第12話 はじまりの場所

「うぅ…ん…」


 スピカとリゲルが機関室で話をしている中、ベッドで寝ていたアクアは目を覚ました。

ボーッとボヤけている天井が少しずつはっきりと見え始めるのと同時に自分が何処にいるのかが少しずつ分かってくる。

そして、ハッと思い出したように勢いよく体を起こした。


「アクア殿!目が覚めたんですね!」


 近くで看病していたアルが椅子から立ち上がりアクアに駆け寄る。

そして、同じくソレイユもアクアの顔が見える場所へと移動すると安心したように、うんうん、と頷いた。


「直ぐにスピカ様とリゲル殿を呼んで来ますね!」


 アルは、ニコッと笑うと足早に機関室へと行ってしまった。

アクアは、スピカが寝ていたであろうベッドをじっと見つめた。


「スピカさんは…無事なんですよね…?」


 空のベッドを見つめながらポロッと溢すように呟くアクア。

それを見たソレイユは優しく微笑むとアクアの頭を優しく撫でた。


「勿論だ。スピカも君も命に別状はない」


 くしゃくしゃっと悪戯にアクアの頭を撫でたソレイユは、しゃがみ込むとアクアと目線を合わせた。


「スピカは君を失いたくない一心で命を賭けて君の命を守ったんだ。君もちゃんとそれに応えなくちゃいけないぞ?」


 ソレイユの言葉にふと思い出したのは救命カプセルでの事…。

カプセルで目を覚ました時、アクアの唇はスピカの唇に触れていた。

『魔力を混ぜる為』だと言う事は、その後すぐ説明されたが、若干10歳のアクアはこれが初めての口づけだった。

そして、そのままスピカに自分の気持ちを伝えてしまった事を思い出す。

「あ…!」と突然口を手で触り、恥ずかしさで目が点になってしまうアクア。

そんなアクアの様子に、ソレイユは苦笑いをした。


「ハハハ…!アクアにはまだ甘すぎたか?」


 ソレイユは再びアクアの頭をくしゃくしゃっと撫でると「とにかく、本当によく頑張った」と狂天症の恐怖と戦ったアクアを褒めた。

その時「アクア!」とリゲルが飛び込んできた。

そして、その背後にはスピカの姿も…。


「体は何とも無いか?」


「うん!ありがとう、リゲルさん!」


 いつもと変わらない笑顔を見せるアクアにホッと胸を撫で下ろすリゲル。

スピカも安心したのか、表情が柔らかくなるとアクアに近づき、優しく頭を撫でた。


「怖い目に遭わせて本当にすまなかった。私がもっとしっかりしていれば…」


 アクアとリゲルを危険な目に遭わせてしまい、自分を責めるスピカ…。

しかし、アクアとリゲルは顔を合わせるとクスッと笑った。


「そんな事ないよ、スピカさん!」


「そうそう!スピカさんもアルさんもオレ達の命の恩人さ!2人がいなかったらオレ達は…」


 一瞬言葉に詰まり、視線を落とすリゲル…。

しかし「いや、そんなことより今は…」と窓の外へと目を向ける。

そこには宇宙空間を漂う無数のコスミックゲートの残骸が…。


「みんな、行こう。私たちの、全ての始まりの場所に…」


 スピカの真剣な表情にアクアとリゲルの表情もグッと引き締まる。

アルは静かに敬礼をし、ソレイユもコクッと頷いた。


  コスミックゲート・プロトタイプ…。

10年前、暴走事故に巻き込まれたスピカ。

暴走事故が原因で父親が帰ってこなくなったリゲル。

そして、暴走後の激しい閃光と共に惑星レグルスへと降り立ったアクア…。

そこは正しく3人にとって『全ての始まりの場所』だった。


 アクア達は透明のメットを頭に装着するとゆっくりと宇宙空間へと飛び出した。

リゲルが先導するように一番大きい残骸へと辿り着く。

そして、扉が付いていたであろう場所から内部へと入って行った。

かろうじて形を保っている場所だが、内部の劣化は激しく、床には大きな穴がところ所空いていた。

重力発生装置が壊れているため、障害にはならないが薄暗い施設内部と相まって不気味さを演出していた。


 廊下を泳ぎながら進んでいるとふとアクアの表情が冴えないことにリゲルが気がついた。


「…どうしたアクア?なんか表情が冴えないけど」


「うん…。今ここで話すことじゃないんだけど…。Peace makerの2人はどうして急に僕達にウイルスを使ったのかなって」


 Peace makerの2人も目的はアクア達を自分達の組織に取り込む事だ。

今まではアクア達を勧誘する方法、レグの星ではスピカを捕らえて操る事でリゲルやアクアが抵抗出来ないようにしてきた。

しかし、今回はアクア達の自我を消し去るウイルスを用意してまでアクア達を取り込もうとしたのだ。

アクアは、スピカを簡単に操ってみせた2人が『わざわざウイルスを使う必要があったのか?』とそう考えたのである。

すると「もしかしたら…」とアルが口を開いた。


「スピカ様が操られていた時、スピカ様の動きがいつもより少し鈍く感じたんです。もしかしたら意識を失いながらも必死に抵抗していたのかもしれませんね」


「なるほどな…。その点、狂天症や狂魔症を発症させて自我を失わせた方がコントロールし易い、ということか。しかし、神がかつて使った病原を再現した挙句、洗脳ウイルスに変異させるとは…。只者ではないことは確かだな」


