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 反射的に体が机に向かい、傾いたそれを支えようとした。…が、それはもう遅かった。彼女はアコースティックギターを最優先に守るかのように大事そうに抱えたまま、滑り台に乗っているかの如く緩やかに落下して、床に尻餅をついた。

「だ…だいじょう…ぶ…?」

 スカートで隠れている太腿が目に入り、思わず目を背ける。こんなこと、現実で起きるんだね。事実は小説よりも奇なり。

「いったた…。それよりさ…。」

 もうこの教室から逃れられない。ここで立ち去ってしまっては、この噂はクラス中に広がり、入学早々、後ろ指を指され兼ねない。

「まだ見てない…よね…。」

 見てないよ!!!肝心の中の布までは!!!もう、許してよ神様!!!

「私の初ステージを!!!」

 そっちかーーーい!!!杞憂に終わって安心したよ!!!ありがとう神様!!!

「今のでチューニングが狂ったかもだから、ちょっと待っててねっ!…よしっ!」

「もう机の上に立つのは危ないからやめようね!」

「うーん…。なんか味気ないけど、改めて、東雲麻衣、初のステージです!」

 !?昨日聴いた鼻歌だけではなく、アコースティックギターの音があると、まるで違った音に聞こえる。

「という訳で、ありがとうございました!記念すべき観客1人目!」

 ここまで強制的ではあったけど、昨日の感覚より強いものがあって、思わず彼女の弾き語り(?)を聴き入ってしまった。

「さて、合格っと。」

「なにが!?」

「軽音楽同好会の入部試験!」

「同好会なの?部活なの?それ以前に、入部試験ってなに!」

「軽音楽部は去年の部員が全員卒業して廃部になったから、今年度から軽音楽同好会になったんだっ!」

「そうじゃなくて!その入部試験って何なの!?」

「だから私が同好会を作ったんだけど、いきなり作ったところで人数が集まる訳ないじゃん?」

「そりゃそうだよ!…まさか、僕が合格した理由って…東雲さんの歌を聴く…訳ないよね…。」

「その、まさかだよ!」

 早くも入学早々無難に過ごすことを選んだことを後悔する僕であったーーー!!!

「それじゃ、最初は部員集めだねっ!」

「その前に今の状況を確認させてよ!この教室は何の目的であって、なんで東雲さんはアコースティックギターを持ってるの!?」

「うーん…じゃあ、最初から説明しよう!ここは去年まであった軽音楽部の部室なんだ!そこで、卒業した先輩達が古くなったってことで、この教室にいくつかの楽器や機材を残してるんだっ!」

へー。

「折角だから河西くんも何か弾いてみたらどう?うーん、例えばこのベースとか」

 ベースを弾く人。そういった人達のことをベーシストと言う。ベーシストとは、最も付き合ってはいけない人種だ(ということはアニメの受け売りだけど)。ただ、今の状況の僕には最も相応しい逃げ道となる道具となるだろう。

 …弦が太い。音が低い。こんな未知の楽器、僕に弾ける訳がない。

「試しに、有名なベーシストが演奏してる動画を見てみてよっ!」

 そう言って東雲さんはスマホで動画サイトにアップされているベーシストの動画を開いた。

「ねぇ?どうどう?」

「ねぇねぇ?これで河西くんもベースをやりたくなった?」

 待って、今は動画を真剣に見たい。

「ねぇねぇねぇ?」

 よし、決心がついた。

「いやー、難しすぎて僕には無理かな。じゃあまた明日ね。」

 そろそろ僕も本音を話すのに慣れてきたかな。

「ちょっと待ってよー!いや、ちょっとじゃ足りないっ!」

 東雲さんは教室の扉をを塞ぐようにして立った。

 思わず足元が急ブレーキをかけた直後、オレンジ色の金属の箱につまづいた。

 気付けば、僕は東雲さんの顔に触れる寸前で踏み止まっていた。彼女の髪からは慣れない匂いがした。

「よし、もう逃れられないねっ。」

 もう!!!慣れないことばかりだから許してよ神様!!!

「さっき見せた動画の感想を明日までに考えておいてね!それが河西くんにとって最初の活動だよっ!」

 その瞬間、僕は神を恨んだ。

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