おさんぽ

キノ猫

第1話

2月の終わり、暖かな日差しが眩しい日。

休みの日におじいちゃんの家に行った。

おじいちゃんは可愛げを根こそぎ取った人だ、とお母さんが言う。その可愛げはつむぎちゃんに全部受け継がれたのね、とも。

お昼ご飯を食べ終えて、日向の部屋でゴロゴロしていた時。

おじいちゃんがリビングから出るところを見た。

「なんかあったん?」

お茶を注ぎながら、リビングでおばあちゃんと喋っていたお母さんに尋ねる。

「くだらないことよ。お母さんと駅からこのお家までの近道の話をしていたの。そしたらお父さんが勝手に割って入ってきてさ」

とお母さんは続ける。

「ほーん」

私は相槌を打って机に出ていたおかきを口に放り込む。

「お父さん、無茶苦茶な道を言うから否定したのよ。そしたら年甲斐もなく拗ねて出て行ったの。本当、嫌な人」

「ねえお母さん」とお母さんはおばあちゃんに同調を求めた。

おばあちゃんは困ったように笑った。

私は寂しそうなおじいちゃんの背中を思い出す。

「仲直りしたの?」

「仲直りもなにも、お父さんが悪いから気にしなくていいのよ。それにプライドが高い人だから謝らないわ、きっと」

「そうなの? おばあちゃん」

おばあちゃんは始終困った顔で笑っていた。

「あの人は不器用だからねえ」

「違うわ、ひねくれ者なの」

お母さんは不満そうに、おかきを口に放り込んだ。


次の日、いつもより早く目が覚めた。お母さんも、おばあちゃんも眠っていた。

リビングで何かしらの音がしたから、おじいちゃんかなと思い、リビングに向かった。

「おはよう」

おじいちゃんの背中に声をかけた。おじいちゃんは「ん」と返事をして、食器の片付けを続ける。

飲み物を準備していると、おじいちゃんは菓子パンを食卓に出してくれた。

「ありがとう」

「ん」

「いただきます」

私は菓子パンにかぶりついた。柔らかいマフィンだった。私の好きなチョコ味のスティックパンではなかったが、美味しかった。

「うまいか?」

おじいちゃんは食パンを食べながら聞いた。

「おいしい!」

「そうか」

私が食べ終えた時には、おじいちゃんはビスケットをもって外に出るところだった。

「どこいくの?」

「お散歩」

「私も行っていい?」

おじいちゃんはクリーム色の靴を履きながら、うん、と頷いた。

私はおじいちゃんの後ろをすぐ追いかけた。


おじいちゃんは足があまり良くない。あまり早く歩けない。

おじいちゃんとゆっくり歩いて、見えてきたのは橋だった。

おじいちゃんが橋の下を覗くと、数羽のカモがいた。まるでおじいちゃんを待っていたようだった。

おじいちゃんは持ってきたビスケットを小さく割って、橋の下のカモにあげ始める。

「カモ、おじいちゃんを覚えてみたいだね」

カモは夢中になってビスケットを食べている。

「つむぎちゃんもあげるか?」

おじいちゃんは私にビスケットを3枚渡してくれた。

「ありがとう!」

「ん」

おじいちゃんが割ったビスケットよりも大きなビスケットが落ちていく。

「どうしてビスケット、カモにあげてるの?」

ビスケットを全部あげたおじいちゃんは私を見た。

「賞味期限が切れたから」

「おじいちゃん、食べなかったの?」

「うん」

「そっか」

私はもったいないなと思いながら、最後の一欠片を落とした。


「ねえねえおじいちゃん、駅行こう!」

昨日のお母さんとおじいちゃんの喧嘩を思い出した私はおじいちゃんに提案した。

「でも、何しにいくん?」

「お散歩のついで!」

「うん……」

何か言いたそうなおじいちゃんにニコニコ笑いかける。

「ここ、曲がっても駅に着くの?」

「うん」

「へぇ、知らなかった!」

きょろきょろ周りを見ていると、他にも細い道を見つける。

「この道も駅に着くの?」

「うん」

「すごいね、沢山あるね」

「うん」

「あれは新しい道?」

草があまり生えてない細めの道が伸びていた。

私は「帰り道はこの道で帰ろう?」と新しい道を指した。

おじいちゃんは頷いた。


駅のコンビニでチョコのお菓子をおじいちゃんに買ってもらった。

上機嫌の私は家が連なっている小道をおじいちゃんと歩く。

あまり通ったことのない道だったから、辺りを見渡してみる。

屋根が平らな家、変わった色をしている壁の家、犬小屋がある家。

いろんな家があって、その家にそれぞれの人が住んでいると思うと、温かな気持ちになる。おじいちゃんとお母さんの喧嘩も包んでしまいそうなのどかな町並み。私はおじいちゃんも、おばあちゃんも、お母さんも、この町も大好きだ。

