極地臨界貫通砲 アカヅメ


リンドの工房


それは透き通るような緑色の

目も見張る程に巨大な水晶で出来ており

外見からはとても、建物とは思えない形だった。


リンド曰く、それはこの世で1番硬い素材らしく

強固すぎるあまり加工が出来ないんだそうだ。


それならば、という事で

地下に埋まっていた水晶を丸ごと取り出して

吸血種の爪で中をくり抜き、スペースを確保


そして、特殊な磁場を発生させる装置を使って

地上約数百メートル地点に固定し拠点とした様だ。


相変わらず滅茶苦茶をやる女だが

それにしても、世界一硬い素材でも

吸血種の爪の切れ味の方が上だとはね。


というわけで現在ボクは

リンドの工房にお邪魔しているのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


壁を見ても床を見ても、棚の上

机の上、箱の中に天井に掛けられてる収納

家中至る所に機械やら武器やら素材やらが

一見無造作に、そして粗雑に放置されている。


しかし、それはあくまでも見た目上の話で

あれらをうっかり、不用意に動かそうものなら

すぐさま怒鳴り声とスパナが飛んでくるだろう。


「銃が前よりも増えたね」


「ん?ああ、失敗作達さね!」


リンドは執拗に、自らの発明品のことを

ガラクタやら失敗作やらと呼称するが

それはあくまでも彼女の中だけの話であり


もし、ここにあるうちのどれか1つだけでも

後世に残ったなら、恐らく全ての科学者が

目ん玉を真ん丸にして驚く程の逸品ばかりだ。


前来た時より銃用のスタンドが格段に増え

そのどれもこれもが、元がなんだったのかすら

見た目では班別出来ないほどに弄り回されており

リンドという女の天才性を物語っている様だった。


彼女の後ろを着いて歩き、螺旋状の階段を登る

そして現れた開けた空間、長めの机の上に

無数の工具や部品が散らばっている。


リンドの作業場だ


常に散らかったままなのは

人間だった頃と何も変わらないな。


作業場に到着するなり彼女は

腰や太もものハンドガンを全て抜き

肩から掛けた対物ライフルやサブマシンガン

背負ったショットガンを机の上に並べて置き


椅子にドカッ!と座って

ガチャガチャと機械弄りを始めた。


このモードに入ったリンドには

何を話しかけても無駄だ、話し掛けても無視され

酷い時は、そこそこ危険なガラクタが飛んでくる。


ということは


要は邪魔をしなければ良いわけで

こうして隣で観察させてもらう分には

一切の問題が生じ得ない。


コインを爪の先でくるくる回しながら

リンドの作業を観察させてもらう。


そうしてしばらく時間が流れた


時々ボクからもアドバイスを出して

それに対する議論が発展したりしつつ

地図を見せてもらって現在地を把握したり

近況報告と情報共有を図ったりなどして


大体2時間が経過。


ある時リンドが


「っしゃあーー!!」


と、家中に響き渡る歓喜の雄叫びをあげ

全身で湧き上がる気持ちを表現し始めた

飛んだり跳ねたり、実に活発な事だ。


ボクは聞いてやった


「今度は何が出来たのかな、天才技術者」


「あんた用のハンドガンさ!」


ハンドガンさ!と言われて差し出されたのは


それはそれは重厚で物々しく、恐ろしく無骨で

見るからに破壊を巻き起こしそうな形をした

全体的に赤黒い色合いをした自動拳銃だった。


自動拳銃、と呼んだのはあくまで

もし既存のカテゴリに分類するとしたら?

とした場合の話であり、実際に区分けをしたなら


片手サイズの列車砲だとか

自動拳銃の形をしたロケットランチャーだとか

そういう分け方をするに違いない`ナニカ`だった。


なにせ全長は

20cm程はあるのだから


リンドはそれを片手で持ち


「ほら、持ってみなよ」


と言って渡してくる


「ああ」


ボクは言われたまま手を掛けて

彼女からソレを受け取った


そして


手渡された瞬間、全身に襲いかかる圧力

手のひらに伝わるズシッ……とした重み

吸血種が`重い`と感じる程の超重量


見た目からして圧と重みを感じさせるが

そんなパッと見の印象など1秒で吹き飛ぶ


さすがに、重すぎて取り回せない

振り回せないほどでは無いものの


その外見からはとても

想像がつかないほどの密度を

この銃が誇っているのは分かる。


間違いなく、数百トンは超えているだろう

パーツへの負担なんかは大丈夫なんだろうか?

