喰らうもの、喰らわれる側


「ここも結構様子が変わりましたねー」


フカフカのソファにどっしり座って

部屋中をグルっと見回しながらリリィが言った。


ボクは彼女の隣にどっかりと腰掛け

爪の手入れをしながら、こう答えた。


「気分次第で内装を入れ替えるからね

前回キミが来た時から既に12回、家具を変えている」


運び込む作業がひと苦労ではあるのだが

その分得られる達成感や満足感も大きい故

手間に糸目を付けず、頻繁に模様替えを行うのだ。



「如何にもジェイミーさんらしいっすね

あ、あのテーブルって確か私たちが磨くのを

一緒に手伝ったヤツっすよね?懐かしいっすねぇ


あれ、花育ててるんです?へえー意外だな

氷の大地の向こう側に生えてるヤツっすよね?」


捲し立てるように矢継ぎ早に繰り出される話題は

情報屋リリィの持ち味とも言える喋り方で

コロコロ興味が移り変わる、猫のような女である。


「フラッと立ち寄った時、丁度目に止まったんだ」


「立派な自然破壊っすよ?ジェイミーさん

勝手に持ってきてー怒られるっすよー?」


彼女も、普通の相手であればもう少し

遠慮した物言いをするのだが、相手がボクなので

そういった気遣いは一切存在していない

もちろんボクも、そんな事は気にしていないがね。


「それはそうと、とうとうあの辺にも

情報屋のネットワーク広げたのかい?」


氷の大地は文字通り地面が氷に覆われた土地で

貴重な鉱石や資源が数多く眠っている場所なのだが

それをして余りあるほど、危険な環境でもある。


「あそこ歩くだけで足凍るじゃないっすか

普通の生き物は息するだけで肺が凍るし

常に剣のような氷塊が舞ってるし


ま、私ら吸血種にはカンケー無いっすけど

他の亜人種達には死活問題な訳でして……


で、ですよ、なんと私!近年の調査で偶然

あそこを安全に通れる方法見付けたんすよ」


得意げに胸を張り、エッヘンとするリリィ

正直彼女はもっと尊大な振る舞いをして良い位に

優秀な奴なのだが、心は意外と冷めてると言うか


どのような振る舞いをしていたとしても

ソレはあくまででしかない場合が多い

表面だけを見て、全てを判断するような者は

彼女の態度に騙されて痛い目を見る事になる。


彼女が軽い態度を取り続けるのは、ひとえに

危険地帯の闇の中で、自分を保ち続ける為の措置

`私はあんな所には染まらねぇっす`とは彼女の談だ。


そもそも、情報屋なんて職業は

在り方からして影に生きる者のそれだ

そんな世界に生きておきながら

決して歪められないのがリリィという女だ。


彼女の裏側を知っているボクは

リリィが何を言おうとしてるのか先読みした。


「当てて見せよう、地下トンネルだね」


「ただの地下トンネルじゃないすっよ」


張り合ってくるリリィ、だが。


「ああ、血の力で囲い込むのだろう?

そうすれば冷気も完全に防げるからね

ボクがここでやっている様に」


ボクの観察眼、及び考察能力は

2億年も数千年が経過した今においても

変わらず健在であるのだった。


「……ちぇーっす、ケッ!そうですよーだ

あーあ、驚かせようとしたんすけどねー」


ボフッ!とソファに体を落とし込み

お菓子を乱暴に掴み取り、口に放り込むリリィ

呆気なく狙いを看破されたので不貞腐れている。


「……ジェイミーさん知ってたっすね、さては」


おっと、バレてしまったか。


「誰がいちばん初めに気が付くか見ていたのさ」


ギシッと音を立てながら体をこっちに向け

ジトッとした視線を送ってくるリリィ。


「環境を住みやすくしよう!とか

人の為になろう!……とか無いんすか?」


「自ら解決策を提示してしまうより

模索し、試行錯誤する過程を見る方が好きでね

それに、そういう親切をするならばボクよりも

キミや、リンドがやる方が後の利益が続くだろう?」


ボクは基本的に無干渉を貫いている

なので、たとえ誰かから感謝を得ても

無駄とは言わないが活かせはしないだろうし

ここは手柄を横取りする必要性は、全く無い。


「……あんたって本当アレっすよね

趣味と実益の両立が上手いっすよね

自分はしっかり楽しみつつ、周りに損をさせない

常に俯瞰的だからこそ……って事なんすかねぇ?


