……該当無し』


 八方塞がりである。しかし、このまま村に帰ってミスティ達に任せるのもどうなのだろうとイデアルは悩んだ。

 親として名乗りあげる事は出来ずとも、せめて少しくらい親らしい事をしてやりたい――物凄く余計な所でイデアルの親心が発揮された。


 イデアルにはの世話をした事がない。半年も経たない赤子は動き回る事はなく飲む、寝る、出す、泣くのどれかだったからイデアルとエルにも育てられた。


 しかし――リベラルが動き回るようになる頃にはエルは多くの人間をまとめ上げる為に忙しく、足が悪い事も災いして村人達にリベラルの世話を任せがちになった。


 村人達もエルの役に立ちたかったので、それはそれで良かったのだが――エルの記憶を譲り受けても子どもをあやす知識がないのはこの状況では致命的であった。


 励ましてやりたいが、その方法が分からない――イデアルは考えているうちに幼い頃の自分がフェガリの一般的な移動手段――ジェットバイクや超電導リニアなど――スピード感がある乗り物が好きだった事を思い出す。


「……よし、もっと早く飛んでやる」

「え……あ、いや、わ、わあああああああああああ!!!」


 リベラルの泣き声は気を失うまで空に虚しく響き渡った。


 


 それから――イデアルは黄金の天馬ゲルプゴルトとしてリビアングラスを守り続けた。


 相手に雷を落とし、時に自分の角に雷を落とす黄金の天馬は、まるで暴れ馬のよう――と敵国からはいつしか黄金の悍馬かんばと呼ばれ、暴れ馬の乗り手が持つ黄の大剣と共に恐れられるようになる。


 そして黄金の天馬はリベラルを、彼の子ども達を、孫達を見守り――その魂を取り込んでは生き長らえていく。


 皆が、自分の魂を犠牲にしてでも、大切な民達を守りたいと願うからだ。


 そして――黄金の天馬は新しい魂が宿る度に、それまで宿っていた魂を天へと返す。

 己を犠牲にして弱った魂が無事に天に上がりきるまで――黄金の天馬は脇目もふらずにじっと見守り続けるという。



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※黃の話はここで終了です。


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とある異世界の昔話(ル・ティベルシリーズ短編集) 紺名 音子 @kotorikawa

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