呪われ聖女は気まぐれ王子に教育される
越智屋ノマ@魔狼騎士2重版
【phase1】名もなき君に、愛しき名前を
「君はこの国の聖女だろう? なぜ鎖につながれているんだ……囚人みたいじゃないか」
第二王子のユリウス殿下は、わたしの足の鉄枷を見て首をかしげた。
「それは、わたしが『呪われ聖女』だからです。呪われ聖女は、逃げ出したり災いを起こしたりしないよう、鎖で戒めなければならないそうです。司教さまが言っていました」
言いながら、わたしは涙をぽたりと落とした。べつに、悲しかったわけではない。泣くのが、わたしの仕事なのだ。私の涙が床に当たった瞬間に、目の前に置かれた数十本の小瓶がいっせいに光り出した。
小瓶に入っていた水が、私の力でポーションに変成されたのだ。
「わたしは、ポーションを作るしか能のない『呪われ聖女』です。こんなわたしでも人の役に立てて……幸せだと思います」
「君のような幼い子どもが言うようなセリフじゃないね。君は何歳だ? 見たところ、5,6歳くらいに見えるけれど」
「……わかりません」
ユリウス殿下は痛ましそうな顔をして、わたしにそっと近寄った。
「君に鎖が必要なのは理解した。だが、こんな塔に独りで閉じる必要はないはずだ。だから、君を縛る鎖の役割を、僕が担うことにしよう」
殿下は私の鉄枷のカギを開けると、わたしをお姫様のように抱き上げた。
「で、殿下……!? なにをしているんですか!?」
「君を連れて帰ろうとしている」
おとなの男の人の腕が、こんなに力強いなんて。ユリウス殿下はほっそりとした方だけれど、わたしを軽々と抱き上げていた。
「……わたしを連れて帰る?」
「父上が、妻を娶れとうるさいんだ。「好きな女を一人選べ」と言われたので……君を所望することにした」
***
「殿下! なにをお考えなのですか!? よりにもよって『呪われ聖女』を妃に選ぶとは……少女どころか、幼児ではありませんか! そういうご趣味がおありでしたか!?」
宰相さまがユリウス殿下の部屋に来て、真っ赤な顔で怒鳴っている。
「ダリオ、口が悪いのが君の欠点だ。好きな女を選べと命じられたから、僕はこの子を選んだんだ。年齢制限はなかったはずだよ?」
ソファに腰かけたユリウス殿下は、ゆったりと笑っていた。
「くっ……! ユリウス殿下はそうやって、いつも気まぐれなことばかりするから困ります。少しはアポロ王太子殿下を見習ってください!」
「兄上と僕を比べるのはやめたほうがいい。君が疲れるだけだからね」
言いながら、ユリウス殿下はわたしの髪を撫でている。
ソファで殿下の隣に座らされていたわたしは、緊張でガチガチに固まっていた。
彼の気まぐれでお城に連れてこられたわたしは、今日から『呪われ聖女』としての役目を解かれ、彼の住まう離宮で生活することになった。
「殿下! 教会と揉めごとになっても、私は知りませんよ!?」
「ダリオ、僕は君を信頼しているんだ。頭の固い司教をうまいこと丸め込むくらい、君なら簡単だろう? 期待しているよ」
「また私の仕事を増やすおつもりですか!! まったく!」
宰相さまは怒って部屋から出て行った。
「――さて。うるさいのが、ようやく出て行ったね。幼い子どもを泣かせて作るポーションなんか、本来は利用すべきではないんだ。君もそう思わないか?」
微笑みながら、殿下はわたしを見つめた。
「君は――あぁ、名を聞いていなかったね。なんと呼べばいい?」
「わたしに名前はありません。修道士からは呪われ聖女と呼ばれていました」
「そんなものは名前とはいわない。では、僕は君をミーリャと呼ぼう」
「ミーリャ……だれのお名前ですか?」
ユリウス殿下は悲しそうに笑って小さく首を傾げた。
……聞いちゃいけないことだったのかもしれない。
「僕のミーリャ。どうか末永く、僕の隣で幸せに。あぁ、こんなに幼い君を妻にする気は、もちろんないよ? 肩書が必要ならば、養子縁組をしておこうか」
「いえ……」
「君は長いこと塔に閉じ込められていたようだが。どれくらい前から、こんな扱いを受けていたの?」
「……分かりません」
質問に答えないと、殿下の機嫌をそこねてしまうかもしれない。気まぐれで拾ってくれただけだから、気が変わったらまた捨てられてしまうかも。
でも本当に、名前も齢も分からない。ずっと塔のなかでポーションを作らされていた。
もしかしたら生まれたころから、ずっと……?
「可哀そうに」
撫でてくれるユリウス殿下の手は、優しい。
「ありがとうございます、ユリウス殿下」
「もし可能なら、僕をユーリと呼んでほしい。昔、君によく似た女性が僕をそう呼んでいた」
――あぁ。そうか。
ユリウス殿下が、わたしを選んだ理由が分かった。きっと、殿下はミーリャという人に恋してるんだ。でも、手に入らないから……代わりにわたしを、気が変わるまで近くに置くつもりなんだ。
できるだけこの人に捨てられたくない……。独りぼっちの生活に戻るのは、怖いから。
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