 アルの見解に納得したようにソレイユが続く。

そんな話をしながら進んでいたアクア達だったが突き当たりの角を曲がった瞬間に居るはずのない何者かとぶつかった。


「うわっ!?」


「きゃっ!?」


 その何者かとぶつかったリゲルは押し返され、スピカが受け止める。

相手はというと頭に衝撃が走ったのか、メットの上から頭を抱えて無重力空間に浮いていた。


「大丈夫か、リゲル?」


「あ、ああ…。でも一体何が…?」


「痛ぁ…!ちょっと、アンタ達!ここは関係者以外立ち入り禁止よ!」


 リゲルとぶつかったのはチンチラの姿をした女性。

そう、コスミックゲートの整備などをしている『シオン』だった。


「しゅ、主任…。それを言うなら私達も今は部外者ですよ…」


 強い口調のシオンを宥めるのは、ハムスターのような姿をした部下の『リオン』

どんな相手にも動じずに突っ込んでいくシオンに振り回される所謂苦労人だ。


「と、とにかく!ここは何が起こるか分からないから早く出て行きなさ…って…。あれ?」


 よーく顔を見てぶつかった相手がリゲルだと気がつくシオン。


「リゲル君とアクア君じゃない!こんな所で何やってるの?」


 アクアとリゲルもぶつかった相手がシオンだと分かると「あはは…。どうも…」と頭を下げながら苦笑いするのだった。


 それから2人は、これまで自分達の身に起きた事をシオン達に話した。

プレアデス軍に襲われた事、スピカに助けられた事、そして色んな星を巡りながらここまで帰ってきた事…。

アクアとリゲルは代わる代わるシオンとリオンに説明をした。

2人の説明にリオンは驚きの表情を見せ、シオンは何やら納得したような表情を浮かべていた。


「…じゃあ銀河鉄道が一台行方不明っていうのはアンタ達だったのね」


「あの時、私達も『プレアデス側とのゲートを直ぐに切断しろ』としか説明がなかったので…。まさかそんな事になっていたとは…」


「それで、襲われていた所をそちらの冥天獣達に助けられた、とね」


 シオンは、そう言いながらスピカやアル、ソレイユへと視線を向ける。

スピカ達はただただ頭をちょこんと下げて会釈した。


「ふふっ、そんな固くならないで!お礼を言うのはこっちなんだから!とにかく、2人がお世話になりました」


 シオンは、ニカッと笑うとスピカ達に深々と頭を下げる。

その光景に一瞬キョトンとしてしまうスピカ達だったが、我に帰ると慌てて頭を下げた。


「それにしてもアクア君達がアンカア銀河でプレアデス軍に襲われていたのに、唯一繋がるゲートを切断させるなんてレグルス政府も何を考えているのか…」


 リオンが不安そうな表情でそう呟く。

すると、シオンは「やっぱり何か裏にありそうなのは確かね」と続いた。

何やら険しい表情になったシオンとリオンに「レグルス政府に何かあったんですか?」とアルが恐る恐る質問する。

シオンは、「はぁ…」とため息を吐くと「実は…」と今度は自分達の話をし始めた。


「レグルス政府がプロトタイプ事故の調査を突然打ち切ったのよ」


「理由は分かりません。今後はただ現存するコスミックゲートの整備に専念しろ、とだけ…」


 シオンとリオンの説明にただただ驚いた様子で立ち尽くすアクア達。

