ふたりの吸血種


この世が終わったかと思うほどの衝撃

空中庭園が墜落したインパクトの瞬間


戦いは始まった。


「ウァァァッ!」


フレデリックの先制攻撃

足首を薙ぐように振られる爪

予備動作なく繰り出されたそれは

意表を突くには正しく最適であった。


ももを上げて回避

ジーンがそこへ合わせて攻撃を振る


捌く

たんっと軸足を入れ変えて蹴り込む


「……っ!」


防がれる、が


ボクの足を捕まえる気でいた彼女は

予想を上回る衝撃を与えられ、体が流れた。


しかし、好機とはなり得ない

フレデリックが隙をカバーしているからだ

下手に取りに行くと、逆に殺られる。


ブンッ!と

フレデリックの鎌のような足が放たれる

ボクは、内側に入り込んで脚を捕まえた


「そうら!」


そのまま足首を持って

体ごとひっくり返すようにぶん投げる。


フレデリックは空中で縦回転

ノックバックの勢いを殺すつもりだ!


そうはさせるものか


更に追い打ちを仕掛けようとした所に

ジーンが素早く爪を振った

ちょうど、ボクの両目を抉るコースだ


今は対応する間が惜しい

僅かに屈んで、腕の下をくぐり抜ける


が、斜め下から膝蹴りが飛んできた


咄嗟に腹で受止める

そのまま関節を握り砕き、肩で弾き飛ばす


「ぐ……っ!」


その時フレデリックが

回転の勢いを利用し足を振り上げてきた

真下から顔面をぶち上げる遠心力の一撃


ガッ!


フレデリックの硬いつま先に

下から顎を打ち抜かれた


顔が上をむく、首の骨に亀裂が入る

顎の筋肉がはち切れて、地面から足が浮く


だがボクは、やられっぱなしでは終わらない

ボクはフレデリックのつま先を

蹴られた時、咄嗟に噛みちぎっていたのだ!


咥えたフレデリックの足の1部を

体勢を立て直したばかりのジーンの顔に

フッ!と息を吐き、圧力によって飛ばす


「っ……!」


当たりはしなかった、だが

避けるために行動を起こしてしまった

ボクへの追撃は間に合わない。


こちらも体勢を立て直した

前蹴りを放って、ジーンを後退させる。


丁度、フレデリックが着地

……と同時に踏み込んだ!


早い、グングン近付いてくる!

一瞬にして肉薄、収縮する筋肉


だがボクは、その初動を見切っていた

そして逆に一撃を入れてやろうと画策し


「……!」


奴の狡猾な策に気が付き、止めた

見え見えの一撃から距離を取って様子見

フレデリックはその貫手を振らなかった


一瞬だけ間合いが生まれる

お見合いの時間、探り合い引っ掛け合い

ジーンがボクの誘いに乗った

咄嗟に、フレデリックがカバーに動くが


「しま」


シュッ——


疾風の様なその一撃は

ジーンではなくフレデリックに振られていた

もう間に合わない、彼の首が切り飛ばされる


だが追撃にはいかない、置き土産があった!

首が切り飛ばされ、肉体の制御を離れる直前

フレデリックは1発、斬撃を放っていた。


高速化する思考

しかと目で捉えながら思う


今踏み込めば被弾する

かと言ってワンテンポ遅らせると

ジーンが割り込んできてトドメを刺せない

次の瞬間には既に傷は完治しているだろう


機を逃した、痛手だ

鼻先を掠めていくフレデリックの斬撃


そこへ


挟み込むようにジーンが攻撃を放った

ボクは間合いを外す事で対処しようとして

事に気が付いた!


「——っ!」


フレデリックだ!

フレデリックの腕がボクを捕まえていた!

彼の置き土産の正体は攻撃では無かった!


ジーンの爪が心臓に迫る

動けない、躱すのも間に合わない

左胸に差し込まれる腕!


その奥の心臓に手が掛けられ……


「……う、動かないッ!」


穴の開けられた体

そこへ差し込まれた彼女の腕は

言わば、四方から拘束されたも同然だ


それにより、ほんの一瞬だが

ジーンの攻撃は完全に止められた


フレデリックの首から上が再生する

ボクは、自身を捕まえている彼と

文字通り、体で抑えている彼女を


真後ろに全体重を掛け、引き込み

そのまま思いっきり地面に叩きつけた


——ゴッッッ!!


