交渉


「ふん、やってくれるじゃないか」


今聞こえてきた話の内容は

明らかにボクを出し抜いたと分かるものだった

しかし、それを不用心に話し合うというのも

何処か納得しきれない部分がある、


あえて聞かせて誘導する目的があるのか

あるいは片方が片方を陥れようとしたか

どっちにしろボクは選択を迫られた訳だ。


ひとつ、このまま空中庭園に向かう

ふたつ、引き返して2人の目的を確かめる。


「ひとつめは論外だ、もし本当に

直接向かうより早い移動方法があったとして

先に庭園の中に潜り込まれてしまったら

もはやボクに打つ手は無い


かと言って、ふたつ目もまた考慮の価値は無い

何故なら仮にそれが罠だった場合

今のボクに、抗うだけの余力は残されていない

待ち受ける結末は、捕縛による完全な無力化だ」


第3の選択肢は存在しない


たとえば誰かの協力を仰ごうにも

今日一日は肉体性能が制限されているので

迅速な行動とはいかず、ようやく辿り着き

力添えを頂けるように漕ぎ着けたとしても


その時点で既に

手遅れとなっている可能性はあまりに高い

負けを認めるのと同じことだ


そんなものに縋るくらいならば

大人しく手を引いた方が懸命と言える


つまり、勝とうと思った場合


ボクはこの、どっちに転んでも

不利益を産むであろう2つの選択肢から

どちらがより、リスクが少ないのかを考慮し

未来をつかみ取らなくてはならない訳だ。


あまりにリスクが大きいうえ

全ては憶測の域を出ない話だ


「……嫌がらせを行ったはいいものの

これ以上は、有効となる手立てがない

潮時であると断じるべきだろうか」


実際、引き際としては申し分ない

満足に体は動かせず、再生力も奪われ

挙句に、血の力も封じられたうえ1対2


勝てる見通しは今のところ全く無い

`今後起こるイレギュラーに期待する`

ぐらいしか望みがない、この状況


仮になにか作戦を思い付いたとしても

今の自分に、それを実行できるだけの余力は無い

罠に飛び込むか、決定的に出遅れるかだ。


しばし、顎に手を当てて考えたあと

ボクが出した最終的な結論は


「……どっちにしろ`今`ではない、か」


無理に動くべきでは無い、という結論だった

ボクは少々焦っている、勝ちに拘っている


発想を柔軟にするべきだ

広い視野を持って物事を考えるべきだ


「ここから勝ちに転ずるには材料不足

武力で劣る者が戦いに勝利する為には

ここぞという絶好の機会が必要だ」


ボクの妨害工作により

リリィは戦線の離脱を余儀なくされ

リンドも少なからず痛手を負った


このままいけば争奪戦を制するのはリンドだろう

それは彼女が保有している特殊技能からも明らかだ


「だからこそ、まだ希望はある」


これがもし逆であったのなら、話は違っていた

リリィは作戦に万全を期するタイプだが

リンドはその場の閃きで突破口を開くタイプだ


両者ともに付け入る隙は少ないが、それでも

リリィと比べるとリンドは些か劣る

単純な武力だけの話では無いからね


ハナから完全対策されるのと

間合いに入り込む事は出来るのと

どちらが勝率が高いかは言うまでもない。


「幸いにも、考える時間と知能は有り余っている

注意深く盤上の動きを眺めながら策を講じ

もしチャンスがあれば、掠め取りに動こう


その時が来なかったなら

此度の件はキッパリと諦めよう」


番狂わせが起きる可能性は充分ある

姿の見えないジーンの動きも気になる

あとはフレデリックもひょっとしたら

何処かで息を潜めているかもしれない。


……あとは、もう1名

どう動くか予想の付かない存在がいる

ジョーカーとして扱っていいものか

この件には関わらせない方針で行くか。


「ともかく、移動だ」


考えが纏まったボクは、ひとまず

当たりを付けておいた空中庭園の隠し場所に

事態を把握する意味合いもあり、向かうのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


異変には直ぐに遭遇した

普段ほど五感が鋭くなくても分かる

この、腹の底から響くような地鳴り

何かが大地の下で動いている。


とてつもなくおおきな、それでいて

想像を絶する強大なエネルギーを内包して

ボクが知らない何かが、稼働を始めている


植物生い茂る森の中を走り抜け

野を駈け山を超え、眩しい昼時の太陽を横目に

断崖絶壁の谷を飛び越え、森の木々の隙間を抜け


そうして目にしたのは


——持ち上がる大地


いや、正確にはそれは機械、人工物

明らかに自然の物とは違う、巨大な金属の大地

空を覆うほどに大きいそれは、尚も上昇を続け


絶えず降り注ぐ太陽の光を遮り

まるで、突然の曇り空のように

地上は広域に渡って暗闇に飲み込まれた。


底部に設置された円柱状の機械

恐らくアレが浮力を与えているのだろう

鉄の大地、いや空中庭園


その大きさは実に全長数百キロにも及び

金属製のボディは異様な威圧感を放っており

まさしく超常的な技術力と言えよう。


ソレは瞬く間に

高度数千メートルまで上昇していき

地上にとてつもない大きな穴を残し

素知らぬ顔でフワフワと浮遊し始めた。


「あれが空中庭園、凄まじいな」


凄まじい、と述べたのは

