胸の踊る闘争


扉を吹き飛ばした先で見たのは

全くの無音と言っていいほど静かに稼働している

何やら青白い光を放っている透明な筒状の機械と


その機械の上に乗って

剥き出しの配線を弄るジーンの姿だった。


「じ、ジェイミー……さん……っ!?」


ボクのあまりにダイナミックな入室に

筆舌に尽くし難い恐怖体験を味わった彼女は

反射的に臨戦態勢を整えていたようで


爆音及び破壊の主がボクである

という事が分かるや否や武装を解除するも


若干の煮え切らない思いから

手元のスパナをひとつ、掴み

ボクの方へ投擲してきた。


ごんっ!


それを思いっ切り顔面で受けながら

全く意に介さず前へ突き進み

作業をする彼女の元に歩み寄った。


「これっぽっちも気にもされないのは

それはそれで複雑というか、かなり微妙……」


ぶつぶつ言っているジーンを無視して尋ねる。


「地上で起きている神隠しは

ひょっとしてこの機械が原因なのかな?」


「……ああ、それでなんだ

ジェイミーさんがここに来た理由が分かった」


どうやら彼女には思い当たる節があるらしい

となると、ボクの見立ては概ね正しいだろう

ならば後はこの機械の正体だが。


「ふぅむ……」


膨大なエネルギーが渦巻いているのは

パッと見でも明らかではあるが

問題はその力が何に使われるのか、だ


仮に地上から姿を消した生き物たちが

何らかのエネルギー資源として変換され

ここに貯蓄されているのだとしたら


元ある物を別の物に置き換える場合

それは規格を合わせる為と相場が決まっている


だとすれば


「ある一定以上のエネルギーを持った生命体を

強制的に別の物質へと変換し、貯蓄する機械


これ自体で完成する類の代物ではなく

何か別の大きなモノを完成させる為の

まるで歯車の一部のような存在だと推察するが


如何かな?ジーン」


「……普通、ゼロからそこまで辿り着く?

