それは、やがて覇権を握る者達


ある時、目が覚めた


何か大層な夢を見ていた気もするが

こうして覚醒してみれば、頭の中はまっさらで

思い出そうにも何も浮かんではこない。


「んーーーっ……」


上体を起こして気持ちよく伸びをする

耳の中にゴウッという音が充満していく

筋肉という筋肉をほぐし、脳みそが冴えていく。


そして、ここでようやく

自分の身に覚える違和感に気が付いた。


そうだ、いつの間にかベッドに寝かされている

眠る前のボクは、師匠に寄りかかっていたはず


まさか


抱きついて締めるボクの腕を引き剥がして

寝具の上に放り出したとでも言うのか?


がっかりだ、いっそ起きるまで

そのままでいてくれても良いじゃないか

せっかく師匠の、珍しいデレだったのに

珍しく甘えてみたというのに!


正常に働き出した目を動かし

自室をぐるっと見回してみる。


そして見つけた。


「……」


金縁の眼鏡を掛けながら本を読む師匠の姿と

テーブルの上に、山のように積み重なった書物

2階の本棚から持ってきたのだろう。


「面白い記述でも見つけたかい?」


乱れた髪を整えながら尋ねてみる

すると師匠はページをパラッと捲りながら

眼鏡の隙間からボクをチラッと見て言った。


「ま、暇つぶしぐれぇにはなるな」


つまり面白いってことだ

その気になれば1分と掛からず読み終えるのに

速読せずにじっくり読んでいるくらいだからね。


タイトルは……ああ

『ミヴィリシス大陸』シリーズか

そのシリーズは3巻目からが面白いんだ


見たところ2巻目の871ページ目か

紙をめくる時の音でページ数まで分かる

ちょうど幻惑の塔を登りきった辺りだな。


2章ほど前、旅の同行者に加わったシィリア

彼女は星詠の使命から逃れて旅路を共にしており

その素性は現状、読者にしか明かされていないが


悔いるものの階層に到達した辺りで

仲間のひとりがポロッと、こう零すのだ


`きっとお導きがあったのです、我らを照らす

降り注ぐ光のお導きがね、私は何も怖くはない`


それはまるで星を

彷彿とさせるようなセリフなのだ。


「ん……?」


これまでの数多くの読者と同じく師匠も

彼の発言に対して違和感を覚えたのだろう

あるいは、その先の伏線にまで気付いたやも。


「俺様はこういう書物を読む時は

考察しないようにしてんだよ」


こっちの考えを見透かしたように師匠が言う


「ああ、それならばボクも同じだ

その時見たもの以上の情報を

探さないように務めている


そうでも無いと物語なんて

最初の5ページで全体が見えてしまう」


下手に頭脳が優秀だと

創作物を楽しめなくなってしまうのだ

故にボクは、わざわざ能力を制限して

人並みに楽しむための努力を行っている。


パタン、と本が閉じられた

2巻目を読み終えたらしい。


「面白いだろう?」


聞いてみる


「フン」


面白かったんだな。


「それにしたって退屈な世界だな、ここは

娯楽と言えば本だけか、つまらねぇなあ」


グッと仰け反って大々的に不満を零す

ボクと違って師匠は常に忙しくありたい人だ

じっとして居られない、何かやる事がほしいんだ。


ならば


「……この世界には一応、亜人種達がいてね

ボクとリリィとで外交を行っているんだ

名目上は利害関係の一致による関係だが


その実彼らは、生き抜く為に必要な資源を

ボク達から提供して貰っている立場だ

見返りとは釣り合わないだけのね」