そして、その事から『レグルス政府は何かを隠している』と悟ったシオンはコスミックゲートを管理する企業をリオンと共に退所…。

役職も地位も全て捨て、完全に部外者となった上で『1人の技術者として』プロトタイプへ乗り込んできたという訳だ。


「レグルス政府が何かを隠している事は確かよ。それこそベテルさんや仲間達の事に繋がるような『何か』を…」


 リゲルの父、ベテルの名前が出た時、リゲルはハッと何かを思い出す。

それは、惑星ガントで出会ったシャウラからの情報『プロトタイプからの救難信号』の事だ。

リゲルは「あの…」とシオンとリオンにプロトタイプから届いた救難信号の事を話した。


「送信日は確かにプロトタイプ事故の数日後で、受信日は今から数ヶ月前でした」


「これは私も保証できます。私もリゲルと一緒に日付を確認しましたから…」


 リゲルの説明をフォローするようにスピカが付け足す。

これを聞いたシオンは腕を組んで何やら考え込むと「どうやら繋がりそうね…」と呟く。

そして、静かに暗闇に包まれている廊下の先を見つめた。


「…この先が時たま不思議な光が目撃される場所。ベテル主任達が最後まで居たと思われる制御室がある場所よ」


「最後まで父さんが居た場所…」


「リゲル君達の話から想像するに、恐らく不思議な光が漏れるのは制御室…。あたし達も何度も調査にきているけど、情けない事に制御室だけはセキュリティが強くて入れていないの」


 コスミックゲートは、ただでさえ強力な星の雫を高濃度化させて更に強力な物に変えて利用されている。

その為、制御室には限られた者達にしか入る事が出来ず、当時働き始めたシオンにはその権限が与えられていなかった。

それがプロトタイプが大破した今もセキュリティ自体が生き続けており、制御室の中までは調査が進んでいなかった。


「でも、光が制御室からの物だとすれば、一時的にでもセキュリティが外れて出入り口が開いている可能性が高いわ。…どうする?結果は何も変わらないかもしれないけど、行ってみる?」


 プロトタイプの周辺から不思議な光が漏れるのは不定期であり、現地で直接目撃した者もいない。

シオンは、それを踏まえた上でリゲルに自分の目で確認してみるか質問する。

リゲルは何も迷う事なく「…はい、お願いします!」と答えると頭を下げた。

それを見たシオンは「分かったわ、ついて来て」と先導するように先へと進み始めた。

 

 崩れた足場を進む事数分…。

アクア達はプロトタイプの最深部に辿り着いた。

そこは、老朽化して今にも崩れそうな壁や床の中に比較的新しい扉が混ざり込んでいるという異様な空間だった。


「制御室はこの先なんだけど…。見ての通り、カード認証が必要でね。光の件もあって下手に壊すと危険だと判断して何も出来ていないのよ」


 シオンの言う通り、老朽化の影響をあまり受けていない扉の横にはカードキーをスライドして読み込ませるタイプの認証システムが付いていた。

しかし、当時まだ新人だったシオンはこの先に立ち入るための許可証が無い上に、暴走事故の際にはこの先に立ち入る事の出来る作業員は事態を収束させる為に全員が飛び込んで行った為、コスミックゲートで働く作業員達の間では『開かずの扉』として知られているようだ。


