天上の支配者、世界を嗜む者
幅の広い通路、明かりの消え掛けた電灯
火花を散らしながらチカチカと点滅している
配線が飛び出ている、壁や天井がひしゃげている。
そこに人影がふたつ
「案外、早ェ呼び出しだったじゃねぇか」
カツーン、カツーン
並んで歩くふたつの足音が
薄暗い空間に響いて跳ね回る。
「ずうっとおやつをつまんでいたのかい?」
「美味かったぜ、アレ」
「好評で何よりさ」
「また作れ、それで手を打ってやる」
「ま、考えておくさ……」
始祖ウェルバニア=リィドの招集、それは
ボク1人で対処しきれない事態が起きた時の為
ここへ来る前、師匠に話を通していたのだ。
「見つけ次第ぶっ殺しゃ良いんだな?」
「あぁ」
どデカい扉の前に立って並び
腕を組みながら尋ねてくる師匠
彼女の目はキラキラと輝いており
`丁度いい退屈しのぎが手に入ったぜ`
と言わんばかりの浮かれっぷりであった。
「ガッカリさせやがんなよな」
「せいぜい楽しませてもらおうじゃないか
もっとも、すんなり行くに越したことはないがね」
「——ッラァ!」
ドガァンッ!
ド派手に扉を蹴り壊す師匠
どうせ戦うのだから何だって良いだろ
などという大雑把な意志を感じる。
「あーあー、せっかく良い建築だったのに」
「それを墜落させてぶっ壊したのは
一体どこのどいつだろうな?えぇ?」
「さあねぇ……」
ボクらは軽口を叩き合いながら
部屋の中に踏み込んだ。
——そして、声を聞いた
「おや、お客人ですか珍しい」
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
ヒビ割れた天井から射し込む陽光
小さな、まあるいテーブルと控えめな椅子
その上に、ティーカップを片手に座る女性
彼女には品がある、それでいて高貴だ
決して豪華という訳では無い身なりにも関わらず
内から溢れ出る、白磁器を思わせる様な清潔感と
切っ先を眼前に突き付けられながら
刀身に彫られた美しい模様を眺めているような
恐ろしくも麗美で、それでいて秘めたる驚異性
ひと目で違うという事が分かる
漂わせている雰囲気が、まともな者のそれでない
丁寧な立ち振る舞いから受ける印象の他に
決して隠しきれない異常性、魂の異形を感じる
彼女は根本的に全く違う生き物である
それでいて力を秘めている
とても大きな、人工的に取り付けられた力だ
師匠もボクも、一瞬にしてモードが切り替わった
警戒度数はMAX、感覚が鋭利に尖っていく。
ふたりとも肌で感じたのだ
`こいつはヤバイ`という事を
侮っていい相手では無い。
「初めまして、私はダイナ=ヴァルナガン
世界を見下ろす天上の支配者として
人間、という種族に作られた生命体です」
ボクも師匠も、奴の名乗りに口を挟まなかった
恐れていたからでは無い、ただ彼女の言葉を
尊重しなければならない予感がしたのだ。
ボクは左手の小指を2度、動かした
`先制で仕掛けるのは止めだ`という合図だ
まずは相手の情報が要る、となれば
求められるのは交渉であり対話だ。
ボクと師匠は同時に歩き出し
コツコツと、踵を鳴らしながら
彼女の迎えの席を引き、座った。
「はじめまして、麗しき姫君」
目を見ながら、ほほ笑みかける
師匠が隣に座り、テーブルに足を掛ける
ひと言も発さなくなったのは
この場はボクに預けるということだろう。
「矛は納めるのですね、客人」
「まずは対話を試みるべきかとね」
「確かに、交わす言語は共通ではありますね
思想の段階で致命的な齟齬が無ければの話ですが
言語は、大きな意味を持ち得ませんから」
本に目を伏せながら
興味など微塵も無さそうに言い放つ
「皆、何かによって作られた命だ
授けられた果実は色や形も平等ではないだろう
だが大切なのは、どうやって扱うかなのさ」
ふっ、と彼女の顔が上がる
ほんの数秒目が合ったかと思うと
彼女は立ち上がって、紅茶を注いで寄越した。
どうやら客人として認められたらしい
カップを手に取り、`頂くよ`と言って掲げると
彼女は柔らかく微笑み返してくる
もっとも、そこに温度は感じられないのだが
ダイナ=ヴァルナガンのそれは
単に、知識を元に模倣しただけのモノだ
