【phase4】毒がもたらす結末は?

1か月。2か月。穏やかな日々が過ぎていった。

だけれど、その夜は。


「すぐに侍医を呼べ!」


真夜中。自室でひとり眠っていた私は、部屋の外が騒々しくなったのに気づいて目を覚ました。


「回復魔術士も召集しろ! ユリウス殿下が手傷を負っておられる!」


ユーリさまが!?

部屋から飛び出したわたしが見たのは、従者たちに運ばれるユーリさまの姿だった。遠目ではっきりしないけれど、頭や腕から血を流しているようだった。


どうしてユーリさまがお怪我を!?

混乱しながらも、私は自分のすべきことを見失わなかった。『呪われ聖女』の力を使って、ポーションを作らなければ。


汲み置きの飲み水を前に、心を鎮めて涙を流した。目の前の水が変異して、青く輝くポーションになる。


呪われ聖女のポーションは、ふつうの聖職者が作成したものの数十倍の効果があるといわれている。わたしは作りたてのポーションを抱えて、ユーリさまの部屋に押しかけた。


……でも。

「ミーリャ。悪いが、そのポーションは受けとれない」

部屋で治療を受けていたユーリさまは、わたしを拒んだ。傷は浅かったようで、命に別状はなさそうだけれど……


「どうして受け取ってくれないんですか!?」

「いらない。君を犠牲にして生成されたポーションなんて、絶対に頼りたくない」


――どうして?


いくら聞いても、ユーリさまは答えてくれなかった。ベッドに身を鎮め、気だるそうな顔で治療を受けている。

わたしは宰相のダリオさまに咎められ、部屋から追い出されてしまった。


「なんで……」

せっかく役に立てると思ったのに、どうしてわたしを拒むの?

そもそも、どうしてユーリさまが怪我を?

分からないことだらけで、涙がこぼれてきた。


そのとき――

「そのポーション、私が貰い受けようか」


ユーリさまにそっくりな声音が、わたしの上から響いてきた。

「……アポロ殿下?」


わたしの前にはユーリさまの双子の兄、アポロ殿下が立っていた。

「ミーリャと言ったな。君に話がある、私の部屋に来い」



   *


「ユリウスの負傷は、君が原因だ」

部屋に入るなり、アポロ殿下は言った。


「わたしが?」

「ユリウスは本日、隣国の大使との面談に出向いていたわけだが――帰路で悪漢の襲撃を受けたという。黒幕は司教だ」


――司教さまが?


「2ケ月前にユリウスが強引に君を奪ったせいで、王家と教会との関係に亀裂が入っている。もはや修復は不可能だ――『呪われ聖女』である君を、教会に返す以外の方法では、な」


わたしのせいで?

わたしが毎日、ここで楽しく暮らしているせいで……王家と教会に争いが?


青ざめる私を憐れむような眼で見下ろしながら、アポロ殿下は静かに言った。


「すべての責任は、勝手気ままにふるまい続けるユリウスにある。……だが、身勝手を承知で君に頼もう。どうか、司教のもとに戻ってもらいたい」


目の前が。真っ白になってしまった。


「わたしが戻れば…………すべて、元通りになりますか?」

「最善を尽くそう」

「ユーリさまを、責めないでくれますか?」

「誓おう。君のような幼い子どもに苦痛を強いるのだから……その程度の約束はしてやる」


あぁ。良かった。

――わたしが前の生活に戻れば。全部解決するんだ。

「わかりました。それならわたしが、…………」


廊下に、あわただしい靴音が響いた。「なりません、ユリウス殿下――!」と叫ぶ宰相さまの声も聞こえる。その直後、


ばん、という荒々しい音とともに、ユーリさまがドアを開けて部屋に入ってきた。

「兄上! 僕のミーリャに、何を吹き込んでいたのですか!?」

頭と腕に包帯を巻いたユーリさまは、アポロ殿下に掴みかかった。


「ユーリさま!?」

「ユリウス殿下、おやめください!」

わたしと宰相さまが声を荒げる。


「兄上、勝手に事を進めないでください! 僕はようやく、すべての準備を整えたんだ。 兄上と言えど、邪魔をするなら容赦しません!」

「ユリウス……いつもの余裕ぶった態度とは、ずいぶんと違うじゃあないか。『準備』とは? 何を企んでいる?」

「兄上にはすべて説明します」

「聞かせてもらおう」


少し冷静さを取り戻した様子で、ユーリさまとアポロ殿下は向き合った。


わたしは宰相のダリオさまに導かれて、自分の部屋まで戻された。

真夜中の廊下を歩きながら、前を歩くダリオさまに質問した。


「……私のせいで、王家と教会の関係が悪くなっているって本当ですか?」

「本当ですよ。あなたには酷かもしれませんが、ユリウス殿下の為すこと全てを見届けてください。間もなく、変革のときが訪れます」

「変革?」


彼はわたしに小さな小瓶を見せた。その小瓶には、毒々しい赤い液体が入っている。


「ユーリさまがずっと探し続けていたのは、この『毒』です」

「毒? ユーリさまは、本物のミーリャさまを探していたのでは?」


ダリオさまは、私の問いには答えなかった。

「この毒がもたらす結末を、あなた自身が見届けてください」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る