灰色の、寂れた地下の通路にて
血の力、使用不可能
再生能力、使い物にならない
肉体性能、6割ダウン
えらい負債を背負わされたものだ
ボクの動きは初めから予測されていた
判断を誤った、慎重になるべきだった。
身体能力が大幅に削減されてしまったボクは
襲いかかってくる化け物共を相手に
今の自分の調子を確かめ、調整を行っていた。
焦ったところで意味は無い
まずは現状を正確に把握することだ
作戦を組み立てるのはそれからだ。
何ができて、何ができないのか
そしてどんな工夫を凝らせば良いのかを
なるべく短期間で見つけ出し、実行する。
リンドとリリィが手を組んだのは確かに脅威だが
しかし、彼女らはお互いを警戒しなくてはならず
逐一監視しておかなければ行けない立場だ
付け入る隙はそこにある
あの二人の協力関係はあってないようなモノ
いつ破綻してもおかしくはない綱渡りの関係
リンドは山分けを受け入れる様な性格をしてない
だから本当はリリィも、出来ることなら
リンドの力を借りたくは無かったはずだ。
用意しては置いたものの
あまり使いたくはないプランに踏み切らせた
マイナスを負ったのは何もボクだけではないのだ。
緻密に汲み上げられた計画ほど
ほんの些細な歪みから崩壊する
リンドは決して無視できない不確定要素
どこかの段階で切り捨てる必要がある。
そしてその事は当然リンド自身も
極めて正確に把握しているだろう
彼女は彼女で何か策を講じているはず
両者とも引き続き
ボクへの警戒は怠らないだろう
以上のことを考慮した結果
ボクの出した結論はこうだ
`敵の戦力を削ぎ落とす`
ならば向かうべき場所はひとつしかない
行こう
リリィにもリンドにも明かしてない
ボクだけの秘密の武器庫へ
こんな事もあろうかと、かつて行われた大戦のおり
密かに回収しておいた`対吸血種装備`の数々を
今こそ使う時だ
幸いここから武器庫へは距離が近い
それらの装備を用いて待ち伏せ、奇襲を行う。
問題は`間に合うのか?`という点だが
その為の方法はしっかりと見つけてある
全身至る所の機能を強制的に制限し
余ったぶんのリソースを全て右足に集中させる
こうすることで擬似的、一時的にではあるが
身体能力を剥奪される以前と
ほぼ同程度の推進力を得ることが可能なはずだ。
ただし、代償として体が完全に壊れるが
目的は単に移動だけであるので
全治6秒というふざけた再生所要時間も
今だけはデメリットとして機能しない
そうと決まれば行動開始だ
「見ていろ、ボクはまだ諦めちゃいないぞ——」
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
何も無いただの地面
しかしそこは紛うことなき地下施設への入口
偽装し、完璧に隠された秘密施設に続く階段
専用のIDと生態認証を行わなければ
決して開かれないはずの秘匿機関
……その、はずだった
「見るも無惨、跡形もないね」
どんな爆弾でも傷ひとつ付かないはずの扉は
木っ端微塵に吹き飛ばされた後だった
そして
地面に空いた大穴が、リリィとリンドが既に
ここへ訪れたことを証明している
痕跡はごく最近の物、彼女達はまだ中に居る
さあ、第1の正念場だ
この難所を乗り越えなければ勝利は無い
最低でもどちらか片方を無力化する
出来ればリリィを戦闘不能に追い込みたい
その為には、あらゆる策と運が必要となる
確かに1度は出し抜かれた、しかし2度は無い。
6割減少した肉体性能?結構だ
そのくらいのハンデで丁度いい
古くより生きてきた同族狩りの恐ろしさ
キミたちは身に染みて味わう事になるだろう。
カツーン、カツーン
暗い通路に足音がこだまする
壁や天井に跳ね返って響き渡る。
カツーン、カツーン、カツーン
内部構造は大して複雑なモノでは無い
それこそトラップを解除するIDさえあれば
驚くほどスムーズに階層を下る事が出来る。
そして、見つけた。
薄暗い、灰色の通路の向こう側から
並んで、歩いてやってくるふたりの姿を
「……まさか、乗り込んで来るとはっす」
「おうジェイミー!この間ぶりだね
アンタまだくたばってなかったのかい!」
全身銃火器まみれで
さながら歩く火薬庫の様なリンドは
相も変わらず元気に声を上げている。
一方でリリィは
「なんすか?ヤケにでもなったんすか?