心が籠ってない、だから、どこか冷たい
「賢き者はそれ故に謙虚なものです
私を作った者共は愚かでした
誰しもが分かります、`違うモノ`であると
用意された雛形から、何が溢れていようとも
その事が分かっていながら実践出来なかった
彼らは見ようとしなかった、末路がコレです」
紅茶を啜りながら答える
「皆怖いのさ、恐怖は精神を侵し、支配する
それはまるで火の手のように一気に燃え広がる
そして壊していくのさ、街も人も、境目もね」
すると
カップの中身に目を落としながら
ダイナ=ヴァルナガンがこう言った。
「互いの、目に見えぬ信頼
`開けることなかれ`と張り紙の成された扉
ひとたび解放されれば、それで終わりです」
コト……カップが置かれた
栞が挟まれる
パタン、本が閉じられる。
「揺るがぬ境界線はどう引くか
不可侵、明確で絶対で安心な線引きだ」
「それは何処にあるのですか?」
しばし沈黙が訪れる、崩れ掛けた天井から
ぷらーんと吊るされたランプ、今にも落ちそうだ
チカチカ、チカチカと、目に悪い点滅がうるさい。
ギシッ……師匠の座る椅子が
その不自然な姿勢により、軋む。
「——無い、故に示すしかあるまい」
ドスの効いた声、深い場所を見つめる様な
見透かし、方向性を定める絶対的なひと言
これはただ単に
ボクらの内どちらが先に踏み出すのか?
それだけの事だった。
「やはりそうですか」
ダイナ=ヴァルナガンはそう呟いた
「……フン」
カップの中身を飲み干し、3人揃って席を立つ
今、異なる価値観を持つ生き物達は
同じ目的、同じ場所を見てここに居る。
意見は合致している
我々には証拠が必要なのだ
互いを正しく評価するためのな。
障害か、譲歩か?我々が持ち得る物の中で
唯一絶対的に示せる要素はひとつ。
それは——
「この先に広い場所があります
ちょっとした庭です、この空中庭園において
`庭`と呼ぶのも、ちょっとおかしな話ですね」
本気なのか冗談なのか
よく分からない事を口走るダイナ=ヴァルナガン
目覚めたばかりで調整が上手く行かないのかな
荒れ果て、崩れた廊下を歩く
埃っぽい、空気があまり良くない
前を行くダイナ=ヴァルナガン
その背中を見ながら思う
不思議なことに、彼女は何処か
浮かれているように見える
支配者として作られたダイナ=ヴァルナガンは
恐らく全てを与えられてここに居る
美貌、力、叡智、きっと何もかも持っている
完璧、と言って差し支えないだろう
だが得てしてそういう生き物は
`退屈`するんだ
ボクも、師匠でさえも
生まれつき力を持っている者の宿命だ
いいや、同じと思っている訳では無い、ただ
本を読み人の言語を扱い、言葉遊びをする彼女は
ただ`完璧`であろうとする普遍的な存在には
上位種だなんて崇高なものには
純白で気高く、天上の孤独のようなものには
ボクには到底思えなかったのだ。
価値観も違う、位置する次元も異なる
だが彼女には理性がある、知能がある
本を読み、紅茶の風味を楽しみ
ガワだけとはいえ`敬意`を表してくれた
彼女はわざわざ対話を選んだんだ
一時とは言え、意思確認の手間を掛けた
そこには意味があると思うんだ。
師匠も、ボクも
既に当初の思惑で動いていない
ただ確かめたいんだ、これは確認作業なんだ。
砕けた庭にやって来る。
「お花さんに罪はありませんが
まあ、仕方ありませんね」
彼女の言葉は本心なのかが分からない
けれど、師匠はそうじゃなかったらしい。
「保護しておいてやるよ」
始祖の血が発動する
「ほう」
ダイナ=ヴァルナガンが興味を示す
薄膜が張り巡らされていく
辺り一帯を、丸ごと保護するように
たとえ何が起きても無事でいられるように。
「いい力ですね」
「ハッ!」
驚きが少ない点、そして
まるで比べるかのような評価の仕方
間違いない、彼女にも何らかの異能が備わっている
始祖をモデルにしたと言うくらいだ
それはやはり`血`であるのだろうか
あるいは、別の——
「お話してくれたお礼です」
そう言うと、ダイナ=ヴァルナガンは
自身の両腕を広げ注視させた
変化はすぐに起こった
輪郭がボヤける、白いモヤの様になる
