第222話(最終話) 卒業式のプロポーズ
春。というには少々寒い気もするが、暦の上ではすっかり春になっている三月。
今日、僕達、私達は、この学校を卒業します。
なんて、卒業生のみんなでセリフを山分けして言い合うイベントは行われず、ただただ学校関係者のスピーチを聞かされるだけの体育館で行われる卒業式。
相変わらず話が長い学校なこって、なんて思うのと同時に、もうこの長い話も聞けなくなる解放感とどこか寂しい気持ちがこみ上げてくる。
『卒業証書授与』
ようやく卒業式の目玉イベントが執り行われる。ここまで来るのにパイプ椅子に座りっぱなしだったから尻が痛い。
三年A組から卒業証書を渡されていくのたが、有希の名前が飛ばされた。
なんでだろうか。
もしかして卒業できなかったのかとか心配になるが、名前順に並んだ座席に有希の姿はちゃんとある。
というか、今日、久しぶりに一緒に登校したのだから有希の姿は見えて当然だ。
なのになぜ?
『守神晃』
三年A組の最後。俺の番。
壇上に上がり、校長先生から卒業証書を受け取る。
こんなたいそうなことも書かれていない紙切れ一枚よりも、有希が飛ばされたことの方が気がかりだ。
三年B組の生徒の名前が呼ばれる中、席に戻って有希の方を見る。
心配そうな眼差しを送っていると目が合った。
あ、うん。心配なんかいらなそう。
なんか、明らかに企んでる顔をしてるんだけど。気のせいじゃないんだけど。
あんた、なにやる気だよ……。
違う意味での心配がわきあがってしまい、全クラスへの卒業証書を渡し終えた。
『大平有希』
「はい」
オオトリ。クローザー。ジョーカー。ラスト。
一番最後に卒業証書を受け取る彼女の姿はめちゃくちゃ目立っていた。
そりゃ、A組なのに一番最後に卒業証書を貰っているし、久しぶりの登校だし、そもそも美人だし、歴代最高の生徒会長だし、
目立つ要素が多すぎるから、最後の最後っては嫌でも目立ち過ぎる。
ん……?
有希が卒業証書を受け取るまでは良かった。そこまでは誰とも変わらない光景。
だけどあんにゃろ、校長先生からマイクを拝借しやがった。
『みなさま。本日はご卒業おめでとうございます』
マイク越しに有希の可愛い声が聞こえてくる。
なにを企んでいるのか全くわからないが、相変わらず顔だけではなく、声も最高に良い俺の専属メイド様なので、なにを企んでいても別にいいやって思っちゃった。
そんな挨拶から始まり、有希は体育館全体を見渡した。
『私事ではございますが、最後に思い残すことがございます。卒業式という学生生活最後の場で晴らさせていただきます」
全体を見渡していた視線が俺を捉えた。
『守神晃くん』
俺の個人名を出すと綺麗な笑みを浮かべて言い放つ。
『大好きです。結婚してください』
……え?
時が止まった。
一体、なにが起こったのか、なにを言われたのか理解が追いつかなかった。
それは俺以外もそうだったみたい。
でも、すぐに体育館の時間が動きだすと、「きゃあああああ」とか「うおおおおおお」なんて歓声が沸き起こる。
校長先生は、「あっれー? 話と違うんだけど」みたいに困惑の表情をしており、教頭先生と猫芝先生は呆れている。
ここにきて生徒会長の特権を生かしてきやがったな。
成長したね、有希……。
とか言ってる場合?
ていうか、え? なに? 俺、プロポーズされてる? あっれー? この前プロポーズしなかった? 俺、したよね?
