しかし、その理屈には


ボクが通った時は

あれほどトラップまみれだった施設も

ジーンが居るだけで驚くほどスムーズに進めた。


壁の隙間から機銃が掃射されることも

封印術式の刻まれた床が作動する事もなく

ただひたすらに灰色の空間を歩く時間


その途中、何回か寄り道をしたりしつつ

ボクとジーンはその部屋へとたどり着いた。


「ここよ、この扉の向こうに

ジェイミーさんが見たのと同じ機械がある

……言っておくけどマスターキーはしまっててね」


「大丈夫、ボク馬鹿じゃないから」


やや納得のいかなそうな顔をしつつも

ジーンは首から下げたIDを扉にかざし

パネルの上に自分の手を置いた


そして次の瞬間

ひたすら重厚であった扉は開かれた。


「機械的な開き方をする扉だね

なにやらロマンを感じざるを得ないよ」


「そっか、建築とか好きなんだものね」


視界に飛び込んできたのは巨大な筒状の機械

以前見たものと違って、まだあの青白い輝きはなく

パッと見で整備不良と分かる風貌をしていた。


ボクとジーンは前に歩く

大きな扉は背後で音を立てて閉じた。


あとはこの機械を直すだけ、そうすれば

世界のどこかに安置されている庭が動き出す

そして恐らく先回りしているであろうリリィが

ボクやジーンより先に目的を果たすという訳だ


そんなことは許さない、一番乗りなんてね

彼女がこの機を逃すはずがない、関わってない

そんな希望的観測を行えるほど呑気ではない。


後になって`出し抜かれました`なんて

マヌケにも程があるしボクのやり方では無い

起こりうるリスクは最大限警戒すべきだ。


リリィは必ず先回りしている

そしてボクは現状出遅れており

その遅れを取り戻すのは不可能


ならば


リリィの裏をかく為には

今から走って追い付く事ではなく


この部屋は防音だ、外に音が漏れる心配は無い

例え吸血種の優れた聴覚を総動員したって

この空間で行われている事を盗聴するのは無理


「さて、早速作業に取り掛——」


ボクはッ!彼女の言葉を最後まで待たず

腰の裏のホルスターから銃を取り出し

目の前の、筒状の機械に向けて射撃を行った


——ガキィン!


撃鉄、鉄槌


炸裂した火薬によって押し出された弾丸は

想像を絶する破滅の力を内包しており

旧人類の叡智を結集して作られた装置など

まるで紙切れのように、容易く爆散した!


「——は、はぁ!?」


狼狽え、驚愕と動揺を隠せないジーン

それもそうだ、全く予期しないボクの行動

傍から見れば意味不明に移るだろう。


気でも狂ったか!

そう問いつめられるのも時間の問題だ

だが、動揺は時として非常に有益となりうる。


一瞬、ほんの一瞬だ

ボクの異常な行動によって

ジーンの気は完全に逸れた


ボクはその隙をついて`彼女の首を切り飛ばした`

と同時に、ジーンの首から下げられたIDと

彼女自身の右腕を切り離して強奪


そのまま彼女の再生が終わる前に

素早く出口まで飛ぶように走った。


扉の所まで到達した時

ちょうど彼女の再生が終わった

背後で怒声が響く、距離を詰めてくる。


だからボクは

頭に血が上った彼女にこう言ってやった


「しばらくそこに閉じ込められていろ

空中庭園はボクが頂く、我が好奇心を満たす為に

ああそれと、`2人`によろしく伝えておいてくれよ」


「ふざけんじゃな——」


ほら、言葉に気を取られて警戒が疎かになった

ボクは背中に隠していたアカヅメを再び構え

ジーンに向かって発砲、彼女は反応しきれず

44.77mmの弾丸をまともに食らって消し飛んだ。


これで安全に部屋を出ていけるという訳だ

ボクは扉にIDをかざし、壁のパネルに

切り離して持ってきたジーンの右手を置いた。


扉は大きな物音を立てながら開く

ボクはジーンの再生が終わるタイミングに合わせて

後ろを振り返ることなく、再び射撃を行った。


復帰の隙すら与えられず

木っ端微塵となって散らばるジーンの体

次に彼女が再生を終わる頃には

ボクは既に大扉を潜り抜けた後であった。


最後に、彼女にこう言い残した


「トラップは全て起動しておく

掻い潜る自信があるなら良いが、ボクとしては

その部屋で大人しくする事を推奨させて貰うよ」


ピシャリ、鉄の大扉は閉ざされた

扉の向こう側の音は一切聞こえない

そして、この場に留まる余裕も残されていない。


ボクは走った、地上に向けて

これまで通ってきた道を辿って

途中途中にあるパネルやコンソールを弄り

トラップが起動しないようにしながら


そして、ボクが通った後にその設定を解除し

ジーンが簡単に抜け出せないようにすると共に

次に通る何者かへ対する妨害工作も兼ねている。


この作戦にはリミットがあるのだ、ボクは何も

考え無しにあの機械を破壊したわけじゃないんだ


リリィは庭園の在処について

ある程度の情報を得ているに違いない

ならば確実に先回りをしているだろう

庭が動き出したら即座に行動を起こせるように


だが、しかし

いつまでも経っても庭が稼働を始めなければ?

