それは地上を支配する、天上の庭


——実に快適ッ!


思う通りに動いてくれる自分の体に

いっそ感動すら覚える、今までがどれだけ

不便な状況だったのかがよく分かる。


ビュンビュンと、背後に流れていく景色と

追い縋ることなく引き離されていく怪物達


自慢の脚力が遺憾なく発揮される快感

一種の全能感すら覚える程に。


向かう先は既に決まっている

事前に得ていた予測飛行経路から

空中庭園が何処にあるかは分かっている。


現地へ向かいがてら


墜落した地点に破棄したアカヅメを回収しつつ

ボクは復讐の為、そして勝利の為に走った。


「聞こえる、得体の知れない駆動音が

想像を絶する大きさの物が動く気配が分かる」


目的地はこの山を超えた向こう側

ボクの拠点から南南西に進んだ先

追いつく事は出来る、ただ問題は……


——ザッ!と、山を超えた辺りで立ち止まる。


「そう、問題はをどうするかだ」


陽光を遮る黒い影


空の高いところに浮かぶ空中庭園

全長数百kmにも及ぶ、機械仕掛けの要塞

その周囲には分厚い障壁が展開されている。


可能なことなら、こっそり潜入したい

中に居るであろうリンドやリリィに気取られず

しかし現状、それはあまり現実的では無い。


選ぶべくはふたつ

強行突破か、待機か


「……ボクとしては機会を伺いたいが

そうも言ってられないかもしれない」


仮に、リリィとリンドが何らかの方法で

あの地下研究施設から空中庭園の中へ

転移の様な方法を使って入ったのだとすれば


そもそも、物理的な方法で内部に入る術が

用意されていない可能性だってあるんだ。


もし絶好の機会に恵まれたとして

あの障壁に阻まれて逃してしまう

ということも考えられる。


「やはり当初の計画通りで良いな」


目標物を視認したボクは

1度その場から大きく離れるように走った

一目散に、とある地点を目指して真っ直ぐ


そうして少しの間走り、開けた平原に出た

背の低い植物が生い茂る、豊かで穏やかな場所

小川の流れる音や風で木の葉が舞う音など


やかましい化け物の声は一切なく

吹き荒れる嵐も、血の匂いもしてこない

正しくちょうどいい場所なのだ。


「そろそろだと思うが……」


予定の時間になった

そして、ふと空を見上げてみると

そこに目的のモノを見付けた。


地上から見ても分かる、あの眩い輝き

青空を支配する第2の太陽、黄金龍ギーツヴァルク


やったぞ、来てくれた!

師匠が話をつけてくれたんだ!


キラキラと光を反射する金色の鱗

何処か困惑したような表情をしたまま

遥か高いところに姿を現したボクの飛龍。


ボクはその場でトントンと軽く跳ね

体の調子を確認した後、足の裏に力を貯め

大腿、脹脛にドクンッ!と血液を循環させ


——そして一気に解放!


ボクの身体は瞬く間に地上を飛び出し

ギーツヴァルクくんの隣にフワッと舞い上がった


「ぐるる……」


`相変わらずぶっ飛んだ事を`

彼の目がそう言っている


ボクは楽しそうにニコニコ笑いながら

ひょい、と彼の背中に乗り込んだ


「よく来てくれた、時間通りだ」


ボクはここへ来る前、師匠に頼んだのだ


`もうすぐ1匹の龍が巡回にやってくる

彼は頭が良く言葉を理解できる上

ボクに対して非常に友好的だ


今からボクが言う座標に来てくれるよう

師匠の方から依頼を出しておいてくれ

報酬は、たくさんの食料の提供だ`


「意地悪とかされなかったかい?」


`甘いものをくれた`


「師匠が?……龍にロマンを感じたのだろうか

それとも、いつもの面倒みの良さが出ただけか

……まあいい、どっちにしろ助かったよ」


「ぐるぅ……」


やや不服そうな唸り声がした

`食料の為だ`と言ったような気がする

相変わらず絶妙な意思疎通だよ。


「ではギーツヴァルクくん

あそこに見える浮遊物の上に着けてくれ

キミの仕事はそれで終わりだ」


バサッ!