こちらの困惑の顔を悟ったのか、マイク越しで言い放ってきやがる。
『専属メイドとか、恋人とか、婚約者とか……。そんな甘っちょろい関係じゃいや! 私は今すぐにあなたのお嫁さんになりたい! あなたのお嫁さんとしてアメリカに行きたい! 卒業式が終わったら役所に行きましょう。婚姻届けを出しに行きましょう。私は! 今! これからの人生をあなたとだけ添い遂げる覚悟があってこの場に立ってます! 全てをかけてあなたにプロポーズをしています!』
有希はマイクを置いた。
俺は反射的に立ち上がり、彼女を壇上の下で待つ。
有希が壇上を降りると、飛び降りるみたく俺へと抱きついてきた。
そんな彼女を受け止めると、反動で何回転かその場で回っちゃった。
「今すぐ、私をあなたのお嫁さんにしてください」
卒業式の日にみんなの前でプロポーズしてくるとか。
「これをずっと企んでたの?」
「ふふ。だって、プロポーズは絶対に私からしたかったんですもの」
「それにしたって、こんな、みんなの前で……」
「告白も間接的にですがみんなの前でしたね」
「みんなの前が好きだなぁ」
「みんなに自慢したいのかも。私の彼氏はこんなにも素敵な人なんだよって」
「そりゃこっちのセリフだわ」
「晃くんが今しないといけないセリフは決まってますよ。ほら、返事。専属メイドが意を決してプロポーズしたのですから、早く欲しいです」
「わかってるくせに」
「言葉にしないと通じません」
嬉しそうに笑いやがって。可愛すぎるだろ。
「嬉しいです。あなたと結婚したいです」
プロポーズの答えなんて用意してなかったから、こんな返事しかできないじゃないかよ。
その返事に対して更に、「きゃああああああ」とか「わああああああ」なんて歓声が上がり、教員達も呆れた様子で拍手を送ってくれた。
卒業式。俺達はみんなに祝福されて無事に高校生活を終えることができた。
♢
卒業式を終えるとアメリカまで旅立つ日はあっという間だった。
空港には父さんが送ってくれて、教頭先生とは違い、間違えずにちゃんと送ってくれた。
みんなとの別れは昨日済ました。
俺達夫婦のアメリカ行を願ってくれて、それだけで次のステージに行っても頑張れそうだ。
「守神くん。ゆきりん。元気でね」
昨日、別れを告げたはずだけど、白川と正吾、芳樹は空港までやって来てくれて、最後の最後まで一緒にいてくれた。
「白川も元気でな」
「時差ボケしてるかもですので、連絡します」
「……するんかいっ」
なんだか最近、有希と白川が漫才みたいなことをするのが多くなった気がするな。
「晃くん。すぐにそっちに行くよ」
正吾と共に大学に受かった芳樹がそんなことを言ってくれる。
「芳樹。待ってるわ」
「大平さん。晃くんを頼むよ」
芳樹が言うと有希が指を、「ちっちっちっ」と振った。
「私、大平じゃありません。守神有希ですから」
「え?」
芳樹はどういうことか一瞬わからなかったが、白川がボソッと教える。
「この人ら、卒業式が終わったら、秒で婚姻届け出したの」
「本当に?」
「まじ」
「うはぁ……」
芳樹が呆れている。
俺も有希の行動力には驚かされた。
卒業式の後、写真撮影もそこそこに腕を引っ張られたかと思ったら、制服のまま婚姻届け出したもんな。
役所のお姉さんもびっくりしてたわ。
ま、遅かれ早かれ結婚するんだから、早い方が良いよね。
「晃」
「正吾。お前には本当に世話になったな。本当にありがとう」
手を差し出し握手をしようとするが、正吾がそれを拒む。
「なんだかそれをしちまうと、生涯の別れな気がするからやらねぇ」
「なに基準だよ」
「なぁに、すぐ芳樹と行くから待ってろよ」
そんな明るい正吾の言葉に手を戻して明るく返す。
「待ってるぜ。メジャーで一緒にプレイできるの」
「ああ」
ガシっと正吾が俺の手を握って来る。
「お前……やらないんじゃないの?」
「あっれー!? やっちゃったわ! つい、やっちゃったわ!」
「相変わらずバカだな」
あははと最後に正吾と楽しく笑って、みんなを見る。
「みんなありがとう。じゃあな」
「また会いましょうね」
俺と有希が手を振ると、みんなが笑って手を振ってくれる。
泣きそうになるのはお互い様。
でも、気持ちは同じなのか、最後は笑ってバイバイしたいからなんとか涙を耐えた。
♢
『みなさま。まもなく離陸致します。シートベルトをもう一度お確かめください』
機内アナウンスが聞こえてくる。
マイク越しのザーザーと雑音混じりのキャビンアテンダントの声を聞きながら、アメリカまで運んでくれる座席のシートベルトをしめる。
ふと視界に入った有希の顔が強張って見えた。
「もしかして、怖い?」
「は、ははぁ? 誰の嫁だと思ってるんです? 私、守神有希ですよ?」
「あー。その名字ならビビりそうだな」
「そうなんです。ビビッております」
「自虐をしたのは俺だけど、素直に肯定されると複雑な気持ちになるな」
「晃くんもビビってるでしょ」
「そうだな……正直ビビってるよ。これから先の未来にビビりまくりだ。逃げ出したくなる」
弱気を吐きながら彼女の手を握った。
「不安な未来も、有希と一緒なら楽しい未来に変わる」
「不安になった時はいつでも私の手を握ってください」
ギュッと握り返してくれて、いつもの美しい笑みで返してくれる。
「だって私はあなたの
生徒会長の秘密を知ったら専属メイドになってくれました すずと @suzuto777
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