黒金の雷と2人の始祖
踏み込みと同時に展開した血の力は
即座に、細い線の様な形となり無数に分散
あらゆる方向から始祖の男に襲いかかる。
敵は、飛来する血の線を叩き落とそうとして
「——ッ!」
ソレが
触れてはならないモノである事を悟り
めちゃくちゃな姿勢で緊急回避を行った。
——それを待っていた!
危機一髪のスレスレで血を躱した奴は今
次の行動を起こすには時間がかかるはずだ
血で追尾を仕掛けつつ
敵の回避先にアカヅメの照準を合わせる
引き金を絞って、射撃!
吸血種の動体視力をもってしても
到底とらえきれない速度の弾丸は
しかしこの至近距離で放たれ、その結果
体勢を崩していた始祖は右半身を失った。
「——ッ!?」
敵方から動揺が伝わってくる
予想していたのよりずっと強かった上に
目で追うことすら出来なかった未知の攻撃に驚く。
そして追いすがる血の線
右半身を消し飛ばされた始祖は
その衝撃のあまり足を止められた。
その状態から無理やり軌道を変えて
何とか追撃を避けるのは、不可能であった。
それにより血の線は
合計で335本、始祖の体を背中から貫いた。
「ガァッッッッ……!」
始祖は刺し貫かれた状態のまま、空中に固定された
わざわざ数を増やして分散させたのはその為だ
全身を貫く血は、幾つもの支柱の役割を果たす。
敵は完全に身動きが取れなくなった!
ボクは、腰の裏のホルスターに銃を収め
そのまますれ違いざまに爪を振り抜いた。
虚空に描かれる赤い閃光
弧を描くような軌跡を辿ったそれは
見事、始祖の体を斜めに分断してみせた。
完璧に動きを止めて、完璧に通った攻撃
銃撃で体の大半を吹き飛ばされたうえ
血の毒が効いているであろう体
そこへトドメの爪の斬撃
これ以上無いくらい完璧な一撃
始祖の男は疑い用の余地もなく死んだ
そう思える程の決まり方。
……だが!
これまで幾つもの戦闘を重ね
数多の命を切り裂いてきたボクの爪は
たった今、味わったばかりの感触から
とあるひとつの答えを得ていた。
——違うぞ!コイツはまったく違うッ!
ボクはまだ始祖を、倒せちゃいないッ!
斬撃、実感、考察、認識
よっつのプロセスは一瞬で行われた
ボクは一片の油断も隙も晒す事無く即座に反転
くるっ……と横に流れる視界
移り変わる穏やかな気候の平原
そこには本来あるはずの物が無い。
それは、たった今切り裂いた男の血飛沫
飛び散る肉片、鼻先に香る鉄のような匂い
見えるはずの、感じるはずのモノが無い。
ということは——
「……っ!」
振り返った先でボクが見たものは
まったく想定した通りの光景だった。
すなわち!
長い手足、淡い紫色の長髪
冷徹で温度の感じない、海の底の様な瞳
始祖の男が、五体満足でいる姿!
やはりこの男も再生するのか!
こちらを完全に敵だと認識したヤツは
再生したばかりの異形の腕を振るい
ボクのことを弾き飛ばそうとした。
——それに合わせる
交差する赤と黄金の閃光
そして宙に舞う異形の腕
再生する分で出遅れた始祖の男は
事前に準備を終えていたボクに打ち負けた
片腕を失う男、しかし怯みはしなかった!
黒く、そして黄金の輝きを放つ
まるで雷のような光が迸った。
ボクはそれを、彼特有の能力であると判断し
踏み込みを途中で止めて、即座に後方に飛んだ。
直後!轟音と共に空間を飲み込む爆雷!
全てを焼き付くし砕け散らせる黒金のイカヅチ
それはドーム状に展開され、空間を遮った。
ボクは飛び退くと同時に、血の槍を数本展開
雷のようなエネルギーの層に向けて射出した。
……たしかにアレは雷のように見えるが
ボクら吸血種の血が、実際は免疫である様に
一見そうなだけで本質は別物という可能性は
大いにある。
そしてもし、あの雷が
ボクの知らないエネルギーではなく
吸血種が持つ免疫と同じモノであるならば!
