ホラゲ世界に転生したが救いがない

杉浦

序曲と閉幕


 はぁい、俺可愛らしいクマちゃん。正確に言うならテディベアって言うの?クマのぬいぐるみだ。こら逃げんな、画面を閉じようとするな。

 お前がここを開いているのがどんな経緯なのか俺は知らないしそもそも俺の声が届いてるのかも俺は確認する術がない。とにかく一方的に喋るしかできないが、そうするしかないんだ。彼女を――ミリィを助けるために。

 どこから説明したもんかな。目が覚めると俺はクマのぬいぐるみになってました。って言ったら信じてくれる?何年か前にやったことがあるフリーのホラーゲーム……タイトルも覚えてないんだがここがその世界だと気づくまでにそんなに時間はかからなかった。初めは戸惑ったさ。それでも動けない喋れないとくれば己の運命を受け入れざるを得なかった。

 それに決定的だったのは、俺の最後の記憶が強烈な痛さと苦しさと抗いようのない闇だったこと。そりゃはっきりとは覚えてないんだが。生前の記憶すら断片的でどこの誰だったのかも覚えていない。それでも何の因果かゲームの世界に転生した俺は、ここでこうしてプレーヤーを待っていたってわけ。なんでわざわざそうしていたかはおいおいわかるよ。たぶん。きっとな。

 とにかくゲームを始めよう。お前さんの目的はミリィを無事に元の世界へと帰すこと。よろしく頼むぜほんと。俺も頑張るからさ。


 ベッドの中ですやすやと眠っているのは十歳の誕生日を迎えたばかりの女の子。ミリィ。クマのぬいぐるみの持ち主、ご主人様だ。今の名前はブラウン。名前の由来は茶色のクマのぬいぐるみだから、だそうだ。

 できればミリィをこのまま寝かせていてやりたかったし、朝食を無事にとらせてやりたかった。彼女の好きなココアでもつけて。まあそれを用意するのはミリィ自身なわけなんだが。俺は彼女が見ている間は動くことができない。彼女が寝ているとかで、俺から意識を完璧に逸らしている間ならなんとびっくり動けるわけだ。ぬいぐるみの手足でできることはたかが知れてるとしても。

 ミリィのベッドの枕元、サイドテーブルの上のオルゴールの箱がひとりでに開く。ああ時間だ。

 オルゴールは不協和音といえる音楽を奏で始める。今の俺にできることはない。ただ始まりを見守るだけだ。オルゴールを開かないようにしたところで無駄なのは、以前のプレイで学んでる。

 ミリィがオルゴールの不快な音に気づいて目を覚ます。

「……?」

 ぱちぱちと不思議そうに瞬きをすると、彼女は音の発生源であるオルゴールに手を伸ばした。オルゴールの音色が止まる。ミリィは首を傾げる。そして世界はぐにゃりと変貌する。見た感じ変わってない?そう思うか、本当に?確かにこのままベッドに戻って目を閉じることは出来る。その場合はでかい手がベッドの下からミリィを連れ去るエンディングへ直行だ。

 ミリィはそっとベッドから抜け出すと一緒に寝ていた俺をその手に抱き抱えた。彼女の小さな手がぎゅっと俺の体に力を込めると無性にいたたまれなくなる。よしよしいい子だと俺は内心で呟く。

 本来のミリィの家はでかい御屋敷だ。両親が資産家だとか。その代わり、ほとんど家にいない。時折お手伝いさんがやってくるがそれ以外はミリィはひとりぼっち。お手伝いさんとやらが泊まり込んでくれればいいと思うかもしれないが、それはできない。由緒正しき歴史ある御屋敷は、しっかりいわくつきで呪われるってさ。

 なんでそんな御屋敷に娘をひとり置き去りにできるのかは、ご想像にお任せするよ。

 ミリィがそっと部屋のドアを開ける。廊下を覗き込むように顔を出す。暗く冷たい広い廊下。燭台に火が灯っている不審さに彼女は気づいただろうか。彼女は廊下の燭台に火は灯せない。届かないのだ。ミリィの部屋に小さなランタンがあってどうしても夜中に部屋をでる時(理由は察しろ)はそれを使う。

 なあ、ミリィ。もしくは画面の向こうのお前さんでもいい。そろそろ気づいてくれたかい?