「つまり、この先に行くにはリゲルさんのお父さんのカードキーが必要って事?」


「まぁ、簡単に言えばそうなりますね」


 首を傾げながら質問するアクアにリオンが頷く。

するとその時、リゲルはある事を思い出した。


「(父さんの…カード…?)」


 それは、プレアデス近くの棄てられたコスミックゲートの中で見つけたベテルのカード…。

リゲルは直ぐにポケットからベテルのカードを取り出した。


「シオンさん、これ使えないかな?」


「…これってベテルさんのカードキーじゃない!一体どこで…!?」


 リゲルは、プレアデス近くの棄てられたコスミックゲートの制御室の入り口で見つけた事を話す。

シオンは、『かつてプロトタイプと繋がっていた』状況から『ここでも使える可能性がある』と判断すると「確証はないけど使えるかもしれないわね…」と呟いた。


「何が起こるかは本当に分からない。それでも少しでも希望があるなら使ってみる?」


 シオンの最終確認にコクッと頷くリゲル。

そして、シオンにベテルのカードを渡した。


「OK!とにかく扉を開けてみるから、みんなは下がってて!」


 シオンは直ぐに受け取ったカードキーを認証システムにスライドさせて扉のロック解除を試みる。

ピピッ!とシステムが反応し、OKという文字がモニターに浮かび上がると、ガチャン!とスライド式の扉が少しだけ開いた。

扉の隙間からは何やら白い光が漏れている…。

リゲルはゴクッと息を呑むと開きかけの扉に手をかけ、恐る恐る開く。

するとその時、扉の中から漏れる白い光からドクン!と鼓動のような振動が一同を襲う。

そして間髪入れずに扉の中から激しい閃光が漏れ出した。


「うわあぁっ!?」


 閃光と共に響き渡ったのはリゲルの声…。

リゲルよりも扉から離れていたアクア達は激しい閃光の中、目を凝らしながら何とか悲鳴の聞こえた方を見る。

すると、そこには扉の中へと引きずり込まれようとしているリゲルの姿があった。


「リ、リゲルさんッ!」


 アクアは、魔法で星を出して飛び乗るとリゲルへと飛んでいく。

リゲルの体が少しずつ扉の中へと吸い込まれて行く中、何とかリゲルの右手を掴み取り、そのまま引きずり出そうとする。

しかし、そんな努力とは裏腹にリゲルはどんどん扉の中へと引きずり込まれていく…。

そればかりか何とアクアが魔法で出した星さえも細かい粒子へと変え、吸い込み始めたのだ。


「…!?星が消えちゃう…!」


「アクアッ!!」


 魔法の星が消える寸前、スピカが飛び出し、アクアを後ろへ思いっきり引っ張ると背後にいるアル達へと放り投げる。

その時、アクアはリゲルの手を離してしまうが、代わりにスピカがリゲルの手を握り、扉の脇にしがみ付いた。


「リゲル…!しっかりしろ!」


 扉の脇で堪えるスピカだったが、リゲルは完全に扉の中から漏れる光に飲み込まれており、反応がなくなっていた。

そればかりか、スピカの片腕も少しずつ引き込まれようとしていた。

だが、その時、扉の中が一瞬チカチカッと点滅するとブウゥゥゥン!と不吉な音が響いた。


「ま、まずい…!スピカさん、扉から手を抜いて!!」


 スピカとは反対側の扉の脇で堪えていたシオンが突然声を荒げる。

扉の中でリゲルの手を握り締めていたスピカは、一瞬戸惑いの表情を浮かべるが、再びシオンが荒々しく声を上げた。


「早くッ!!あなたの腕が無くなる!!」


「くっ…!」


 やむを得ず、扉から手を引き抜くスピカ…。

それを見たシオンは再びカードキーをスライドさせると扉を閉まった。

扉が閉まると閃光は消え、中へ引き込もうとしていた不思議な力は収まった…。


「はぁ、はぁ…!シオンさん、今のは…?」


