大嫌いな長縄飛び大会

温故知新

大嫌いな長縄飛び大会

「3学期が始まって早々であるが、今月末に毎年恒例の『長縄飛び大会』が行われる!」

「「「「わーー!!!!」」」」



 小学校生活最後の3学期の始業式が終わり、体育館から教室に戻ってきた6年1組のクラスメイト達は、クラス担任である先生の言葉に歓喜していた。



「はぁ......」



 ついに、この時期が来てしまったか。


 そんな中、窓際の1番後ろの席に座っていた私【高峯美奈】は頬杖をつきながら大きくため息をついた。


 体を動かすことが苦手な私にとって、【運動会・長縄飛び大会・持久走大会】は大小様々な学校行事の中で嫌いな三大行事だった。


 寒い時期に長縄なんて......誰が喜ぶっていうのよ。あっ、いたわ。


 沈んだ気持ちで聞いている私とは反対に、他のクラスメイト達は先生の話に目をキラキラさせていた。



「それで、早速だが今日の体育の授業は、長縄飛び大会の練習をする! みんな本番のつもりで真剣にやるように!」

「「「「はい!!!!」」」」



 そう言えば、私以外のクラスメイトって、全員運動が得意だったり、体を動かすことが大好きだったりしたんだった。


『入るクラス間違えた』と今更なことを思い出して深いため息をついた私をよそに、屈強な体格をした男の先生の言葉に、他のクラスメイト達は清々しい返事をした。



「それでなんだが、誰が先生と一緒に長縄を回してくれないか?」



 よし、来た!


 先生の言葉に俯いた顔を勢いよく上げた私は、立候補をしようと勢いよく手を上げた。


 運動が苦手な私はこの5年間、何だかんだで長縄を回す役を勤めてきた。

 だから、今年も長縄を回す役をやってやる!


「先生、それなら私が......」

「あのぉ〜、私、運動が苦手なので、縄を回す役がやりたいんですけどぉ〜」



 えっ? どうしてあの子が立候補したの?


 そう言って、教室の真ん中から恐る恐る手が上がったのは、小学4年の二学期に転入してきた、JK向けの雑誌のモデルを務める学校一の美人女子小学生【持倉由美】だった。





 甘ったる声で手を上げた彼女に、私は思わず空いた口が塞がらなかった。


 あの子って確か、運動会の時に【短距離走】でぶっちぎりで1位になったし、【クラス対抗リレー】と【紅白対抗リレー】でアンカー務めたよね?

 もちろん、2つのリレーは1位でゴールしていたけど。

 それに、『今までの通知表の成績は全て1番上だった』って、二学期の終業式の時に彼女自らが言ってたはず......


 才色兼備を欲しいままとする彼女の明らかな嘘に、私は思わず顔を顰めたが、私以外のクラスメイトはそうではなかった。



「そうだよね! 由美ちゃん前々から『運動が苦手』って言ってたし!」

「そうそう! それに、この前の運動会で『足を痛めた』って落ち込んでたよね!」

「先生! 縄を回す役は由美ちゃんで決まりでいいと思います!」



 はっ? 彼女が運動が苦手? リレーのアンカー務めた人なのに?

 しかも、『足痛めた』って、昨日元気よくクラスメイト達と鬼ごっこしていたところを見たけど!?


 唖然とする私をよそに、彼女の嘘に踊らされたクラスメイト達は全員、彼女を縄を回す役にするよう後押しする。



「せんせぇ〜、ダメですかぁ〜?」



 発育の良い胸を寄せて、上目遣いで先生にお願いする由美に、先生は笑顔で頷いた。



「そうだな! 運動会で負った傷がまだ完治していないかもしれないから、縄を回す役は持倉で決まり!」

「「「「わーーい!!」」」」

「せんせぇ〜、ありがとうございまぁ〜す」



 清々しい笑顔を浮かべつつ鼻の下を伸ばしている先生に、由美は潤んだ目で満面の笑みを浮かべ、私以外のクラスメイト達は再び歓喜の声をあげた。


 この、ロリコン野郎! まんまと彼女のあからさまな嘘に引っ掛かって!


 そして、私はゆっくりと手を下ろしながら恨めしそうな目でクラス中を睨んだ。


 こうして、縄を回す役が由美になったことで、私は6年生にして長縄を飛ぶことになった。




「よし、準備運動も終わったことだし、早速長縄飛び大会の練習を始めるぞ!」

「「「「はーーい!!」」」」



 その日の6時間目に行われた体育の時間。

 校庭に集まった6年1組は、準備運動を終えると先生と由美は長縄の準備をして、それ以外の児童は全員1列に並んだ。


 ちなみに、私と由美以外のクラスメイトは、全員は半袖半ズボンの体操着だ。

 何でも、『少しでも抵抗力を低くするため』と言っていたけど......


 そんなの知るか! 真冬に半袖半ズボンとかありえないでしょ!


 運動が苦手な上に大の寒がりな私は、1人だけ浮いていることを無視して、大人しく列に加わった。



「みんな、1列に並んだな! それじゃあ早速、回すぞ!」

「「「「はーーい!! せーーのっ!!」」」」



 タン、タン、タン、タン......


 大きく周り始めた長縄は、ある程度のリズムを保ちながら上から下、下から上へと円を描いていた。


 あっ、この速さなら運動が苦手な私でも余裕で飛べるかも!


 回っている長縄の速度に一安心した私は、他のクラスメイト達が不満気な顔をしていることに気づかないまま、縄に引っかかることも無く笑顔で飛んだ。


 すると、クラス全員が引っかかることもなく飛び終えたのを確認した先生が急に回す手を止めた。



「この速さならみんな余裕で飛べるなら、少し速くしても良いな」



 えっ?


 言葉を無くす私とは反対に、他のクラスメイト達は笑みを浮かべた。



「そうだよ、先生! これじゃあ、他のクラスにも勝てないよ!」

「ハハッ、そうだな。それじゃあ、今度はもう少し速くするぞ!」

「「「「はーーい!! せーーのっ!!」」」」



 タッ、タッ、タッ、タッ......


 再び大きく回り始めた長縄は、先程とは少し速く円を描く。


 うっ、この速さならギリギリ飛べるかな?


 先程より少しだけ笑みを浮かべたクラスメイト達が次々と縄を飛ぶ中、あっという間に自分の番になった私は、少々引き攣った顔をしながらペースを途切れさせないよう、縄に引っかかることもなくギリギリのタイミングで飛んだ。


 すると、全員が縄に引っかかることもなく飛び終えたのを確認した先生が再び手を止めた。



「よし、これも難なく飛べるようだな!」



 笑顔を浮かべる先生に軽く息が上がっている私が少し離れた場所から軽く睨んでいると、近くにいたクラスメイトの1人が不満の声を上げた。



「先生! こんなんじゃ、全然勝てないよ〜!」



 はっ!? この速さで誰も引っかかってないんだから、十分勝てると思うんだけど?


 去年の長縄飛び大会のことを思い出した私が口を開こうとしたその時、先生が満面の笑みを浮かべた。



「そうだな! それじゃあ、更に速くするぞ!」

「「「「わーーい!!」」」」



 はぁ!?!?


 思い切り顔を顰めた私を無視し、歓声を上げたクラスメイト達はいそいそと整列し始めた。


 はっ!? えっ!? 嘘!? マジで言ってるの!?



「ほら! 高峯さんも急いで並んで!」

「うっ、うん……」



 大して親しくもないクラスメイトに手を引かれて列の1番後ろに並ぶと、先生と由美が少しだけ距離を縮め、持っていた長縄をゆらゆらと動かし始めた。



「よし、みんな! 行くぞーー!!」

「「「「はーーい!! せーーのっ!!」」」」



 タタタタタタ……


 いやいやいや、速い速い速いって!! これ、絶対に飛べないやつじゃん!


 先程とは段違いに速く回っている長縄に怖気付いていると、後ろに並んだクラスメイトがグイグイと私の背中を押してきた。



「ほらほら、高峯! さっさと進んで!」

「あっ、うん……ごめん」



 長縄の中心が抉れるくらいの速さで回されたことに唖然としていたけど、その速い長縄を満面の笑みで引っかからずに飛んでいるクラスメイト達にも唖然としたわ!


 そんなことを思っていると、ついに自分の飛ぶ番になった。


 いや、無理だって! さっきのでギリギリだったのに!


 先程よりも更に小刻みに回る長縄の速さに、思わず足が竦んでいると、突然回っていた縄が止まった。



「はぁ〜、高峯。このくらいの速さが飛べないのか?」

「すっ、すみません......」



 いやいや、『このくらい』って言いますけど、運動が苦手な私には絶対に飛べない速さですからね!


 先生とクラスメイト達からの盛大な溜息に、肩を縮こまらせた私は、口では謝りつつも内心では盛大に愚痴を零していた。

 すると、6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。



「はぁ、ここまでか。まぁ、来週の月曜日も体育があるから、高峯は休みの間にこの速さで飛べるように自主練をしてくるように。みんなが飛べたんだから、お前も飛べるだろ。もし、来週の体育でも飛べなかったら、昼休みに先生と特訓だからな」

「はっ、はい......」



 いや、土日でこの速さの長縄を自主練で飛ぶなんて絶対無理だからね!

