地べたに這いつくばって大人しくしていろ


正直に言って、フレデリックは見事に

ボクの作戦を邪魔してくれたよ

ある意味では負けと言って良いだろう。


何せボクは派手に動きすぎた

騒々しい戦闘音楽を響かせたのみならず

血の力までも使ってしまった。


リリィが事態を察知した可能性は高い

こちらの狙いを看破するまで行くかは不明だが

`ジーンを探させリンドに装置を作ってもらう`


という足止めの為の策は

些か確実性を欠いたと見ていいだろう

この作戦は悟られたら威力が半減するからだ


起きてる事を正確に把握出来たなら

真っ先にリンドを確保しに動くはずだ


それでは大した時間稼ぎにはならないし

リンドのびっくり発明品にやられる可能性もある

こちらの狙いはバレたと思って良いだろう。


「……厄介極まりないな、情報屋リリィ

単独で動くしかないボクは圧倒的に不利だ

用意周到に練られた作戦相手には分が悪い


相手の出方をこちらからは探れず

状況から推察を重ねるしかないボクと

現地の情報を逐一手に入れられるリリィとでは

そもそもの選択肢の数が違いすぎる、厄介だよ」


当初の計画は破棄せねばなるまい

真っ先にボクがしなくてはならないのは


「——リンドの確保だ」


ボクは翼を展開し、上空へと飛び上がった

そして空中で翼をはためかせて加速

視界が一瞬歪む程の速度で飛行を開始した。


加速、加速、加速!

全身の骨が粉微塵に砕けようとも構わない

とにかく早く、早く、リリィよりも早く!


リンドは己の利益のみを追い求める女だ

どれだけ協力関係を築いていたとしても

他の、有益な可能性や方法が生じた場合には

迷わず味方を切り捨てそちらを選んでくる。


だから


リリィがリンドと同盟関係を既に結んでいる

という可能性は極めて低い、リンドは確かに

味方にするには限りなく優秀な存在だが


しかし、あまりに制御が効かなすぎる

それも今回に限っては内容が内容だ

空中庭園などと言う技術力の塊の様な存在

リンドは何としてでも手に入れたがるだろう。


彼女はまさしく不確定要素だ

味方に引き込むにはハイリスクすぎる

土壇場で裏切られでもしたら目も当てられない

だから、なるべく頼りたくは無いだろう。


故にボクは今、空を飛んで急いでいる

足の速さならボクが上だ、そして

彼女がどこに拠点を置いているのかも


ボクであれば推理が出来る

長年彼女と連れ添った経験が役に立つ

リンドが工房を置きたがる様な場所を


ボクは、いつかこんな時のためにと

何ヶ所か当たりをつけておいたのだ


しかし、あくまで可能性と言うだけなので

より正確な位置情報をリリィが掴んでいて

一直線に確保に向かわれていたら


つまりコレは

`情報の確実性VS足の速さを活かした総当り`だ

どちらにもアドバンテージが存在する

後は運次第、一か八かの大賭け勝負だ。


もし、ボクが予測出来ない策を

リリィが事前に講じていた場合

吸血種ジェイミーは大敗を期するだろう。


飛び入り参加故の脆弱性

用意周到に計画された作戦とは分が悪い

初っ端の出遅れが後々まで響くいい例だ


それは即ち情報力の差であり

どう足掻いてもリリィに勝てない要素だ

故に、ある程度は博打を仕掛ける必要がある。


急げ急げ急げ、余計な思考は必要ない

触覚も味覚も色彩情報も遮断しろ

視力に全てのリソースを割くんだ


はるか先まで見通せ、そうする事で時短を図れ

速度と視力に己の持てる全てを注ぎ込め!


ボクは飛んだ、凄まじい速度で飛行した

己の欲求を叶えるべく全力を尽くした


その結果


「——居た!見付けた!

空飛ぶリンドの工房を発見したぞ!」


ボクはついに、彼女の根城に到達した

今一度加速を行う、一刻も早くリンドの元へ

リリィよりも早く、早く、アイツを出し抜けッ!


急いで、急いで、急いで、そして

——そしてボクはその声を聞いた


「ジェイミーさんなら、そう来てくれると思いました

封印術式広域展開、あんたしばらく眠るっす」


混乱し、動揺しかける心を頭を抑え付けて

感情のスイッチを即座に切り、こう断定した


`この発言はブラフである`と

そんなモノを仕込むほど用意周到であるなら

ボクが勝てる要素は最早どこにも存在しない


わざわざ宣言する必要性もない

だからコレはボクの気を逸らす為の意識誘導

狙いは別にあるッ!周囲の警戒を怠るな——


「——っすね」


ボクは次の瞬間

己の犯した間違いを知った


……ガクンッ!


超高速で飛行していたボクの体は

突如として制御を失い、空中に投げ出された

翼だ、血の力で作った翼が消滅したのだ……


それが意味するところは、つまりッ!


