視界を、覆い尽くすのは

——ズガガガガガ、ドガァァンッ!


爆発により生まれた衝撃は凄まじく

容易くボクの全身を砕くだけには飽き足らず

何階層分も突き破って落ち、挙句地面に激突した。


前も後ろもズタボロだ

初めに爆風で受けた傷が治るよりも早く

ボクは背面への衝撃を味わった。


「く、は……」


加わる、そのあまりの圧力に

肺の中の空気が一斉に外へ漏れ出す

普通の生き物であれば確実に即死している

コレはボクが吸血種だったから耐えられたのだ。


遅れてやってくる理解

アカヅメを失ったという事実


頼れる遠距離攻撃の手段を失ってしまった

血を扱う事が出来ない今のボクでは

リンドの銃撃に抗う術を持ち得ない。


視界も、聴覚も吹き飛んだ!

それが回復するのを待つ余裕は無い

彼女は直ぐに追撃を仕掛けて来るはずだ!


考えろ


この一瞬のうちに考えろ

ボクがリンドの立場ならどうする?


幾ら隙を晒しているとはいえ

ジェイミーに接近するのはリスクが高い

ならば頭上から撃ち下ろし、再生を余儀なくさせ

行動不能に追い込んだ上で、安全にトドメを刺す。


ボクならそうやって動く

ならば降り注ぐのは銃弾の雨!


触覚も平衡感覚も

何もかもが失われている闇の中で

ボクは、自分が今どういう体勢で

どのような状態にあるかを一瞬で推理し


的確に身体操作を行い

我武者羅の回避行動を取った!

遅れて戻ってくる五感、そして認識する

ボクの行動が、正しかったという現実を。


倒壊していく建物

見るも無惨に破壊された最下層

そして真上から降り注ぐ弾丸の雨あられ


膝から下を吹き飛ばされながらも

ギリギリで射程圏内から離脱していた


——リンドの怒声が響く


「そう何度も避けられてたまるかってんだ!」


ジャキ、見えはしないが音で分かる

大きめの銃火器が構えられる気配だ

隠れていようが、多少狙いを外していようが

お構い無しにボクを無力化する兵器と見た!


この建物は倒壊している

大きさ形状、共に様々な瓦礫が落ちてきている

ボクはその瓦礫を、彼女へ向かって蹴り上げた


——ガッ!


しかし、リンドはソレを意に介さず

飛来する驚異諸共ボクを吹き飛ばすべく

その重厚な兵器の引き金を引いた。


閃光が炸裂した


目と脳回路を焼くような鮮烈な光

銃口から放たれたのは極太の熱線だった

周りのもの全てを、ドロドロに溶かしながら



「……くっ!」


蹴りあげた瓦礫はひとつでは無かったッ!

最初の1発の影に隠して、もうひとつ

見えないように小さな破片を蹴り上げていた


ほんの拳大程度の小さな破片は


しかし、大砲の弾のような勢いで飛び

リンドの構える銃火器の先端に当たり

その銃口を跳ね上げていた。


直ぐに第2射がやってくるだろう

だが、そんな暇は与えてやらない!


ボクは左右に鋭く切り返しながら

その辺に落ちている瓦礫を拾い上げ

続けて3回、リンドに向かって投擲した。


止むを得ず、彼女は血の力を使い

自分をグルッと覆うように防壁を展開した

銃を撃つための隙間を開けつつ。


——だが、それが災いした


真っ赤な血の防壁から

ひょっこりこちらを覗く銃口は

避け難い驚異であると共に

狙うべき弱点でもあるのだから。


ボクは拾い上げた瓦礫を砕き

サイズを小さくしてから

その、覗いた銃口に向かって投げた。


投擲物は見事に真っ直ぐ飛び

狙い通り、穴の中へと入っていった

そうとは気付かず引き金を引くリンド。


結果、起きたのは大爆発!

さながら火山の噴火のような勢いで

灼熱の高エネルギー物質が撒き散らされる


ジュウウウウッ!という悲鳴を上げながら

既に崩れてボロボロだった建物が溶けていく

いや、最早建物だった名残は何処にも無かった。


成層圏を通過した隕石のように

炎に包まれ、黒煙を上げながら墜落するリンド

ソレを見るなり、ボクは素早く前へ踏み込んだ


煙で前がよく見えないが

五感は告げている、敵の正確な位置を!


