生死分別詩集

 この現代社会には様々な創作物が存在し、その中には無数のキャラクターがいる。脚本家は生み出した人物をいとも簡単に殺し、亡き者へと変える。物語にとって不都合だから殺してしまおう。この人物は好評だから殺さず生かしておこう。操り人形のようにコマを動かし、想像力という名の殺人を侵す。

「ただいま「レッテル焼き」の作者が署から姿を現し始めました。フードを深くかぶり表情はまるで読み取れません」

 アナウンサーの声とともに警察署から現れた男。彼は自身の創作物でキャラクターを殺した罪に囚われている。殺人罪なのだから当然死刑になるだろう。取り調べに対する彼の供述は「殺さなきゃ面白くないと思ったから殺した」と身勝手極まりない発言をしたという。

 「どうだ。自白したか」

 「完全にクロですね、弁護の余地もない。弁護士すら頭を抱えることになるんじゃないすかね」

 腹の底、煮えくり返る気持ちを言葉で吐き出した彼。いらつきか、立て続けに苦笑いを浮かべる。

 「どう?面白かったでしょ。最後は母親が死んで……ジエンド、だって」

 彼は感情を込めず、犯人の発言を繰り返す。隣の警察官は腕を組むと、大きなため息をついた。ガラス張りの向こうにいる犯罪者は自身の犯した罪を悪いとすら思っていない。落胆したかのように肩をすぼめたのち、大声で笑い始める。正義感の強い彼は奴の悪態を許せなかったのか、天井を見たのち咳払いをする。

 取り調べ室は未だ、犯人から犯行動機を聞き出そうと必死だ。

「松代さん、本当はなんで殺したの?」

「何度も言ってます。殺したかったから……殺した。殺さないと面白くならんと思ったから。これ以上の動機がありますか?」

「あのさぁ……法律って知ってる?」

 馬鹿にしている尋ね方に、犯人の松代は大きく首を傾げる。

「法律?なんですそれ?」

 質問に質問で返す犯人に、警察官は眉を寄せる。

 その後も反省の余地は見られなく、裁判所にてあっけなく死刑判決。死刑に執行猶予はつかない。社会復帰も許されず、地獄へと墜ちる日を待つしかない。だからだろうか。罪人の近くを通るたび、心がざわつく。ゲーム、小説、漫画、それらに血は流れない。人の命を奪うような描写は一切ない。しかし死刑は良いのか。自分の頭の中で矛と盾が争う。

 この問題を解消しようと、警察官である彼に話を持ち掛ける。が、脳味噌が軽くなることはなかった。

「自業自得でしょ。人の命を使わないと物語を面白くすることができない、白瀬さんもそう思うでしょ」

「……そうすね」

 彼の心は青空に澄み渡っていた。雲のない、平和の象徴。対照的に自分の心には、常に雨が降り注ぐ。それは二年の月日を経ても、一向に消えることはなかった。自分の目の前には、自身の創作物で人を殺害した極悪人がいる。題名は『レッテル焼き』西津というキャラクターを登場させて非道の限りを行い、主人公と母親を絶望の淵へと追いやった。しかし自分は実際、作品に触れることはなかった。その作品はすぐ破棄処分とされたからだ。人が死ぬ描写は本当にいけないことなのか。人が死ぬとは何なのか。死刑執行当日でさえ、答えが出ることはなかった。

 拘置所のボタン室。刑務官が3つのボタンを同時に押すと、どれかが作動。死刑囚の立つ踏板が開き、死刑者に死を招く。

 死 は悪なのに、死 は善いのか。

 「死」とは一体何なのか、それすらも知りたくなった。

 自分はその死刑執行ボタンを、他の二人より遅れて押した。



 「生死分別詩集」を書き終わり、ノートパソコンを閉じる。その時だった。玄関のチャイムが鳴り響き、野太い男の声が彼の鼓動を早くする。椅子を飛び降りて駆け出し、ドアスコープを覗き込む。青のネクタイをしっかりと結んだ好感触の青年がそこにはいた。

 彼はドアロックを回し、青年の前に姿を現す。と同時に後悔した。青年の口から放たれた言葉が、彼の生死を決めたからだ。

「すみません、あなたに殺人の容疑が掛かっています。自身の作品で人を殺害した容疑で。署までご同行おねがいします」

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生死分別詩集 YOSHITAKA SHUUKI(ぱーか @yoshitakashuuki

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