「つむぎちゃん」

大きく手を振って歩いていると、おじいちゃんは道端を指した。

その先にはたんぽぽが咲いていた。

「たんぽぽだ! ねえおじいちゃん知ってる? 前ね、通学路に咲いてたたんぽぽをお母さんにあげたら、ありがとうって言ってもらえたの!」

おじいちゃんは、知ってると言わんばかりに「うん」と言った。

「じゃあ、今度はおじいちゃんにあげる!」

「うん。……ありがとう」

「へへ、どういたしまして!」

鼻を擦りながら笑った。おじいちゃんはズボンのポケットにたんぽぽをそっと挿した。

時々揺れる黄色の花びらが嬉しかった。


家に戻ると、おかあさんもおばあちゃんも起きて、朝ごはんを食べていた。おじいちゃんは手を洗ってすぐに部屋に戻ったみたいだった。

「おかえり。おじいちゃんとお散歩?」

おばあちゃんは私にお茶を淹れて訪ねた。

「ただいま。そうだよ、橋に行って、駅に行ったの」

私は淹れてもらったお茶を一口飲む。

「あら、お父さん駅に行ったのね」

お母さんは驚いた顔をしていた。

「そりゃあ、可愛い孫のお願いだったら行くわよ」

「どうしておじいちゃん、駅嫌いなの?」

私はおばあちゃんに尋ねると、おばあちゃんはコップを両手で包みながら教えてくれた。

「昔ね、駅ができることをおじいちゃんは反対していたの。あの時は電車が嫌いな人が多くってね、おじいちゃんもその1人だったの」

私はそっかあ、と相槌を打った。

「あとね、橋に行ったらね、おじいちゃん、カモにモテモテだったよ!」

お母さんとおばあちゃんはそれを聞いてケラケラと笑った。

「お父さん何したの」

お母さんに、「ビスケットあげてたよ」と私は答えた。

「あの人、カモにあげてたのね」

「え、ビスケット、カモのために買ってたの!?」

私は大きな声を出してしまった。おばあちゃんはおかしいことを堪えきれないみたいで、くすくす笑いながら教えてくれる。

「おじいちゃんつむぎちゃんが来た時にあげようと思って、数ヶ月に1回ビスケットを買うのよ。来るって言ってないのに、『急に来るかもしれないから』って」

「でも私、チョコの方が好き……」

「そうなのよ、おばあちゃんもチョコの方が喜ぶと思うよって言っても聞く耳持たなくって」

おばあちゃんはくすくす笑いながら続ける。

「でも、聞いてる限り、きっと毎回カモの餌になってたのね」

きっとおばあちゃんに言えなかったのだろう。だから、朝早くから外に出掛けたのかと納得した。

「おじいちゃん、不器用だけど優しいんだね」

私はおじいちゃんの部屋を見ながら呟いた。

「そうなのよ。恥ずかしがり屋だからお喋りしないだけで、つむぎちゃんのこと大好きなのよ」

「もちろん、お母さんのこともね」

おばあちゃんはお母さんの方を向いて微笑んだ。

「おじいちゃん、素直じゃないんだね」

私が言うと、おばあちゃんはこくんと頷く。

「そうよ、おじいちゃんは素直じゃないの」

「昨日だって久しぶりにつむぎちゃんたちが来たから嬉しくて話しかけたけどうまく行かなかったみたいで、しょんぼりしてたわ」

やっぱり、昨日の寂しそうな背中は気のせいじゃなかったんだな。

お母さんはバツの悪そうにおばあちゃんからそっぽ向いた。

私はコップの中のお茶を覗きながら呟いた。

「今日で元気になってたらいいなあ」


お昼頃、おじいちゃんの部屋を通りかかった時、こっそり覗いてみた。

お昼寝してるおじいちゃんの隣に、一輪のたんぽぽが大切に生けられていた。

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