それだけでも既に、リンドの暴走が伺い知れる。


ボクが扱う物だからと

反動やら重量やらに制限を付けず

好き放題やった結果生まれた怪物だ。


……別に頼んだ覚えはないんだが


もしやボクは、とてつもないバケモノを

世に解き放ってしまったんじゃないだろうか。


不審に思う気持ちを堪えつつ

ボクは銃の観察を続ける。


火山口を覗き込んだ時のような

あるいは冷えて固まったマグマのような

禍々しくて恐ろしげな赤黒いボディフレーム。


磨き上げられているにも関わらず

光を反射しない表面はなんだか奇妙な感じだ。


銃口のサイズも明らかにおかしくて

指が2本は入りそうな大きさをしている

全体の装弾数は6発だとリンドが教えてくれた。


確かにサイズは大きいが

あくまでハンドガンにしてはというだけで

取り回し自体は大して難しくはなさそうだ。


重機関銃の弾みたいな太さをした短めの弾丸を

1発手に取って、注意深く観察していると


リンドの口から


「あたし独自の製法でね

物質の密度を上げる特殊加工を施してある

それにより、荒唐無稽なまでの強度を手に入れた」


などという

意味の分からない説明が飛び出した。


「物質の密度を上げるだって?

そんな理解不能の作り方をしているのか?

本当に?……物理法則を知っているのか?」


「人間たちが生きてた頃の法則なんて

今の世界じゃ大半がゴミみたいなもんさ

ただでさえ、変な鉱物やら植物やら動物が

山のように溢れかえってんだ


あたしだって、何百年も試行錯誤して

たまたま見付けたやり方なんだ

……まあ、困惑するのも分かるけどね


とにかく、何種類もの金属を混ぜ合わせ

そして物質そのものの密度を向上させている」


つまり、冗談のように頑丈という事らしい

リンド曰く吸血種の爪を防げる程だとか


「吸血種の爪を防ぐだって?」


信じられないワードが聞こえたので

つい、間抜けな顔をして聞き返してしまった

この世界で最も硬い素材をも切り裂いた

ボクら吸血種の爪を、防ぐだと?


リンドは、そんなボクの疑問を

事前に予想していたらしく、ボクの手から

ハンドガンのようなナニカをブン取ると


「ッラァ!」


自分の渾身の爪の一撃を

銃の赤黒いフレームに叩き付けた。


真っ二つに分断される……と思ったし

実際にその光景が頭の中に浮かびもした

だが、現実はそうはならなかった。


「……無傷だと」


銃のフレームは分断されるどころか

爪痕ひとつ、表面が削れた傷すら無かった。


防いだ、完璧に防ぎきった

今のは確実に本気のひと振りだった

手加減をしていた訳ではないのは一目瞭然だ。


「貫通して貫くという意味の弾丸よりは

どっちかと言うとロケットミサイルに近いね

対象物を吹き飛ばす、ぶち砕くという思想だ


射程距離は通常の自動拳銃のモノと同等

遠くなり過ぎると、ややブレが生じるが

こいつの場合、真価は中近距離にある」


「撃ち抜くというより、純粋に破壊する

粉微塵に吹き飛ばす為の武器、という事だな?」


「その通り!


フレームも銃身も、弾丸も火薬も何から何まで

余すこと無くあたし特製のスペシャルハンドガン

大抵の生き物は、弾丸が当たった瞬間に消し飛ぶよ」


「爆裂徹甲ブレードは付けなかったのかい?」


「ああ見ての通りさ、そいつに限って言えば

余計なノイズになるとあたしは判断したよ

なんせ、射撃以上の火力が出ないからね」


あんまりにあんまりな品物に

正直度肝を抜かれてしまっていた

よくこんなバケモノを作ったモノだなと


賞賛を通り越して

呆れのような感情が湧いてくる。


とはいえ


「……これ、すごいよ!」


少々気持ちが昂ってしまうのは

生き物として当然の感情だと思う

故に、ぴょんぴょん飛びながらリンドに

詰め寄ってしまったボクは何も悪くない。


リンドは机の上に足をダァン!と置き

腰に手を当て、大きな声でこう宣言した。


「スペックを纏めると、だ!


全長約20cm

口径の大きさは44.77mm

装弾数6発の自動拳銃!もちろん連射可能!