 ミリィは俺を握りしめたままふらふらと灯りに向かって歩く。背中で自分の部屋の扉が閉まる音がして、おまけに鍵のかかる音までしてるのに彼女は気づかない。

 わかるよ、蝋燭の火ってなんかほっとするよな。ましてや普段ひとりぼっちで暗闇に耐えるしかない君なら尚更だ。それともパパかママが帰ってきてくれたのかと期待してしまったのか。

 でもさ、そろそろ後ろには気づいてくれよ。

「?」

 足音、気配、どっちでも構わないがミリィがやっと後ろを振り返る。蝋燭のぼんやりとした灯りの先で、誰かが立っている。パパ?それともママ?まさか。

 そこにいるのは、大きなクマのぬいぐるみ。ミリィのパパやママよりずっと大きい。俺とは違って可愛くない。だって頭が逆さまなんだもの。そいつが二本の足で立っている。そうして一歩踏み出した。

 惚けていたミリィが小さくヒッと息を呑んだ。さあ追いかけっこの始まりだ。

 ミリィが弾かれたように走り出す。だってそうしなければあいつの手が彼女を捕まえていたに違いない。

 小さな足で何度も転びそうになりながらもミリィは走る。しっかり俺を抱き抱えてくれているのはありがたい。あいつはズンズンとこちらに迫っている。さてどこに逃げようか。俺のオススメは階段降りてすぐの食堂。

 俺のアドバイスを聞いたわけじゃないだろうけれど、ミリィは階段を駆け下りるとそばの食堂に飛び込んで間一髪でドアの内鍵をかけた。あいつは何度も何度もドアを激しく叩く。諦めない。音は止まない。そのうち、鍵の方が諦めてしまいそうだ。ミリィはほんの少しの間だけ扉を怯えた目で見つめたがすぐにそうしている場合じゃないと気づいて、部屋の中を見渡した。どうする。隠れるか別の部屋に走るか。ちなみに隠れるならどこがいいと思う?ここは食堂、大きく立派なテーブルに火の気のない暖炉。あとは柱時計ぐらい。ミリィはテーブルの下に潜り込んだ。白く清廉なテーブルクロスは小さな彼女の姿をきっちり隠すだろう。

 がちゃんと派手な音。逆さ顔のクマが扉の鍵を無事に壊して侵入してきたようだ。その気配にミリィが俺を抱く手に力を込める。彼女が懸命に息を殺しているのがわかる。テーブルクロスと地面の間クマがゆっくり歩いていくのが見えた。奴は何度か行ったり来たりしている。こういう時って目を瞑ってしまいたくてもできないよな。

 それでもやがてドアの開閉の音がした。クマは別の部屋へと向かったようだ。ミリィはようやくホッと息を吐き、ゆっくり恐る恐るテーブルの下から出た。

 これからどうするか彼女は途方に暮れている。表情が見えなかろうと強ばった体からそれはすぐにわかる。さて、ここからプレイヤーのお前さんはどうする?え、疑問符ばかりでダレてきたって?しかたないじゃーん。俺は可愛い可愛いクマのぬいぐるみ。自分でできることなんてほぼ皆無なんだから、こうしてお前に問うしかできないのさ。

 まあプレイヤーに飽きられたら本末転倒だから、少しは頑張るけれどね。直にここがどんな場所なのかミリィもお前さんも気づくことになる。だってそれは必然だ。元来た扉に向かったミリィ。元来た道なのだから、扉の先がまた同じ部屋だなんてあるわけないだろう?それがあるんだな。扉の先はまた食堂だったのだ。

 ミリィは信じられないと言う風に小さな目を丸くして、何度も扉を行ったり来たりした。戻っても食堂、進んでも食堂。彼女はここに閉じ込められてしまった。泣き出しそうな顔が胸に抱きしめられたままの俺の目に映る。

 扉を抜ける。暖炉、柱時計、立派なテーブル。今度は部屋の反対側にある扉を開けて通り抜ける。当然のようにまた食堂。暖炉、柱時計、立派なテーブル。何度も何度も何度もミリィは扉を通る。大丈夫、進行不能バグなんかじゃないさ。ほら見てみなよ。