「依存させてやがるわけか

しかし場合によっちゃあ面倒な事になるな

てめぇは、そこら辺上手くやってんだろう」


「揉め事が起きるなら起きたで

ボクとしては退屈しなくて済むわけだし

むしろ嬉々として事を起こしたいけどね」


「てめぇも大概血なまぐさい奴だぜ

そんな様子じゃ平和とは程遠そうだ」


「そもそも、今のこの世界自体が

穏やかとは言いようがない状態だからね

環境に適応していると考えるべきじゃないかな」


「ハッ!物は言いようだぜ」


ボクはようやくベッドから起き上がり

棚の上に置いたおやつを、もぐもぐ食べながら

途中になっていた研究を再開した。


一方で師匠は、一旦読書を終わりにして

爪をとぎとぎしていた、猫の毛繕いの様なものだ

ボクも暇な時はたまに、ああして爪を研いでいる。


実際には殆ど`フリ`なのだが

大した意味はないのだとしても

やらざるを得ない習性のようなものだ。


ボクが、体に着いた返り血を

つい舐めて取ってしまうのと同じように

吸血種ならではの生まれつきの癖である。


そんな比較的穏やかな時間がしばらく流れ

ボクの研究も良い感じに纏まってきた


ちょうどその時


「——ジェイミーさん!帰ってるっすか……ぁえ」


「失礼しますジェイミーさ……え、あれっ……?」


「ってうわぁ!?へ、変なのが居るわ!?」


見知った顔の来客が3人あった

上から順にリリィ、フレデリック、ジーン

全員元人間で、ボクが吸血種にした者達だ。


そんな彼女らがボクの拠点に来た理由は

幾つか想像することが出来るが、しかし

今もっとも気にしなくてはいけないのは


ソレではなく。


「——アァ?んだてめぇらァ……つーか

俺様のこと`変なの`って言ったか?女ァ」


少々間が悪いな、という点であり


説明するのが面倒だな、という気持ちと

だいぶゴチャゴチャしてきて楽しいなぁ

などという呑気な感想の方あった。


「ひ、ひっ……!お、女じゃないわ!

私は……ジーンって名前があるの!」


キーンと響き渡る声

師匠に向かって声を荒らげてみせるとは

元が人間だから吸血種としての本能が薄いのかな?


ま、それを抜きにしても彼女は昔から

やる時はやる激しめの性格をしていたけどね。


「ジーン、声、うるさいよ……静かにして……」


そして、オドオドした様に見えて

空気など一切読まないフレデリックと


「いきなり怒鳴らないで欲しいっす!

鼓膜ぶっちぎれるじゃないっすかあ!?

いや、ちぎれてないっすけど!なはは!」


いつでも軽薄なリリィ

この3人が揃うと賑やかで堪らないね。


「……おいジェイミー

さっき言ってた仲間ってのはこいつらか?」


やや顔を引き攣らせながら

小声でボクに確認を取るウェルバニア


「右から順にリリィ、フレデリック、ジーンだ」


丁寧に紹介してやる。


「……私はてっきり、おもしろサーカス軍団が

飛び込み営業を掛けて来やがったのかと思ったぜ」


なかなかパンチの効いた良いユーモアだ

きっと何かの創作物に影響されたのだろう

ここはひとつ、ノリノリで乗っかってみよう。


「さしずめボクは団長と言ったところかな?」


すまし顔でボケをかましてやる、すると


「ハッ!ピエロの間違いだろ!

……んなもん俺様が団長に決まってる」


師匠は高笑いをしたあとで

突然真面目な顔をしてそんな事を言った

ああ知ってる、あの顔は本気で言ってるヤツだ。


「だぁーっはっはっはっは!!

この美人さん面白いこと言うっすねぇ!