それとも何かトンデモ作戦用意してます?
どっちにしろ良い的っすよジェイミーさん
潔く諦めて引き返す事をオススメするっす」
そんなふうに油断しているフリをして
逆にこちらの油断を誘おうとしてくる
一瞬でも隙を晒せば、やられる。
「いいやリリィ、それは大きな間違いさ
ボクはキミらに真正面から勝つんだ
たかだか肉体性能の6割を削った程度で
あっさり打倒できるとでも思ったのか?
だとしたら、浅はかすぎて笑えてくるね」
会話を続けながら、間合いを探り合う
そして相手の反応を見て、タイミングを伺う
ここぞという瞬間を逃さないように。
「そんな安い意識誘導になんか
頼まれても引っかかってやんねーっすよ」
リリィが1歩、前に出た
それに応じてボクも前に踏み出す
「それこそ驕り高ぶりというヤツだよ
詰めが甘いのは相変わらずだなリリィ」
「……あんたの下らない戯言に付き合う気はない
リンドさん、打ち合わせた通りにやるっすよ」
「おうさ!」
腰を落としてショットガンを構え
臨戦態勢を整えるリンド
この狭い通路じゃ彼女の掃射は脅威だ
平時でも捌き切れるか怪しいと言うのに
肉体性能が6割も削られた現状では——
……6割、6割ね
「そうそうリリィ、ひとつ忠告だ
キミは背後に気を使った方がいいッ!」
そう話しながらボクは
大きく踏み込みリリィに飛びかかった。
「今っす!撃つっす、リンドさん!」
戦闘態勢を取るリリィ!構えに隙は無い!
そして注意深くこちらの出方を見ている!
…… 口元に、フッと笑みが浮かぶ
`完全なる行動不能`ではなかったんだ
`4割も`残ったんだ、6割削られたんじゃない
根こそぎ奪う事だって出来たはずなんだ
でもそうしなかったんだ
リンドはあえて`4割残した`んだ
だからボクはここに来たんだ
わざわざ敵地に乗り込んできてやったんだ
キミは本当に強かな奴だよ
リリィ、リンドと協力関係を結んだのは
やはり間違いだったようだね。
「あいよっ!」
リンドは、その手に構えたショットガンを
訪れた絶好の機会を決して逃さないように
真横のリリィに、銃口を向けた
「——はっ!?」
今頃気づいても、もう遅いよ
次の瞬間ッ!
リリィの上半身は、リンドの放った散弾によって
人の形を損ないながら木っ端微塵に砕け散った!
ボクは、尚も緩やかに跳躍を続け
太ももに括り付けた大量のナイフを抜き放ち
1本1本確実に、無抵抗となったリリィに投擲した
放たれたそれはただのナイフでは無かった
かつて人間が、吸血種に抗う為に作り出した武器
リンドがボクに対して浴びせたモノと同種!
すなわち!`身体能力を奪う`効果のあるナイフだ!
1本につきだいたい1割、能力を封じる効果がある
リリィはそれを、まともに8本も食らった
彼女はもうおしまいだ、もう戦う事は出来ない
……簡単な話だよリリィ
リンドにとってキミはもう用済みだったんだ
師匠を除いた我ら5人の吸血種の中で
最も厄介なのは他ならぬキミなんだ
キミは常に情報戦を制している
先制攻撃や待ち伏せを食らわせる事は不可能
何かを奪い合う類の戦いをやらせたら
ボクらの中の誰も、キミには勝てないんだ。
だから欺いた
リリィと協力関係を結ぶフリをして
吸血種ジェイミーを封じ込めるフリをして
ボクの身体に刻まれたのは
4割あれば、充分だろ?という
これはリンドから向けられた全幅の信頼
4割あれば、この絶好の機会を掴めるだろ?
