【phase3】大切な思い出
その日からわたしは、毎日勉強をがんばった。
ユーリさまのお膝に乗って勉強するのも集中できるようになったし、手を握られて文字を書くも、震えを抑えて上手に書けるようになった。
子供の絵本はすぐ読めるようになったし、1か月くらいで伝記や伝承の本も読み解けるようになってきた。
「ミーリャ、君は本当に賢いね! 行政官見習いが読むような書物にも手が伸びるようになったのか」
ユーリさまに頭をなでられると、心が溶けそうなくらい嬉しくなる。
「はい! 昨日の夜は、カルカト地方の悪魔伝承について勉強してきました。水の悪魔ルカールサと、毒の悪魔ミゼレトです!」
「すばらしい。それじゃあ早速、ルカールサのことを教えてもらえるかな?」
「はい!」
ユーリさまと過ごす時間は、わたしにとって幸せの連続だった。
(早く立派な大人になって、ユーリさまのお仕事を手伝えるようになりたいな)
ユーリさまは執務の合間を縫って、わたしの勉強を見てくれる。
その傍らで、『何か』の情報を一生懸命集めようとしていた――宰相のダリオさまや、騎士団の偉い人たちに指示をしたり、報告を受けたりしている場面をわたしも何度も目にしてきた。
『何か』の情報を探し求めるとき、ユーリさまは怖いくらい真剣な顔になる。いつものゆったりとした微笑みとは、まるで別人みたいな。
(きっと、本物のミーリャさまのことを探しているんだわ……)
わたしの胸が、ちくりと痛んだ。
……ユーリさまには絶対、幸せになってもらいたい。だから、一日でも早く本物のミーリャさまが見つかって欲しい。……本当は、さみしいけど。
本物のミーリャさまが現われるその日までは、わたしがミーリャで居続ける。ユーリさまの隣にいても恥ずかしくない女性になれるように、淑女のマナーもちゃんと覚えた。
(だって……お妃様にはなれなくても、優秀だと認めてもらえたら、お仕事を手伝わせてくれるかもしれないもの。どんな形でもいいからずっと、ユーリさまのそばにいたい)
じっとユーリさまの横顔を見つめていたら、視線に気づかれてしまった。
「? どうしたの、ミーリャ。怖い顔をして」
「ひゃ。ご、ごめんなさい、なんでもありません……」
「お腹がすいたかな? おやつの時間にしようか」
ユーリさまは侍女にお菓子を持ってこさせた。今日のおやつは、白葉月の森で採れた木の実を干した、質素なお菓子――前にわたしが「一番好きです」と答えた乾燥果実だった。
「実は僕も、この菓子が一番好きなんだ。昔、ミーリャが僕に食べさせてくれた『思い出の味』だから」
……本物の、ミーリャさまが?
「本物のミーリャさまは、どこのご令嬢なんですか?」
「いや。森の魔女さ。白葉月の森に一人で住んでいた」
「魔女?」
ユーリさまは乾燥果実を口に含んで、幸せそうに笑っていた。
「危険な魔女じゃあないよ。植物学と魔術に精通した、聡明な女性だった。僕より10歳くらい年上だったかな。……実はね、僕は8歳の時、家出して森に迷い込んでしまったんだ。怪我をして死にかけていた僕を救ってくれたのが、ミーリャだった」
子供のころから、聡明な兄と比べられて居心地が悪かったんだ――と、ユーリさまは言った。
「子供のころは、比較されるのがつらかった。だから、護衛騎士を伴ってお忍びで街に出たときに、上手いこと巻いて僕一人で家出したんだ……商人の馬車にこっそり乗ったりして、かなり遠くまで逃げ出せた。でも、迷い込んだ森で獣に襲われてしまってね」
バカな子供だろ? と、ユーリさまが苦笑している。
「僕はミーリャに救われて、一瞬で恋に落ちた。僕の悩みや怒りを全部やさしく聞いてくれてね……ずっと寄りそってくれた」
「すてきな人ですね」
「あぁ。彼女と過ごしたのはたった一日だったけれど、僕はその日、一生分の幸せを知った」
どうしよう。
ユーリさまの幸せそうなお顔を見てたら、涙がこぼれそうになってきた。
でも――泣いちゃダメだ。
「きっと、もっと幸せになれますよ! ミーリャさまにもう一度会えれば、絶対幸せになれます。早く会えるように、わたしも応援してます」
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