撃滅の時


雲ひとつない真っ青な空


高度6000mの地点から

黄金竜ギーツヴァルクの背中に乗り

遥か下の地上を見下ろし、眺める。


空から地上までは何の障害物も無いので

視界は非常に良好であり、また快適である。


ボクはここから覇種の連中を、すなわち

我ら吸血種が総出で撃滅するべき相手に

先んじて偵察を行っていた。


「協力してくれてありがとうね、黄金竜くん」


背中をポンポンと叩きながら言う

すると、クイッと首を曲げてこちらを見


`無理やり乗っかって来たくせに`

とでも言いたげな目をしてきた。


「ちょうどタイミングが良かったからね

空を飛べるキミが来てくれて助かったよ」


「ガゥ……」


`アンタなら自分で飛べるんじゃない?`

と、言いたそうに唸るギーツヴァルク。


「ボク単体で空を飛ぶのは目立つだろ

地上に居る彼らも、まさか竜の背中に

吸血種が乗っているだなんて思うまい」


落鳴戦線に加わった6人の吸血種のうち、リリィ

彼女は、世界が変わる前も変わったあとからも

情報屋としての活動を続けている。


交渉と交流が可能な亜人種達との外交を行い

ギブアンドテイクの関係を築く、それによって

広げに広げられた彼女の情報網は凄まじく


その手の仕事をやらせたら

ボクも、そして恐らく師匠までもが

リリィには適わないだろう。


それほどまでに優れた情報屋、現在彼女は

落鳴戦線の今後の活動計画の為に

覇種どもの情報を地上から掻き集めている。


現地民から得られる敵の戦力、行動パターン

趣向、性格に傾向、それらを単独で収集している


対するボクは空から、敵の拠点や規模、分布範囲

大まかな現在地、人数の把握、主だった敵の生態

陸と空から挟み込むようにして情報を探る。


そして


その情報を元に、師匠とボクとで作戦を練り上げ

敵に対する対抗装備を、リンドが作って供給する

これが今現在、ボクらの行動方針であった。


ちなみに


フレデリック、ジーン、リンド、師匠らは

実際に遭遇した覇種についてのデータを元に

対抗策、そして対抗装備の立案を行っている。


「——ん、7人規模の小隊が見えるな

コレで10個目、明らかに統率されているな

彼らを率いる者の存在は確実と見るべきだ」


「グルゥ……」


`奴らの強さは、お前や、お前の仲間と同等

そんな連中が徒党を組むなんて……悪夢だ`

と、言いたげな唸り声だ。


「武装は、以前変わらずナシのまま


いくら統率が取れていると言っても

無差別に生き物を殺して回る精神性は健在か

しかし、仲間内で争う様な気配は見られない


仲間意識は高めと見て良いだろう

コミュニケーションを取っている様子がある

戦い方自体は極めて野性的、知性を感じない


その割にハンドサインや

アイコンタクトを駆使しているみたいだな

余程頭のキレる指導者が居るのか、あるいは」


`種そのものが持つ知性によるものか……か?`

そう言いたそうな目を向けてくる。


「その通りだよギーツヴァルクくん


本当は彼らに指導者などおらず、個人個人が

強烈に高い知能を備えている可能性は否めん

通常の生物体系とは、大幅に異なるかも……


——あった」


その時、奴らの拠点を見つけた

30人規模の、木材で組み立てられた家屋

建築のノウハウすら存在しないのに

まさか自ら考えて生み出したのだろうか。


……凄まじいな


知能及び発想力が並外れている

当然、学習能力も優れているだろう。


「迂闊に仕掛けるべきじゃない


中途半端に戦って逃がしでもすれば

こちらが窮地に立たされるのは明白

戦うなら最低でも2人、あるいは4人


仮に、あそこに見える拠点を壊滅させるなら

1人残らず、誰ひとりとして逃がさず、かつ

探れる様な痕跡を残さずにやる必要がある」


現状は、まだ手を出すべきじゃない

ひとまずは敵の全体数の調査を行うべきだ

全てはそこから、それがボクのやるべき事。


「さ、今度はあっちの方角だよ

グルっと世界中を回るんだ、出来るかい?」


`……速度を上げる`


ただでさえ早かった飛行速度は

それによって更にあがるのであった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


拠点に集まる6人の吸血種