「お、恐らく暴走時の次元の歪みね…。現在と過去の境目がこの扉の先にあって、空間が酷く捻れているのね…」


 シオンは、呼吸を整えるとリオンへ視線を送る。

リオンは頷くと、何やらその場を離れていった。


「みんな!状況は決してよくはない…。でも、力を合わせればリゲル君やプロトタイプ事故に巻き込まれた人達を助けられるはず。力を貸してくれるかしら?」


 シオンの言葉に驚くアクア達だったが、彼女の力強い言葉にコクッと頷く。

シオンもそんなアクア達に深々と頭を下げて感謝すると同時に、「ありがとう」と感謝を述べるのであった。


 そして、その頃…。

扉の前へと吸い込まれたリゲルは、うつ伏せの状態で倒れ、気を失っていた…。

気を失っていたのは数分だろうか。

リゲルは、意識が朦朧とする中、目を覚ました。


「う…ん…!」


 目の前に広がっていたのは真っ白な世界。

場所はコスミックゲート内なのだが、壁も床も全てが真っ白であり、まるで新品のように真新しく見える。

そして、扉の外…つまり吸い込まれる前にいた部屋へ繋がる通路は黒い霧のような物に包まれていた。


「全てが真っ白だ…。ここは…あの扉の中なのか…?」


 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。

本来プロトタイプは壊れている為、重力発生装置は壊れており、無重力のはずなのだが、ここは何故か重力が発生していた。

凄く静かで物音はせず、全てが白い事もあってか時間が止まっているかのようだった。

奇妙な空間にゴクッと息を呑むリゲル…。

その時、更に奥に扉がある事に気がついた。

シオンの情報からすると、その先にあるのがプロトタイプの中枢である制御室だろう。


 リゲルは、恐る恐る扉に近づく…。

その扉は感度センサー付きの扉なのか、リゲルが扉の前に立つと『ウイィィン!』と勢いよく開いた。

すると、それと同時に部屋中に居たものがビクッと動いた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 部屋の中の扉付近にうずくまっていたのは3人の技術者達…。

その内2人は疲れ果ててグッタリしている様子だった。

そして、今まで気がつかなかったが、この奇妙な空間では空気が存在しているらしく、技術者達はメットを被っていなかった。

 

「こ、子供…?」


 突然現れたリゲルに驚きを隠せない様子の技術者…。

とりあえず事情を説明しようとリゲルがその人に近づこうとした時だった。

部屋の更に奥から白衣を纏った星獣がもう1人姿を現した…。


「どうした?何かあったのか?」


 その声を聴いた時、リゲルの全身の毛が一気に逆立ち、全身に電撃が走ったような感覚に襲われる。

そして、その声がする方へゆっくりと視線を向けた。

そこに居たのはリゲルと同じ、縞々模様の猫獣人…。

リゲルのよく知っている人物だった。

 

「と…父…さん…?」


「えっ」


 リゲルは、居ても立っても居られなくなり、メットを脱ぎ、力無く床へ落とした。


「…父さん!父さぁん!!」


 リゲルは、ポロポロと大粒の涙を流しながらその人物に抱きついた。

そう、この人物こそ10年前、コスミックゲート・プロトタイプの事故で行方不明になっていたリゲルの父『ベテル』だった。


「君は…リゲルなのか…!?本当に…?」


「そうだよ…!リゲルだよ、父さん…!オレ、会いたかった…!ずっとずっと会いたかった…!」


 リゲルは、ベテルの胸の中で涙を流す…。

そんなリゲルの姿にベテルは「心配かけてすまなかった。そうか…。外の世界はこんなにも時間が過ぎていたのか…」と大きくなった息子の姿から時間の経過を理解し、頭を優しく撫でた。

 