という、彼女からのメッセージだったんだ
「そん……な、バカな……っす……」
たっぷり8秒かけて再生を終えたリリィは
最早自分が戦うことが出来ないと悟り
へなへなと、力なくその場にへたり込んだ。
「てめーっ!ジェイミーあんたねぇ!
アタシにも投げやがったな!油断ならない!」
「キミだって、ボクにとっては邪魔者なんだ
早々に退場してくれると有難いんだけどねぇ」
「それもそうかぁ!アーッハッハッハ!
……ま、そーいう訳だからさリリィ?
アンタはもう用済みだ、負け犬の檻に入りな」
勝者と敗者が生まれた、それは揺るぎない
最早リリィは戦線に立つ事が出来ないだろう
そう、これが`闘い`の場であったのなら。
「あーあ!ホント悔しいっす……ねぇッ!」
リリィは、大人しく負けを認めたフリをして
肩に刺さったナイフを引き抜き、振り被った
最後の悪あがき、この場における唯一の勝者は
肉体性能を引き下げられてないリンドである
故に、リリィは足を引っ張ろうとしたのだ
その後のことも考えて、幾分交渉の余地がある
ボクを勝たせるべく、リンドに襲い掛かった!
勝てないと悟り、負けを受け入れ
しかし利益は逃すまいとするその姿勢
彼女がこれまで生き残って来れた理由
突然不意打ちを仕掛けられたリンドは
咄嗟に、リリィの頭を切り飛ばして対応した
リンドの反撃は半ば反射に近い行動だった
その様子から見ても
完全に不意を打たれたのは明らか
にも関わらず彼女は、リリィの一撃を防いだ
それは確かに見事な反射神経だか
無理やり防いだが故に、隙は生まれた
ボクは腰からナイフを数本抜き取り
攻撃の後隙を晒しているリンドに投げ打った
5本放たれたナイフは
2本防がれて3本当たった
「だぁぁ!くっそ、当たっちまった!」
これで一定時間
リンドの肉体性能は3割減少するッ!
ボクは素早く踵を返すと
すぐさま通路を駆け抜け脱出を図った
「逃がすものか!先には行かせないよ!」
背後で、走りながら銃を構える音がする
マズイ!ここは通路だ逃げ場がない——
「……ジェイミーさん!行ってください!」
「おわぁ!?ちょっと、リリィッ!」
どうやらリリィがリンドに飛び掛った様だ
銃は狙って引き金を引かないと当たらない物だ
リリィによって照準をズラされた射撃は
全くもって無関係の場所を撃ち抜いた!
「はっはー!人を裏切るとそうなるのさリンド!
自業自得だ、地獄の底で悔いて詫びるんだな!」
ボクは、そう捨て台詞を吐くと
曲がり角を通り過ぎて階段を登って行った
そして道中、対吸血種用のトラップを作動させ
追いすがるリンドに妨害工作を仕掛けておく。
装置の修復は恐らく終わっている
ならばあとは、何処かで稼働を始めたであろう
空中庭園を見つけ出し、乗り込むだけだッ!!
ボクは走る、地上へ向けて
足を止めることなく走っていく……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
薄暗い、灰色の通路の、傍らで
人知れず交わされたこんな会話
「……行ったっすかね?ジェイミーさん」
「ああ、どうやら行っちまったようだね」
「……ちゃんと信じてくれたっすかね?
私の、いや`私たち`の嘘を、あの人は」
「そう願うしかないだろうさね
アタシらは成すべき事を成すまでだよ」
「確かに、それもそうっすねっ
じゃあ、引き返しましょうか!
コレで完全に出し抜いてやったっすよ」
…………
………………
……………………
まあ、だがしかし
ここで言う`人知れず`というのは
聴覚以外の全神経を遮断して集中する
ひとりの怪物を除いての話なのだが——
──────────────────
面白かったら
いいね、感想、☆よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます