最初の吸血種 即ち始祖

新しい武器の実地試験会場だ、と言われて

リンドに連れてこられた場所は

15〜30メートル級の化け物達の巣だった。


彼らが歩く度に

ボクのとは比べ物にならない程の地鳴りと

視界が乱れる激しい地揺れが発生している。


なるほど

試し撃ちの標的としては申し分ないな。


バシン!



リンドは腕を組んだまま

片手でボクの背中をぶっ叩いて


「アイツらが丁度いい的になってくれる

いっちょ粉々にぶち殺しておくれよ!」


と、倫理観も道徳も動物愛護も

ありとあらゆるモラルを無視した発言をした

人間社会なら確実に弾劾されるだろうね。


対するボクはもちろん


「見えてる限りの尽く消し飛ばそう」


倫理観などありはしないのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ズガァン!


それはボクの足が地面を砕く音

下半身の筋肉が一気に膨張し、収縮する

これから生み出す推進力の為の準備を始める。


筋肉が膨らむ、膨らむ、肥大化する

時間にして0.1秒にも満たない中で起きた事

直後生み出された爆発的なエネルギー


グッ!と視界が歪み

全身に強力な圧力が襲いかかる

そしてボクの体は速度の壁を打ち破った。


まるで弾丸のように、真っ直ぐと

獲物を穿つべく放たれた槍のように

有り得ざる加速の世界の中で銃を抜いた。


腰の裏のホルスターから取り出されたそれは

非常に重厚で大きく、暴力的な見た目をしており

全長20cmのボディから溢れ出る迫力は

これが常識を超えた武器である事を証明している。


さあ今こそ試す時だ

リンドから貰った新しい装備品

極地臨界貫通砲アカヅメその威力を!


前方に見える推定21メートルの化け物

ボクはそいつに照準を付けて

キリキリと引き金を引き絞り、撃った!


——火薬の炸裂


途端、銃内部で生み出されるエネルギー

火薬の爆発、圧力、長い銃口の中で加速され

火炎と光と共に、射出される44mmの弾丸!


腹の底を殴られたみたいな爆音が鳴り響く

弾丸は一瞬にして標的の元へ到達。


貫通力よりも当たった際の衝撃を優先した

というリンドの説明通り

着弾した箇所は非常に甚大な被害を受けた。


まず、着弾点はすぐさま弾け飛んだ

血と肉片をまき散らしながら爆発四散

それが着弾から僅か0コンマ数秒の出来事。


次の瞬間、20メートルを超える巨体は

その大半が木っ端微塵になって空中に散り

質量のほとんど全てが丸ごと消失した。


衝撃波が巻き起こる

周囲一帯の空気全てが震える。


怪物の足が地面から離れて

物凄い速度で後方にぶっ飛んでいった

それは体の大きさに対して異常な光景である。


「わーお、こいつは凄い」


銃口からモクモクと上がる煙

それは風圧に煽られて後方に流れていく


弾丸1発での被害範囲はざっと7割

20メートルあった巨体は、今では

ほんの数メートルちょっとしか残っておらず

空からは血の雨が降り注ぐばかりであった。


「ギャオォーーーーー!」


突然目の前で、同胞を惨殺された怪物達は

いきり立って逆上し、襲いかかってきた。


ボクは再び踏み込んで、進行方向を変えた

怪物の直線コースから外れて横に回り込む

そしてアカヅメを構えて射撃


火薬炸裂、弾丸射出!

吸血種の動体視力を持ってしても

辛うじて追いきれるかという速度の弾丸


それは破壊を巻き起こし

命中した生物を疑いようもなく殺害

見るも無惨な状態になって砕け散る化け物


引き金を絞るだけで命が終わる

実に容易く標的を粉砕する悪魔の兵器

リンドから与えられたボクの、新しい戦力


銃という物を使い慣れないボクだが

この戦いの間にコツを掴もう

そして更なる段階へと技術を昇華させる。


チャキッ


高速で流れる視界の中でボクは3度銃を構える

さっきよりも早く照準を合わせ……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「正しく死屍累々って感じだね」


血やら肉片やらでギットギトになった地面

数十体の怪物の死体、どれも悲惨な状態だ

この場で生きているのは最早ボクだけ。


手の中に重みを感じる

フレームに付着した血液を舐め取る。


いい銃だ


吸血種の爪で切り付けるよりも早く

遠い間合いから高い火力を押し付けられる


いくらボクでも、20メートルを超える巨体を

一撃で7割以上吹き飛ばすのは不可能だ

やれて真っ二つに分断する程度。


着弾点を粉々に爆破したあとに

ノックバックさせる程の威力は出せない

本気で走って本気でぶん殴った所で

与えられるのはせいぜい数メートル単位の風穴。


これは生き物が単身で出せる火力では無い

ボクは、これでも満足だったのだが。


「うーん、思ったより火力が出てないねぇ

重さの割にっていう感じが否めない

もう少し見直しが必要な感じがある」


リンドの方はどうやら納得がいかないらしく

岩肌の上に血で台を作り、設計図を広げて

ブツブツ言いながらペンで何か書き込んでいる。


「これ以上の威力を求めてるのかい」


リンドの元へ戻りながら

彼女が何を気に入らないのかを探ってみる。


「……と言うよりは、想定以下だったんだよ

まず弾丸の速度はもっと早いはずだったし

着弾時の衝撃も少なかった、ダメージもね」


なるほど、そういう事だったか

彼女の中での基準を満たしていなかったと。


「前に走っていたせいだろうか」


「いや、それを抜きにしてもだよ

そもそも動き回りながら撃つことを想定して

設計しているんだ、そんなの支障にはならない


火力自体が足りていない

正直、あんたに渡したくないくらいだよ」


鋭い眼光がボクを貫く

その目には、烈火の様な怒りが揺れている。


設計思想通りの水準に満たない武器を使わせる

技術者としてのプライドがそれを許せないのだ

彼女の言い分はとても良く分かる、しかし


「現時点で既に、ボクが出せる火力を

大幅に上回っているうえ、コレは飛び道具だ

キミがなんと言おうと使わせてもらうよ」


彼女も頑固だが、ボクも頑固でね

気に入った物は手放したくないのだよ

それに改造なら、自分の手でも出来る


0から1を作り出すのはリンドに任せて

ボクは現行の兵器を有効活用していきたい

自分の使用感に合わせて調節を行っていく。


リンド程では無いが、ボクだって

気質的には研究者に寄っているんだ

知識欲、あるいは探究心は備わっている

こだわり尽くしたいのはボクとて同じなんだ。


そんな強固な意思が伝わったのか

リンドはフッと目線を下げて


「……今すぐ取り上げてやりたいが

ま、あんたはそうやって言うだろうさ

良いよ、そいつはジェイミーに預けとくよ」


「ありがたい」


仕方ないねと言って、やや不満そうにしながらも

ボクの手から銃をぶん取る様な事は、しなかった

本人は全然納得がいってないみたいだが。


「それで?あんたはこの後どうするんだい」


「そうだねぇ、現在地も把握出来た事だし

リンドが言っていた鉱石でも取りに行こうかな

必要だろう?たんまりとあるから提供するよ」


「ほんとかい!?そいつぁ有難いねえ!