ボクの指示を聞くなり彼は

大きく翼をはためかせ、加速と上昇を行った

グングンと地上から遠ざかる、いい速さだね。


グルッと大きく回り込むように

接近を悟られないように距離を取りながら

ギーツヴァルクくんは飛行を行う


あまり近付きすぎると

何らかの防衛機構が働く可能性がある

突入の限界ギリギリの瞬間まで

なるべく近寄りたくは無い。


「……よし、ここでいい」


空中庭園のちょうど真上に来たあたりで

彼の頭を軽く撫でてから立ち上がった

そして身を乗り出し、真下の状況を確認する。


「特に異変は無いな

恐らくまだ悟られては居ないだろう

ここから先は現地での対応力が物を言う」


ボクは、まるで休日の日の家の玄関から

散歩に向かう時に踏み出す1歩のように

何も無い大空へと身を投げた。


一瞬の静止


世界全てが、凍りついたように止まる

これから始まる落下の前兆、ふわりと

あるいはグイと、星の引力が働く手前の時間


引きずり込まれる、己で浮力を保てない

ボクのような生き物には、為す術が無い


——落下する


それは徐々に速度を増していき

秒針が動く度に、止めることの出来ない加速が

この身に降り掛かって積もっていく。


近付いてくる

空中庭園が近付いてくる


「……今だッ!」


ボクは!ホルスターから銃を引き抜き

真下に向かって構え、引き金を引いた!


……そう、連続で

装填されている6発の弾全てを

空中庭園を守る障壁に向かって放った!


ドドドドドドンッ——!


6発!打ち出された44mmの弾丸6発ッ!


1発目が着弾する、バヂィィィッ!!!

稲光と引き裂けるような音が鳴り響き

アカヅメの放った弾丸は防がれる


2、3、4発!とそれが続く

絶え間なく、同じ場所に打ち込まれる弾丸は

ひょっとしたら何の効果も無いのかもしれない。


そう、思い始めた時

ちょうど5発目が目標物に到達した


——ピシッ

空間に亀裂が入った


いいや、正確には物理障壁にだ

アカヅメの弾丸は効いていた!効果があった!

ヒビ割れ、砕けかけている障壁に対し

最後に降り注ぐダメ押しの1射が、激突する!


6発目、着弾


そして


バリィィィィンッ!!!


耳に残る不快な騒音を轟かせながら

空中庭園を守っていた障壁が砕け散った。


とりあえず最初の1歩は踏み出せた

しかし、安心するにはまだ早すぎる

ボクは、素早くアカヅメの弾倉を交換した


このま無事に侵入出来るかと思われた、その時

カシュッカシュッカシュッ……という音と共に

庭園の側面に設置された武装が起動した。


無数の砲塔が、一斉にこちらを向く

それぞれで振り向きのタイムラグが無い

つまり自動照準、精度は恐らく高いだろう!


「振り切れますようにっ!」


ボクは落ちながら姿勢を捻り、地上に背を向けた

そして空に向かってアカヅメを構え

続けて6回、トリガーを引いたッ!


ズドドドドドド——!


生み出される反動は凄まじく

ボクはあえてソレを殺さなかった

結果得られる爆発的な急加速ッ!


「うあ——」


あまりの速度に思わず声が漏れる

グゥン!視界がめちゃくちゃに早く流れる

背中に打ち付ける風圧がまるで岩のようだ


自動照準の砲塔は一瞬標的を見失った

先程までボクが居た地点を、おぞましい量の

弾丸やミサイルが通過していった。


そして、そうと認識する暇もなく

ボクの体は地上に激突、背骨にヒビが入り

両足が5度ほど砕け、頭蓋骨が陥没する


——ォォォォドンッ!!


脳機能が大破したおかげで

一瞬聴覚が失われる、その治り際

耳に届く激突音と遅れて伝わる墜落の衝撃


モヤの掛かった意識がクリアになる

ボクは飛び起きて、周囲の状況を確認する


空中庭園という名前の通り

辺りは実に華やかであった

さながら貴族の屋敷の庭のように

支配者が優雅な日々を送るための


自己顕示欲と、敗者を踏みにじる

快楽に身を興じる為の設備、風景


外側から見た時とは打って変わって

兵器と思しき物は何処にもなく

嘘のように平和な光景が広がっていた。


「少々派手ながら潜入は成功

あとは邪魔者を排除するだけだ」


ボクは周囲の気配を探ろうとして

背筋に薄ら寒いモノを感じて飛び退いたッ!


ヒュゥゥ——


ズダァァァァンッ!


たった今、ボクが立っていた地面が

飛来した`弾丸`によって木っ端微塵に消し飛んだ

床に空いた大穴、薙ぎ倒された庭園の木々

その光景を見て、ボクは即座に理解した!


