新生命体 始まりの祖


「今更舞い戻って来るだなんてね

大人しく死んで居られなかったのかい?」


パンっ!パンっ!


立ち上がりながら服に着いた土埃を払いつつ

今しがた自分を細切れにした相手に向かって

精一杯の憎まれ口を叩いてやる。


その相手とはもちろん


「アァ?てめぇこそ死に損ないじゃねぇか

んだコレ、いったい何千年経ったんだ?」


突然この世に再成立した女

全ての吸血種の始祖、ウェルバニア=リィドだ。


「師匠が死んでから大体2億年が経過した

その間に、人類は完璧に絶滅してしまったよ」


すると彼女は途端に不機嫌そうな顔をして

地面をゲシゲシ蹴り付け出した。


「ハッ!……大方自滅でもしたんだろうよ

アイツら無駄に臆病だからな……ケッ!」


この人を知らない者からは

非常に分かりにくいとは思うが、コレは

`人間ならもっと他にやりようがあっただろ`

という意味合いの怒りである、彼女は存外優しい。


それにしても、相変わらず

なんの情報もない所から正解を導き出す女だ

師匠のその技術には散々お世話になったよ。


ところで


普通の生き物は蘇ったりしないので

死んでいた期間をどう扱うかが些か複雑だが

この場合、年齢は重ねてないと判断すべきかな?


だとすれば、今ではボクの方が

師匠よりも歳上……という事になる

だから何だと言われればそれまでだがね。


いつも追い掛けていた背中であり

結局追い付くことが出来なかった背中だ

年齢という形式の上だけであっても

`先に行けた`という事実は喜ばしいのだ。


不服そうな顔をしたまま腕を組んで

周囲を見回しているウェルバニア

ボクの予想だと、そろそろはずだ。


「まァ、その辺は良いとして……だぜ

てめぇ!さっきの戦いは一体なんだ!」


「ほら来た」


「どうして最後の最後で油断しやがった

俺様が素直に盾を作るとでも思ったか?

既に何回も見せてやってたんだ

ここで曲げてくる事くらい予測出来たはずだ


だが銃の本体が爪を防いだのは良かった

その前の血の槍8本を避ける動きもな

ただ、合間にもっと射撃を挟むべきだったな


霧化の奇襲銃撃は良かった

アレは流石の私も予想出来なかった

ただ、仕掛けるタイミンがやや遅いな


もう一瞬早ければ直撃したはずだ

どっちみち追撃は出来なかったがな

撃った瞬間に下がる判断は賢かったぜ」


……やっぱり


矢継ぎ早に指導を行うその姿は

あの頃の彼女と何も変わらない

やっぱりこの人は、ボクの知ってるあの師匠だ

かつて恋人を目の前で殺された経験があるものの

不思議と怒りは湧いてこず、あるのはただ懐かしさ。


ボク自身、そんな小さな終わった事を

気にするようなタチではないので


昔敵として戦った、だとか

お気に入りの屋敷を吹き飛ばされた、だとか

せっかく吸血種にした恋人を殺られた、だとか


あるいはボクをも殺しかけたとか

そんな事は一切全く根に持ってなどいなかった。


無論、忘れもしないがね。


「空中に飛び出しちまう癖は治せ

あんなもん、的以外の何でもねぇ

やるとしたら敵から離れた位置で

ほんの一瞬だけ利用する程度に留めろ」


「飛べたとしてもかい?」


「どうせてめぇの戦闘スタイルだと

攻撃する瞬間は近付く事になる

全く意味がねえ無駄だ、とは言わねえが

同格や格上相手には少々恩恵が足りない


そもそも、格上だ同格だなんてのは

実際に戦ってみねぇと分からねぇんだから

そんな所で博打を打つような行為は馬鹿だ


故に、改めろと言ったんだ」


「……ならばあの時は、下ではなく

真横に銃撃して反動を得るべきだったのか」


「そっちの方が優位に立てる選択肢が多かった

そうすりゃ、てめぇはまだ長く戦えただろうよ」


たしかに、空中起動は地上に比べて

地面からの反動を受け取れない分

機動力が低下する、という見方も出来る。


翼を動かして高速飛行するにしても

やはり、地上に比べると予備動作が大きく

師匠の様な相手には捉えられてしまうだろう。


3次元機動はあくまで

相手を翻弄出来ることが前提なわけで

実際それがあの場の死因となったのだから

今後は安易に飛び上がるべきでは無いだろうな。


「近接格闘については、そうだな

概ね満点だと言っていいだろう

俺様を仕留められた場面があったからな

てめぇが私を引っ張って、後ろに回った時だ


何故後ろに回ってから攻撃しようとした?

