第22話 穏やか

 葡萄の家に着いて部屋に案内される。何度も入ったことのある葡萄の部屋。フローリングの床には小学校の時のプリントとかノートとかが積まれてたり、勉強机の上も色鉛筆とかが転がったりしててちょっと汚い。いつもこんな感じ。まあ私も人のこと言えないんだけどね。でもそれが逆に葡萄らしさを感じさせるから、ちょっと落ち着く。


 葡萄が折り畳みの小さな机を膝を付きながら部屋の真ん中に準備する。そして、「ちょっと待ってて」と立ち上がり、ドアを開けてパタンとさせた。飲み物でも取りに行ったのかな。


 部屋を眺めてみる。

 いつもと同じ部屋だなって思ってたけど、本棚にある本が明らかに増えてることに気付いた。多分、葡萄がいつも言ってる恋愛小説なんだろうなぁ。私はあんまりそういうの読まないけど、読んでみるのもありかもしれない。


 そんなことを思っているとドアが開き、葡萄がお盆を持ってきた。オレンジジュースの入ったコップがふたつ乗ってる。いつものだ。


 「はい、どうぞ」って言って私のところにコップが置かれる。

 「ありがとー」で受け取ったら「じゃ飲もっか」と返される。

 いつもこんな感じですぐ飲むことになる。楽しい気持ちにさせたいからかな? とか考えたこともあるけどよくわかんない。


 ごくごく。

 ぷはー。

 いつもの葡萄の家で飲むオレンジジュースの味だけどおいしい。

 普段お家で飲んでるものより美味しいから、ちょっといいやつを買ってるのかもしれない。


「よーし、それじゃあ何の話しよっか」


 何の話って言われてもそりゃまあ……。

 でもいきなりそんな話するのもちょっとはばかられれる。


 というかいま気付いたけど、さっきまでの悲しい気持ちはどこに行っちゃったんだろう。すっかり葡萄のテンポに巻き込まれて楽な気持ちになってた。


 せっかくなら楽しい話でもしたいかも。ずっと悲しいことしか考えてなかったからね。

 楽しい話、楽しい話……。楽しい話ってなんだろ?


「なんか楽しい話がしたいなーって気分なんだけど、話題が思いつかないかも……」

「楽しい話ならまかせて! いっぱいあるよー。ま、まだ言えてない旅行の時の話なんだけどね」

「ありがとー」


 まだあったんだ……。


「えっと確かね――」


 神社のおみくじでみかんちゃんが大吉を引いてすごく盛り上がった話とか、温泉でみかんちゃんが泳いでて葡萄がダメだよーって注意した話とか。意外。葡萄も一緒に泳いだのかと思っちゃった。


 でもどれもみかんちゃんとの話でほんと仲いいなーって思う。そりゃ一緒の班だからそうなんだけど。私だって時々みかんちゃんと電話してるもんね。でもいちごちゃんは……。うぅ……。ちょっと思い出しちゃった……。


「――と、そんな感じー。そっちはどうだった?」

「えっと……」

「あーごめん言いたくなかったら言わなくてもいいよ」


 だめ、ちゃんと言わないと。

 せっかく葡萄が私の事心配してくれたんだからちゃんと吐き出さないと。


「ううん、大丈夫。確かにちょっと言いづらいことなんだけど、聞いてほしい」

「おっけ。全部受け止めてあげる」

「そんな大層な言い方しないでもいいのにー」

「まあまあ、そんくらい何を話されても大丈夫だよーってことだから」

「ありがと」


 優しいな、葡萄は。

 できるだけ楽しい感じで振る舞ってくれるから、気持ちが楽になってすごく嬉しい。


「えっと、どこから話せばいいかな……」

「どこからでもいいよー。結末からでもいいし、最初からでもいいし」


 結末、ならフラれたことから……。うぅ……。ちょっとそれは無理だ。今すぐに泣き出して何の話もできなくなっちゃう。


 最初から、だといちごちゃんがお家に遊びに来た時のドキドキからかな……。


「えっとね、最初から話すけど、私の家でモノポリーした時あったじゃん――」


 それから私は、今までいちごちゃんとあったことを、順を追って話していった。


 いちごちゃんに甘えたいなって想像したらドキドキしちゃったこと。


 いちごちゃんに対して恋愛的な意味で好きになったことに気付いたこと。


 旅行先で仲良くできてすごく幸せだったこと。


 そして、勢い余って告白してフラれてしまったこと。


 その全部を葡萄に話した。

 最後の方はもうなんだか泣きながらだったけど、「大丈夫?」って心配されながら最後までなんとか伝えられた。


「そっか。辛かったね……」


 そう言って私の頭を抱えて撫でてくれる。

 私は泣いてばかりで、ただただ葡萄に身体を預けるばかり。




 しばらくその温かさに浸っていると段々落ち着いて、穏やかな気持ちになってくる。


「もう大丈夫、ありがと」

「よかった。ちょっとは元気になったかな」

「うん。でも、どうしてこうなっちゃったのかな……」


 私が告白してしまったこともそうだし、いちごちゃんにフラれてしまった理由だってちゃんとよくわかってない。

 それを放っておいたままにするのは、なんだか心に引っかかりを覚えるから、ハッキリさせたい気持ちもある。葡萄のおかげで今はそんな話をしても大丈夫な感覚があるからそう聞いてみた。