「リンドォォォーーッ!!」


キランッ!と光が見えた

ボクは鋭く左右にステップを踏んで

2射目を躱そうとしたが——


ヒュゥゥ


ズダァァァァンッ!


「……っ!」


完璧に避けきる事は叶わず、右肩に弾丸が命中した

それによって上半身の大半が消し飛ばされ

同時に体勢の崩れを余儀なくされる。


再生は0コンマ数で終わる!

しかし、このままでは間に合わない!


——ならばッ!


ボクはアカヅメを真っ直ぐ構えた

そう


それは決して当てずっぽうでは無い

これまで2度行われた長距離狙撃、着弾点

聞こえてきた音、大気の震え、射撃間隔!


それら全ての小さな情報のパズルを組み立て

極めて正確な敵の位置を割り出して行われた

吸血種ジェイミーの反撃の牙である——ッ!


カチッ


撃鉄が落ち、銃身から吹き荒れる真っ赤な炎の嵐

火薬の炸裂、飛び出す弾丸、彼方へ向かって

右腕の代償を払ってもらうぞ!


——弾丸が空中ですれ違う

リンドの放った弾丸が向かってくる

再生はまだ終わらない、治りきらない

今から回避行動を取る事は不可能ッ!


ヒュゥゥ


ズダァァァァンッ!


ようやく再生の終わった胴体の

ど真ん中をぶち抜いていくリンドの一撃

そのあまりの威力に、胴体がちぎれ飛ぶ


泣き別れになる上半身と下半身

空中に投げ出される上体、トドメを刺すなら

この瞬間しかない、ボクに為す術はもう無い


封印でも何でも打ち込まれたとて

吸血種ジェイミーは甘んじて受けるしかない

目を閉じる、集中する、遠くの音を聞き分ける


そしてある時ボクは、口元の端に笑みを浮かべた

それは紛れも無い、思惑の成就を意味していた!


「トドメの一撃は来なかったんだ!

リンドに、ボクの牙は突き立てられた!」


再生する体、と同時に走る

ジグザグ、上下左右に飛び跳ねながら

決して狙いを絞らせないように走り続ける。


ヒュゥゥ


ズダァァァァンッ!


少しの間を置いて、射撃は再開された

しかし、もうボクに当たる事は無かった

狙いも、撃ってくるタイミングも読めた


もう当たらない

そんな狙撃は二度と当たらない


——ダッ!


朝を引き裂く踏み込みは、さながら光のよう

何もかもを置き去りにして、ボクは飛んだ


吸血種ジェイミーの跳躍

それは大陸をも優に飛び越える


この程度の距離を

撃ち込まれる弾丸を掻い潜ってなど

靴紐を結ぶかのように、簡単な事だ。


建物が一気にグワンッ!と近付く

ボクは爪を構え、壁に叩き付けた


ガラガラと音を立てて崩れる建物の壁

内部に侵入、窓辺りに狙撃銃を設置して

外を狙っているリンドの姿を視認した!


「よう、元気かジェイミー!

早速で悪いが出て行っておくれよなぁ!」


リンドはそう叫びながら

狙撃銃から手を離して立ち上がり

背負っていたショットガン掴み、構えた


狭い通路で散弾銃を相手取るのは分が悪い!

ボクは素早く反応し、タックルで壁をぶち破り

反対側の通路へと抜けた


ドゴォォッ!

異常な爆裂音が左側から響く


「目覚まし時計に良いかもね!」


軽口を叩きながらアカヅメを構え

壁越しのリンドに照準を合わせ、射撃

弾丸は壁を抉り飛ばしながらカッ飛ぶ


しかし手応えがなかった!

やろう、リンド!血で防いだなッ!


敵の位置を再補足しようとしたその時

ボゴッ!と床から生えて来た腕に足を捕まれた

ボクは咄嗟に膝から下を切り離しながら


グルッと体の向きを変えて

天井を蹴り、真下に向かって突撃した!


床をぶち抜いた先でリンドの姿を捉える

と同時に爪が振り抜かれる、ボクはソレを

ギリギリのところで躱して、貫手を放った。


——ビュッ!


……ガキィィンッ!


ボクの攻撃はリンドに防がれた

正確にはリンドの持っていたショットガンに

しかし、その


「あたしからのプレゼントだ!」


ボッ!と銃口から火を噴く

極限まで引き伸ばされた時間感覚が

弾の1粒1粒まで正確に認識させる。


被弾は免れない、ならばどうするか

このまま喰らう?いいやそれは無い


着弾までに起こせる行動はひとつ!