血の槍が雷のドームに到達した、次の瞬間——
血の槍は一瞬にして霧散し、そして
始祖の周りを覆っていた雷のドームには
拳大の大きさの穴が空いていた。
対消滅ッ!
やはりアレは雷などではなく、免疫物質だ
種類の違う免疫同士をぶつけた事によって
お互いがお互いを打ち消し合ったのだ!
ボクはすぐさま銃を抜いた
チャキ……真っ直ぐに構えて、狙いを付け
穴が空いてから0コンマ数秒の間もなく射撃
途端、銃口から吹き荒れる爆炎
放たれた44mmの金属の塊は
吸い込まれるように穴の中へと侵入し
その向こう側にいた始祖の頭を撃ち抜いた!
頭部、すなわち力の司令塔を失ったヤツは
体外に影響を及ぼしていた雷の制御を失う
その結果、ヤツの周囲を覆っていた
黒と黄金のドームは嘘のように消え去った。
ボクは一定間隔をキープして銃撃しながら
前へ、前へと踏み込んで始祖の元へ肉薄。
片手で弾倉を交換しながら
反対の手で貫手を構える
狙うは心臓!銃撃でも血の力でもなく
この手で心臓を破壊する!きっとそれこそが
この始祖を真に殺す為の、唯一の方法なのだと
このボクは、何故だか強くそう感じていた。
ダンッ!
地面に振り下ろした足、砕ける地面
後ろの足から反動を受け取り、腰を捻る
肩まで力を伝え脱力、そして一気に解放!
真っ直ぐ突き出されたボクの爪は
首から上のない始祖の左胸に直撃し
そのまま肉を断ち骨を砕——
ガキィィンッ!
指先から腕全体に跳ね返って来る反動
爪が、心臓を貫くことは無かった!!
遅れて
ピリッ……!と、腕全体に走る嫌な感覚
ボクは即座に理解した、そうかこの男は
自分の左胸に雷の防壁を作り出していたんだ!
これまで、当たれば絶対切断だった爪は
呆気なく始祖の力の前に敗れ去った
ボクはその事を受け止め、アカヅメを構えた。
爪が通用しないのは分かった
ならば今、狙うべきなのはひとつ。
始祖の頭が再生しきった
暗黒の様に冷たく恐ろしげな瞳が
高い位置からボクを見下ろし、射抜くが
彼のその目はすぐに
驚愕により見開かれる事となる
何故ならそれは
銃口を向けられていたからだ!
バチッ……再び視界の端で弾ける黒金の雷光
このままでは恐らく、引き金を引き切る前に
雷の力を展開されてしまうだろう。
さっきの発動速度を考えると
今から射撃をしても間に合わない
では何故、さっさと撃たなかったのか?
それは——
知覚ッ!五感を刺激するのは作動する気配
非常に強力な原初の力、其れ即ち始祖の力
吸血種ウェルバニア=リィドが
始祖の血を発動させた気配だ!
「ぶっ飛びやがれェ——ッ!」
直後、視界を横切る赤い血の槍
それは始祖の頭部を貫き、弾けさせた。
ボクは貫手を構えた
しかし、このままではさっきの二の舞
だが!ボクは既に対策を見付けていた
それは、血!
さっきコイツは雷のドームを形成した
ボクはそこへ、自らの血をぶつけてみせた
その結果、互いの力を同等に打ち消し合い
ドームには槍の大きさと同じ穴が空いた。
ならば!
ボクは自らの爪に血の力を纏わせた
そして、先程と同じく始祖の心臓へ向けて
一直線で爪の刺突を放った。
——直撃
爪に纏わせた血が消失する感覚、そして
始祖の左胸から、雷の防壁が消え去った
予想通り力と力が激突し、対消滅を果たした!
その、瞬間
ボクの視界には銀色の閃光が飛び込んできた
それは、血の槍が突っ込んできた方角からのモノ
即ち——
「くたばりやがれ、クソボケが」
姿を現したウェルバニアは
悪態を付きながら始祖の男を貫き
雷の力で直接守られた心臓を
血を纏わせた爪で切りつけて防壁を消滅させた。
ボクはいま一度踏み込み、そのまま
なんの抵抗も受けること無く貫手を放ち
完全に無防備となった心臓を打ち砕いた。
……同時に
手の中に残る馴染み深い感触
兼ねてより経験を重ねてきた
決して間違いようのないこの感覚。
これまで散々味わってきた
命を終わらせた際に感じるモノ。
頭部を失ったままの体は
その身に受けた傷を再生させること無く
まるで、糸の切れた人形の様に墜落した。
ドサッ……
それっきり、ピクリとも動かない体
産まれたばかりの始祖はこれにて討滅された。
「何も学ぶことなく無様に死んでいろ
この世に始祖は、俺様1人で充分だぜ」
そう、死体に向かって吐き捨てる師匠に
ボクは
「お手伝いの身分で随分と尊大だな?