グァーハッハッハッハッハ!お腹痛い!」


師匠の天然ボケが突き刺さったリリィは

ゴロゴロと床を転げ回りながら笑い出した

ドンダンダンダン!と床を叩いている。


凄くたのしそう


「ていうかこの人……恐ろしく強い……というか

なんだか格の違う生き物なような気がする……」


この中だと1番強いフレデリックが

いち早くウェルバニアの正体に近付いた

やはり研究者、観察眼に優れている。


1番強いというのはあくまで

ボクと師匠を除いて、だがね

ちなみに強さの序列で言うと


ウェルバニア=リィド


このボク、ジェイミー


リンド


フレデリック


リリィ


ジーン


となっている


「……なんか、ジェイミーさんに似てるわ」


ボソッとジーンが呟く、ほんの小さな声で

しかし吸血種の耳に届くには、それで充分だった。


「「「分かる」」」


重なる3人の声

笑っていたはずのリリィはいつの間にか

すくっと立ち上がり、済ましている。


「気持ち悪ィ連中だぜ……」


「久しぶりみんな、今お茶を出すよ!」


引いているウェルバニアをよそに

ボクはいそいそと歓迎の準備を進める。


「あ!私!お風呂借りていいっすか!?」


「え、それなら私も入りたいんだけど!」


「僕も入りたいけど、2人邪魔だから後ね」


「あぁ!?んだとコラァ!っす!」


「じゃあ3人で入れば良いんじゃない?」


「狭いから嫌っす!」「狭いから嫌ですよ!」


「うるせェなこいつら……」


戦火がパチパチパチし始めたので

ここいらで傍観をやめて助け舟を出してやろう

もう少し見ていたかったが、許してやるとするか。


「お風呂広くなってるから大丈夫だよ

5人ぐらい入っても余裕のサイズ感さ」


その言葉を聞くや否や、彼女ら3人は

それぞれを突き飛ばしたり足を引っ掛けたり

押し返したり殴ったり壁と天井を跳ね回ったり


非常に礼儀正しくマナー的で紳士的に

お風呂場へドッタンバッタン向かっていった。


「……なるほど、納得だぜ」


やかましい彼女らを見送ったあと

ボクの方へ視線を向けてきて一言


`てめぇに相応しい狂った仲間だな`

とでも言いたいのだろうね。


ならばボクも、こう答えるまでだ。


「誰かさんの指導のおかげだろうねぇ」


師匠のこめかみには

青筋がビキッ、と浮かぶのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——じゃあキミが七色転移鳥に飛ばされた先は

丁度フレデリックとジーンの家の中だった訳か」


広いテーブルを4人で囲い込み

うち3人が風呂上がりのポカポカとした

暖かい湯気を体から放っている状況で。


ボクらは——師匠はボクのベッドの上で

足を組んで寝っ転がっているが——近況報告

というか、何故ここに来たのかという経緯を

主にリリィから聞かせてもらっていた。


「はい、そうっす、あの鳥許さねーっす

もし今度会ったら現世にも地獄がある事を

その身をもって思い知らせてぶち殺してやるっす」


顔に化粧水をぺたぺたしながらリリィが言う

吸血種はお肌の管理など必要が無いのだが

`習慣っす!`と言って彼女はそれを続けている。


ちなみに効果は一切ない

数千年前から全くなんの変化もない

元の状態がそもそも最高峰なので

いくら手を加えても意味が無いのだ。


本人にそれを言うと若干傷付いた顔をしたあと

顔に向かってクッションが飛んでくるので面白い。


たまに言いたくなる

大体月に5回くらいかな。


「それで?どうして2人がここに?」


「それなんすけど……」


その辺は僕の方から、と言って

フレデリックが前に出てくる。


「結論から言って、新種の亜人が誕生したからです

我々はその事を、つい数十分前に観測致しました


黒い鎧甲冑の様な異形の手足を持ち

雷の力を扱い、我々のように再生能力を保有した

まるで次代の`吸血種`の様な種族です」


なるほど、それ関連だったか

しかし本当に情報を仕入れるのが早いな


リリィのおかげかな?

彼女にとっては良い迷惑だろうが

案外いいタイミングで転移させられたのかもね。


「我々は、その新種族の事を`覇種`

新世界での覇権を握りゆく者として名付けました


現状分かっている限りでは彼ら、覇種は

個体個体が例外なく、非常に好戦的です

ここに来る途中も3度遭遇し、3度交戦しました


その肉体性は、まさに吸血種と同等です

放っておけば直ぐに地上を支配するでしょう


短期間での遭遇頻度から見ても

彼らの全体数は恐らく、相当なものです


そして更に、かつてジェイミーさんから聞いた

始祖と呼ばれる存在についての考察もひとつ


性能や在り方が吸血種と似通っているならば

全ての吸血種の祖となる存在があったように

覇種にも、同種の者が生まれる可能性が高いです


……と、ここまでが

僕ら3人からの調査報告です」


ザバッと分かりやすく纏められた説明により

ボクと師匠だけでは把握する事が出来なかった

全体像が少し、明確に分かってきた。


なるほど、覇種ね


「……キミ達の言う覇種とやら、実はボクと

そこで寝ている背の高い女とで、既に遭遇した」


「はぁー……相変わらずアンタって女は

あっという間にトラブルの渦中に飛び込むわね」


呆れるようなジーンの声、しかし

そんな事で驚くのは少々気が早いぞ?