机に向かって機械いじりを続けているリンド

華歌を歌い毒針の手入れをするリリィ

フレデリックに、編み物を教えているジーン

ソファに陣取り、爪をとぎとぎしている師匠


そして


片手に紙を持ち、部屋の真ん中に立っているボク

こんな自由な雰囲気でありながら今は

作戦会議及び、報告会の時間であった。


「——全体数は丁度ピッタリ1万体

分布図や戦力、その他もろもろについては

渡した資料の通りだ、現状の脅威度は低い


しかし、記述してある通り

彼らの持つ知能は極めて高いと見ていい

ヘタに手を出すと、対応されかねないよ


まずはこの、7人ひと組の小隊から始末するべきだ

拠点を叩くのは後回し、最悪散らばって逃げられる

小隊だった奴らが、帰る場所を無くせば

せっかく補足した敵の位置が無駄になる


詳しくは、リリィ」


毒針の手入れを行っていた彼女は

はいっ!と手を挙げて立ち上がる。


「はーい、私の行った調査報告するっすよ

まず!連中は非常に仲間意識が高いっす


ピンチの味方は助ける!仲間以外は全部敵!

そんな感じっすね、あの無差別に行われる殺戮

アレは要するに、`俺ら以外要らなくね?`という

キョーレツな仲間意識から来るモノみたいっす」


彼女の調査により判明した新事実

なるほど、違和感の正体はそれだったか


彼らにとっては

同族のみが味方であり家族なんだ

それ以外は全部、価値のないゴミでカス


「なるほど、分かりやすくて良いね」


ボクが納得する傍らで、ジーンがぼやく。


「なによそれ、すっごい厄介じゃない

……でも逆に利用する事も出来るか」


ぶつぶつと考察を重ねるジーンを尻目に

リリィは報告を続ける


「獣人族の方々から仕入れた情報によると

戦闘自体の統率は取れてないらしいっす

目の前に居る敵を殺す事しか頭にない


指導者が居るという話は聞きませんでしたね

あと、上下関係の概念は無さそうっすよ

一族の者は皆、同様に平等である……という風に


戦い方は、戦略もへったくれもないっすね

全員野生動物みたいな戦い方をしてるっす

あくまで現状は、というだけっすけど


しかし!その割に巡回頻度や

小隊それぞれの動きは妙に理性的で

不気味な程に統率が取れていました


逆に言えば、その分読みやすいっす

奴ら、攻撃の事しか考えてないようですし


はい!私からの報告終わり!

残りは、お手元のリリィペーパーでどうぞっす」


「リリィペーパー……?」


困惑の表情を浮かべるジーンに対して

にこにこダブルピースで答えるリリィ

`その服オシャレっすね!`などと言って

体をぺたぺた触って絡んでいる。


ジーンはそれを軽くあしらいつつも

リリィの圧に負けて押されていた。


「……なるほどな?」


それまで爪をとぎとぎしていた師匠は

ボクらの報告が終わるや否や

ぴょんっとソファから飛び降りた。


「短期間で各個撃破を繰り返していくんだな

だとすれば、俺様とジェイミーが組むのが適任

最大戦力は惜しみなく投入するべきだぜ」


ボクがこれから提示しようと思っていた作戦を

何も言わなくても汲み取り……いや、この場合

師匠が出した結論と、ボクが出した結論とが

ピッタリ一致していた、と表すのが正確だろう。


「攻撃に回るのはボク、師匠、リンド

そしてフレデリックだ、ジーンはリリィと組み

護衛や手伝い、そして客観的な視点を提供しろ

あるいはキミの研究者としての能力を役立てろ」


「了解っす〜!」


元気にぴょんぴょん飛び跳ねるリリィと


「……任せてちょうだい、私、ちゃんとやるわ」


決意の籠った目を向けてくるジーン

あの二人ならば、確実に大丈夫だろう。


「僕は……こっち……なんですね」


不安そう……に見えるフレデリックだが

しかし、彼が考えているのは恐らく

`久しぶりに戦えるぞ`という様な事だろう。


師匠を除けば彼は、ボクやリンドの次に強く

また見かけによらず相当なバトルジャンキーであり


まるで血に狂った獣のように

殺意と憎悪をむき出しにして獲物に襲いかかる

故に、フレデリックは攻撃側の適性が高いのだ。


もちろん、サポートをやらせたとしても

彼が優秀な裏方であるのは間違いないが

その役目はリリィがやってくれるので

フレデリックはこっち側で問題がない。


「あったしにまっかせな!