まるで実体が無いかのようだ
そこに感じるのは熱だ
例えるなら光、暗闇の宇宙に見える恒星
この惑星の言葉では形容しがたい温度だ
側に立ってるだけで蒸発してしまいそうだ
問題は彼女の、仮に`光の力`と呼称するが
それが全身に及ぶのかという事だ。
答えは恐らく
「物理干渉を避ける為の最終到達点ですよ」
となるとやはり、範囲は無制限か
まあいい、最低限欲しい情報は出揃った。
もう充分だ
ボクは意を決したように言った
「幸運を祈ろうじゃないか」
「健闘を、じゃあねェのか?」
隣から茶々を入れられる
「ツキのない者に掛ける哀れみの言葉だよ」
「だが運は呼び込む事が出来ますよ」
「ああ、まったくその通りだな……」
沈黙沈黙沈黙
風が吹く、土埃が舞い上がる
ひらひらと花びらが飛び散る
そして——
「始めようか」
次の瞬間、閃光が迸った……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
事は一瞬で起きた。
ボクの首が半分近く切り裂かれた
師匠の右腕が根元から吹き飛んだ
ダイナ=ヴァルナガンの両肩が死んだ
再生の周期
三者は同じタイミングで完治した。
虚空に軌跡が描かれる
ボクの爪は弾かれた
師匠の爪は命中した
ダイナ=ヴァルナガンは
師匠の首を切り飛ばした
そしてボクの両腕を破壊した。
しかし抵抗に合い、手首から先を失ってしまう
また訪れる再生の時、同時に復帰する。
ダイナ=ヴァルナガンがボクの心臓を狙う
捕まえて捻り壊す、引き込まれて首を飛ばされる
師匠が彼女の両膝をへし折った
首を掴んで握り砕く、師匠が縦に割られた
先に復帰したのはボクの方だ
ダイナ=ヴァルナガンの上半身を切り裂いた
だが威力を軽減され、胴体分離に届かない
ボクは再び心臓を狙われるが
復帰した師匠が頭突きをぶちかまし
頭蓋をめちゃくちゃに粉砕処理した
同時に、師匠の左胸に拳が突き刺さる
ボクが咄嗟に肘から先を切り離した
ダイナ=ヴァルナガンの頭が再生
無くなった肘の断面でボクを殴りつける
一撃で意識が彼方にぶっ飛んだ
彼女の腕が再生
ボクにトドメを刺そうと貫手を放つ
師匠がそれを止めて殴りつけようとし
下から顎を撃ち抜かれて姿勢が崩れる
ボクが復帰、ヴァルナガンを突き飛ばす
師匠の心臓に迫っていた一撃が狙いを外した。
体勢を立て直した師匠がそれを掴み
思いっ切り引き込もうとする、が
一瞬の隙を付かれ逆に引っ張られる
師匠が拘束を抜け、彼女の首を切り飛ばす
だが同時に師匠の首も切断されていた
ボクは無防備なヴァルナガンに爪を放った
両肩を破壊する、師匠とヴァルナガンが復帰
攻撃を放てないヴァルナガンを師匠が攻める
首への斬撃、捌かれて逆に腕を叩き折られる
隙を着いてボクが貫手を放つ
彼女はそれを捌こうとするが
師匠が、ダイナ=ヴァルナガンを拘束していた
だが体勢で心臓へのコースを塞がれた
必殺を狙えない、ボクは首を切り落とそうとし
牙で受け止められ腕を噛みちぎられる。
ヴァルナガンが師匠の拘束を抜けた
そのまま師匠の首を叩き折る
トドメを刺そうと動いた右腕は
直前でコースを変えてボクに向いた
だがそれを読んでいた、撃ち落とす
そのまま顔面を殴り抜く
しかし、額に受け止められて拳が砕ける
師匠が復帰、ヴァルナガンをぶん殴った
顔面がボールのように吹き飛んでいく
追撃を仕掛けようとして
ボクらは揃って上体を逸らした
ちょうど心臓の高さに
横1文字の斬撃が通り過ぎた
ボクはヴァルナガンの足を破壊
師匠は彼女の両肩を打ち砕いた
最後の詰めを仕掛けようとして
彼女の倒れ込むようなタックルを食らい
ボクと師匠は同時に動きを止められた。
ダイナ=ヴァルナガンが復帰する
ボクの貫手を身体で受け流し
脳天に、頭突きを叩き付けた
脳みそが圧縮され、潰れる
師匠が隙を着こうと動いて
ちょうど再生が終わった彼女の拳に左胸を貫かれる
が、その時既に
ダイナ=ヴァルナガンの頭部は失われていた
師匠の置き土産だ
彼女は額から上を切り飛ばされた。
ボクの頭が修復される
彼女の心臓に貫手を放つが捌かれる
だが、真の狙いはそれでは無かった。
ドンッ!