「ちなみにそこに寝ている女は始祖で

ボクの師匠でもあるウェルバニア=リィドなのだが」


「はァ!?」


良いリアクションをありがとう、ジーン

フレデリックとリリィは全くの無反応だ

特に気にして無い所か興味が無いのだろう。


「で、その師匠とボクとで遭遇した覇種が

何を隠そう彼らの始祖だった訳なのだよ

ちなみに、もうこの世には存在しない」


「……ぁ?」


キャパオーバーで変な声をあげて

そのまま固まってしまったジーン


一方で


「やはり仮説は正しかったのか……とすると……」


「あー仕事早いっすねー流石っすジェイミーさん

ウェルバニア?さんも凄いっす!流石っすよ!」


などと言って当然に受け入れてる2人

この場において`まとも`なのはジーンだけだ

他の2人……いや、正確に言えば4人は狂っている。


現に


「ンなモンあたりめーだろクソボケがァ」


初対面のリリィに褒めちぎられて

満更でも無さそうに暴言を吐く師匠や


こういう混沌とした状況になる事を見越して

ワザと重要な情報を安売りしたボクなんかも居る

これの何処がいったい`まとも`であると言うのか。


全てはジーン1人が背負い込むモノ

下手に常識が備わっていると大変だね


とは言え彼女自体も

出身はフレデリックと同じく研究室出

倫理観や道徳を無視したろくでもない研究を

良心の呵責を起こさず続けられる異常者なので


真にまともで正常と呼べる者は

実は、この場には1人も存在しないのだか

周りと比べると幾分マシ、というだけの理由で


たった1人、この気の狂った仲間に囲まれて

割を食っているのがジーンと言う女だった。


可哀想だなとは思うけど

それはそれとして面白くて堪らないので

ボク自らフォローに回る事は決してない。


どうぞ1人で苦しんでくれたまえ

空気が美味しい、表情が美味しい

彼女を苦しめるのは楽しいなぁ。


と、そんな時


「……で、どーするっすか?覇種

多分放っておいたら一瞬で実権握るっすよ」


リリィがこう言った、すると……。


「私そういうの嫌いだから消し去りたいわ」


と、ジーン


「研究サンプルが脅かされるのは……嫌だ

そんなゴミクソ連中早々に叩き潰したい」


フレデリック


「始末するに決まってるだろう」


続いてボク、そして最後に


「良い暇つぶしみーっけた」


ウェルバニア=リィド


「そーっすよね、邪魔っすよねそんなん

私もせっかく築いた情報網ぶっ壊されでもしたら

全身の神経をこの手で引き剥がすしかねーっすよ」


追加でリリィも。


「不穏分子かもしれない者は早めに叩く

戦いの基本だねぇ、良いよ、やろうか」


「私、静電気とか大っ嫌いだから

なに?雷とかふざけてんの?

とっとと絶滅させてやりたいわ」


「どうすれば生きたまま捕縛出来るかな

血で眷属になったりはするのかな……」


「いやーとうとう私の情報網が

本格始動する時が来たみたいっすねー

腕が鳴るっすよぉー、うおーーーー!」


決議も取れたことだし、ここはボクが

吸血種統括として開戦の宣言をしよう。


ボクはその場に立ち上がり

仲間たちを見下ろしてこう言った。


「望み通り彼らには

覇権を握ってもらおうじゃないか

——ただし、あの世の……だがね


文字通りの相応しい名前にしてやろう

雷は確かに強大なエネルギーだけれど

地上に落ちるまでの一瞬しか輝けない刹那の存在


発生し、パッと輝いた後に来るのは

光の崩壊を示す轟音であるのだから


この目に焼き付いた影としてやろう

歴史の中にほんの一瞬輝いた生き物として

奴らの短い障害を血によって塗り潰そう!


それでは諸君

落鳴戦線はここに開かれた


存分に暴れて壊し、そして殺そうじゃないか

我ら吸血種は利己的に、奴らを打ち砕こう!」


落ち、響き渡る雷鳴の輝き

それを血によって掻き消す為の戦い。


すなわち落鳴

この戦線は雷を撃ち落とす戦いなのだ。


「……あれ、ところでジェイミーさん

リンドさんの決議は取らなくて良いんすかね?」


統括としてボクは、このように答えた。


「さあ、居ない者の意見など知らんよ」


「それもそうっすね!」


彼女ならどうせ、こう言うさ

`新しい兵器の実験台にピッタリだねぇ!`

決議など、わざわざ取る必要も無いとも。



──────────────────


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