 この後、リゲルは暫くベテルの胸の中で泣きじゃくっていた。

こんなリゲルの姿は常日頃から一緒にいるアクアでさえも見た事はないだろう。

そして、ひとしきり泣き終え、落ち着きを取り戻した頃にベテルは外の世界で何が起こっているのかをリゲルに聞き始める。

リゲルは、自分が激しい光に吸い込まれてここへやって来た事や外の世界には旅をして来た仲間達やベテルが行方不明になる頃に新人技術者だったシオンがいる事を話した。


「そうか、彼女が今は主任に…。それならば、私たちもまだ諦めてはいけないようだな」


 どうやらベテルは、新人ながらもシオンの技術者としての腕を早い段階から見込んでいたようだ。

そして、『自身の身に何かが起こり、ゲートの管理が出来なくなった際に…』とある物を託しているらしい。


「10年も月日が流れたんだ。彼女なら必ずアレを完成させているはず…。さぁ、私たちは空間の境目で救助を待とう。残念ながら、私たちに今出来る事はそれだけだ」


 ベテルは、そう言うと疲労しきった仲間達の支えに入り、ゆっくりと制御室から廊下へと歩き始める。

それを見たリゲルも急いでもう1人の技術者の肩を支えに入った。

するとその時、リゲルはその人が冥天獣だとすぐに気がついた。


「あの、もしかしてシャウラさんの旦那さんじゃないですか?ホープ君の父親の…」


「…!君はシャウラとホープを知っているのか…!?」


 突然、リゲルの口からシャウラとホープの名前が出て来た事に驚く技術者…。

リゲルは優しく微笑むと「2人は今もずっとあなたの帰りを待っていますよ。鍛冶屋のシリウスさんに支えられながら…」と伝えた。

それを聞いた技術者は一筋の涙を流すと「そ、そうか…。ありがとう…!」とお礼を口にし、リゲルに支えられながら共に空間の境目へと歩いて行くのだった。


 その頃、外の世界ではアクア達がシオンの指示の元でリゲル達の救出作戦の準備を大急ぎで進めていた。

制御室へ続く扉の前で何やら機材を組み上げていくシオン。

機材にはモニターが付いており、複雑な数値やグラフが表示されている。

そして、その機材からはコードが伸びており、それがアクアの腕や頭に取り付けた機器に繋がれていた。


「シオンさん、これは?」


 見たこともない機械に思わず作業中のシオンに質問してしまうスピカ。

シオンは作業の手を休める事なく「名前は無いけどまぁ、『ディメンションマニピュレーター』って所かな」と応えた。


「ディメンションマニピュレーター…。つまり、『次元を操るもの』という事ですか」


「そういう解釈で問題ないわ。プロトタイプ事故が起こる前に『もしもの事があったら…』とベテルさんから託された資料を元に研究、開発した装置…。まさかベテルさん達を助ける為に使う事になるとはね」


 装置の仕組みとしては、機器を取り付けた星天獣の星の雫をコントロールする力を大きくし、かつ安定させる事が出来るという。

元々はコスミックゲートで事故が起こった際に、ゲート内の異次元空間に取り残された人を救助する為にベテルが研究していた物らしいが、プロトタイプ事故が起こる数日前に突然ベテルからシオンへと託されたらしい。

ベテルが行方不明になった後、シオンは残された研究資料を元に単独で現在のディメンションマニピュレーターを開発していたのだった。


「きっと扉の先には、濃度の高い星の雫を展開するゲートの装置がまだ生きている。そのせいで空間の星の雫が枯渇して空間が歪み、更に外の世界から星の雫を取り込もうとしているの。リゲル君が凄い力で吸い込まれたのもそれが原因だと思う。つまり、それを上手く安定させてあげれば、リゲル君やベテルさん達を助けられるってわけ」


 手を休める事なく作業していたシオンは漸く「ふぅ…」と一息つく。

しかし、シオンの表情が緩む事はなく、真剣な眼差しで閉じている扉を見つめた。


「でも『あの空間が維持できている時間は余り残されていない』というのが私の見解。スピカさんがリゲル君の腕を引いていた時、途中で大きな音と点滅が起こったでしょ?恐らくアレは空間の境目が消えようと不安定になっている証拠だから…」


 シオンの話によれば、あのまま扉を開け続けていた場合、『扉の先の空間が更に異次元の彼方に飛ばされてしまう』か『そのまま空間が不安定に混ざり合い、大爆発を起こすか』の2択だったという。

『スピカの腕が無くなる』というのは、扉の中へと入っていた腕だけが異次元の彼方へ転移してしまうという意味だったという事だ。


「あの空間を扉が隔てていた事が唯一の救い…といった所かしらね…。これがもし、星の雫を使って作られていない扉だったら10年前の被害は更に大変な事になっていたわ」


「なるほど…。ですが、空間を安定させた後はどうすれば?こちらから安定させた空間へ救助の為に飛び込む事は可能なのでしょうか?」


 リゲルが扉の先に広がる空間へ吸い込まれたのはあくまで『空間が安定していないから』だ。

アルは、『安定した空間へ入り込む事が出来ないのでは?』と考えていたのである。

すると、更に多くの機材を持って来たリオンが「こう言ったらなんですが、あなた達は運がいいですよ」と口を開いた。


「確かに制御装置を失ったゲートから生まれた空間へ入り込む事は困難です。しかし、あなた達には『星の武器』があります。星の雫に対抗出来るのは星の雫だけ…。中でもスピカさんの持つ星の武器はエネルギー出力型ですから、出力を最大まで高めれば、一時的にでも空間に穴を空ける事が可能な筈です」