ほんのちよっと手助けしただけのくせに」
などと嫌味を放ってみるものの
「素直にありがとうって言えば良いのによ」
微妙に存在していた
照れ隠しの気持ちを見抜かれてしまう
……いいや、微妙どころじゃないかな。
やっぱりこういうのは
下手に誤魔化すのは返って惨めになる。
「手伝ってくれてありがとう、師匠」
「っ……と、突然デレんじゃねェよ」
腕を組んでそっぽを向いてしまう師匠
そうだ彼女は、昔からこういうのに弱かったな。
そこでボクはひとつ
こんな思い付きをするのだった。
「とりあえず目的も達成した事だ
どうだろう?ボクの家に来ると言うのは」
「——はァ?」
珍しい師匠の
間の抜けた顔を見ることが出来た……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
というわけで戻ってきた我が家
ここを出立してから一日と経過してないが
何故だか物凄い遠出をした様な気がしてならない。
「ほぉー……?」
そこいらの王族の部屋なんかよりも
よっぽど豪華で気品に溢れるボクの部屋
何かケチを付けられる事を覚悟していたのだが
この様子を見るに、どうやら感心しているらしい。
「カーペットの材質がいい、ホコリが飛びにくい
壁紙の色合いとも合っている、肌触りも良い
汚れが着いても落ちやすく、また温度を逃がさない
机の高さも幅も丁度いい
傷の目立ちにくいアカバネの木だな
カビが生えにくく、色艶も素晴らしい」
「部屋の家具を選ぶ時は常に
師匠から小言を言われるつもりでやっている
お眼鏡にかなったらしくて何よりだね」
「どれ、もてなしの紅茶を出してやろう
最近、上手く紅茶を淹れる特訓してね」
師匠はつかつかと歩いていき
ソファの上にドカッ!と座り込むと
机の上に足をダァン!と置いた。
彼女のいつのも座り方だ
礼儀やマナーなどと言ったものを
ウェルバニアは一切気に掛けないのだ。
なんだか、懐かしくて笑えてくるよ
あの頃と何にも変わってないんだもの
敵対しても、大切なものを奪われても
ボクは何にも変わってないし
彼女も何にも変わっていない。
流れるような所作と、流麗さで
目を見張るほどに美しい1品物の陶器に
音を立てず、波を立てない様に紅茶を注ぐ。
2人分
ボクは受け皿ごとそれを持ち
水面に僅かばかりの揺らぎすら起こさず
尊大な態度でソファに座る師匠の元へ行き
吸血種の非常に優れた耳にすら
決して物音が届かないよう丁寧に
そっとテーブルの上に置いてやる。
「……んだよ、綺麗じゃねぇか
てめぇさては相当暇してやがったな?」
そう言いながら師匠はカップを掴み
風情だの味わいだのをかなぐり捨てた様に
グビッ!とひと息で飲み干してこう言った。
「マズイ」
この人は、本当に気に入らない物や
美味しくない、悪いと思った物に対して
一切の感想を述べることがないので。
意訳すると
`悪かねェが、もう少し美味く淹れられるな`
という事になる、何とも分かりにくい人だ。
ボクは紅茶を置いたまま流れで
ちょこん、と師匠の隣に座ってみせる。
「……」
背もたれに深くもたれ掛かり
目を閉じて俯き、静かにしている師匠
その隣で、優雅に紅茶を啜るボク。
「……ふむ、84点と言ったところか」
冷静に、自分が淹れた紅茶の評価を下す
「ま、そんくれェだな」
既に空となったカップの中を見ながら
ボクの独り言に反応するウェルバニア=リィド
その横顔は非常に穏やかで、不機嫌そうだった。
「積もる話でもするかい?」
「積もってんのはてめぇだけだろうが」
確かにそれもそうだ、師匠からすれば
死んでからの出来事は無かったことなのだから
話題があるとすればボクの方だろう。
ならば、近況報告……というよりか
ボクの置かれている状況の説明でもしようかな。
「吸血種はボクを含めて5人いる
