【phase2】双子の兄

すぐ気が変わって捨てられちゃうかと思っていたけど。ユーリさまは毎日、わたしに優しくしてくれた。


「どのお菓子も、王都の女性に大人気だそうだよ。好きなだけ食べるといい」

わたし用として与えられた小部屋で、テーブルいっぱいにお菓子が並んでいた。


「わぁ……! お菓子なんて、生まれて初めてです。どれにしようかな……」

色とりどりのお菓子を見ていると、思わず目がキラキラしてしまう。

「すべて君のものだ。好きに食べ散らかしていいんだよ」

「そんなぜいたく、できません!」

食べきれる分だけ1つずつ選んで、頬張っていく。どれもおいしい!


カラフルでやわらかそうなお菓子が並ぶなかに1つだけ、木の実を干しただけの質素なお菓子が混じっていた。



「ユーリさま。これも、王都のお菓子ですか?」

かじってみたら、固かった。何度も噛むと、じんわりと甘くなってくる。


「いや。これは、白葉月びゃくようげつの森という場所で採れる果実だよ。珍しいから出してみたんだが……気に入らなかったかな?」

「いいえ! わたし、これが一番好きです」


何度も噛んでいるうちに、お腹いっぱいになってしまった。


「ごちそうさまでした。ユーリさま!」

「また今度、用意させるから楽しみにしているといい」


おやつの時間が終わったところで、ユーリさまは「さて、それでは」とお話を切り出してきた。

「ミーリャ。君は、文字を読めるかな?」

「……え?」


わたしは、読み書きができない。おろおろしていると、ユーリさまはそっとのぞきこんできた。


「ごめんなさい……全然できません」

「あやまる必要はない。今日から君に、文字を教えたいと思っていた――おいで」


ユーリさまはテーブルからお菓子をどかすと、大きな本を取り出して椅子に座った。そして自分の膝をぽん、ぽんと叩いてわたしに「おいで」と呼びかけた。


「おいでって……?」

「こういうこと」


にこやかに笑って椅子から立ち上がり、ユーリさまはわたしを抱き上げた。

「ひゃっ!?」

そのまま椅子に腰かけて、わたしを自分の膝に乗せた。

「な、なにしてるんですかユーリさま!?」

「書の勉強を。幼児が読み書きを学ぶときは、こうするのが一番だ」


ユーリさまがわたしの手を握り、1つ1つの文字の書きかたを教えてくれている……でも、集中できない。くすぐったくて。恥ずかしい。


なにドキドキしてるんだろう……わたし、すごくバカな子だ。


(ダメ……集中しなきゃ! バカだって思われたら、ユーリさまにがっかりされちゃう)

顔が熱いのをがまんして、勉強に集中しようとした。そのとき――



バン、と激しい音を立てて部屋の扉が開かれた。

「ユリウス! 貴様、いったい何を考えている!?」


びくっとして声の主を見ると、ユーリさまと同じ姿かたちの男性が、怒った顔で入り口に立っていた。


「どうしました、兄上? ノックもなしに女性の部屋に立ち入るなんて、兄上らしくありませんね」

「黙れユリウス!! 貴様が幼い『呪われ聖女』を囲って慰みものにしているという噂は、本当だったのか!?」


なぐさみものって、なんだろう……? それ以上に、ユーリさまが目の前に2人いるのは、どういうこと?


「ミーリャ。彼はアポロ。僕の兄で、この国の次期国王陛下だ」

「ユーリさまの、お兄さま……?」

「僕らは双子なのさ」


「おい、聞いているのかユリウス! いますぐその子供を教会に戻せ!」

「お断りします」


アポロ殿下は憎らしそうに顔をゆがめた。同じ顔立ちなのに、2人の態度はまるで対照的だ。


「では、貴様はその子供を妃にする気か? 国法の定めにのっとり、15歳になるまで待つと? ……本当は、結婚がめんどうだから時間稼ぎをしているだけだろう!」

アポロ殿下に怒鳴られても、ユーリさまは笑って首をかしげるだけだった。


「未来の王弟となる貴様がいつまでも国政に消極的だから、父上が業を煮やして、貴様に身を固めるよう促したのだぞ!? にも関わらず……恥を知れ、ユリウス!!」


「僕は第二王子としての外務、内務……自分の責務は滞りなく果たしておりますよ? 兄上を支えろというのなら、責務の範囲内なら喜んで。ですが、僕の婚姻関係にまで口を出されるのはお断りです」


なんだと……とアポロ殿下がつぶやく。

「どうせその子供を中途半端に可愛がり、気が変わったら捨てるんだろう? 貴様はそういう奴だ」


「私情に踏み込むのはおやめください。私は不出来な『気まぐれ者』ですので、兄上の説教など、響きません」

「貴様の気まぐれに振り回される、その子供が哀れだな!! おい、子供。ユリウスに心を許すな、必ず捨てられるぞ」

吐き捨てるようにそう言うと、アポロ殿下は部屋から出て行った。



青ざめて震えているわたしを、ユーリさまはそっと抱きしめる。

「……やめてください」

「どうしたら、僕は信じてもらえるだろうか」

「ユーリさまは……いつか、わたしを捨てるんでしょう?」

「捨てないよ」


「どうしてですか? ミーリャさんという女性に、似ているからですか。ニセモノなんか意味がないでしょ?」

「意味はある。君が必要だ」


必要って。

どうせ、結婚するのがイヤだから、子供わたしを言い訳の材料にしているだけなんでしょう? ……アポロ殿下も、そう言っていた。


「たしかに、僕は気まぐれ者だと皆に非難される。兄上と違って出来損ないだから、誰からも期待されず、だからこそ割と自由にふるまうことを許されてきた」


この国の王子であるユーリさまが、わたしみたいな子供を相手に真剣に語りかけている――なんだか、とても変な感じ。


「僕は他人に要求されるのが嫌いだ。とくに婚姻関係は、絶対に他人に口出しされたくない――だからこそ、僕には君が必要だ」

好きでもない女を妃にするのは絶対に嫌なんだ。と、ユーリさまはわたしに訴えていた。


「つまり……わたしは、ユーリさまが本物のミーリャさまを探し出すまでの、時間稼ぎをすればいいんですね?」

わたしがそう答えると、ユーリさまは困ったような顔をした。


でも、わたしはユーリさまを困らせたくない。この人には、恩があるから。わたしはにっこりわらって、大人の女性みたいにうやうやしく一礼して見せた。


「任せてください! わたし、ユーリさまをたくさんお手伝いします! だからユーリさまは安心して、愛する人を探してください!」

……だから、できればわたしを捨てないでくださいね。と、お願いしてみた。


ユーリさまは、困った顔で口をつぐんでいたけれど。やがて、「ありがとう」とつぶやいた。


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