俺(元暗殺者・教師)が見回りをしていると、学園の体育倉庫に悪役令嬢(生徒)が裸で放置されているんだが。

秋 田之介

俺(元暗殺者・教師)が見回りをしていると、学園の体育倉庫に悪役令嬢(生徒)が裸で放置されているんだが。

俺は王立学園の教師だ。


この学校には多くの貴族の子弟が通っている。


王国一の名門校だ。


そんな学校で教師をしている俺が貴族?


違うな。


俺は暗殺者。


元が付くが、腕は衰えていないつもりだ。


別にこの学校に潜入して、何かをやっているわけではない。


真っ当に教師道を突き進んでいるつもりだ。


話は変わるが……俺は国王陛下に忠誠を誓っている。


元は敵国の暗殺者だった俺は、母国に裏切られ、この国の王に拾われた。


最初は反抗的だった俺だが、国王は真っ当な道を用意してくれた。


おっと、生徒が登校してきたようだ。


「おはようございます。キル先生」


「ああ。おはよう」


尖っていた昔が懐かしい。


すっかり丸くなってしまった。


母国を守ることに命をかけていたが、今では学校を守ることに命をかけようと思う。


それが国王陛下に報いる唯一の方法と心得ているつもりだ。


……ところで学校で何を教えているかって?


もちろん、暗殺じゅ……ごほごほ。護身術だ。


襲ってきた相手を確実に仕留め……ごほごほっ。無力化する事を教えている。


ようやく本題だ。


そんな穏やかな日々を過ごしていたある日……。


下校した生徒たちを見送り、教員室に戻った。


どうも暗殺者の時の癖で、つい裏から行こうとしてしまう。


生徒からは『裏陰のキル』というあだ名が付いているらしいが、生徒に愛される教師を目指す俺としては嬉しい限りだ。

 

いつもの道、いつもの建物。


見える景色はいつも同じはず。


しかし、暗殺者だった者として勘が異変を素早く気づいた。


ここは……


今では使われていない体育倉庫だ。


随分前に封鎖されていて、誰も踏み入れていない場所のはず。


なのに……人の気配がする。


ただならぬニオイを感じ取り、すばやく体育倉庫の裏に回る。


ここなら、中を覗き込めるし、向こうからは見られないはず。


中を慎重に覗き込むと……


なん、だと!?


裸の女がうずくまっている。


しかも、手足を縛られているな……


これはただ事ではないな。


どうやら、人の気配はあの女以外にはないようだ。


しかし、トラップがあるかも知れない。


慎重に行動だ……


トラップは何もなかった。


どうやら素人の犯行のようだ。


「おい、そこにいるのは……生徒か?」


女はなかなか顔を上げない。


無理もない。


裸なのだ。


それに俺は男。


こんな姿を見せるわけにはいかないのだろう。


だが、俺は男である前に教師。


純粋な教師は、裸の女ごときでは欲情などしない!!


とはいえ、相手を思いやるのも教師の努め。


さっと上着を女に羽織る。


俺は体が大きい。


上着でも十分に隠せるだろう。


「もう一度聞くが、お前は生徒か?」


女はようやく顔をゆっくりとあげた。


……おまえは!!


俺が受け持つ護身術の生徒だった。


名は……アイリス。


公爵家の令嬢だったな。


たしか、第二王子の婚約者だったと教頭から教えられたな。


将来は王族となる生徒だ。


要注意人物だ、と。


「どうして裸なんだ?……いや、そうではない。なにがあったんだ?」


アイリスは答えようとしない。


無理もないな。


まずは状況確認だ。


足跡……。


ここは使われていない倉庫だ。


そのため、埃が溜まっている。


おかげで足跡がハッキリと残っている。


どうやら敵は複数。


男のものか、大きい足跡がひとつだけあるな。


あとは子供か、女のものだろ。


アイリスの体にも痕跡があるな。


抵抗したのか、細かな傷が見受けられる。


これは……縛った後があるな。


つまり、拘束されていたということか。


なんと酷いことを……


「あの……先生? さりげなく、私の体に触らないでもらえませんか?」


おっと、つい夢中でアイリスの体をくまなく調べてしまっていたようだ。


だが、心配無用だ。


俺は教師だ!!


「どうやら、誰かにここまで連れてこられたようだな。俺はこれを上に報告せねばならない。説明をしてくれると助かるんだが……」


沈黙が流れた。


「上って……学園長のことですか?」


「いや、そうとは限らない。俺の直属の上司は教頭だ。まずは教頭に……」


「いやっ!!」


いやって言われてもなぁ。


学校を守る使命がある俺には、報告の義務が……


「先生……先生なら、打ち明けます。けど、上には……伝えないで下さい。どうしても伝えるというのなら……死にます」


なんだと……俺は心の内が震える思いがした。


アイリスが死ぬと言ったことではない。


俺にだけ打ち明けると言ったことだ。


これこそ、教師冥利に尽きるとはこのことだ。


アイリスは俺を信じてくれている。


この信頼には、どんなことをしても報いてやろう。


「ハゲ教頭などには言わない。あいつは不正の温床だ。だから安心して、言ってくれて構わない」


重要なのは、俺が教頭など歯牙にも掛けていないことを伝えることだ。


これでアイリスは安心して話せるだろう。


「凄いですね。教頭のカツラを見抜いている人は珍しいですよ……いえ、そんなことより……お話します。だけど、聞けば先生に災いが降るかも知れません。それでも聞きますか?」