私はまだそれ、上手くやれねーっす

勉強させて頂くっすよ、今後とも!」


大袈裟な身振り手振りで、さながら軍人が

上官にするみたいな立派な敬礼をしてみせるリリィ

その姿は妙に様になっていて、本職のようだった。


ひょっとしたら、いつかどこかで

そういう場面があったのかもしれないな。


煤だらけのスラム街の傍らで、軍人たちの姿に

子供ながら憧れ、目を輝かせる少女の姿が浮かぶ。


幼く、何も分からない身なれど、その背中に

中身など関係ない、パッと見のカッコ良さに

心を奪われる無邪気な少女、リリィの姿。


……無責任な妄想だがね


小さな頃から暗黒の世界を渡り歩き

その見た目からは想像も付かない程

悪辣で、加虐的な日常を送ってきた彼女は

今もなお高貴で、己を見失わずに居る。


ひょっとしたら、そんな彼女の根っこには

いつか抱いた幼心が残っているのかもしれない

真っ直ぐで純粋だからこそ、折れず曲がらず

そして、こうも自由で居られるのだろうか。


どうやら考えても分からなそうだ、そして

分からないことは放っておけないタチでね。


「リリィ」


「はい?なんスか?」


「キミの事を教えてくれないか

そうだね、子供時代の思い出辺りから」


「あーそういえば昔話とかって

私、あんまりした事ないっすもんねー

良いっすよぉ、是非話させて下さいな


んんっ……そうですねぇ、アレは——」


それからボクらは、しばらくの間

リリィの昔話に盛り上がりを見せるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ボクは今、机に向かって座っている