異常事態を察知してから、この短時間で」


「では、やはり」


一度ため息をついた後で、ジーンは答えた


「これは動力源なの


ジェイミーさんが推察した通り

地上の生き物をエネルギーに変換した物よ

本来ならもっと別のを対象としていたけれど

あまりにも変換効率が悪いから私が変えたの


それで、コレを使って何を成すかだけど

要するに燃料ね、空中庭園を動かす為の」


「空中……庭園……?」


「名前を聞いて思い浮かべたような

メルヘンでピースフルな代物じゃないの

つまるところ兵器よ、人間が作り出した負の遺産

世界を終わらせかねない力を持った破滅を呼ぶ庭


そこに咲く花は地上の血を知らず

ただ人知れず、戦火の真上に在れ

舞い散る血桜は決してその庭を汚さないだろう

彼らはただ、爛れ、灼かれていく世界を眺める

清廉潔白たる花の園、庭はいつだって平和である


……それがキャッチコピーよ


随分とご大層な設計思想じゃない

焼き尽くされる地上を紅茶と共に眺め見下ろす

世界の支配者を気どる連中が使う予定だったの」


ここでボクはひとつ

気になることが出来た。


ここに入るにはIDが必要なはずなのだ

それも最高権限に近いレベルのモノが

他にも、いくつものトラップが仕掛けられた廊下は

ボクが通るまで荒らされた形跡が無かった


つまり考えられる可能性はふたつ

初めから誰も通ってなどいなかったか

それらの仕掛けを無視できる存在が居たか、だ。


仮に後者であった場合


そのような恐ろしい兵器を作る施設に

なんの制限も掛けられず出入り出来るとすれば

それは権限を与えられた上級職員であるはずだ

あるいは秘密の研究を行う特殊な役職であるか


元々彼女はフレデリックと一緒に

不死の研究及び死者蘇生の研究をやっていた

当時の状況を考えても、彼女らが

かなり高い立場にいた事は想像に難くない。


ならば


「その庭とやらを作ったのはキミだね

いや、と言うべきか」


「……そこまで、分かってしまうのね

だったらジェイミーさんが次に聞くのは

`何故こんな事を`でしょ?先に答えておくわ


破壊するためよ」


ああ、そういう事だったか


「庭とやらが何処にあるか分かってないんだな

だから起動させて炙り出そうとしてる訳だ」


ジーンはボクの言葉に同意するように

目の前の機械に触れ、スイッチを入れた

すると機械は派手な音を立てて動き出し


モーターの高速回転する音と

眩い緑色の光が空間を覆い尽くしたのち

次の瞬間には、その輝きは失われていた。


「世界各地に8箇所、コレと同じ施設がある

それぞれの場所で適切なエネルギーを生み出し

何処かに埋められている空中庭園に送られる

8個全てが起動した時、死の庭は動き始める


そして内部に侵入してコアを叩き壊し

旧時代の負の遺産をこの世から完全に抹消する」


強い信念の元紡がれた言葉は固く

決して何者も曲げる事の出来ない高潔さを宿す

彼女の思いは理解した、目的も手段も把握した


その上でボクは思った

`ただ壊してしまうのは惜しいな`と


それほどのエネルギーを内蔵しているのなら

世界を壊す以外にも何か活用法があるはずだ

建築技術もじっくりと見ておきたいし

どんな兵器が搭載されているのかも気になる


目的が相容れない

庭園の破壊をボクは望まない


「ところでジーン、キミは8箇所と言ったが

あと何個残っている、現地点で何番目だ?」


「ここで7箇所目、つまり次で最後よ

そこを起動した瞬間、空中庭園は稼働を始める」


「内部の構造は知っているのかい?」


「……いいえ、詳しい事は分からないの

私が知ってるのはコアの破壊の仕方だけ

後は知識と経験で何とかするしかない

何らかの防衛措置が施されてる可能性もあるし」


「その点は問題なかろう、なにせボクが居る

大抵の障害は撃滅させて貰うよ、この手でね」



障害物は排除しなくてはならない

庭園を手中に収める為には、ジーンは非常に邪魔だ

じっくりと調べて回りたいのに破壊されちゃ叶わん


早々に無力化してしまいたい所だが

8個目の動力装置を動かす為に彼女は必要だ

事を起こすとすればそのタイミングだな。


「……協力、してくれるっていうの?」


「統括として当然の事だろう

それに、どんな物なのか興味があるし」


「本音はそっちか」


嘘の中に真実を混ぜる

彼女はボクの性格をよく知っている

だからあえて興味は隠さないことにした。


我が好奇心を満たせるのは未知なる脅威

あるいは甘い秘密のみ、甘美で妖艶な真実のみ

それを台無しにしようと言うのなら容赦はしない。


最悪殺してしまう事になったとしても

それで目的が果たせるのなら

ボクは迷わず己の知識欲に手を伸ばす。


「ジェイミーさん、よろしく」


ジーンが差し伸べた手を


「ああ、せいぜいボクを楽しませてくれ」


吸血種ジェイミーは笑顔で取るのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「……直接現地に向かうと思ったのに」


ボクは現在がっかりしていた

まるで楽しみにしていた夕食を

野鳥にかっさらわれた気分だ。


「起動させる為に部品が必要なのよ

それも、かなり繊細で壊れやすい物だから

1度に大量運搬とかやりたくないの」


「せっかく面白くなると思ったのに」


ジーンの横を歩きながら

土の地面をガッ!と蹴って憂さ晴らし

いじいじとイジけてブー垂れていた。


「あとはパーツの調整の理由もあるし

今、家でフレデリックが頑張ってくれてるから

ギリギリまでチェックするのは当然の事でしょ?」


「そうだねぇ……」


あいつは勘が鋭いからな

下手をすればボクの目的に気付いてくるだろう

出来れば接触するのは避けたい所だ

なるべく一緒にいる時間を減らして起きたい。


それ故の不貞腐れた演技だ


……演技というか本音というか

多少大袈裟に表現してはいるものの

概ね本心であることに間違いは無い。


「じゃあキミ1人で行ってきてくれ

現地近くのポイントで先に待っているよ」


「確かに、2人いる必要は無いしね」


「呑気に日向ぼっこでもしているさ

お使いに行くよりよっぽどマシだ」


そう言ってボクはジーンと別れた

そして、事前に聞かされていた第8の装置のある

地下施設への入口が隠されている地点に向かった。


サクリ、サクリと地面を踏みしめる足は

隠しきれない期待と好奇心に踊っている

仲間の意志を踏みにじる事について罪悪感は無い


ボクが気になるのはリリィのことだ

彼女が何処からか今回の情報を得てはいまいか

そして、横取りを画策してやいないかという点


リリィの耳を舐めては行けない

既にこの世界の各地に、情報屋リリィの犬が居る

あらゆる方法、あらゆる人物を利用し

安心安全に情報を集める為の機構が完成している。


彼女がどう出るかが読めない

勝つ方につくか、負ける方につくか

それともどちらにも味方をしておいて

最終的に全てを強奪する気でいるのか。


断言しよう、リリィは

空中庭園の事を知っている


そして、それを稼働させようと動いている

ジーンやフレデリックの事も当然知っている


ボクが関与しているというのは

恐らくまだ知られてはいない……


いや、それではダメだ

そんな考えでは出し抜かれてしまう

リリィは既にボクが関与している事を知っている

そして、その目的についても察しがついている。


そういう前提で動かなくてはダメだ

向こうもボクが割り込んでくる前提で

計画を進めているに違いない。


どの段階でかは不明だが

リリィは確実にボクを警戒している

そして、それに対抗する策も用意するはずだ。


「……ジーンなど待っている暇はないな」


裏をかく為にはボクが自ら

8個目の機械を起動させる必要がある

ジーンが装置を稼働させるのを待つのは愚策だ


ここは自分の手で機械を修復……待てよ


「いや、そもそも」


そもそもリリィは

庭がどこに隠されているのかについて

あらかた予想を付けているんじゃないのか?


先回り、それが一番の安全策だ

ボクかジーンどちらが庭を起動させたとしても

自分がいち早く内部に侵入する為の


「もし、それが正しいとすれば

出遅れたボクがリリィに追いつくのは不可能だ

推理をしようにも材料が足りなすぎる

組み立てるための時間も無い、終わっているな」


だとすれば

取る行動はひとつに限定される


ボクは歩いた、速度を変えずにゆっくりと

焦っても仕方ない手遅れな現実に背を向けて

今やれることをやる為に、現地へと赴いた。


その、結果——


「……ジェイミーさん!遅くなったわ!」


「やあジーン、お日様がポカポカ

ここは実に日差しが良くて心地いいよ」


「じゃあ、行きましょうか」


彼女は首から下げたIDを

何の変哲もない地面にかざす

すると、ついさっきまで地面だった場所は

ほんの少しの物音を立てて


「隠し階段か、よく戦火を免れた物だ」


「この世の何より硬い素材で出来てるからね

爆弾が何万個落とされても傷ひとつ付かないわ」


そうしてボクらは`2人揃って`

秘密の地下施設に足を踏み入れるのだった。


久しぶりの


互いの利己的な望みをぶつけ合う

吸血種の闘争に、胸を踊らせながら……。


──────────────────


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