「それじゃあ、武器の出力を上げないとだね!」


 アクアは、スピカに「武器を貸して!」と手を出す。

そして、手慣れた様子で星の武器を弄り始めた。

すると、シオンも武器の調整を始めたアクアの周りに全員を集め、作戦の概要を説明し始めた。


 シオンの作戦は、

 

まず、シオンがカードキーを使って扉を開け、それと同時にアクアが扉の先の空間を安定化させる。

次にスピカが空間に裂け目を入れ、アルとソレイユが空間の中に閉じ込められているリゲル達を救出。

最後に、総出で銀河鉄道へと救助者を避難させた後に空間を閉じ、2度と開かないように処理をして脱出…


 という流れだ。


「この作戦はとにかくアクア君に負担が掛かる。空間を閉じた後にここから脱出しなきゃならない事を考えると尚更ね…。だから出来るだけ早く救助作業を進める事が成功の鍵になるわ」


 シオンの説明に一同が真剣な表情で頷く。

そんな中、武器の出力調整を終えたアクアはそれをスピカに渡した。


「出力を最大に調整したよ。でも、今のまま武器として使うと確実に相手の命を奪う…。それだけは忘れないで」


 アクアの忠告にグッと持ち手を握り締め、真剣な表情で頷いた。


「よし、準備は整ったわね…!みんな、行くわよ!!」


 シオンの力強い掛け声で、一斉に自分の持ち場へ…。

アクアは、扉へ向けてグッと手を前へ出して構える。

それを確認したシオンはカードキーをスライドさせてロックを解除する。

すると、さっきは少し開いただけの扉が今回は全開まで開き切った。


「アクア君!お願い!」


 スピカの合図で手に力を集中するアクア。

扉が開いた時、再び吸い込む力がアクア達へ働いたが、アクアが力を込めた瞬間にその力は薄まり、奥から白い光が漏れてくるだけの空間が広がった。

空間が安定した事が分かったスピカは、グッと星の武器を構えると思いっきり武器を振り下ろし、目の前に広がる不思議な空間をぶった斬る。

すると、斬られた空間が左右へ2つに裂けると光の中に廊下のような物が薄らと見えた。

どうやら外から空間を隔てる次元の壁が裂け、無事に繋がったようだ。


 次に、空間に裂け目が出来たと同時にソレイユとアルが裂け目へと飛び込んで行った。

裂け目の中は、リゲルが吸い込まれた空間と同じ光景が広がっていた。


「アルさん!ソレイユさん!」


 中へ飛び込むと目の前にはリゲルとベテルが救助者達を集めて待機していた。

疲弊し切った技術者達もリゲルの指示で頭にメットを装着しており、いつでも脱出出来るようになっていた。


「皆さん、時間がありません。私達の指示に従って下さい!」


 アルの声が響く頃、外の世界ではアクアが必死に空間を制御していた。

幾らアクアが星の雫の制御に長けていると言ってもその負担は想像を越えるものであり、ましてや暴走したゲートから漏れている力を制御する事は容易ではないはずだ。


「アクア君、大丈夫!?」


 表情を歪めるアクアにシオンが思わず声を掛ける。

アクアは「大丈夫…!リゲルさんを救う為なら、頑張れる…!」と応えた。

するとその時、アルとソレイユが動けない救助者を1人ずつ背負って空間から勢いよく飛び出して来た。

そして、それに続く形でリゲルとベテルが更にもう1人を担いで飛び出して来た。

しかし、長い間閉じ込められていた疲労からか、ベテルがガクッと膝を着いてしまった。

幾ら無重力だからといってもこれでは避難するのに時間が掛かってしまう…。

それを見たスピカは直ぐにベテルの支えに入ると避難の為にリオンが発進準備していた銀河鉄道へと誘導を始めた。


「リオン、聞こえる!?今、スピカさんたちが救助者を連れてそっちに向かってる!私とアクア君が後処理をするから直ぐに発進出来るようにしておいて!!」


 シオンの指示にメット内の通信用スピーカーからは「ラジャー!」とリオンからの応答が返ってくる。

シオンはアクアに少しずつ空間に掛ける力を弱めていくように指示を出すと再びカードキーで扉を閉め始めた。

そして、扉が閉まる直前、シオンは扉の中へある物を投げ込む。

 それは、大きな星の雫のカケラ。