それならば——


ボクは袖の中に仕込んでいたナイフを

目の前のリンドに向かって投げた

直後、ボクの体は5割程消し飛んだ。


通常ならばコレで決着だろう

一瞬とは言え戦闘不能となったボクは

リンドの一撃を、防ぐことが出来ない。


……だがしかし!


視界と、皮膚感覚、平衡感覚

聴覚全てが再生能力によって取り戻された時

ボクはまだ戦闘続行が可能な状態であった。


それは何故か、答えは目の前!


「……くっ」


ボクの投げたナイフを

銃で弾くリンドの姿にあった


ボクが投擲したのは

吸血種の肉体能力をカットするナイフ


既に、その驚異を知っているリンドは

例えチャンスが目の前にあったのだとしても

迫り来るソレを無視する事が出来なかった!


もし、迷わず突撃されていたなら

投げ打ったナイフに目もくれず

一目散にトドメを刺しに来られたなら

この戦いはボクの負けであっただろう。


ボクは落ちながら、壁を蹴って斜めに飛び

そのまま横、上、そして斜めへと跳躍し

彼女がボクに狙いを付けられない様にする


「だったらコイツだ!」


ドガガガガガガガガッ!


リンドはサブマシンガンを構えて

飛び回るボクへ、めちゃくちゃに発砲した


だが!


「……ちぃっ!」


鋭く切り返しながら

壁と壁を飛び回るボクに

弾丸が命中することは無く


「——シィ!」


一瞬薄れた弾幕の隙間を狙って跳躍

すれ違いざまにリンドの腕を切り飛ばした

銃から手が離れる、乱射が止まる。


一撃でケリをつける気だったのだが

流石にその隙は無かった、だから腕だけ

彼女の持つ武装をひとつ、削り取った。


ダンッ!と壁を蹴って方向転換

再び背中から切り付けようとして


ボクは、リンドの胴体を貫いて飛んでくる

銀色の弾丸を目にし、それと同時に理解した


「ブラインドショット!」


腹に銃口を突き付けて引き金を引き

自分の体を目眩しにして撃ってきたのだッ!


ビュッ……


——キンッ


眉間をぶち抜くコースで飛来する弾丸に

ボクは何とか爪を間に合わせ、弾き

ほんの僅かに起動を逸らす事に成功した。


結果、弾丸は眉間を撃ち抜くことはなく

代わりに顔の3分の1を消し飛ばしていった


幸運にも意識や運動機能は失われず

身体操作への影響は、皆無であった。


落下しながらボクは

壁に、己の腕を突き刺して

引っ掻くように振り抜いた


すると、バラバラに砕かれた建物の破片が

無数の礫となって、真上のリンドに飛んで行った


「——建物ショットガンだっ!」


リンドは何とか対応しようとしたが

完全に虚をつかれた行動だったが故に

その大半を、身体に直撃させていた。


腕がひしゃげる、首がおかしな方向へ曲がる

足がもげる、手に持っていた銃が弾き飛ばされる

ボクはここしか無いと判断し、アカヅメを構えた


そしてそのままトリガーを引——


「あたしが作ったんだ」


何かが聞こえた


「ソイツはこのあたしが作ったんだ」


不気味で、不敵で、凶悪で

致命的な予感のする声が聞こえた。


「あんたの為にって作って渡して

さぞ活用していたらしいけれど


忘れてるようだから教えてやる

その銃はこのリンド様が作ったんだ!

セーフティぐらい取り付けてあるさ!」


——リンドが血の力を発動させた


その時、ボクは既に

アカヅメのトリガーを引ききっていた

だから回避する事が出来なかったんだ


吸血種ジェイミーは確かに見た

構えていた、ボクの銃が

これまで何度も助けられてきた


リンドに作ってもらった、この銃が

リンドが血の力を発動させた、次の瞬間

ボクの、手の中で、アカヅメが爆発した


「——ッ!?」


気付いた時にはもう遅い

ボクは、凄まじい大爆発に見舞われて


ボクの体は木っ端微塵に吹き飛び

遥か地上へと墜落した


そして確かに

この耳に聞いたのだ


「ハッハッハー!兵器を作って渡すなら

ソイツが自分に向けられた時の事を考えるのが

賢き者の選択ってものさねッ!ジェイミーッ!」


潰えたボクを嘲笑う

かの天才の、陽気で鮮やかな声が


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