邪魔モンはこのリンド様がまとめて

彼方の空にぶっ飛ばしてやるよっ!」


そう言いながら、ボクの首に抱き着いてくるリンド

勢いよくぶぉんぶぉんと振り回され、景色が乱れる


「リンドはフレデリックと組め

ボクはウェルバニアと組んで動く

敵の小隊を片っ端から叩き潰すんだ


リンドとフレデリックは右サイドから

ボクらは左サイドから、敵を掃討していく」


「戦力は分けないんですか……?

ジェイミーさんと始祖様が最高戦力ですし

どちらかを分けた方がバランスが取れるんじゃ」


「もちろん、理由はきちんとある


まずキミら2人は攻撃型だ

リンドもフレデリックも戦闘スタイルが近い

愚直に敵に突っ込んで、ボコボコにするという

ある意味では最強と言える戦い方をする2人だ


一方で、ボクと師匠は戦略的だ

罠を張ったり追い込んだり、奇襲をかけたり

正面戦闘を避けた効率的な戦い方をする2人だ


分けなかった理由は単純

各方面に特化させたかったからだよ

攻撃性と戦略性、2つの方向にね」


「あとは、俺様に合わせられんのは

この中じゃあジェイミーしか居ない

っていうのも大きな要因としてある


足でまといのサポートに回るおかげで

充分な力を発揮出来ねぇ、なんてなぁ

本末転倒も良いところだからな

実力が近いもの同士っつー視点もある」


「……納得」


顎に手を当てて、頷くフレデリック


「たしかに!ジェイミーもサポートは上手いけど

どっちかと言うと、自分から動きたいタイプだ


師弟コンビなら、その辺の

コンビネーションも抜群だろうし!


それに、フレデリックもあたしも根は近いからね

性格が近い者同士でやりやすいだろうさ

方向性が近けりゃ、合わせるのもやりやすくなる

一応!あたしもナンバー2の実力持ってるしねっ!」


「じゃあ私とジーンさんは2人で

情報収集やら研究調査やらをしつつ

亜人種達との共同戦線を組んで回ったりを

なるべく隠密に徹して行えば良いんすね?」


と、リリィ


「……つまり、ばったり敵と遭遇したら

騒ぎになる前に、速やかに殺れって事ね?」


「その通りだ、頼んだよリリィ、ジーン」


ボクは2人の質問に纏めて答えた。


「じゃあフレデリック!あんたよろしくね!」


「……僕頑張るよ、アイツらさっさと殺そう」


がしっ!と握手をするリンドとフレデリック

意気込みの方はどうやら大丈夫そうだね。


「久しぶりだな、てめぇと行動しすんのは」


腕を組みながら近付いてきて

物理的に上から語り掛けてくる師匠

さすが、184cmの身長はバカにならない。


「楽しみだよ、親子共同作業」


「なっ……お、親子……とか、てめぇ

突然そういう事、言うんじゃねーよ……」


顔をそっぽ向けてしまう師匠

しかし、その耳は赤く染っている。


ボクはそんな彼女を尻目に

部屋に集まった皆に対して宣言した。


「じゃ、やろうか」


「うぃーっす」


「やー!腕が鳴るねぇ!」


「フレデリック!がんばろ!」


「編み物、また教えてねジーン」


「サクッと木っ端微塵にぶち砕いてやるぜ」


「さあ、撃滅の時だ——」


フワッ!と風が吹いた。


そして次の瞬間、洞穴の中には既に

もう誰の姿も残されてはいなかった……。



──────────────────


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