1人で、集中して、斜め下を向いて座っている。


秒針の針が進む度、部屋には物音が響く

カリカリ、カリカリと、ペンが走る音が鳴る

それは紙の上に線を引いていき、時が経つにつれ


線は集まり、ひとつの像を結び始め

真っ白なキャンパスに映像を浮かび上がらせる

それは風景、この洞窟から外を見下ろした時に


視界に飛び込んでくる鮮やかで、危険で

刺激に溢れるこの世界を、書き留めた物だった。


「相変わらず絵上手いっすねー」


通り過ぎ様に、斜め上からそれを覗き込み

感想を述べて、ベッドの方に歩いていくリリィ。


「ちょっと借りて良いっすか?良いっすよね

いやー久しぶりに睡眠取りたい気分なんすよー

じゃあ、おやすみなさーい……すやぁ…………」


ボクはその間一言も喋らないし、視線も動かない

ひたすら絵を描くことのみに集中している

ペンを動かす手は止まらない、動き続ける。


気を削り出して作った拘りのペンは

それぞれ赤や、青、黄色といった様々な

この世界ならではの独特の色味をした物が

いくつも机の上に並んでおり、ボクがどれだけ

`絵を描く`という行為に対し、本気なのかが伺える。


丁寧に、一本づつ、丁寧かつ忠実過ぎず

独創性を絡めて、しかし景観を崩さない様に

時間を掛けて、正確で無くても良いから

とにかく心のままにペンを走らせる。


やがて、日が沈み始めた

洞窟に差し込んでいた陽の光が傾き

部屋の中に影の部分が出来始める。


当然、机の上にも影が差し込んだが

生憎とボクは吸血種、たとえ光など無くても

一切問題がない大変に便利な目を持っている。


迷いなく進められる絵描きは

常人のそれとはセンスが異なっており

`吸血種であるボクから見た景色`であるので

見るものによっては、微妙な評価となるだろう。


「……うん、こんな感じかな」


やがて、ペンを机の上に置いたボクは

仕上がった絵を見て、概ね満足と評価を下す

席を立ち、部屋の隅の箱の中に仕舞われた

リンドお手製の額縁の中に、出来上がったばかりの

ボクの絵を入れて、空いた壁のスペースへ飾った。


「以前より上手くなっている」


同じように壁に掛けられた絵画は

時折よく分からないセンスの物がある

インスピレーションのままに書いた結果

パッと見で何か分からない物が出来上がったのだ。


しかし、ボクはコレを良いと思い

理解できないながらに好んで保管していた

きっとこういうのを`芸術`と呼ぶのだろう。


「さて、暇になってしまったな」


没頭していた作業が終わりを告げ

後に残されたのは手持ち無沙汰な吸血種

話し相手のリリィは眠ってしまっているし

今のボクには、やる事が何も無い。


日課の日光浴も終わってしまったし

散歩という気分でもないが、こういう時は

とりあえず歩き回るのも良いかもしれない。


ああ、そういえば紅茶の葉っぱが

そろそろ切れる頃合いだったかな

散歩がてら貰いに行くのも良いだろう。


ボクは小さく鼻歌を歌いながら

小さく破いた紙に、リリィに対して

一旦出かけるウマを書き記して置いておく。


`獣人たちにハーブティを貰いに行く

PS.残念ながらキミの分はないよ`


あとはこれを、そこで下着姿で

だらしなく大口を開けている彼女の

胸元に挟み込んでおけば、仕込みは万全だ。


リリィは寝起きに自分の胸を揉む癖がある

本人曰く、触ると落ち着くんだそうだが

ボクは全く理解できなかった、なんだそれは。


洞窟の外に身を乗り出す

あまりに色鮮やかな下界が見える

空は高くて雲があり、地上には怪物


そして


「——キミらは、ボクに何か用かな?」


ちょうど真っ直ぐ顔を向けた視線の先に

5匹の龍種が、洞穴の中を覗き込むようにして

バッサバッサと滞空している彼らに向かって

そう話しかけてみるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


実は


洞穴に帰ってきた時から今に至るまで

ずーっと翼の音が聞こえていたのだ。


バッサバッサと


いつもなら我が家に帰還した時点で

散開していく龍種達が、何故か今日は

ずっと洞穴の外で待機していたのだ。


初めは単に警戒されているか

襲撃を企てているのかと思っていた

だが、リリィが普通に入ってきたし


彼女も、特に触れる事はしなかったので

敵意は無いだろうと判断し、放置していたのだが

出掛けることを決意した直前、ボクは唐突に

とあるひとつの可能性について思い至った。


それは


「キミらはひょっとしてボクに

お願い事があるんじゃないか?」


という事だった。


滞空している龍の1匹と目が合う

具体的に何を伝えようとしているのか

どんな事を思っているのかは分からないが

こうして目を合わせ続けられているという事は


そして、ボクの目編の高さまで

わざわざ降りてきて迎え合ってるという事は

そういうことなのだろうな、と判断した。


すると彼らはボクを一瞥して

まるで`着いてこい`とでも言いたげに

首をクイッと曲げてから、翼をはためかせ

大空の向こうに飛び去って行った。


「……よかろう、ならばボクも

最近覚えた技を披露しようか」


ボクは軽く助走を付けて飛び

大空へとその身を投げ出した。


全身を襲う浮遊感

これよりコンマ数秒の滞空時間を経て

ボクは、この星の重力場に捕まり

遥か地上へ向けて落下する事になる。


地上へ向けて真っ逆さま、まあ仮に落ちた所で

大したダメージは負わないので、別にそれでも

構わないと言えば構わないのだが、この時ボクは


——を発動させた。


空中に飛び出して開放されたそれは

見る見る間に形を変えていき、真っ赤な

まるで糸を織り成すかのように束ねられ

ひとつの実像を結んでいった。


すなわち、翼

この世界の龍種を参考にして作り上げた

あらゆる数式で計算され尽くした異形の翼。


数え切れない程の失敗を重ね

山のように積み上げられた墜落経験と

そこら中の地面に空いた激突の跡地が物語る通り


決して楽な作業ではなかったが、ボクは昨日

ついに空を飛ぶことの出来る翼を作り上げた

故に、あの龍種達に追いつく事が出来る。


翼を、動かして

弾丸のように空をカッ飛んだ!