それがあれば不満点も解消できるかもしれない

ほら話したろ?妥協した所があったって

そこを変えれば想定した基準を満たせるかも!」


少し悪くなっていた機嫌は

ボクのひと言によって、あっさりと改善

ウキウキしながら設計図に向かうリンド。


彼女は一見すると気難しいように思えるが

その実、表裏の無い気持ちのいい性格をしている

いつも元気で明るく、太陽のような女だ。


だから、そんなリンドが機嫌を損ねるなど

よっぽど悔しかったのだろう、珍しいことだ。


「銃身がもう少し長くても良いかもね

いまいち加速が足りてない様な気がする」


設計図に赤い線をビーッと引きながら

ブツブツと構想を練り始めるリンド。


工房だろうと外だろうとお構い無し

自分の頭が動きさえすれば、何処でもこうなのだ。


「火薬の種類も変えた方がいいかな

となると、1から配合し直す必要がある

弾丸の材質自体も検討しなくちゃいけない


そうなるとバランスが崩れるから

重量についても考え直さなくては

いやぁ、忙しくなってきたね!」


「相変わらず楽しそうだ」


「最近は作りごたえのある物を

あまり手懸けてはこなかったからねぇ

正直こういうのを待っていたよ」


インフラ整備や暮らしの為の発明品を

各地でばら撒いていたんだそうだが

やはり彼女としては物足りなかったらしい

奇しくもそれを手にしたという事か。


楽しそうなリンドを見ていたい

という気持ちがないでも無いが

今は他にやる事がある。


ボクは歩き、彼女の傍から離れたところで

血の力で作った機械仕掛けの翼を展開

最近改良を加えたので、やや小型化している。


「じゃあボクは取りに行くよ

物資はキミの拠点に運び入れておくね」


「口径自体の見直しもやった方が……」


目線は動かず、姿勢も態度も変化は無いが

とりあえず言うべきことは言っておいた

恐らく伝わっているだろうし

結局はいつか拠点に返って来ると思うので

大して問題は無いだろう。


「銃の形そのものも

どうにかした方が良いんじゃ……」


ボクはそんな彼女を尻目に

翼を広げ、地上を飛び立つのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——ッ!?」


自分の拠点に戻るべく空を飛んでいた時

ボクは突如、全身にプレッシャーを感じた。


バッ!と翼を大きく広げて飛行をやめる


まるで死神が肩の上に手を置いたかのような

得体の知れない`何か`の気配がから


いや、問題はそこじゃない

強烈なプレッシャーを感じたからとか

それが得体がしれない何かだからとか


ボクが驚き、急停止した理由は

そんな事では無いんだ。


「今のは、血の、気配だ

ボクの知らない、血の気配だ」


ぽつり、ぽつりと言葉にしながら

その発言が正確では無いことを自覚する。


吸血種は血の力と呼ばれるモノを扱える

それは血ではなく体の中の免疫機能なのだが


例えば同じ種族の者、すなわちリリィやリンドが

何処かで血の力を発動させた場合、吸血種には

一定範囲内という縛りはあれど、気配が伝わるのだ


分類的に我らは同じものだから

具体的な位置や距離が分かるのだ。


そして、今感じたプレッシャーが

まさしくその、血の力の発動に似ていたのだ。


吸血種が居る


嘘の部分は、`ボクが知らない`という所

それは正確な表現では無い、何故ならボクは

今感じた気配の主を頭の中に思い浮かべたからだ。


リンドやリリィでもない

もちろんフレデリックやジーンでもない

もっと別の、吸血種であって吸血種ではない者


——この、感じは


ボクは即座に飛び出した

体にかかる負荷など完全に度外視して

今までの1番の速度で、消えるように飛行した


空気の壁を破る破る破る

地上に凄まじい破壊を巻き起こしながら

空間を切り裂き、光のようにカッ飛ぶ!


ゴゥゥゥゥッ!という

強く吹き付ける風の音や


あまりの圧力に軋む骨の音

体のあちこちに、僅かに感じる鈍い痛み


全てを一時的に思考の外に追いやって

ただ、`向こう側`に至るためだけに!


