第2話 ヴィーナス

 空虚な孤独を救えるのは“愛”しかない。

 重い曇り空を引き裂けるのは恋の力である。胸を突き抜けて飛び出すのは真実の愛ー。

 燃え上がる期待、押さえ込むアルコール、さっきまでの孤独が少し離れた位置でニヤついている。

「解って居るさ…刹那の幸福なのはな…お前は笑うが俺は刹那に生きているんだ」

孤独は苦笑しながら闇に消えた。

「お待たせ致しました」

「おう!待ってない!四十分など待った内に入らない。何故なら俺は30年待ち続けているのだから…」

チビは俺を無視して誘導している。


 また広くて誰も居ないソファに座らされた。

「デジャブ?それとも輪廻転生?時が歪んだのか…」

「何を言っているんですか?」

その言葉で隣に気配を感じた。


 あー。


 ずるいー。


 これは反則だ。


「女神に酒を注がせるなんてできるわけ無いだろ!」

「え?」

隣には純白の衣を羽織った光り輝く女神が微笑んでいた。触れても居ないのに女神の放つオーラで心が暖められて汚れが浄化していくー。

「今日はお仕事ですか?」

白百合のような女神は俺を正面から見てきた。

「その瞳、その唇、その輝きが罪…俺の心臓を潰さないでくれ!」

「ん?お医者さん?」

「医師などにこの病は治せない!この美酒は永遠に酔ってしまう魔法の酒だ」

「ハウスのウィスキーでいいですか?」

「柔らかな唇が動く度に心にたくさんの矢が打ち込まれる」

「けっこう飲んできたんですか?」

「サハラ砂漠を孤独に歩いてオアシスから見た南十字星よりも美しい…禁じられたワインを開けてしまったようだ」

「ワイン良いですね!」

「嗚呼、こんな俺にも奪われてしまう心があったのか…絶望の淵から手を引かれて助けられてしまったのか、底知れぬ恋の底へと落とされてしまったのか…俺は見ることの無い朝陽を見たいと思ってしまった…この叶わぬ恋が俺への罰なのか…」

女神はシルクの両足を俺の膝へと乗せてきた。

「俺は数々の罠を潜り抜けてきたが…この罠は逃げれる自信が無い…嗚呼、このまま騙されていたい!羽根をバタバタと力尽きるまでこの罠にハマっていたい」

「さっきから言っている事はよくわからないけど嬉しい!」

笑う女神のその下の衣の隙間に微かに見える小さな蕾ー。

「サディスティックな表情の下には月下美人の蕾が見える。俺は禁断の果実を見付けてしまったが…どうすることも出来ない。歯痒いこの思いは東尋坊へと投げ捨てなければならないのか…」

俺は深い深い溜息と共に出てしまいそうな恋を口の中へ捻じ込んで席を立った。

「今日はありがとうね!」

「女神から御礼を言われるなんて俺は産まれてきて良かった…悔いは無し」

カラクリ箱の前の灯りの下で見る女神は虹色の後光が射して目を瞑ってしまうほどの輝きを放っていた。完璧なシルエット、究極な顔の造形、ウィーン少年合唱団よりも美しい声、一瞬で落とされる魅惑の瞳ー。

 鉄の箱が閉まるその瞬間まで女神が恋しくて堪らなかったー。


 俺は氷の世界を無心に歩いた。心地良いハーモニーが身体の中に脈打ちながら向かうは死…生に悔いは無くて女々しくも無く清々しい。恋無き生に堕落していたが今日、本物の女神と出逢えて俺は己の生涯に後悔は無くなった。足早に歩く脚にしっかりと力が入っているのを感じながら歩いた。


おわり

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スプリンターペイン 門前払 勝無 @kaburemono

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