耐久力は吸血種の爪で傷つかない程

つまりぶん回して鈍器にしても壊れない!


6発装填時の重量は240トン!

威力はザッと対地中貫通ミサイル並!

具体的に言うと山の反対側まで穴がぶち空く!


その名も


——極地臨界貫通砲 `アカヅメ`だッ!!!!」


リンドの大声で空気が揺れた

彼女の興奮具合を物語っている様だ。


「アカヅメ、それがこの銃の名前か」


初めて聞く名前にも関わらず

妙に口馴染みのある呼び名だった。


「アカヅメ

この名前には色んなもんが掛かっている


まずは吸血種の最大火力である爪

そして吸血種が吸血種足り得る最大の要因


それは`血`


血の赤をイメージしている

本体自体の色も赤黒くしてあるからね

まさしく吸血種ジェイミーを表している武器さ


あとは明けない夜を滅する

開かない運命の扉を滅する


あかずなんてシャレも掛かってる

ツメ、詰め、最後の一手やそれに繋げる起点

アカヅ、明かす、解き明かす、なんてのもある


ま、あたしの趣味全開の

いつものネーミングだよ」


名前は分かった、性能も把握出来た

あとは実際の使い心地が気になるところだが

それは後回しで良いだろう、まず考えるべきは


そう、運搬方法だ。


「しかし、240トンともなると

普通のホルスター程度じゃあ持ち運びは無理か

不壊物質である血の力で、固定具を作るべきだな」


「付けるとしたら背中、腰の裏かね

そこなら動作の邪魔にもならないし

重心の傾きが発生するのも防止できる」


銃を片手で構えたり、投げてキャッチしたり

反対の手に移し変えたり、構えたままで動いたり

どれだけの負担になるのかを確認していく。


しばらくそうして

肉体性能との相談を続けた後

ボクは、この様に結論付けた。


「持ったまま、あるいは体に固定した状態でも

ボクの身体操作には何ら影響を及ばさないね」


この程度じゃ足枷にすらならない

吸血種も、大概狂ったスペックを誇っている

それが分かっているからこそリンドは

限りなく全力で、暴れ散らかしたのだろう。


ボクは血の力を発動させて

このアカヅメという銃を納めるに相応しい

完璧に体に固定しておけるホルスターを作った。


まるでベルトの用に体に巻き付けて

ホルスターが腰の裏に来るよう装着


そして


スチャッ……と縦向きに収納

逆さになっても、どんなに激しい動きをしても

抜け落ちたりしないように、完璧に固定した。


「本当は太ももの横にでも

付けられたら良かったんだけど

さすがにサイズがサイズだし

負傷しやすい箇所でもあるからねぇ


もし万が一、足を切り飛ばされても

問題にならない位置が腰の裏だった


抜いてから構えるまでの間に

若干のタイムラグが生じるけれど

早撃ちをする分には、大して支障が無い」


仕舞ってから、抜き放って構える

再び収納して、腰から抜いて狙いを付ける

それをトリガーガードに指を添えた状態で繰り返す。


この手の武器は扱い慣れないうえ

性能が性能だ、生半可な練度ではとても

実用レベルまでは到達出来ないだろう。


壁や天井を飛び回りながら

机や椅子を標的にして狙いを付ける

吸血種は呼吸を必要としないので

手ブレを抑えるのも簡単だった。


そうしたトレーニングを

弾を込めずに数十分と繰り返し

やがてボクは、リンドにこう言った。


「実地運用試験と行こうか」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ズシ、ズシ、ズシ


リンドから提供された新たな装備のおかげで

歩く度に足が埋まる、ズシ、ズシ、ズシ……

こればっかりは地面の強度及び材質の問題なので

いくら身体能力優れていても、どうにもならない。


「普段が死ぬほど静かに歩いてるから

なんだかヤケに、足音が耳についちまうねぇ」


隣を歩くリンドが、顎に手を乗せて

ボクの足元へ目をやりながらそう言った。


銃火器をガッチャガッチャ言わせながら

歩いてる奴がいったい何を言ってるんだ?