開いていた距離は一瞬にして縮まり

突然自分たちの隣に並ぶ者が現れた彼らは

こちらを見て、ギョッとした様な反応を見せた。


驚かせた詫び……いや、日々の領域侵犯で

迷惑を掛けているお詫びをと言ってはなんだが。


「キミらから学ばせてもらったよ

ありがとう、龍種諸君」


言葉が通じてか通じてなくてか

怪訝な目を向けられているような気がする

どうやら、ボクを見定められないでいるらしい。


ボクが翼を持っていることが不思議なのか

ジロジロと視線を感じる、確かに形が

相当変わっているからね、気になるのだろう。


異形……いや、言うなれば機械仕掛けの翼

ガチャガチャとしたパーツがやかましく

生き物と言うよりは機械に近い造りをしている。


かつて滅んだ人間たちの名残

科学力、物理、航空力学などなど

それら全てを結集して作った傑作だ。


沢山見てもらって構わない

どれだけ無茶な飛行をしても、壊れたり

バランスを失うことがないスグレモノだ。


ここまで練り上げるのに相当苦労した

一日中それのみに没頭するなど久しぶりだ

それも、何日も日を跨ぐ事になろうとは。


その成果が、今ここにあるのだから

多少見せびらかしたところでバチは当たるまい。


しばらくの間


そうして空を飛んでいると、そのうちに

並列飛行していた龍種の一体が、ボクの前に

ひょいと躍り出てきて、まるで速さを

競おうとしているかの様な動きを見せた。


なのでボクは


「やるかい?」


と尋ねてみたところ、了承したかのように

突如スピードを上げ始めたのだ、なるほどと思い

ボクもそれまで抑えていたスピードを全開放して

その龍種と張り合うことにした。


その後、わずかコンマ数秒でボクに

あっさりと追い越された龍種は、まるで

負けた事を豪快に笑い飛ばすかのように

その大きな口から爆炎を、空に吹き放った。


まるで勝者を讃えているようにも見えるし

単に悔しくて火を吐いたようにも見えるが

少なくとも、そこに憎しみや嫌悪は感じなかった。


他の龍種達は

ボクらのそんな姿を見てか見なくてか

やや興味を傾けているような素振りを見せていた

具体的に言うと、微妙に視線を感じる様になった。


困惑


そういった感情が見て取れる

やはり彼らには並ならぬ知性があるのだろう

悪戯に手を出さなくて正解だったかもしれない。


と、その時


隊列を組んで飛んでいた龍種達が

一糸乱れぬ動きで、1体残らず静止した

何事か?などと聞くまでもなかった。


何故なら。


翼を大きく動かし、空中にて静止し彼らの

怒りの籠った視線の先にあるのは、アレは


全身が燃えるような赤をしており

巨大な翼と獰猛な爪を持った存在

龍種達の天敵、火を食らう怪鳥の巣だったのだ。


「なるほど、奴らを殲滅するのを

手伝ってくれと言うんだな?」


その場にいる一対一体が、ボクと目が合う

彼らは揃って同じ念を向けて放っている。


`奴らに報いを`

きっと、多くの同胞を失った事だろう

大群で襲われ、自慢の炎も通用せずに

為す術なく傷付けられ、蹂躙される仲間達

あるいは家族を殺られた者もいるかもしれない。


彼らの生態系の調査は日が浅いが

仲間意識があるのは既に分かっている

また、明確な意志を見せる個体が非常に多い。


故に彼らはボクを利用したのだ

自分たちがどれ程ちょっかいをかけても

また、自分たちのテリトリーに侵入してきても

一切どころか何ひとつ、脅かして来ない存在を


火を吹いた、鉤爪を振るった、噛み付いた

敵対行動と評すには、十分すぎる程の行い

にも関わらず無関心を貫く、ボクの態度に。


ひょっとしたらと

そんな希望を胸に抱いたのかもしれない

恐らく、何かしら見返りはあるのだろう。


彼らはボクと共に戦地に赴き、そして

数多の犠牲の末に勝利を収めるのだろう

戦いの後に残るのは、果たしてこの中の何頭か?