 不意に訪れたのは部屋の変化。扉を通った先は一見するともう何度めかもわからない、同じ部屋、同じ食堂。でも違うのは暖炉に火が入れられていること。

 ふらふらとミリィは暖炉に近づいていく。疲れたんだろうな。そのままぺたりと座り込む。彼女が目をこする。暖炉の暖かさがミリィを眠りの中へと誘惑しているようだ。こくり、こくりと頭が前に傾く。俺は彼女の意識が途切れる一瞬を狙って彼女の体に重心をかけるように力を込めた。これが意味があるかなんて知らないけれど。ふわふわのぬいぐるみの体重なんてたかが知れてるし。けれどミリィは俺の意図を組むように、ゆっくりと体すら傾け始めてそのうち本当に床の上で横になって眠ってしまった。

 よしよしと俺は彼女の腕の中から苦労しながら抜け出す。俺は小さな足を動かして食堂の外への扉を目指す。こういう時ってお前さんの目にはどう写ってるのかずっと不思議だよ。自動進行イベント?それとも俺を操作してるのはお前だったりする?ハハハ、まさかな。

 食堂の外、廊下に出る。あんなに彼女を苦しめた無限ループは俺には通用しない。しんと静まり返った廊下。みしりと音がする。

 逆さ顔のクマのぬいぐるみが俺を待ち構えていたようにそこにいた。奴も俺も直接喋る言葉は持たないけれど、でも奴が何を考えているかはわかるよ。怒ってる。

 奴の手が俺に伸びる。俺はそれを器用に避ける。奴が苛立たしげに体を震わせる。おお怖い。そろそろだなというタイミングで俺は体を動かすのを止めた。ぽとりとぬいぐるみらしく地に伏せた俺に、奴が一瞬戸惑ったのがわかった。それでもその手が俺に伸びる。しかしその一瞬が奴にとっての命取りだった。

「!」

 悲鳴と静止の混ざった叫び声。ミリィが小さな体であげた声。俺に伸びていた奴の手が止まる。逆さ顔が扉に向いた。

 ミリィが扉から体を出して俺に走り寄る。俺をしっかりと抱きかかえ、奴を正面に怖さを隠してしっかり見据えた。精いっぱいの強がりで。

 奴がじりじりと後ずさる。怯える必要などない筈なのにまるで俺を抱きかかえたミリィが何より怖いとでも言うように。最初の勢いはどこへやら、闇にゆっくり消えていった。

「……?」

 ミリィが戸惑うのも無理はなかった。あいつの大きな体ならば俺とミリィを引き裂くのも容易いのだから。現に最初はそのつもりで追いかけて来ていたのに違いないのだから。

 ぺたりとミリィが座り込む。大きくゆっくり息を吐いて俺の頭を撫でた。この光景を暗闇の向こうの奴はどんな気持ちで見ているのだろうと、俺は思った。


 そこからはゲームの攻略の基本に立ち返る。忘れてないよな?ここはホラーゲームの世界。つまり大事なのは探索。外への扉は板が打ち付けられていて、ミリィの手ではどうにもできない。でも外にでるのがイコールで脱出になるのかはわからないよな。この家はミリィの知ってる家とはだいぶ別のものになっている。くどいようだけれどね。

 おっかなびっくり部屋を見て回るミリィ。家具が全て人形サイズになった部屋、無意味に並ぶ多すぎるドア、勝手に鳴るピアノ。定番の仕掛け。でもミリィにとっては当然恐ろしいものだ。ひとつひとつを彼女兼お前さんは見て回る。お前さんはどうだい?ホラーゲームなんてやるんだから、怖いのが好きかい?