リンド、リリィ、ジーンにフレデリック
それぞれ大切な友人であり、リンドは恋人だ」
「随分とまァ増やしたもんだな
てめぇの事だ、女3男2人ってとこか?」
「残念、女4男1だ」
「なんだと、らしくねぇな」
「素直に読み違えたと言えよ」
「ハッ!誰がんな事言うかよ」
紅茶をずずず……と啜る
ほんのちょっと師匠の方に寄ってみる
あと少して肩が触れるか……と言った所か。
「リリィか、何ともありふれた名前だぜ
さては偽名だな?身分を隠すべき立場にある奴
例えばそう裏社会の人間、殺し屋であったりな
名前が売れるのを前提としたネーミングだ
っつーことは人前に姿を表す前提って事だ
ありふれた名前を使うことで
自らの素性を偽る事も出来るし
その言葉を口にする者たちにとって
一種の隠語のような役割を果たしてくれる
お前は地盤を固めて動くタイプだ
外堀を産めるならまず情報が必要になる
その上で、てめぇが味方に引き込むとすれば
それは情報屋以外にあるまい」
「相変わらず、元手の全くない所から
すんなりと真実に辿り着くひとだな」
「それをいうならてめぇこそ
私がこの世に再成立したという情報から
始祖の仕組みと、新種の出現を当てたろ
考察能力に関しちゃあ
てめぇも俺様も大して変わらねぇよ」
当たり前だ、何故ならボクは貴女のその
魔眼の様な洞察力に憧れて努力したのだから。
「フレデリックとジーンは元研究者だ
そしてリンドは、常軌を逸した天才さ」
「てめぇがそこまで言うとはな」
そこでボクは
腰の裏のホルスターから銃を取り出し
師匠の膝の上に乗せてやった。
「……んだこれ、クソ重いな」
「それを作ったのがリンドなんだよ」
「なんだこのデタラメな設計は?
物理法則はどうなってやがる?」
師匠はしばらくその銃を眺めると
ポイッとボクに投げ返してこう言った。
「意味が分からねぇ、正気じゃねえな」
どうやら、師匠をもってしても
リンドの発明品にはお手上げのようだ。
「これでも彼女に言わせればガラクタさ」
「なんだそりゃ、何飼ってんだてめぇは」
師匠がここまで言うのは非常に珍しい
大抵の事は知ってるし、理解出来る彼女が
よもや評価する事自体を放棄するとは。
自分に分からない物は批評のしようがない
なので、素直に造り手に敬意を評する
最もその`敬意`が、分かりにくいのだがね。
飲み終えて空になったティーカップを置き
不意に、師匠にもたれかかってみた。
「……うっとおしいぜ」
本当に嫌なら避ける癖に
貴女の優れた観察眼であれば、事前に
ボクの動きをしっかりと見切っていたはずだ
にも関わらずこうして居られるという事は。
分かっていて避け無かった
ということに他ならない。
素直じゃない人……いや
ある意味では素直だと言えるかな?
彼女の根っこを知ってさえいればね。
「抱き締めてはくれないのかい、師匠」
照れ隠しが発動するかな?と思ったが
現実は意外にも、そうはならなかった。
「うまかねぇぞ」
ぐいっ、と引き込まれる感覚と共に
ボクの胴体を抱き込む師匠の冷たい腕
ウェルバニアは、すんなり抱きしめてくれた。
「どうもありがとう」
「うるせェっ!」
ボクは遠慮なく彼女の腕の中に体を預けて
思いっきり抱きついて、ぎゅーっとしてやる。
「……師匠」
「ンだよ」
「愛しているよ」
「はぁっ!?」
動揺し、体が跳ねる師匠
突然の好意に弱いのは相変わらずだね。
「戻ってきてくれて嬉しいよ
じゃあボク、少し眠るから……」
「……ちっ……好きにしやがれっ」
師匠のやや上擦った声を聞きながら
ボクはすとん、と眠りに落ちるのだった……。
──────────────────
面白かったら
いいね、感想、☆よろしくお願いします。
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