速さを競った個体、最初に話しかけた個体

不安そうな者も居れば、いきり立つ者もいる

彼ら全てを合わせても、ボクには及ぶまい。


ならば——


「頼るというのなら、とことん頼れ

使えるものは何だって使うべきだ


故に、ボクはキミたちに無償で

更には全てを負担してやろうじゃないか

なあに、洞穴を見逃してくれていた礼だ


奴らはボクひとりで始末する

キミ達は無駄な犠牲を産む必要はない

もう十分血は流したはずだ、もういい


奴らを根絶やしにしてやろう」


人間が絶滅し、2億年が経過した今

以前より少しだけ穏やかになったボクは

彼らの意志など一切尊重などしてやらず

己の勝手な理由で、抜爪を果たした。


龍種達の間に、動揺がひた走る

しかし、抗議の咆哮を上げるものはおらず

彼らの瞳に浮かんでいるのは`痛み`であった。


「そこで見ているがいい、奴らの末路を

このボクが、惨たらしく殺してやろう

痛みを、憎しみを、執念を、キミらの代わりに

振り積もった怨嗟を、叩き付けて来てやるとも」


翼が、風を切る——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


通称、火を食う怪鳥


彼らの巣は、ガスが吹き出す山のふもとから

頂上にかけての全域に渡り、その数は約八千

わずか数十匹しか居ない龍種では

もはや、どうにもならないだろう。


圧倒的に数で劣っている彼らは

いずれ必ず、絶滅させられてしまうだろう

この世界の生き物は、敵に対して容赦がない。


邪魔者は排除する、共存などありえない

根こそぎ断ち切って滅ぼしてやる、そんな感じだ。


ならば、解決策はひとつしかあるまい

のだ。


ボクは機械仕掛けの翼で

音もなく、されど超高速で襲来した

奴らが異変に気が付くのは、存外に遅かった。


舐め腐っているのか、油断しているのか

狩られる側だという意識そのものがないのか

斥候している怪鳥が、ボクの接近に気付いた時には


既に


声を上げるまでもなく、その首を

ただの爪の一閃により失い、血を流しながら

哀れに地上へ向けて墜落して行くしかなかった。


優に音速を超えるボクの飛行は、されど静かで

存在感を消して飛ぶには持ってこいの手法で

ひとえに、翼の構造が大きな利点となっていた。


飛行、襲来、奇襲、あるいは殲滅戦


ボクは単独で奴らの巣の中に突撃し

奴らが、ボクの存在に気付き、迎撃の

体勢を整えようと、咆哮を始めた瞬間。


——蹂躙が始まった。



静か、あまりに静か

血飛沫が舞い、体を真っ二つに切り裂かれ

首をへし折られ、胴体に穴を空けられ、砕かれ


瞬きをする間に繰り広げられる

唐突にすぎる殺戮殺戮殺戮殺戮……


それはもはや風ですらなく、彼らの様に

龍種を狩ることのみに明け暮れていては

龍達よりも遥かに、いや途方もなく早いボクを

視界の端にすら捉える事が出来ず、何も出来ず


ただ


何かが通り過ぎる感覚と

次の瞬間失われている自分の命

総勢八千を超える火を食らう怪鳥共は

誰ひとり、何ひとつとして抵抗を、する間もなく。


絶望が伝わってくる、恐怖が

そうだ、彼らはようやく認識したのだ。


生き物として絶対に相対してはいけない

圧倒的な格上、頂上、姿形すら朧気な程

遥か高みに位置する、強力な単一生命体。


存在するのは、この世界に僅か5人