……それはかつて

ボクがまだ1人では無かった頃の話


今から2億数千年前

ほかの強い生き物達が大寒波で絶滅して

人間と吸血種だけが生き残る、前の時代


今のボクがここに居られる理由

ボクに全てを授けてくれた恩人

そしてこの手で滅ぼした、始まりの存在


吸血種


ボクらはあくまで次代の生き物

吸血種という種族には原点が存在する

すなわち始祖、全ての吸血種の元となった者


必死に、必死に、必死に飛んだ

どのくらいの距離を来たかも分からない

ただその場所に行くために、無我夢中で。


ダークブラウンの森の上を飛び越えて

光の結晶が降る、星空の草原に出た


ボクはそこで姿を見た

最後に別れた時と何も変わらない彼女の姿を。


180cmを超えた背、暗い銀色の髪の毛

恵まれた体格に、全てを下らないと思って

見下しているかのような、冷たく恐ろしい瞳


長い手足、指の先に見える鋭い`爪`

本能で生き物としての格が違うことを悟る

そこに立っている女を、ボクは知っていた。


その女は

上空から一直線で接近するボクに

凄まじく遠い距離から視線を合わせて


ハッキリと、この耳に聞こえるように

ゆっくりと、こう言って見せた。


「——手厚い歓迎だなァ?バカ弟子が

まだ死に損なってやがったか、てめぇ」


彼女は始祖

吸血種 ウェルバニア=リィド


ボクの師匠であり育ての親

そして、かつてボクが滅ぼした者であり

ボクの愛する者を奪っていった女だった。


「死に損ないはどっちだ——ッ!」


ボクは急降下を果たしたがら

腰の裏のホルスターから銃を抜き放ち

ノータイムで、師匠に向けてぶっぱなした。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


銃口から吹き出す火炎の爆裂

そして射出される破滅の弾丸

空から急降下しつつ、いきなりの射撃

普通の奴なら為す術が無いだろう、しかし!


「——そんなこったろうと思ったぜ」


師匠は即座に血の防壁を展開

アカヅメから放たれた44.77mmの弾丸を

不壊物質たる吸血種の血で完全に防いだ。


ボクは翼をはためかせて、急降下の角度を変えた

斜め、横、上、下、横、複雑な軌道を描きながら

防壁が展開されてない隙間を狙って射撃


2発!3発!4、5、6!


もちろんすぐにガードされるが

当てることが目的ではないので問題は無い!


ボクは地上に降り立ち、足の裏から

体に這わせていた規定線紅という武器を起動


こいつはリンドが昔作ってくれた兵器で

血の力の行使と同等の扱いが出来るが

`吸血種に発動を感知されない`という

絶対的なアドバンテージを取れる代物だ。


背中から腰を下り、踵、足の裏を通り

地面の中に浸透していく擬似的な血の力

それは地中を掘り進み、前方にいる師匠の


ちょうど真下にて停止

ボクはアカヅメのマガジンを交換しながら

思いっきり前に向かって踏み込んだ。


師匠は血の槍を8本展開し

1本1本時間差をつけて射出

それと同時に師匠自ら詰めてくる。


本来、吸血種相手に血の力は効かない

だが始祖の血は、その限りでは無い!


アレは、食らえばそのままダメージとして成立する

それどころか、ダメージが一定量を超過すると

全身が麻痺して行動不能状態に陥ってしまう!


ボクは飛んでくる血の槍8本を

左右に鋭くステップを踏むことで

服の端を掠る程のスレスレで躱し


アカヅメを構えて

向かってくる師匠に向けて射撃

……すると見せかけて、踏み込んだ!


師匠はボクの接近に合わせて爪を振った

銃撃と見せかけてのフェイントなど

コイツ相手には全く効力を発揮しないだろう


だが!


ガギィィィン!


「っ!」


万物を切り裂く吸血種の爪は

リンドが作った銃を切り裂けなかった

ボクはハンドガンを盾にしていた。


吸血種にとって爪とは絶対の攻撃手段

ひとたび振れば、切れぬ物のない最強火力

それが、真っ向から防がれたとなっては!


ほんの僅かに走る動揺


この腕を切り裂こうと振り抜かれた爪は

ピッタリ、ボディフレームで受け止めた


ボクはそのまま照準を付けて

超至近距離で射撃を行った。


とんでもない爆音、ありえない閃光

飛び出した弾丸は師匠の上半身を消し飛ばした

この距離で撃たれて、避けられる代物じゃない


ボクは更に1歩踏み出して、トドメの一撃

吸血種にとって絶対無二の弱点、心臓に

ほとんど射撃からタイムラグ無しに


早く、ただ早く真っ直ぐに

全身全霊を込めた貫手を放とうとして


——ゾワッ


背筋に薄ら寒いモノを感じて飛び退いたッ!


直後、真上から落ちてくる無数の血の剣

あのまま攻撃をしていたら、確実に当たっていた

アレを食らえば間違いなく戦闘不能になっていた。


クソ!仕留め損ねた!

もう奇襲の類は二度と通じない!