完全に扉が閉まると、アクアは大急ぎで手やメットに付いた機器を外すと魔法で星を出す。

アクアは星に飛び乗るとシオンを背後に乗せ、崩落したゲートの廊下を高速で飛び始めた。

銀河鉄道が停車してあるのは、この通路の突き当たりを左に曲がった場所…。

「あともう少し…!」と星を飛ばすアクアだが、後ろから大きな物音と振動が体を突き抜けていく感覚に襲われた。


「空間が爆発したわ!アクア君、急いで!!」


「ら、らじゃーっ!」


 アクアは、更に力を集中させて星を加速させる。

実はシオンが逃げる直前に扉の中へと投げ込んだ大きな星の雫のカケラは無理とこうさせる為だった。

再び扉さえ閉めてしまえば、あの空間と外の世界は遮断され、繋がる事はないだろう。

しかし、何かの拍子で扉が壊れてしまったり、力のバランスが崩れればあの空間はこの周辺の全てを飲み込もうと姿を現す…。

シオンは、それらを見越した結果、空間へ星の雫を投げ込み、刺激して爆発させる事によって空間を閉じてしまおうと考えたのだ。

少々手荒な方法だが、制御装置が壊れている以上はこうする道しか残されてしなかった。


「アクア!急げ!!」


 崩れた通路の外に停まっていた銀河鉄道の扉を開け、ソレイユが叫ぶ。

アクアは、開いた扉から車両の中へと勢いよく飛び込むと同時に星を消す。

当然、勢いそのままに飛び込んだアクアとシオンはバランスを崩して車両内へ突っ込みそうになるが、アクアはスピカに、シオンはアルにキャッチされて怪我は免れた。


 シオンはアルに抱えられたまま「リオン!」と叫ぶ。

リオンは「了解!」と応えると勢いよく銀河鉄道を発進させ、全速力でその場を離れた。

するとその瞬間、あの空間から漏れていた白い光はコスミックゲート・プロトタイプの全てを飲み込み、激しい閃光を発しながら爆発してしまうのだった。


 銀河鉄道は、シオン達が乗ってきた車両とアクア達が乗ってきた車両を連結させて脱出しており、実質的な被害はなかった。


「これは成功…でいいのか…?」


 想像以上の爆発に唖然としながら質問するスピカ…。

すると、シオンは車窓から辺りを目視で確認し、携帯端末を覗き込んだ。

 

「…裂け目も閉じてるし、異常なエネルギー反応も無い。成功とみて良さそうね」


 シオンの『成功』という言葉で一気に肩の荷が降りたのか、その場にへなへなと座り込むアクア達…。

その表情は安堵に満ちていた。

そして、空間から助け出されたリゲル、そして10年振りに外の世界へ戻ってこれたベテルや他の技術者達にも怪我等はなく、『助かった』という実感をただただ噛み締めている様子だった。


「皆さん、ありがとう…。皆さんのお陰で我々はあの空間から出る事が出来ました」


 ベテルは、リゲルに支えられながら深々と頭を下げる。

しかし、ベテルの表情は決して緩む事はなく、真剣な眼差しでアクア達を見つめていた。


「リゲルから大体は聞きましたが、私が居なかった10年の間に何が起こったのか教えてほしい。今、レグルスとプレアデスで何が起こっているのかを…」


「分かりました。あたし達もベテルさんの知っている事を教えて下さい。あの時何が起こっていたのか、そして誰があの事故を起こそうと計画したのかを…」


 シオンの的確な返しに一瞬驚いた表情を見せるベテルだったが不思議と納得したように頷き、車両の椅子に腰掛けるのだった。


 10年前、エネルギーの出力ミスで暴走したと言われたコスミックゲート・プロトタイプ。

しかし、アクア達は旅を通して『それが真実とは限らないかもしれない』という事を少しずつ感じ始めていた。

そんな中で姿を現したリゲルの父ベテル…。

プロトタイプ事故の最前線に居た彼は何を語るのだろうか…。

次回、遂にプロトタイプ事故の裏側が明らかになる…。

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ほしぞら☆とれいん! 星猫 夢月(ほしねこ むつき) @Hoshineko_mutuki

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