「それはもう仕方ないことなのかもしれないよね……。巡り合わせとかもあるし。でも聞いてて思ったけどいちごちゃんは林檎と真剣に向き合ってたと思うよ」


 そっか。確かに真剣に向き合ってはくれてたのかな。


「いちごちゃんも、きっとお返事にすごく悩んで、悩んだ末の答えだったんじゃないかな。そりゃ林檎が悲しむのはわかった上での答えだったけど、今までにも似たことがあったって言ってたわけだし、そうなる予感とかがあったのかもね」

「私とは合わないみたいなことなのかな?」

「うーんどうなんだろ。今まで仲良くしてきたわけだし、合わないってわけじゃないと思うけどね。ただ、いちごちゃんの方から林檎に対してそういう感情を抱けなかったからとか、そういうことはあるのかも。友達としてはいいけど恋人の距離感まで来ると嫌になっちゃうとか。まあいちごちゃん自身恋心を抱いたことないならもう色々としょうがないことはたくさんあると思うけどね」


 確かにいちごちゃんがどう思うかってことをちゃんと考えてなかったかもしれない。自分がどう思うかでしか考えてなかったのかも。


「なんか私って自分勝手なのかな……」

「自分勝手でもいいんじゃないかな。だって感じることは人それぞれだし、わたしも結構自分勝手だよ?」

「うーんでも、もっと私がいちごちゃんの気持ちを考えてあげられるような人だったら違ったのかなとか思っちゃって」

「でもそうだったら、いちごちゃんに告白するのは迷惑かけるからずっと言わずに我慢するー、みたいになるんでしょ? そんなのわたしだったらできないなー」

「じゃあどうしたらよかったのかな……」

「うーんまあやっぱり巡り合わせとか、相性とか、本気でお互いに想い合えるかとか、色々あるから、今回はたまたまそうなっちゃったって思うしかないかもね……」


 巡り合わせとか相性とかはわかるけど、本気でっていうのはどういうことなんだろう。


「本気でってどういうこと?」

「ん? まあ自分の事を投げ打ってでも愛したい気持ちとかそういうことなんじゃないかなって思ってるけどね。この前読んだ本なんかはそんなのだったよ」


 どこかで聞いたことがある気がする。

 自分を犠牲にしてまでも相手のために色々とできるのが愛みたいな。


「その本、気になるかも」

「それじゃあ貸してあげる」


 葡萄が立ち上がって本棚の方に向かう。

 本を手に取り、葡萄がまた元の場所に座る。


「これ」


 渡された本のタイトルは『恋は盲目、愛も盲目』。

 恋は盲目って言葉は聞いたことあるけど、愛も盲目ってどういうことなんだろう。まあ読んだらわかるんだろうなー。


「ありがとね」

「うん。あ、そろそろ時間じゃない?」

「そうだね、もう帰らないと」

「あー最後にちょっとだけ」

「なになに?」

「今は林檎も大丈夫になってるかもだけど、しばらくは寝る時とかに辛い気持ちに襲われると思うんだ。だからそんな時はわたしとか、みかんちゃんとかがいるんだよってのを忘れないでね」

「うん、ありがと」


 確かにそんな予感はしてる。

 だから言われたこと忘れないようにしたいな。


 私たちは玄関に向かい、さよならをする。


「ばいばーい」

「また明日ねー」




 お家に帰って晩御飯、お風呂と済ましてベッドの中。

 渡された本を読もうかなとも思ったけど今日は遅いからまた明日。でもやっぱりひとりになると、どうしてかたまらない気持ちになる。


 いちごちゃんのことを思い出しては泣いたり、葡萄と話したことを思い出してはどうしたら良かったのかやっぱり考えたり。色々な考えが堂々巡りする。


 ただ、何度も言われた通りしょうがないことなのかもしれない。

 それでも頭が回って色々なことを考えちゃう。泣いちゃう。


 ただ、このまんまじゃいけないと思って、せめて葡萄に帰り際に言われた通りのことをしようと思った。


 そうして葡萄やみかんちゃんがいることを思い出したりしてるうちに、なんとかして私は夜に沈んでいった。

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みっくすじゅーす。 だずん @dazun

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