師匠の上半身が再生する

爆散した体が一瞬で元に戻る


怪我を負ってから再生しきるまでには

僅か0コンマ数秒の間しか存在しない


今現在、その速度で再生できるのは

2億年の時を経た5人の吸血種の中でさえ

ただ唯一、ボクだけであったのに。


恐らく成立したての身でありながら

既に、並の吸血種とは比べ物にならない程の

反応速度、判断の鋭さ、再生能力の高さ


師匠が血の腕を2本形成しながら

姿勢を低くして突っ込んでくる。


そこでボクは

さっき事前に仕込んでおいた規定線紅を

槍の形を取らせて地中から飛び出させた


アレは血の力を模しているが

吸血種の血とは違う物質なので

たとえ強大な始祖であろうとも、効く!


師匠の右脚が

太ももからザックリ切り飛ばされる


しかし、片脚になったにも関わらず

ウェルバニア=リィドは微塵も怯まなかった

少しのブレも見せず、そのまま突っ込んでくる。


無意味、左脚だけでも

ほんの少しの隙も見せない師匠

やはり生き物としての格が違う


——だが


だが、今の攻撃の目的は

足止めでは無いんだ

怯ませる為に使ったんじゃ無いんだ


……その時っ!


左右から挟み込む様にして

ボクを捕まえるべく伸びる血の赤い腕

その2本に、規定線紅が絡み付いたッ!


狙いは初めからそっちなんだ

その2本の腕を止める為の槍だったんだ!


接敵するボクとウェルバニア

お互いに身一つ、使えるのは己の体だけ

ここからは正しく、身体能力の勝負だ!


……そう、見せかけた。


師匠の貫手が振るわれる

ボクのよりもうんと早い一撃は

正面から捉え切るのは難しいだろう。


ならば


瞬間、ボクの身体は文字通り`霧散`した

リリィと一緒に妖精と戦った時にも使った

全身を霧状にして、障害物を透過する為の一手


そして、この場における障害物とは

ウェルバニア=リィド身体の事だ!


すれ違う……いいや、すり抜ける

何も無い空間に走る赤い閃光

師匠の鋭い爪は空を切り裂いた。


ボクは身体の一部だけ霧化を解除して

右腕、つまり銃を持っていた方の腕


師匠の後頭部に

銃口をコツンと当て、引き金を引いた。


ゼロ距離射撃

血ですら防ぎようのない距離から1発

確実に当たった、そう思えるタイミング

コレを避けられる奴が居るはずは無い。


しかし、ボクは


射撃の結果を確認するまでもなく

`この攻撃は失敗した`と即座に判断し

全身の霧化を解除、やや離れた場所に降り立った。


完璧な不意打ちだったにも関わらず

どうしてそんな判断をしたのか?と、問われれば

明確な根拠を挙げられはしないものの


強いて言うとするならば

`完璧すぎたから`であろうか


この程度の奇襲を、躱せない訳が無い。


そして、離れた所で霧化を解いたボクが見たのは

己の判断が正しかった事の証明であった。


師匠は、顔の右半分が消し飛び

しかし直撃をギリギリで避けた状態で

さっきまでボクが居た場所を切り裂いていた。


あのコースは、確実に心臓を抉るコース

もしあのままトドメを刺しに行っていたなら

ボクは、完全に仕留められていた!


師匠は後ろを振り向きながら

再び血の槍を展開し、突撃してくる

ボクは着地すると同時に飛び込んだ。


地面を抉るように蹴りあげる

それによって巨大な岩石が射出される

師匠はそれを、血の力で跳ね除ける。


展開されていた槍が消えた

直撃を回避する為の防御に使ったからだ


ボクはすかさず肉薄

全身を捻って全力の貫手を放つが

師匠がソレを容易く捕まえた。


ボクは捕まえられた腕を自分で切り裂き

拘束から逃れると同時に、返す刀で切りつける。


ボクを捕まえていた師匠の腕が飛ぶ

お互いに片腕を失った状況、だが


ボクの方が先に負傷している!

治るのは、こっちの方が早い!