——ヒュンッ


重なり合ったふたつの風切り音

それぞれが目的を達成する事は無かった

片方は防がれ、片方は軌道を逸らされた。


——接敵


踏み込んで爪を振り抜く

空を切る、すぐに引き戻して構える


顔のスレスレを蹴りが通り過ぎた

半歩下がっていたのが幸いした


間髪入れずにカウンターのお返し


受け止められるが、勢いを殺し切れない

少なからず損害を与えることに成功する


だが、受け止められた腕が握り砕かれた


胴体に、槍のような前蹴りが突き刺さる

だがボクは、ソレをあえて食らっていた

ももを上げて、肘を打ち下ろして

リンドの足を上下から挟んで破壊する!


そのまま更に詰めようとして

風の流れを察知して咄嗟にガードを上げる

顔の横に持ってきた腕に、蹴りが叩き付けられる


挟み壊された足を軸に

ハイキックを放ってきたのだ


ボクは顔の向きを変えて

受け止めたリンドの足に噛みつき

そのまま足の一部を噛みちぎった


続けざまに真っ直ぐ貫手を飛ばす


顔面を抉り飛ばす軌道で放たれたそれは

甲高い金属音と共に防がれた

銃だ、リンドは銃で攻撃を防いだのだ!


という事は、思い出せ

恐らくその銃口はこちらを向いている!


咄嗟に軸をズラそうとしたが間に合わず

膝から下をズタズタに吹き飛ばされた


支えを失い、落下するボクの身体に

煙の向こう側から銃弾が姿を現す


だがボクは、事前にそれを察知していた!

追撃は直接ではなく銃を用いることを

ここまで戦ってきた経験から予測していた


何度も食らってきたリンドの銃撃

何度も見てきた、今日この日まで

戦ってきた数多の経験からくる正確な予測


引き金を引くタイミング

弾の初速、加速、狙う場所

それら全てを完璧に読み切って


——ギッ!


眉間ど真ん中を撃ち抜かんと放たれた弾丸を

爪を真横に振り抜き、真っ二つに切り裂いた


別れた金属片は

こめかみの辺りを掠っていった


失われた足が再生する

それと同時に鋭く前に踏み込んで

彼女の持つ銃を、手首ごと蹴り飛ばしてやる


——ガッ!


これでリンドが持つ銃火器はゼロだ!

ここから先は完全なる肉弾戦の土俵!

しかし思い込みは禁物だ、ここは下がるべき


ダッ!と飛び退いて距離を取る

そしてそれはリンドとて同じであった。


灰色に立ちこめる煙のフィールド上で

一瞬のうちに交わされた攻防は約7度


いずれも大した成果を得られぬまま

やがて煙が晴れ、視界がクリアになった


2m程離れた地点で、拳を構えるリンド

彼女は全くの丸腰の様に見えたが

だが演技かもしれない、隠し球の存在


気を配っておかねばなるまい

ボクに取って少なからずプレッシャーになる

勝敗に、どのように作用するかは不明だ。


「リリィはどうした?えぇ?

こんな所で油を売っている場合なのかい、リンド

一時休戦と行こうじゃないか、互いの利益の為に」


煽って動揺を誘うと共に

何とか味方に引き入れようと試みるが

リンドにそれが通用するとは思えなかった。


「もし出し抜かれたら、そん時はそん時だ

今は取り敢えず、あんたを再起不能に追い込む

あたしの目的が済むまで大人しくしてもらう!」


やはりね、この女はそういう奴だ


勝てる方に付く計算高さと

土壇場で全てをかなぐり捨てて、独走する

強力な突破力を兼ね備えているのだ

この段階になっては、もう説得は無意味だ。


殺すか、戦力を削ぎ切るかだ

リンドを止めるにはそれしかない

ここで仕留め切る、それしかない。


構える


ジリジリと縮まる距離

お互いに手を出せば当たる位置関係

それでもまだ、攻撃が振られる事は無い


「……」


「……」


視線の動きで意識誘導を仕掛けたり

足や肩の筋肉を収縮させてフェイント

仕掛けたり、誘い込んだりを繰り返す。


先に手を出したのは向こうだった


前手を引っ掛ける様に振られる爪


到達する前に弾いて、肩を入れてジャブ

額で受け止められて拳が砕かれた


繰り出された追撃を躱しつつ、内側に身入り

肩でタックル、リンドを後ろに弾き飛ばす

離れ際に蹴り込み、太ももを破壊する


——バヂィン!