 そもそも、私の家に長縄なんて無いから!


 その後、週明け月曜日にあった体育の授業で何とか勇気を振り絞って飛んでみた。

 しかし......



「痛っ!」

「「「「あーーあ」」」」

「高峯、昼休み特訓な」

「はい......」



 鞭のように硬い縄に足が引っかかり盛大に転んで飛べなかった私に、先生とクラスメイト達から再び盛大にため息をつかれた。





「よし、高峯。今から特訓を始めるからこの時間に確実に飛ぶぞ!」

「はっ、はい......」



 その日の昼休み、約束通り特訓をすることになった私は、校庭の大きい木の幹に長縄の片方を括り付けた先生の回す縄に戦々恐々としていた。


 いや、絶対無理だって。運動苦手な私には無理だって。



「ほら、高峯! さっさと飛べ! みんなが飛べるんだからお前だって飛べる!」



 何その理論!


 先生の速すぎる長縄と熱すぎる激に、周りいた児童達が全員引き攣った表情をしていた。


 やっぱり、そうだよね......



「ぼーーっとするな! 高峯! さっさと飛べ!!」

「はっ、はい!!」



 周りの様子を一瞥した私は、小さく唾を飲み込むと縄の中へと入った。

 しかし......



「痛っ!」


 先生が回していた長縄が頭の上に当たり、思わず当たった場所わ手で抑えるとその場に蹲った。


 ううっ、さっきも足に当たって痛かったけど、頭の上もめっちゃ痛い!


 頭から伝わる激痛に涙目になっていると、深くため息をついた先生から再び激が飛んできた。



「ほら! 休んでいる暇があるならさっさと練習に戻るぞ! 大丈夫! みんなが出来るんだから、お前も出来る!」



 だから、それって何の根拠で言っているのよ!


 頭を抑える私のことを一切心配しない先生を恨めしそうな目で見た私は、静かに立ち上がると元の場所に戻った。


 そうして、昼休みが終わるチャイムが鳴ったのと同時にようやく飛べるようになった私は、手足に小さな傷を負いながら息を切らせた。


 ハァハァハァ、ようやく飛べた。


 そんな私を見て、長縄を片付けた先生は再び大きくため息をついた。



「はぁ、ようやく1回飛べたな。まぁ、本場前にとべるようになったから別にいいか。はぁぁ〜〜、お前の練習に付き合ったお陰で、今日は残業決まりだ」

「すっ、すみません......」



 申し訳なさそうに頭を下げる私を一瞥した先生は、深くため息をつくと私を置いてさっさと校舎に戻った。





「ただいま〜」

「おかえり〜って、どうしたのよ!? その怪我!!」



 学校から帰って来た私を見た母は、顔を真っ青にさせると血相をかいて私に駆け寄ってきた。



「アハハッ、実はね......」



 体についた怪我の状態を見ている母に、苦笑いを浮かべた私は、包み隠さず今日のことを伝えた。

 すると、真っ青だった母の表情が途端に険しい表情になった。



「そう、だったのね......とりあえず、怪我の方は保健室の先生に診てもらったのね」

「うん、お陰で掃除に間に合わなくて先生に怒られちゃったけど」



 そう言えば、保健室の先生も今の母みたいに顔が青くなったり赤くなったりしてたなぁ。


 そんなことを呑気に思い出していた私に、大きくため息をついた母は優しく私の体を摩った。



「まぁ、それだけ先生が美奈のことを期待しているんだろうけど……とりあえず、お風呂に入る時は必ずお母さんに声をかけてね。美奈が痛い思いをしないようにするから。あと、痛くなったらちゃんと言うのよ。すぐに手当してあげる」

「お母さん......うん、ありがとう」



 珍しく目を潤ませた母の優しい笑顔に、私は少しだけ涙が込み上げてきた。

 それと同時に、母の言葉に僅かな引っ掛かりを覚えた。


 お母さんはあぁ言ってくれたけど、先生は本当に私のことを期待していたからあんなことを言ったのかな?



『みんなが出来るからお前だって出来る!』



 母の言葉を聞いて、昼休みに言われた先生の言葉が脳裏に蘇った私は、僅かに顔を俯かせた。





 それから数日後、長縄飛び大会当日を迎えた。


 本当は行きたくなかった。

 けど、お母さんに『今日、長縄飛び大会があるから行きたくない』って言ったら、『大丈夫! あれだけ練習したんだから出来るわよ!』と強引に背中を押されて、渋々行くことになった。



「はぁぁ......飛びたくないなぁ」



 昼休みの特訓で飛べたからって、あの速さを飛ぶとか運動が苦手な私には絶対無理だし絶対嫌だ!