「血の力をッ!ボクから奪ったのか——ッ!」


足場を展開して体勢を立て直すことも出来ない

制御が効かない、何とかして姿勢を持ち直そうにも


おおよそ生き物が出していい速度を

遥かに超えて飛行していたのが仇となって

吸血種の力を持ってしても立て直しは出来なかった


焦るボクをよそに

拡声器に掛けられたリリィの声が響く


「封印術式の広域展開は確かにブラフです

しかし、全く別のモノを仕込ませて貰いました

ジェイミーさんが空を飛べる事は折り込み済みです


この時の為に、何ヶ月も掛けて

綿密に練り上げた私の策略っす

何者にも邪魔立てはさせねーっすよ」


クルクルと回りながら

派手に落ちていくことしか出来ないボクは

腰の裏のアカヅメを使って

強制的に体勢を立て直そうと試みたものの


その程度の反動では

現状を打破する事が出来ないと悟り

ボクには文字通り為す術が無かった。


更に


「血の力を奪ったぐらいじゃ

ジェイミーさんは諦めないっすよね

なので肉体性能を制限させて頂くっす


リンドさん曰く

総合して6割程の性能ダウンだそうです

少なくとも今日中は、それが続くっす」


前方に浮かぶリンドの工房が形を変える

そして、馬鹿でかい主砲のような物が姿を現す


ソレはゆっくりと動き

未だ制御を失ったままのボクに照準を付け

こちらが何か行動を起こす暇もなく

極太のレーザー光線が照射された。


それはかつて

`吸血種の肉体性能を制限する機械`を破壊する為

ボクが海上プラントに潜入した際の事だ


ボクはその機械の構造を事細かに記録し

そして、まだ人間だった頃のリンドに伝えたのだ

それがまさか、こんな形で牙を向いてくるとはね


やられた


最悪のパターンを引いてしまった

見通しが甘かった、希望的観測だった

ボクは敵を舐めていた、馬鹿だったよ


リリィはとっくの昔に

リンドを味方に引き込んでいたのか

全てはボクを完全に無力化する為に


ボクはレーザー光線をモロに食らった

と同時に、全身に違和感が広がっていく


「ああそうか、これが奪われる感覚か……」


「空はあんたのモンじゃあ無いっすよ

堕ちるがいいっす、私が事を終えるまで

地べたに這いつくばって大人しくしてて下さい


情報屋舐めんな、っす」


ボクはリリィの捨て台詞を聞きながら

無様に地上へ向けて落下していくのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ヒューーーーン……


ドガァァァァンッ!


隕石でも落ちたかのような爆音を響かせながら

ボクは地上へ落下した、それと同時に

肉体性能が落ちた事実を、実感する羽目になる。


まず、墜落した瞬間

ボクの体は粉々になって砕け散った

普段ならこんなにダメージは食らわない


特に最近のボクは防御性能が向上しており

負ったとしてもかすり傷程度で済むはずだった。


それがどうだ、四肢はもげ、頭は叩き割られ

胴体は破裂し、全身の骨は跡形も無く爆裂し

筋肉という筋肉はひとつ残らず千切れ飛んだ。


おまけに


「さい、せい、が……遅、すぎる」


血の力の剥奪に加え

肉体性能6割ダウンとはすなわち

吸血種が保有する再生能力も例外では無かった。


回復が遅い、普段ならとっくに完治している

どんなダメージも0コンマ数秒で再生できる

それがどうだ、まだ立ち上がる事も出来ない。


今ようやく、上半身が形を取り戻した段階だ

既に2秒が経過したというのにこの体たらく

コレはダメだな、吸血種としてはおしまいだ。


ボクはたっぷり6秒ほどかけて

緩やかに再生を果たし、ようやく

自分の足でまともに立てるようになった。


そして、さらなる現実に直面する


「……なんだ、これは」


ボクはその場で数度跳ねてみた

上空に浮かぶリンドの工房に直接跳躍し

入室を果たそうと思ってのウォーミングアップ


だったのだが


「ダメだ、ボクはあそこには行けない」


分かってしまう、自分の今の肉体では

あんな所までは飛び上がるのは無理であると

しかも、それだけでは無い。


「お、おも……こんな物、持ち歩けない、ぞ」


腰の裏のホルスターに差していた

リンドお手製のハンドガン、`アカヅメ`

その重量は200トンを優に超えているのだが


それは決して吸血種であれば

持てないような重さでは無いのだが

今のボクにとってはあまりに重すぎたのだ。


やむを得ず、ボクは武装を破棄した

こんな物を身に付けていては

まともに動くことはまず不可能だ。


それどころか、武器として運用することすら

射撃時に生じる反動を受け止める事すら

今のボクの肉体では到底不可能だが……


「……待てよ、ホルスターそのものも

ボクは血の力を使って作成していた

だが、コレだけは消滅を免れている」


試しに形を変えようとしてみる

しかし、血は一切反応する事はなかった


「ダメだ、血の力を操る機能そのものが

ボクの体から丸ごと奪い取られている


6割……か、それだけ引き下げられたら

リリィにすら直接戦闘では勝てないだろう

追いつく事はおろか、戦いにすらならない」


と、その時


「——ガルルルルルルルッ!」


森の、木々の陰から

いくつもの赤い瞳が覗いてきた


それはボクの立てた爆音に反応し

あらゆる地点から集まってきた怪物たち

彼らはいつものように、ボクに殺意を向けてくる


ただし、今に限って言えば

ボクはいつも通りでは決してないのだが。


「……参ったな、どうしようか」


「ガァァァッ!!」


一直線に飛びかかってくる数十匹の怪物を前に

ボクは、途方に暮れた呟きを零すのであった。


──────────────────


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