すれ違いざまに胴体を切っちまえば良かったのに

その後で頭を握り砕けば、もう抵抗は出来ねぇ


私が再生して動き出す前に

トドメを刺せただろうよ」


「何か隠してるんじゃないかと思って

警戒しながら動いたのが裏目に出た

上から血の剣とか、下から血の槍だとか

意識外からの干渉に気を取られていたんだよ」


「そこが甘ェポイントだな、ジェイミー

てめぇはあの瞬間に勝利を手放したんだ

今回の1番デケェ敗因は、間違いなくそこだな」


納得のいく答えだった、そうかボクは

あの瞬間に勝つ事が出来たのか……。


不必要に警戒しすぎた、恐れすぎたのか

やや頭の回転が足りなかったのが敗因か

この事をしかと心に留めておこう。


いつかなにか

他の場面で役に立つかもしれない

そういう1例があった、そう覚えておくとしよう。


「……それで、死んでた間の記憶はあるのかい?

それとも気が付いたらここに立っていたのか?」


「後者だ、てめぇとてめぇの恋人に殺られた後

覚醒したと思ったら、この場所に存在していた

この……なんだかよく分かんねぇ変な空間にな」


つまり、彼女にとっては

ボクらが経験してきた2億年は存在せず

その実、わずか数瞬の出来事って事になる。


蘇ってすぐ、弟子に出迎えて貰えるとは

なんとも幸運な事じゃないか。


「ああそうかい、じゃあ師匠

ボクに何か言う事があるんじゃないかな?」


「しっ……てめぇ、まだ俺様のことを

そう呼んでんのか?……気に入らねえぜ」


やや動揺し、後ずさるウェルバニア

彼女はこんなナリで、不意打ちの好意に弱い

根が純粋というか、割とお人好しなのもあって


彼女をよく知る者と、そうでない者とで

人物評に大きく差が出ることも多々ある。


「誤魔化すのは卑怯だと思うんだよね」


「う、うるせぇ!誤魔化してねぇ!

師匠と呼ばれて動揺しただけだ!


てめぇに言うことだろ?

分かってんだよんなこたァよ……」


相変わらず不器用な人だ

自己分析が完璧に出来ている類の女なので

大抵の事はしっかりと自覚している。


それ故に意外と素直な所もあるのだが

言葉足らずなのも相まって非常に分かりにくい

内心の本音が、なかなか表に出てこないのだ。


「……あー、なんだ、その……な」


「なにかな」


強烈な葛藤の気持ちが伝わってくる

言うべきことが何かは分かっているのに

恥が邪魔して、なかなか言葉に出来ないのだ。


かと言って誤魔化してしまうのも

自己分析ができているが故に出来ず

滑稽な己に耐えきれないので、結局は


「……じ、ジェイミー……その……な」


「うん」


「……放ったらかしにして、悪かった

勝手に死んじまって、居なくなってすまねぇ

あん時殺してやれもせず、無駄に死んじまって


てめぇを1人、時代の波に置き去りにして

……あぁ、本当に悪かったと思ってるよ」


色々と誤魔化したりしつつも

結局、最終的には素直になるのが彼女だ

さて、そんな真摯な態度を受けたボクは


もちろん


「よく言えました、もちろん許さないとも」


許してなんかやらないのだけど。


「……ちっ」


気に食わなそうにそっぽを向く師匠

それは恐らく、予想出来た答えだからだろう。


「でもま、これだけは言ってあげるよ

お帰りウェルバニア、久しぶりだね」


「……フン!」


盛大に鼻で笑ってみせる彼女の横顔は

何故だか分からないけど、やや赤かった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「ある時、ある科学者が言った