 朝からテンションだだ下がりの私が顔を俯かせるのをよそに、私以外の6年1組は全員やる気十分だった。



「よし、みんな! 今までの練習の成果をみせて、必ず優勝するぞーー!!」

「「「「おーー!!」」」」



 高らかに声を上げるクラスメイトに合わせ、私も嫌々ながら小さく声を上げた。

 すると、縄の回し役である由美がニコニコしながら私の肩に手を置くと、周りに聞こえない小さな声で耳元に囁いた。



「みんなの足を引っ張らないでね、ノロマさん♪」

「っ!?」

「由美ちゃん! 今からみんなで円陣組むから早く来て!」

「はぁ〜い♪ 今行くねぇ〜♪」



 由美の言葉に驚いた私は慌てて顔を上げると、誰もがうっとりするような笑みを浮かべた由美が私の肩を軽く叩くと、足取り軽くクラスメイト達の輪の中へ入っていった。



「ほら、高峯も早く来て!!」

「あっ、うん......」



 私、あんな子に縄を回す役を奪われたんだ......


 笑顔で円陣の中心にいる由美の本性を見た私は、囁かれた方の耳を塞ぐと小さく唇を噛んだ。





『制限時間は10分。それでは、よーいドン!』

「おっしゃあ!! みんな行くぞーー!!」

「「「「おーー!! せーーのっ!!」」」」



 朝礼台にいる校長先生の合図で長縄飛び大会が始まった。

 他のクラスが回している速さの倍の速さで長縄を回している6年1組は、練習通り誰1人引っかかることもなく次々と飛んでいく。


 うわぁ、他のクラスの人達がうちのクラスを見て、全員ドン引きしてるよ。


 飛び終えた直後に見た周りの様子に苦笑いを浮かべていると、先生が清々しい笑顔でクラスメイト達を煽った。



「ほらほら、あと少しだぞ!!」



 先生の掛け声で更にやる気が漲ったクラスメイト達は、嬉々とした表情で長縄の中に入っては飛んですぐに出ていった。



『そこまで! 児童とクラス担任の先生は全員その場にしゃがむように。計測係の先生方は、朝礼台前に集まって報告して下さい』



 あ〜あ、うちのクラスを担当していた保健室の先生、思いっきり顔を引き攣らせながら行っちゃったよ。


 他のクラスメイトや先生達が結果発表にソワソワしている中、私は計測係の先生のことを内心気の毒に思っていた。

 すると、若干顔を引き攣らせた校長先生が、再び朝礼台に立った。



『それでは、結果を発表します。今年の長縄飛び大会を優勝したクラスは......6年1組! 記録は、大会史上最高の1000回です!!』

「「「「やったぁーー!!!!」」」」



 校長先生からの優勝発表に、歓喜の声を上げて涙を流して互いに肩を叩き合う先生とクラスメイト。

 そして、自分達が回していた速さの倍の速さで飛んでいた6年1組を、引き攣り笑いで見ている他クラスの児童達と先生達の顔。


 まぁ、気持ちは分からなくはないんだけど。


 大会が終わって小さくため息をついた私は、盛り上がっているクラスメイトと先生を無視して1人教室に戻ると、さっさと着替えを済ませて次の授業の準備した。



『お前達、よくやった!!』

『先生! 胴上げしよ!胴上げ!』

『そうだな! よーし、持倉来い!! 』

『ええっ〜!? 私でいいんですかぁ〜!?』

『もちろんだ! 何せ、今回の結果は全て持倉のお陰だからな!』

『そうだよ!』

『由美ちゃんが頑張ってくれたお陰で優勝したんだよ!』

『そんなぁ〜! でも、みんながそんなに言うならぁ〜』

『よし! それじゃあ、行くぞーー!!』

『『『『おーー!! せーーのっ!! わーーしょい! わーーしょい!!』』』』



 他クラスの児童や先生がそそくさと帰る中、私以外の6年1組のメンバーは、興奮冷めやらぬまま校庭の真ん中で由美を胴上げをし始めた。

 そんな微笑ましい光景を教室から見ていた私は、心の奥底に置いていた本音を漏らした。



「長縄飛び大会なんて、大嫌い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大嫌いな長縄飛び大会 温故知新 @wenold-wisdomnew

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