ダイナ=ヴァルナガンは帰らない


死体


ピクリとも動かず、伏せているそれは

傍から見れば命の終わりに他ならないだろう

消えた灯火、かつてそうだった物の残骸


埋めるか燃やすか、どっちみち処理を待つだけの

自分1人ではもう何も出来ない、ただの肉の塊

だから、ボクらは決めなくてはならないワケだ


ただひとつ


によるモノである場合を除いて


「——いつまでそうしてやがる」


隣に立つ師匠が、横たわっている死体に言った

すると死体は動き出し、コロンと仰向けになった。


空を見上げながら

まるで読んだ本の感想を言うみたいに

彼女は語り始めた。


「……死の感覚を


それはとても新鮮で貴重なことなので

なるべく、よく覚えていられるように

私はただ、役割を演じていただけです」


ダイナ=ヴァルナガンは死ななかった

確かにボクは、奴の心臓を穿った

にも関わらず、彼女はこうして生きている。


何処か別の急所があるのか

特殊な方法を用いる必要があるのか

疑問は尽きないが、今はどうでもよかった。


「願いは叶えられたかい?」


見上げるその顔を、覗き込みながら尋ねる。


「擬似的に、大変鮮明に」


彼女はにっこりと笑って答えた

銀の太陽のような清々しい笑みだ

求めていたものを手に入れた子供のように。


無邪気、純粋。


「確かに、死の条件が俺らと

同じである保証は何処にもなかった

だが戦いは終わった

元よりこれは殺し合いでは無いんだ

双方共、きちんと確認は出来たか?」


やや不服そうな顔をしてはいるものの

この場を取り纏めようとする師匠


「我々の不可侵は成立した

と、ボクは認識している」


「それでよいでしょう、私も同意見です

皆様よろしくお願いします

改めて、ダイナ=ヴァルナガンと申します」


いやに丁寧な態度、上っ面のハリボテ

しかし、どこか様になっている

似合っていると表現して差し支えない。


「寝っ転がりながら自己紹介?

なんとも、面白おかしいねぇ」


くすくすと笑ってみせる


「確かに」


ぴょんっ、と起き上がるダイナ

服に着いた汚れを叩き落とす。


「失礼な態度でしたね」


スムーズな動きでお辞儀をしてみせた

その姿はどこか大袈裟に写った

彼女自身も、それを自覚しているのか

少なからず楽しげな様子だった。


とりあえず、ボクらの関係は安定した

目先の目標が終わり、次は未来を見据えよう。


「この空中庭園、物資は積んでるか」


「ええ、ありますよ、たっぷりとね

数万年は退屈しないだけの資源を格納してます」


それはいいことを聞いた

問題は無事かどうかだが


墜落したという事実を知っていながら

その話をボクに聞かせるということは

恐らく、無事だというアテがあるのだろう。


ということは


「下層への入り口がある?」


「司令室のエレベーターです」


仮に電気が通ってなくても

ボク達ならシャフトを飛び降りれば済む話だ


「物資を頂けるかな?」


「良いでしょう、私には必要ありませんし」


「条件があるだろ?言えよ

退屈しない娯楽の提供か?」


「先に言われてしまいましたね」


こういった場合、言葉ではなく

実体を伴った証拠の提示が最も効果的だ


ボクは上着のポケットから

後でこっそり食べようと持ってきていた

袋詰めされたお菓子を取り出し、投げた。


ぱしっ、と受け取る


「食べ物、ですか?