 俺もまあ嫌いじゃなかったよ。手軽な娯楽、机に向かうよりはよっぽど好きだった。え?最初の断片的な記憶しかない設定無視するなって?それはそう。黙ります。

 不思議なことに逆さ顔のクマはあれから現れなかった。定期的に現れる敵キャラとかランダムで始まる鬼ごっことか俺は嫌いじゃないんだけれど。そういえば、うさぎやら猫やらの可愛らしいぬいぐるみ部屋もあったな。

 あれ通ってない?ほんと?前回のプレイヤーの記憶か、これ。可愛いもんだよ、全部逆さ顔なのは悪趣味だと思うけれど。部屋に入る時は気をつけて。あいつらすぐに噛み付いてくるからな。

 探しても探しても手がかりは見つからない。脱出の方法、ミリィがここに迷い込んだ理由、お屋敷に伝わるいわくとやら。あってもいいはずの何か。なければいけないはずの何か。鍵のかかった扉には鍵、迷路にはゴール、物語には結末を。でもない、ないんだ。

 ミリィは途方に暮れている。運良く見つけた火のついた暖炉のそばで疲れたのかまた座り込んでしまった。頼むよプレイヤー、もうちょっとだけ付き合ってくれ。

 部屋の外から物音がした。それは確かに意志を持って近づく音。ミリィが慌てて隠れる場所を探す。暖炉の反対側の壁際のにある本棚の陰に隠れた。心もとない場所ではあるがしかたない。

 扉から入ってきたのはやっぱりあいつ。逆さ顔のクマだった。みしり、みしりとあいつが歩く度に床の軋む音がする。ミリィは小さな悲鳴を上げかけた口を間一髪で押さえた。

 暖炉の火の明かりで見るクマはなかなかに不気味だものな。悲鳴を上げたくなるのもわからなくはない。……なあ、プレイヤー。ここまで一緒に来たお前さんに頼みがあるんだけれど。まあ声が届いてる大前提で勝手に話すわけなんだが、ここから思いっきりあいつに体当たりしてみない?

 頼むって。悪いようにはならないのを約束する。あいつは暖炉の火に気を取られてるのかこっちにはまだ気づいていない。それにきっともうすぐ絶好の機会がくるよ。

 奴が暖炉の傍の何かを手に取って、しゃがんだ。大きなぬいぐるみがしゃがむってなかなかにシュールだ。

 ミリィの体に力が入る。いい子だ。意を決したように走り思いっきりぬいぐるみに体当たりをした。しゃがんで立ち上がりかけていたクマは、不意をつかれたことにより体勢を崩し振り向くことも叶わずそして――頭から暖炉の火の中に突っ込んだ。

 火の中に頭が飲まれる直前、黒のビーズの目が俺とミリィを見つめた。

 手に掴んでいた暖炉の薪が床に転がった。ミリィの荒い息。よくやった。こんな童話あったよな確か。ん?どうしてあいつが薪を手にしてたのかって?どうでもいいだろそんなこと。ところで俺は一方的に話してるはずなのになんで時々問いに答えてるんだろうな。ハハ、まあいいかそんなことは。

 焦げ臭さが辺りに立ち込める。しばらくミリィの息遣いとぱちぱちと暖炉からの音を聞いていた。クマの頭が燃えカスになり、さらには薪が燃え尽きた頃、灰色と黒とわずかな赤色の中に違和感のある色の物があった。金色に光るそれは小さな鍵。そのままじゃとても手に取れないから、薪をくべるためのトングを使ってそれを引き寄せた。指先でちょんと触れ、触っても平気なことを確かめるとミリィはその鍵を握りしめそれからポケットの中にしまった。

 ミリィもお前さんも鍵のそばのピンクのリボンの燃えカスには気づかなかったようだ。まあ当然か。いくらそれが思い出の品だとしても、いくら友達に巻いてやったものだとしてもあんなに燃えてちゃ気づかない。なあに、例えばの話だよ。ミリィの友達なら俺がいるだろ?なんだっけ、名前。テディとかその辺だ。多分。名前とかどうだっていいじゃん。ただ一人の友達なら、名前も必要ないだろ。だっていつでもそばにいるんだから。

 あとはもうその鍵を持って脱出するだけ。なに、玄関に木の板?頭を使えよプレイヤー。鍵のかかった扉がひとつだけあったはずさ。そこに使えばこのゲームは終わり。プレイしていただきありがとうございましたってな。

……なあ。なあ、なあ、なあ、なあ。聞こえてるんだろ。いい加減何か反応してみろよ。この一人芝居も結構疲れるんだぜ。だめ?やっぱりお前も聞こえない?そっか。それとももっと驚かせたら、反応くれる?