ボクは彼女の胸を叩いた、手の甲で
音の波を伝える様に、スナップを効かせて
あまりの度を超えた衝撃に
ダイナ=ヴァルナガンの内蔵がドロドロに溶ける
それは筋肉とて、例外ではなかった。
「——!」
頭部の再生が先に終わって、彼女は状況を把握
運動機能が破壊されて動くことが出来ないッ!
完全無防備!ボクは爪を振り抜いた
そして、すんなりとすり抜けた
まるで霞を相手にしているかの様に。
光化!ダイナ=ヴァルナガンの能力!
それだけでは無い、ボクの腕が蒸発している!
彼女の能力に触れた部分が、消え去っている!
ボクの左胸に
回避不能の一撃が飛んできて——
「……呼び覚ませ」
途端、ダイナ=ヴァルナガンの体を
始祖の血が覆い固めていった、まるでスーツの様に
輪郭がボヤけていた彼女の体を現世に縫いとめた!
血の完全拘束具、師匠は待っていたのだ
奴が己の力を発動させるその瞬間を!
いかなる物理干渉をも透過する能力
それを封じ込めるには、上から蓋をするしかない
始祖の血を通り抜けられないという可能性に賭けて
空っぽの水槽を満たしていく様に
内部に、始祖の血が注入されていって……
「——ッ!」
その時、恐怖を感じた!
ボクは咄嗟に師匠のことを突き飛ばした
肩で押し出すように、全身を使っての一撃!
ドンッ!
師匠の体が流れる、そして
先程まで体があった箇所を
とりわけ`心臓を狙う`軌道で攻撃が振られた
拘束は完全では無かった
まるで、見越していたかのような一撃
己の能力と命をベットした凶悪な罠!
「——そう、上手くはいきませんか」
血に覆われていたダイナ=ヴァルナガンの体は
次の瞬間、全く別の場所に現れていた
ボクの真後ろ
師匠を突き飛ばした直後の硬直を狙って
背中から、左半身にある致命的な弱点に
実体を伴った拳が突き刺さり——
「やらせるかボケがァァッ!」
師匠がヴァルナガンに攻撃を振った
ボクの窮地を打開する為の行動ッ!
だが、その爪は空を切った。
ボクは心臓を握り込まれた
力が込められ、ひび割れて潰れていく
攻撃の後隙を晒すウェルバニア=リィドには
もはや、打つ手など残されてはいなかった。
ボクは死——
「——ようやく尻尾を出しやがったな?」
ニィ、と
悪童の笑みを浮かべる師匠
「——!これは……」
ダイナ=ヴァルナガンの体が強ばった
表情が崩れる、まるで理解できないことを
目の当たりにしてしまったかの様に。
……そうかッ!
今、ボクの体の中には!
ボクの失われた身体能力を補填する為の
始祖ウェルバニア=リィドの血が入っているッ!
奴は
能力でトドメを刺す事が出来ないんだ
だから、わざわざ実体化して攻撃したんだ
ダイナ=ヴァルナガンはボクの心臓に触れている
確実に命を奪うために、その手で触れている!
「心臓媒介、俺様の血をぶち喰らいやがれェッ!」
「ぐ……っ!」
彼女はストン、と崩れ落ちた
一瞬膝で止まる、青ざめた表情をしている。
ボクは彼女の左胸に拳を抉り込んだ
そして、自身がやられたのと同じように
奴の心臓を掴み、爪を立てて握る
「ふ、む……これが、死、ですか」
「——暗くて冷たい所へ行きたまえよ」
次の瞬間、彼女の心臓は握り砕かれた
目から光が消える、体から腕を引き抜く
彼女は、ドサッ……と力なく倒れ込んだ
倒れ伏す奴の姿を見下ろして
師匠はこう言った
「まったくふざけた野郎だぜ」
「ああ、概ね同意だね——」
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