いずれも知らぬ者の居ない有名人であり

知性ある者の共通認識として

決して敵対するなかれと言い聞かせられる


自分たちがこの世に産まれる前から存在する

太古の生き物、その名も吸血種、5人のうち


最も古く、長く、そして強力な

絶対にして唯一の存在、吸血種統括


ジェイミーすなわち、このボクが

自分達の敵に回ってしまったという事実を。


「ギィァァァアァァァアアァァァッ!!」


「そうら悲鳴をあげろ!泣き喚けッ!

醜い姿を晒して、血肉をぶちまけろ!


お前達が奪ってきた者の痛みはコレだ

お前達が、好き放題蹂躙した命の対価

そのツケを、彼らに向かって払ってもらおうか!」


この手で


一体ずつ丁寧に、残虐に、痛烈に

見せしめのように無惨に殺していく

ひとり始末する度に歓声が巻き起こる


後ろの龍達が炎を巻き起こしている!

憎しみの対象の死に、歓喜している!


さあさあ、騒げや踊れ

まだまだ半数以上が残っている

1匹たりとも逃がしてなどやるものか!


「喰らわれる側の気分を教えてやる——」


そう呟いた後


一際図体の大きいリーダー格の怪鳥を

通り過ぎざまに、喉笛を噛みちぎるのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


戦闘開始から、完全殲滅までは

時間にして僅か30秒で完了した。


その間、火を食らう怪鳥達は

ほとんど無抵抗のまま、最後の一頭まで

実に惨たらしく無慈悲に、惨殺されていった。


辺りに散らばる無数の死体

敵総数8476体、戦いの終結である。


ボクは全身に奴らの返り血を浴び

それをぺろぺろと舐め取りながら、彼らの

ボクに助けを求めてきた龍種達の元へ戻り

手首を舐めながらこう言った。


「他にも巣があれば言え、全て潰す」


彼らは顔を見合せ——たように見える——そして

群れの中から、全身が金色の鱗に覆われた個体が

バサバサと翼をはためかせながら、前へ出てきて


`本当に良いのか?`という視線を送ってきた

なるほど、彼らとの意思疎通はこう行うのか

これはボクの五感が優れているというより

彼ら自身が保有する`伝える`力だと推察する。


そしてボクは言った


「吸血種統括の名に誓って、あるいは

対話を選んでくれたキミらの勇気、そして

仲間を失ったこれまでの深い痛みに対して


決して嘘ではないと約束しよう

これは、紛れもない真実である

どうか信用してくれたまえよ、知恵深き諸君」


……そこから数秒


ボクらは見つめあったままの時間を過ごし

やがて、ふいっ……とボクから視線を外し

たった1匹で、東の空に向かって飛んで行った。


他の龍種達は、静かにボクを見据えている

彼らの眼差しから感じるのは、感謝の念と

僅かばかりの恐れ、そして縋るような思いだった。


ボクはふっ……と笑い

彼らに向かってこう言った。


「勝手にテリトリーを荒らして悪かった

さぞ苦労を掛けてしまったことだろう

心から、お詫び申し上げるよ」


呆然とする彼らを放って


ただ、そうとだけ告げると

ボクはこの世ならざるスピードで滑空し

その場から、前をゆく金色の龍の元へと

飛び去っていくのであった……。



──────────────────


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