`真の不死とは死なない事ではなく

死した後でも蘇ることにある`とね


その通説を踏まえたうえでボクは

始祖という生き物の構造をこう考えた


始祖は仮に死を迎えたとしても

ある一定の周期を経ることで蘇ることが出来る

実例を元にすれば、その周期とは即ち2億年程


いかがかな?」


「理にかなった推論ではあるな」


「だろ?そして、始祖と呼ばれる区分の生き物が

何も吸血種だけを差したモノでは無いとすれば

何か新しい生物が誕生していてもおかしくない」


「名称的には吸血種始祖だからな

そういう捉え方も、確かに出来るだろうぜ」


「という訳でボクはこれから

この世界の生態系の調査を行うが

師匠はどうするんだい?なにか予定でも?」


相変わらず近寄ってくる化け物たち

それを師匠が一瞬で始末しているので

比較的快適な道中を歩いているボクたちは

一旦、今後の方針について話し合っていた。


……と言っても別に

同調しようなどと言う目的はなく

あくまで単なる情報交換でしかないのだが。


「この世界の精密な地図は作ってあるか?」


「ああ、それならボクの頭の中に入ってるよ

今出力してみせる、少々待ってくれたまえ」


ボクはポケットの中から紙を取り出し

血の力で空中に台座を作ると、素早く正確に

知る限りの世界地図を作ってやった。


その地図をパシっ!と乱暴に受け取り

ほんの数秒眺めた後に、何かを書き込み

バサッ!と、これまた乱暴に放り投げてきた。


ボクは空中でそれをキャッチして

地図を広げてもう一度見てみると

地図の端のほう、比較的過酷では無い地域


水辺が近くにあり、なおかつ標高の低い

とある地点に印が付けられていた。


「俺様が初めにこの世界に誕生した時の状況

あるいは他の種族が生まれた環境、そして

私がこの世に蘇った時の辺りの様子から見て


比較的安全で、なおかつ見渡しがよく

近くに水辺があり、他の生き物がおらず

下に植物が生えている地点が怪しいと睨んだ


故に、そこがてめぇの言う

新種族の発生地点なんじゃねえかと推察した」


師匠の予測は、ボクの持つ情報だけでは

絞り込みきれなかった段階まで到達しており

事前に立てていた発生予測地点のうちのひとつ


ボクが立てていた仮説のひとつに

見事合致する場所に印が付けられていた

2人分の見解が交わったとなれば恐らく。


……だとすれば


「師匠、着いてきてくれないかな」


ボクはウェルバニアの目を見て

その冷酷で冷徹な暗黒の瞳を見つめて

久しぶりのお願いをしてみた。


「……てめぇの仮説が全て正しいとすれば

その場に居るのは新種族の始祖って事になる

産まれたてとはいえ、生き物としての格が違う


当然だ、着いて行ってやる

誰が自分の弟子を見殺しにするかよ

そんな師匠はこの世に存在しねぇ!


したとしても俺様がぶち殺すから

やはり、そんなモンはありはしねぇ」


「次は死なないでくれよ?」


「ハッ!そいつァこっちのセリフだぜ」


そうしてボクらは久しぶりに

ツーマンセルを組んで行動するのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


穏やかな気候、静かな空気に大人しい生き物たち

空には常に虹が掛かっており、川の水は澄み渡り

地面に生えてる植物は、半透明な青色をしている。


そんな平和な平原に、ヤツは居た。


淡い紫色をした、輝く長い髪を靡かせて歩く

見るからに尊大で、横柄な態度をした大男


金と黒の混じった異形の両手足を持ち

およそ温度のある感情を感じられない表情

ひと目見て伝わってくる格の違い


実力が、ではない


ボクらが空に浮かぶ恒星を見て

アレは違う次元の存在である事が分かる様に

根本の成り立ちからして別モノだという事だ。


ヤツの姿を認識した瞬間、師匠は姿を消した

ボクは真っ直ぐソイツの元へと歩いていく。


「……?」


向こうがボクの事を認識した

間違いない、師匠と同じ気配をしている

あいつが今期における始祖だ。


ヤツの双眼がボクの瞳を貫く

その冷たい蒼の向こう側にあるのは興味

まるで世界の全てに衝撃を受けているかのよう。


歩いて近づいて行く

向こうの動きはピタッと止まっている。


ボクがここへ来た理由は、ただひとつ

産まれたばかりの始祖を殺害する為だ。


強大な生命である始まりのひとり

それが知恵を付けて、力を付けて

もしかしたらボクの邪魔になるかもしれない

火種になりそうな要素は早いうちに撃滅する。


アレがどういう存在だとか

何を思い、何が出来るとか

そんな事は一切合切どうでもいい。


吸血種とはひどく利己的な存在である

故に、他の誰にどう言われようと構わない

ボクはアイツを要らないと思った、故に殺す


返り討ちにされればそれまで

討滅を果たせるのであれば良しとする


目的を達成できるのか、できないのか?という

至極単純で分かりやすい問でしかないのだから。


「——?」


まだ言葉というモノを知らない始祖

ほんの赤ん坊でしかない彼に向き合う

距離にして大体、10メートル


その顔からは困惑と興味、好奇心

僅かな警戒心と、害意、そして好意を感じる

複雑に入り交じった感情、紛れもない心の存在。


——良心の呵責は


血の力展開ッ!抜銃ッ!踏み込みッ!


「……!」


——起こりえない。


──────────────────


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