何も大きさや技術力だけを指して

使われた言葉ではなかった。


それは、底面や側面に

ビッシリと取り付けられた銃口や

明らかに武器と分かる見た目の

太く長いUの字をした金属のレール


前面や上から見た事は分からないが

まず間違いなく、アレは空中要塞だった

かつて生きた人類が、持てる全ての殺意を詰め込み

世界の支配者を気取るための蹂躙兵器


おまけに


「……空間に揺らぎが発生している」


何か、目に見えない障壁の様なものが

空中庭園の周りに展開されている


ほんの微かに乱れた、太陽の光の屈折や

言い表しようのない異様な物音と

何やら嗅いだことの無い独特な香りから

その事を推察し、結論付けた。


仮にボクが全力を出せたとしても

外から入り込む事は不可能だっただろう

攻撃性を孕んでいるのかは分からないが

触れてもろくな事にならないのは分かる。


リンドとリリィは、確実にあの中にいる

何かボクの知らない移動手段を使ったのだ

それは恐らく、あのまま引き返していれば

正体を知る事が出来たのだろうが、まあ結果論だ


外からの道は絶たれたと考えていい

ならばやはり、あの施設へと戻って

どういう仕組みがあるのかを調べる必要があるな


「とりあえず移動速度を計算し駆動音を記憶する

そして、なにか変化が起きないか逐一監視……


いやしかし、監視してばかりでは

必要な準備を整えきれないだろう

ここはやはり、ある程度の観察を終えたら

いちど我が拠点へと戻るべきか」


空中庭園は非常に緩やかに飛行している

進行方向は北西といったところか

中で何が起きているかは不明だが


あれほどの巨体だ

そう容易く高速移動は出来まい

仮に出来たとしても、おそらく

ただならぬ騒音を立てるに違いない。


「経路は分かった、気配も覚えた

この場を離れても何ら問題は無い

協力要請の時間だ」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——それで?俺様に頼りに来た訳だ」


ここはボクの洞穴、断崖絶壁の拠点

登ってくるのは一苦労だった

肉体性能の低下を痛感したよ。


そして、男性にとっては非常に目に毒であろう

姿のウェルバニア=リィド


やはり現状ボクが頼れるのは

彼女しか居ないと判断した


「単刀直入に行こう、今ボクの身体は

とある理由により性能が6割ほど下げられている

それに伴い、血の力も使用不可能な状況だ」


そこまで話した段階で


「結論から言って、始祖の血で対処は可能だ

身体ン中で悪さしてるモンをぶち殺しゃいい

故に選べ、どちらを取り戻したいかをな」


師匠はボクの話の意図を理解し

要点だけを抽出した答えを返してきた

些か言葉が足らなくはあるものの

そこは、ボクの理解力があれば問題無い。


始祖の血を体内に送り込んで中和をする以上

ボク自身に少なからず影響があるのは明白

故に、一定量を超過した投与は望ましくない


どちらか片方、つまり血の力か肉体性能か

戻したいどちらかを選べ、そういう事だ。


「無論、肉体性能だ」


「そう言うだろうと思ったぜ」


「それで?何がのぞみかな」


「退屈しのぎ、面白みの提供」


「ボクが今追っている空中庭園」


「半分だ」


「いや、4割」


「いいや半分だ、譲れねぇ

嫌なら不利なまま動くんだな」


「追加報酬を出そう、師匠の部屋を作る」


「てめェの保有する家具を使わせろ

倉庫の中身、あれを俺様が自由に使える権利」


「倉庫を明け渡すことはできないが

許可制にしよう、ボクに確認してくれ」


「それで譲歩してやろう、その件はな

またみっちり稽古を付けてやる

1日2時間、毎日だ、それが条件だぜ」


「乗った、浄化をよろしく」


交渉が完了した、師匠は速やかに

ボクの首筋に噛み付き、血を送り込んでくる


どくんっ……どくんっ……


体内を掻き乱される、異物が混入する

強すぎる始祖の血が体の中に居を構える

そして、悪さをしている成分を排除すると共に


その強すぎる性質が故に

ボクに少なからず反動を与えてくる

動悸、頭痛、手足のしびれに、微弱な目眩など

決して快適とは言えない作用が働く。


「済んだぜ」


赤く濡れた口元を拭いながら

仕事の完了を示す言葉をかけてくる

依頼は彼女の手によって実に見事に完遂された。


足元がふらつく、視界がやや歪む

視覚神経を少し弄って調整する

平衡感覚のダイヤルを回して、正常を偽装する。


頭痛については痛覚を遮断することて対応した

動悸は体内の血液循環を操って抑制する

手足の痺れは神経を麻痺させる事で軽減させた。


体調を完璧に整えたあとで

ボクはこのように述べた


「これで師匠は、ボクが何処にいて

何をしているかを正確に把握出来る訳だ」


「せいぜい横取りに気を付けるこったな?」


「あぁそうそう、それについてなんだが——」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——じゃあ、行ってくるよ」


「吠え面かいて帰ってこい」


そうしてボクは、洞穴を後にした。



──────────────────


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