亀裂が入り、ぶち割れる地面

足場が揺れる、深く深く陥没する

瓦礫が舞い飛び、凄まじい音が鳴り響く。


「ガ、ハァ——ッ!」


「は、ぐ……っ!」


両者ともに、無視できない損傷を負った

特にダメージが酷かったのはフレデリックだ


再生直後で状況把握が完璧では無かった

それ故に、受身を取り損ねてしまったのだ


唯一、しっかり備えられたジーンも

衝撃を殺し切れずに跳ねてしまっている

フレデリックは、今完全に無防備となった。


ボクは太ももに装着した

吸血殺しのナイフを引き抜いて

素早く8回、フレデリックに突き立てた。


「く……っ!」


再生が終わり次第、反撃を行うフレデリック

だがあまりにも弱々しい、遅い、驚異では無い

肉体性能の8割を奪われて、彼はもう戦えない。


「フレデリック!」


ガッ!


倒れ伏す彼の背中を踏み付けながら

復帰してきたジーンに問い掛ける


「さあ、もはや貴様に勝ち目は無い

抵抗を続けるならここで彼を殺す

簡単だ、このまま踏み砕くだけなんだからな」


ミシミシミシッ!!と、肉が裂ける音がする

この足が背中を貫通し、心臓に到達するまで

あとほんの少し、ほんの少し力を加えるだけでいい


1.2秒の間があって、彼女は答えた


「……それでもダメ」


覚悟したように


「例えフレデリックを失ったとしても

私は、私の理想を諦める事は出来ない」


ボクは、冷たく言い放った


「そうか、残念だ」


ブヂッ……!


「あ」


気の抜けた声がした

そうなることが分かっていながら

それを受け入れられないような。


己の選択に対し

心底後悔しているかのような

絶望の谷底に沈んだ表情を


ボクは


に見ていた。


「——え?」


絶望、後悔、戦意の喪失

吸血種ジェイミーは戦いに万全を期す


「キミらの負けだ」


そう呟いた、ボクの手には

ジーンの腹を突き刺すナイフが

握り込まれているのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——なによあの土壇場の復帰力!」


「クソがッ!たった一手で巻き返された!

おのれジェイミー、次は、次はないぞォッ!」


喚くジーンとフレデリック

ボクは庭園の内部構造を記した地図を見ながら

頭を踏み付け、嘲笑うようにこう言った。


「吠えたまえ吠えたまえ!キャンキャンキャン!

敗色に彩られたキャンパスが、惨めに汚れていくぞ」


吸血種としての力を

ほとんど削り取られたフレデリックとジーン

彼らは、リンドにやったのと同じ方法で

完全に拘束、無力化されてしまっている。


身体能力の弱体化に伴って

血の力の出力も同時に落ちているらしく

鉄パイプを曲げて作った拘束具程度すら

まともに切断出来ないようだった。


「……本当に殺す気なの」


不服極まる

といった様子でジーンが言った


「ああ、始末するつもりだよ

そんな危険なモノは無いに限る


未来のボクにどんな被害があるか

全くもって予測が付かないからねぇ」


「……ジェイミーさんにとって、彼女は

`面白い`に値する存在だと思うんですけど」


ピクリとも身動き出来ないフレデリックが

ご最もな疑問を叩き付けてきた。


「始祖をモデルに作られた、という言葉を

そのまま信じたとして、仮にボクに対して

敵対行動を取った場合、ボクは死ぬしかない


何せボクは、師匠に勝てないからね

あのクラスの力を持っていると言うのなら

それは興味では無く、保身を優先させて貰う


引き際、というやつだよ

ここまで生き残ってきた秘訣さ」


話によると、その生命体は現在

この庭園の奥深くで眠っているらしい

完全なる無防備である、との事なので

まず問題なく処理出来るだろう


……そう思いたかったのだがね


「それで、フレデリック、ジーン

この空中庭園は地上へ墜落した訳だが

その時の物理的な衝撃によって

彼女とやらが目覚めた可能性はどうだ」


「ないわ」


「特殊な方法でなければ起動しない

あの程度では、何も起きやしないよ」


詳しい知識があるのは彼女らだ

本来ならその言葉を信じるべきなのだろうが


「……ならば、何故キミらは

そんなに落ち着いているんだい?」


彼女らの主張が正しいとすれば

紛れもなく絶体絶命のはずなんだ

必死さ、というものがあって然るべきだろう?


「ただ単に諦めているだけだよ

だって、僕らはもう戦えないじゃないか

今更抵抗したところで、何にもならない」


やはり、どこか釈然としないな

拭いきれない違和感が喉に引っ掛かっている

この違和感は無視するべきでは無いと

吸血種ジェイミーの、野生の勘が告げている


……ボクは決断した


「目的の生命体は既に目覚めたものとする

ボクは奴を殺す、しかし1人では不可能だ」


大きく息を吸い込んで

語り掛けるようにこう言った


「——師匠、出番だよ」


その言葉を聞いたフレデリックとジーンが

がっくりと、全てを諦めた様に項垂れるのを

ボクは視界の端に捉えているのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る