まだ再生を終えていない腕で

そのまま踏み込んで真っ直ぐ突き込む

狙いは肩、腕が無い方の肩だ。


肉を切り裂き、骨を断ち

深く深く抉りこまれるボクの爪

引き抜く、師匠の腕が再生する。


しかし、肩関節を破壊されているので

まだそちらの腕を動かす事は出来ない


ボクは突きを放ったのとは反対の腕で

1文字に振り抜き、斬撃を放った。


遠心力を加えられたその一撃は

途中で師匠に反応され、切り飛ばされた。


が、腕を!ボクは師匠の腕を逆に捕まえた!

今なら確実に反応してくると思った!


全体重をかけて思いっきり引き込む

師匠の身体が引き寄せられる


体が斜めに傾いたおかげで

再生が終わったばかりの左腕がボクに届かない

幾ら始祖でも、身体の構造はどうしようもない


ボクは師匠の腕を引きちぎりながら

スルッと背中の側に回り込んだ

ガラ空きの背後!ボクは貫手を構え——


だが、その時


ウェルバニア=リィドは

大きく飛び退いて見せた。


彼女から見て、後ろとは即ち背面

そこにはトドメを刺そうと構えるボクがいる


……体当たり!


迫り来る壁のような背中


目が見開かれる、まさかそれは予想出来なかった

この土壇場で、その速度でその判断を下すなんて。


ほとんどノーモーションで繰り出されたソレに

ボクは咄嗟に反応するも、行動が間に合わず

全身を打ち付ける強い衝撃を食らって

真後ろにぶっ飛んでしまった。


苦し紛れに銃を腰に構えるも

その時には既に盾が展開されており

銃撃を打ち込める隙間は何処にも無かった。


——ならば!


ボクは銃口を下に傾け、撃った

着後、爆発四散し弾け飛ぶ大地

本体が狙えないのならせめて足場を壊す!


ボクは地に足をつけて、横に方向転換

吹き飛ばされた際のエネルギーを増幅し

右方向へのステップに繋げた。


土煙で視界が塞がれる

盾の形をしていた血が斬撃となり

ボクを薙ぎ払おうと迫る。


ボクは即座に、自分自身を切り裂いた

上と下で真っ二つに別れる身体、そして

断面と断面の隙間をすり抜けて飛んでいく斬撃。


土煙の向こう側から突っ込んでくる師匠

ボクは真下に銃口を向けて、射撃した。


その際、あえて衝撃を殺しきらず

腕から背中に掛けて通り抜けるようにする。


銃撃によって生まれた莫大な反動は

上半身だけとなった体を容易にはね飛ばし

そのまま、遥か上空へと離脱させた。


師匠は飛び立ち、後を追ってくるが

そこでボクは再び規定線紅を発動させた!


ウェルバニアの腰に巻き付く赤い糸

それは彼女を空中に繋ぎ止めた。


師匠は自分の体を切り裂こうとする

だからボクは、アカヅメの照準を合わせた

すると、一瞬だけ師匠の動きが止まった。


ここだ!


ボクは規定線紅を作動させた

彼女の体に巻きつけていたソレは


まるで釣り糸を巻きとるリールの様に動き

師匠の体を、地上へ思いっ切り引っ張った!


「——ッ!」


と、同時に射撃、そして翼を展開

放った銃弾は、師匠の頭部を吹き飛ばした

血の防壁の展開は、あと一歩間に合わなかった。


バサッ、と力強く翼を動かす

そして始まる急下降、直落下、垂直降下


一瞬にして推進力を得たこの身体は

真下にいる標的に向かって加速した。


まるでボク自身が第2の弾丸のような勢いで

完全に無防備になった奴の元へ迫り

最期の一撃を振り抜こうとして


視界の、端に


血の防壁として展開が間に合わなかった

真っ赤な血の塊が


今になって、無数の剣となって成立し

四方八方から飛んでくる光景を捉えた。


「マズ——」


全力で身を捩って躱そうとするも

完全に囲い込まれて射出された剣には

回避する余地の欠片も存在せず。


無慈悲に、残酷に


ボクは全身を貫かれて

始祖の血が許容量を超えて流れ込み

体に力が入らなくなるのを感じた。


師匠の頭部が元に戻る

指先ひとつ動かせない中で

ボクはアイツの言葉を聞いた。


「——未熟モンが」


そしてボク、吸血種ジェイミーは

全身をメッタメタに切り裂かれて負けた……。


──────────────────


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