体勢が崩れる、しかしリンドは逆に

その勢いを利用して掴み掛かってきて

腕の力で無理やりボクを持ち上げた。


リンドの肩に手を置いて、体を浮かせて

がら空きの顎に下から膝蹴りを叩き込む

リンドの顔面が大きく仰け反った。


そのまま空中で1回転しながら踵を振り上げ

斧のように、右脚を振り下ろす!


それは正しく剣となり

受け止めようとしたリンドの守りを貫通

そのまま体を縦に引き裂こうとするが


僅かに狙いを外され

袈裟に深く傷を負わせる程度に留まった

そのダメージは決して深刻では無い


反撃が来るのは早かった

腰を捻って、真っ直ぐ突き込まれる貫手

ボクは即座に反応、肘から先を切り飛ばす


リンドが体ごと突っ込んでくる

ドンッ!という衝撃と共に

後方に弾かれるボクの身体


弾き飛ばされていく直前

咄嗟にリンドの喉元を掴んで引きちぎる

首の筋肉の大半を持っていかれた事で


頭の重みを支えきれずに

不自然な角度でガクンと折れ曲がった

好機と思い、腰に括り付けたナイフを投げた


それは防がれることなく

リンドの右胸へと深く突き刺さり

同時に、彼女の吸血種としての力が

大幅に減少するのが分かった。


「——クッソ!」


首の筋肉が再生せる


刺さったナイフを引き抜いて

ボクに投げ返そうとするリンド

だが、ボクは既にいた。


「しま……」


投擲を行おうと振りかぶった右腕

片手が塞がれ、迎撃の準備も出来ていない


リンドの腕を捕まえて

脇の下を潜るように背中に周り

ナイフを奪い取り、再び背中に突き立てる。


「が——っ!」


真後ろを振り払う様に爪が振られる

ボクは姿勢を低くしてそれを躱し

もう1本ナイフを抜き、左大腿部に突き刺す


「チクチクと、このっ!」


苦し紛れの1発は非常に弱々しかった

彼女は既に肉体性能を半分近く失っている

もはや、ボクの相手とはなり得なかった。


背中を蹴っ飛ばす

つんのめって飛んでいくリンド


ボクはその背中に、更に2本ナイフを投げ

これ以上抵抗出来ない様トドメを刺した。


ゴロゴロと転がっていくリンド

受身を取る事も出来ないほどに弱っている

彼女はもう戦えない、着いて来れない。


吸血種リンドは敗れた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「リリィは何処にいるんだ」


鋼鉄のパイプをもぎ取り、腕力で形を変えて

簡易的な拘束具とし、リンドを縛り付けながら

情報を得る為の質問を行う。


「さぁ、あたしは知らないよ」


要領を得ない答えが返ってくる

共謀者を逃そうとしているのかもしれないが

どうも、嘘を着いている様には思えなかった


それで思い至った


「……もしかして、ここに来なかったのか?」


ここに来た時点で既に

一緒には居なかった可能性


そう、初めからリリィはここに居なかった

何処か別の場所に、何かをなしに行った


彼女はもう自分では戦えない

だとすれば、姿を晦ました理由は……!


「……ジーン!」


しばらく姿が見えなかった

彼女の事を思い出した、その時

遠くの方で`何かが動く音`を聞いた。


それはまるでエンジンの起動音の様だった

キュイイイイイン……という耳に残る物音

擦れるような、回転するような、ゆっくりと


——照準を合わせるかのように


次の瞬間、ボクの目に飛び込んで来たのは

視界を埋め尽くす程のだった。

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