私には生物的食事の必要性はなく……」


師匠が彼女の言葉を遮った。


「それを食わねェようなら

てめぇは生きてる意味の7割を

ハッ!……失ったも同然だよ」


「そう言われてしまうと弱いですね

私の好奇心は非常に……ワガママなのです」


話しながら包み紙を開ける

そして口の中に放り込んで


「……んんっ!」


見たことも無い程に、表情を輝かせた

そして何度も頷いて、ボクに視線を向けた。


「私の知らない常識をありがとう

ええ良いでしょう、取引は成立です

その場所に案内致しましょう」


場所を教える、のではなく

案内する、と言った意味はなんだ


それは必要性があるからだ

ボクらと手合わせをした上で

自ら動くことを決めた理由はひとつ


「トラップが仕掛けられてるんだな」


「ですので、私が先導します

ここに仕掛けられているトラップは

どれもこれも、私には通用しません」


やはりそうか、しかし可能性はもうひとつある

ボクらと彼女の立場を考えた時

どうしても浮上してくる説がね


「誘い込もうってか」


「私ですら殺せなかったのに

たかが機械程度に希望を持つとでも?」


「いい説得力だ」


「場所は近い、行きましょう」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


崩れて斜めになった司令室

そこにあるエレベーター、ひしゃげた扉

蹴り壊して開けると、中は暗闇の空洞だった。


下を覗き込むと落ちたエレベーターがあった

ボクらは3人揃って飛び降りて

途中で突っかかってる箱を切り裂き、降りた


最下層は案外無事で

形も清潔感も保たれていた

よほど頑丈に作られているのだろう。


道中は非常に順調だった

ダイナ=ヴァルナガンの光の力は

壁や天井、床に設置されているトラップを

どこまでも効率的に破壊して回った。


障害物など関係ない

全てを透過して目的の物のみを壊す

トラップは、ダイナには作動しなかった。


ボクも師匠も、それの存在を感知出来なかった

匂いもしない、音も聞こえない

外からの見た目でも分からない


ダイナ=ヴァルナガンは知っていた

ここの構造を誰よりも詳しく分かっていた


彼女曰く

ここに仕掛けられているトラップは

吸血種にも効果を発揮する代物だと聞いた。


解除作業は滞りなく


ボクらは通路を歩き、先へ進み

ひときわ大きな扉を見付けた。


「こういう扉を前にするのは

最近になってヤケに増えたねえ」


「よく分からねェ施設に関わる癖があるな」


「自分から飛び込んでる様に見えますが」


「ハッ!会って間もねえのに

もう見抜かれちまってるぜ」


「その洞察力に乾杯」


「ラム酒を寄越せ、祝杯だ」


「後でね、今は戦利品を楽しもう」


「……だな!」


そう言って師匠は扉を蹴り壊した

一撃で、跡形もなく消し飛ばした。


そしてお披露目


「こいつは凄い」


感嘆の呟きが漏れる

師匠も驚かされたようだ。


「相当デカい計画だったらしいな」


「長い年月を掛けて

世界中から集めた資源の数々です

私には食糧の必要がありませんからね


私を作った方達が

少しづつこの場所に運び込んだのです」


「これだけあれば何だって出来る

ここを修復する事すら、可能だろうね」


ダイナ=ヴァルナガンは

部屋を背に、ボクらに向き直って


「私には必要ありません

全て貴女方へ差し上げます


その代わり提供して欲しいのです

娯楽を、私が退屈しない要素を」


取引を、持ち掛けてきた。


「ボクには仲間がいる、彼女の他に4人

ボクの名前は吸血種ジェイミー

こっちのデカイのはウェルバニア=リィド


ようこそ世界へ、おはようダイナ

短い付き合いかもしれないが

せいぜい仲良くやろうじゃないか」


空中庭園は、ボクの物となった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


——鳥の鳴く声


風の吹く音、そして日照り

洞穴の入り口から日光が射し込む


前髪が揺れる、五感が鮮明になっていく

そうだボクは眠っていたんだ


顔を起こした、そして目に映るのは

赤いカーペットや綺麗な家具たち


壁に掛けられた上等な絵画、ランプ

机の上に出しっぱなしのボードゲーム

自作の剣やナイフ、銃、それとお菓子


全体が灼熱の岩石で出来た巨大な山

そこの岩肌、側面に空いた穴の中

ボクの住処、ボクの家、隠れ家だ。


お腹の上に誰かの足が乗っている、リリィかな

いびきが聞こえる、多分師匠のモノだ

昨日はみんな、派手に騒いだからねえ


むくり、と起き上がる

そして部屋を見渡した。


「おはようございます、ジェイミー」


そこに彼女がいた

安楽椅子に揺られながら書物を読み

ふと顔を上げてこちらを見て微笑む。


髪が結ばれている、自分でやったんじゃない

昨日リリィが、ふざけて彼女の髪を弄ったんだ

ミスマッチな様であり、合ってる様にも見える。


視界の端にフレデリックとジーンが

裸のまま抱き合い、仲良く眠っていた。


「キミは寝なかったのかい?」


ベッドから這い出でると共に

床に脱ぎ散らかした上着やズボンを蹴散らし

薄着のスポーツインナーのまま、椅子に座る。


彼女の真迎えに。


「その機能がありませんので」


ダイナは本を閉じた、まるで

もっと面白いものを見付けたかのように。


ボクは、グラスに酒を注ぎながら

彼女な好きそうな話題を提供した。


「夢の世界に興味はあるかい?

現実と幻の境目を、フワフワと漂うんだ

手を伸ばしたり足を動かしたりしてね


思う通りに動けないから

おかしいぞって自分の体を見下ろすと

無いんだ、それで夢だって気付くんだ」


軽く笑って見せてから、グラスを傾ける


「なかなか面白い現象です

本によれば、見た夢の内容で自分の運勢を

未来を占う方法があるんだ、と読みました」


膝の上に置いた分厚い書物を

大切そうに撫でながらそう言った。


「気になるのかい?未来ってやつが」


ダイナ=ヴァルナガンは肩を竦め

洞穴の外の景色を眺めながら答えた。


「さあ、どうでしょう

先の事には興味がありません

ですが、無頓着という訳では無い


私は学びの段階にいるのです


知恵も知識も何もかも足りない

貴女の貯蔵している図書を見て

その事を痛感しました


知らない価値観、知らない歴史

見たことの無い生き物たちや

もう会うことが出来ない生命体」


彼女がボクの目を見る


「そうです、私は知りたいのです

娯楽を求める性ではありますが

それと同じくらい追い求めているのです」


「ボクらと居れば叶えられると?」


「あのまま紅茶を啜っているよりは良いでしょう

どうやら貴女は、他とは少し違う様ですし

ウェルバニアも居る、私は貴女方と共に居ます」


それが意思であるというのなら

ボクから言うべきことは何も無い

了承は得られた、後は向こうの勝手だ。


「自分の家が欲しい?」


「空中庭園は、鳥籠です

アレは私の家ではありませんでした

天上の支配者などと理想を掲げた所で

結局は`力ある者の孤独`でしかない」


ボクは


顔を上げて


彼女の目を見てこう言った


「枕は硬い方が好みかな?」


ダイナ=ヴァルナガンは笑って

そう、ただ笑って、膝の上の本を開き

そこへ目を落とし、静かに読書を始めた。


ボクはグラスに酒を注ぎ直し

今しばらく、夜明けの微睡みに

身を委ねるのだった……。

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