リリィは当然思うだろう`何かあったのか`と。


このまま座していても何も起きないと悟れば

自らの足で動かざるを得ない、そうなったら

壊れた装置とジーンを見付けるのも時間の問題だ


リリィは恐らくこの施設の事も知っている

ジーン程度が分かることを

よもやあの子が知らないはずがないからね


装置が壊れていると知れば

普通なら諦めざるを得ない

なにせ旧人類の遺物だ、それもかなり高度な

ボクらには到底理解できない技術力の結晶


そんな物が破壊されてしまえば

もはや打つ手は残されていないだろう。


そう、普通であれば


だが我ら吸血種の中には

居るじゃないか、極めて非凡なる存在が

元々はただの人間であったにも関わらず


始祖、ウェルバニア=リィドを持ってして

あいつの発想と技術力には決して敵わない

とまで言わしめた、うちの天才技術者リンドが


事態を知ればリリィは必ずリンドを頼る

そしてリンドは、あっさり作ってしまうだろう

設計図も設備も何も無い所から、自分の力だけで


元あった物よりも格段に性能の良い機械を

リンドは驚くほど短時間で作り上げるだろう

ソイツを起動させれば、空中庭園は動き出す。


それまでに!

庭の安置されている場所を割り出す!


この施設に入ってから

ここに辿り着くまでの間にボクは

ジーンのおかげでトラップの起動しなくなった

あちこちの部屋を`趣味興味`と称して散策した!


そして、見付けていた

破棄を免れた資料の数々を

あるいは研究日誌やメモの様な物


そこに残された数々の痕跡から

`庭`の隠されている地点に当たりを付けた!

足りなかった時間はコレによって稼げる!


コレがボクの策、敵の足を後退させると共に

自らは先を行く、そういう作戦だッ!


いくつものフロア、いくつもの階段を登り

廊下を駆け抜けた先に出口を見つけた

道は来る時に全て覚えた、抜かりは無い。


ボクは再び扉にIDをかざし

壁に埋め込まれたパネルにジーンの手を置く

そうして扉は開き始め、地上への道を示した。


長ったらしく狭い地下施設から解放される

いっそ、爽快感すら覚えるこの感覚

ボクは軽い足取りで外へ踏み出した


そしてボクは

このような事を口にするのだった。


「キミは、探究心を満たしたくはないかな?

ただ壊してしまうのは勿体ないと思うのだよ

どうだ、ボクと組まないか?`フレデリック`」


ひょっとしたら居るかもしれない

という可能性の話ではあるが

不安要素は先んじて潰しておくべきだ


実際


「——奇襲、バレちゃってたか」


その賭けは

日の目を見ることになるのだしね。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


12歩ほど離れた地点にある木の影から

ジーンの伴侶であるフレデリックが姿を現した。


「どうして居ると分かったんですか」


「キミの研究に対する熱意は知っている

むざむざ破棄してしまう愚行を犯すとは

どうにも思えなくてね、ひょっとしたら


キミは空中庭園の破棄について

賛同していないんじゃないか、と思ったのさ

そうなればボクと接触してくるだろう、とね」


「よくお分かりですね、さすがジェイミーさん」


ざし、とフレデリックが1歩踏み出す

笑顔で、好意的に友好的に、そして柔らかく

たいそう自然な足取りで歩いてくる。


「ジェイミーさんの仰った通り

僕は庭の破棄について賛成してません

アレはまだ利用価値があります」


「そうだろうねぇ」


口元に手を当てて、くすくすと笑いながらそう言う

彼の話した事には心底同意出来る、とってもね。


「その腕、どうしたんですか」


「ああこれ、ジーンの物だよ

施設や庭園に入るには必要だろうからね

IDと一緒に拝借してきたのさ」


「抜かりのない、良い判断ですね」


「まあね」


さくり、さくりと歩いてくる

フレデリックは既に5歩の所まで来ている

このまま友好の握手を交わすのだろうか。


それもいい、ボクは心強い味方を手に入れる訳だ

彼も庭の開発に関わっているはずだからね

同行させる案内役及び技術者としては申し分ない


だが、その理屈には


「ああそうだ、ジェイミーさん

ひとつ大事なことを言い忘れてました」


「ほう、それは一体なんなのかな?」


次の瞬間、昼間の森の中に

真っ紅な閃光がふたつ、交差した


突然の奇襲をすんでのところで阻止したボクは

確かに、フレデリックの言葉を聞いた。


「——よくもジーンを傷付けてくれたな」


「ああ、そう来るだろうと思っていたさ」



──────────────────


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