 この実験も何度目だろう。もう数えるのは止めてしまった。……なあんて言うとそれっぽいだろ。ハハ。本当に何の罰ゲームかと思ったぜ。目を覚ましたら体はクマのぬいぐるみ、当然のように動けない。それでも何度か周回プレイしていく内にようやっと俺は動ける条件を見つけていった。

 断片的な記憶しかないって言ったのは本当だよ。世界を呪うように日々を怠惰に過ごしていた記憶、このゲームをプレイした記憶、死に際の記憶。それぐらいだもの。こんな罰くらうのはどうしてかねえ。

 このゲームをプレイした時ちょっと色々いじくって、退屈しのぎにひっどいバグ起こして遊んでたからかも?クマのぬいぐるみの頭を逆さまにしたり、ゴールの扉を塞いだり。

 そんなことできるわけないって思ったか?そうだな、確かに俺がただ嘘を言ってるだけかもしれないな。んん、ここまで話してもやっぱり反応なしじゃ今回のプレイヤーも駄目っぽいか。残念。

 本当にもう何度目だろうと俺はまた考える。そしてすぐに自嘲気味に心の中で笑って否定する。それっぽいことは考えても無駄だって。

 それでもいつかは叶うことがあるんじゃないかと思ってる。俺の声が聴こえるプレイヤーを見つけ出し、本当の意味でのこのゲームのクリアを。そしたら本当にミリィを助けられるかもしれないって。そんな願いが叶うことを。

……動いた?おい、今動いたよな。聞こえてるんだよな、よかった。信じて――ミリィの腕が俺を乱暴に掴む。その腕はまるで俺を引き裂こうとするようで。俺は俺を見下ろすミリィの虚ろな目を冷静に見つめ返していた。その間も俺の体が順調に裂けてる音がする。ぬいぐるみの良いところだよな。痛覚がないのって。

 そして俺はまた画面の向こうのプレイヤーに残された僅かな時間で語り出す。どこで気づいたんだ、さっきのも嘘だって。俺のこと信用できないって。それともやっぱり全然聞こえてなかった?ま、いいか。どっちでも。もうすぐ終わるし。

 体が二つに裂けるまでの間、次のプレイはいつになるかなあと俺はぼんやり考えていた。ぼとりと俺の頭が床に落ちる音。自分で自分の首が落ちる音を聞くのって最高にシュールだよな。

 ミリィは部屋をでていったようだ。可哀想なミリィ。本当に、哀れで滑稽なミリィ。少女が俺を引き裂くのはバッドエンドのひとつだよ。可哀想な少女は閉じ込められたお家の中で気が狂ってしまいましたってな。

 どこでエンディング分岐だったか思い出そうとするがゆっくりと、しかし確実に意識が遠のき始めていて叶いそうにない。俺の声が聞こえていたプレイヤーの自発的な行動……だったらとても面白いんだけれど。

 ここで意識が途切れてもまた次のプレイが始まるだけなのだから、救いがあるようで救いがない。転生ものってもっと優遇されてなかった?あれ、違う?

 なんてふざけていると、動く影が俺の視界に入る。頭を燃やされたクマが、あいつがゆっくりと立ち上がったのだ。それには内心驚いた。それとも今まで何度もあって、けれど俺が覚えていないだけだろうか。

 頭だけの俺は動けない。体だけのやつはゆっくりと俺に近づいてくる。その手が俺に伸びた。そして俺の頭をしっかり掴むと、まるで自身の頭に取り付けるような動作をする。

 俺は俺でひどく納得していた。

 なくなったら、またそうすればいい。合理的じゃないか。でもそうだとすれば、次のプレイのこいつの頭は――俺の頭は――

 視界が逆さまになり、そして今度こそ意識が途切れた。


 ベッドの中にいる。隣では少女がすやすやと寝息をたてながらぐっすりと眠っている。これから起こることも知らずに。

 でも俺は知っている。部屋の扉の隙間から逆さまの顔のクマがこちらを覗いている気がした。

 さあ、もう何度目になるのかもわからない実験を始めよう。オルゴールの音が始まりの合図の、俺たちの実験を。

 目的もない、理由ならあるかな。だってそうでもしなければ、退屈で退屈で退屈で退屈で退屈でおかしくなってしまいそうなのだから。


 次のプレイもよろしく。


 オルゴールの音が鳴り始める。

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