とも思うが


実際、昔から隠密行動が得意だったボクとしては

この騒音が頂けない要素であることに変わりない。


「いきなり240トン追加だからね

足場が脆い時は地上を歩けないだろう

翼を展開して必要があるかもな


あるいは足の裏の接地面に

血の力で土台を作るのでも良い」


「わざわざ体に固定しなくても

ホルスターそのものを浮かせるのはどうだい」


「それだと動く度に、その都度調整して

体に追従させる必要が出てくるからねぇ

速度計算に慣性まで、少々効率が悪いよ


それをやるぐらいなら

血で足場を作成する方が現実的だ」


もちろんやろうと思えば出来るのだ

ただ、あまりにも無駄が多いので個人的には

選びたい選択肢ではなかった、というだけで。


一応、備えてはおく


今後そういう場面がくるかもしれない

翼も使えず、足場の展開も適わない

そのような場面が、いつか。


「もう少し軽くてもいいかもね

2桁ぐらいまで落としたモデルも今度

比較用に作っておいてくれないか」


ボクの提案に、リンドは唸り出した。


「……それだと威力も耐久性も下がっちまう

240トンって重みは何も趣味じゃないんだ

そこを崩すと、あちこちに問題が起きんだよ


具体的には吸血種の爪で切れる様になる

重心も傾くし精度も落ちる、無論火力も


そうなると

近付いてぶん殴った方が強いし早い

なんて事にもなりかねない


しかし、比較用に作るのは賛成だ

時間を見つけてぱぱっと仕上げとくよ

あんたは自分の目で確かめたい奴だからね」


リンドは何度も試作品を作るタイプだ

色んなアイディアを余すことなく消化して

その中から良いものを抽出して形にする。


故に、ここに至るまでの過程で

あらかた試し尽くしたのだとは思うが

その過程を、ボクは見ていないので

実際の使用者として参考にしておきたいのだ。


「それ、どのくらいで作れそうかな」


「1から作るってなると、そうさねえ

完成までは大体……20分って所かな」


「随分と早い」


「基礎は既に出来上がっているからね

ダウングレード版を作るだけなら簡単だよ

もちろん、幾つか工夫はするけど」


リンドという技術者は

性能が下がるなら下がるなりに

何かしらの個性を持たせてくる。


仮に耐久性や威力が落ちたとしても

なにか特別な機構を作るに違いない

あくまで実用レベルの物を、は彼女の信条だ。


こうして歩いている間にも、リンドの頭の中では

新しい発明品の構想が常に練られている

心掛け、というよりは半ば癖のようなモノだ。


彼女は自らの事を`機械いじり`と呼称する

科学者や研究者、発明家や技術者ではなく


その理由は単純明快

彼女にとっての発明やら改造は

あくまで`趣味`なのだ。


ものを作っている、という事自体を楽しみ

その結果産まれるものについては、副産物であり

一般的な手段と目的が、彼女にとっては逆なのだ。


作りたい物があるから作る


ではなく


作ってる時間が楽しいから作る

こだわる、手間ひまをかける、なのだ。


頭の中のアイディアを形にしたいだけ

自分の好きなように物質を弄くり回した結果

`副産物である完成品`が、この世に生を受けるのだ。


国が何年も費やして

莫大な資金を掛けて行う研究を

あるいは兵器開発や技術革新を


たった1人で、それもたった一日で

ときには数時間で成し遂げてしまう大天才

発想力、判断力、実行力、どれをとっても非凡で

それ故、人間社会の何処にも居場所が無かった女。


かつて縁を結んだリニャという少女

あの子が繋いだ次代の命、リンド


ボクは彼女の誕生を見守り

子供の頃から傍で成長を眺めてきた

人類がボクに対して宣戦布告をした際は


`あたしの友人にそんな仕打ちをする連中に

提供する宿なんて、安らぎなんて無いね!`


と言いながら

リニャから受け継いだ宿屋を売り払い

海岸沿いの倉庫に籠った世捨て人


そんなリンドが死にかけた際

どうしても彼女を見送る事が出来ず

無理やり生きながらえさせもした。


そうしてやってきた2億数千年

今日で実に800年振りの再開となるが

やはり、相も変わらずリンドはリンドだ。


こうして会うのは

もう少し先の事かと思っていたが

運命というのは常に数奇なモノだ。


と、その時

リンドの足が止まった。


そして彼女の口からこう告げられた。


「——到着したよ、ここが実地試験会場だ

どうだ、なかなか相応しい場所だろう?」


ボクは周囲を見渡してから

このように感想を述べた。


「ものすごく大袈裟な場所だねぇ」


──────────────────


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