何を言うんだ。


生徒のために、あらゆる犠牲をするのが教師。


災い? 教師にとってご褒美に他ならぬわ。


「私は第二王子の婚約者でした」


でした、とはおかしなことを言う。


「第二王子には私の他に女がいるんです。四組のカトリーヌがそうなんです」


知っているぞ。直接は担当していないが、優秀で平民から特別推薦で入学してきた異彩の女生徒だ。


「カトリーヌは、なにかにつけて、私の悪口を第二王子に吹き込んでいたんです。それから、第二王子は私に対して冷たくなっていきました」


ふむ……優秀というのは間違いないな。


オスから他のメスを遠ざけるための作戦。


なんと巧妙なのだ。


「それでも第二王子のことが好きだったんです。ですから、カトリーヌを呼び出して、忠……」


誅殺か!?


「違います。忠告したんです。どんなに第二王子と恋仲になっても、結ばれることはない。後悔しても遅いのだ、と伝えました。それがカトリーヌの逆鱗に触れたみたいなんです。より一層、第二王子へ、私の悪口を強めていったんです」


忠告が逆鱗に……カトリーヌとか言う生徒……まさか隣国の諜報機関の者か?


それならば頷ける。


第二王子を傀儡として、王国を乗っ取るつもりか。


……許せぬ。


「それからというもの、第二王子からのいじめが始まりました。第二王子には取り巻きみたいな女生徒がたくさんいるんです。彼女らを唆して、私の嫌がることを始めたんです」


なんという徹底ぶりだ。


大事な生徒を隣国の謀略に巻き込むとは……今からでも隣国の王を暗殺に行ってやろうか。


「それで私が抵抗したら、ここに放り込んだんです。そして、婚約破棄だと……カトリーヌは終始笑っていました。それが悔しくて悔しくて……でも、こんなことが周りに知られたら……私……」


アイリスが急に涙を流し始めた。


無理もない。公爵の令嬢といえども、たかが16歳の娘に過ぎないのだ。


カトリーヌ……そして、それに加担する第二王子……俺の生徒に手を出したことを後悔させてやる。


「アイリス……お前は家に帰れ。この事は誰にも言わないと約束しよう。だが、アイリス……俺からも頼みがある。これから起きることはアイリスとは関係のないことと思ってくれ。これは……教師として俺の勤めなんだ!!」


「あの、先生? 顔が怖いですけど……何をなさるつもりですか? まさか、第二王子に? ダメですよ。そんなことをしたら、先生の立場が……いえ、お命が」


強大な組織に立ち向かう時、俺の命を心配してくれる愛する女性がいた。


その面影がアイリスと重なってしまった。


「アイリス……これが終わったら、俺と結婚してくれ。必ず、幸せにしてみせる」


「はへ? 何をおっしゃているのか分かっているのですか?」


「もちろんだ。俺は教師。それが全てだと思っていた。しかし、愛する者のために命をかける方がより大きいと今知ったのだ。国王陛下、どうかお許しください。愛するものに殉ずることを」


「死んではいけません。私と結婚がしたいとおっしゃるのなら、生きて返ってきて下さい」


「アイリス!!」


「先生!!」


二人、見つめ合い、俺は倉庫を後にした。


カトリーヌと第二王子がターゲットだ。


昔の暗殺衣装に身を包み、夜を飛び回った。


カトリーヌには、アイリスと同様の辱めを。


使われていない倉庫はアイリスで使用済みのため、現役の体育館倉庫にいれさせてもらった。


明日の朝には生徒に見つかるだろうから、問題はあるまい。


さて、第二王子だ。


腐っても、敬愛する国王陛下の子息。


殺すのは国王陛下への忠義を疑われるかも知れない。


しかし、愛の前ではそれすらも霞む。


一生、婚約者を……いや、女を愛せない体になってもらおう。


とある情報筋によると、男色家の集いが夜な夜な行われているらしい。


皆は覆面をして、誰とも分からずに交じり合う。


これこそ第二王子にはふさわしい。


絶対に外せない覆面を着け、あとは放り込むだけ。


……仕事は終わった。なんと容易い仕事だった。


とても他国の諜報機関が関与している事件とは思えないほどだったな。


後日……


俺とアイリスは結婚した。


なぜ、俺と結婚してくれたのだ、と聞いた。


「淑女たるもの、裸を見られるのは夫だけにせよ」


だそうだ。


第二王子も見ていると思うんだが。それは関係ないのだろう。


ちなみに、カトリーヌは事件性もなく、裸で体育倉庫にいたことが趣味だと判断され、退学処分となった。その後の彼女の足取りは不明のままだった。


おそらく、諜報に失敗した彼女は、隣国に亡きものにされたのだろう……


第二王子の方は、至って元気だ。


しかし、女を愛せない体になってしまい王族としての義務が果たせないという理由で廃嫡となった。


平民となった彼は、それは嬉しそうに夜の街に繰り出していったという。


そんな彼のことを、『男道 廃嫡王子 まっしぐら』と詠われたらしい。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺(元暗殺者・教師)が見回りをしていると、学園の体育倉庫に悪役令嬢(生徒)が裸で放置されているんだが。 秋 田之介 @muroyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