第3章 葡萄と愛を

第21話 悲しい

 フラれた。




 いちごちゃんに言われた言葉を受け入れたくない。

 恋人にはなれないって。


 なのにその事実が私の心に染みていって、息ができなくなる。

 ドロドロ、としたものにむしばまれて、苦しさに呑みこまれる。


 好きなのに。

 私はいちごちゃんのことが好きで、もっと近くに、ずっと近くにいたかっただけなのに。


 でもダメって言われちゃった……。

 できるだけ私のことを気遣った断り方だった気がするけど、結果は一緒だもん……。いちごちゃんは私と一緒にいたくないんだよね。私だけの気持ちだったんだよね。私が勝手にこんな気持ち抱いちゃったからいけないんだよね。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。




 そんな気持ちのまま、部屋に光が入ってくるまでベッドで過ごした。




 もう学校に行く時間。

 正直こんなに苦しい気持ちを引きずったまま学校になんか行きたくなかったけど、葡萄が迎えに来るし、行かないわけにはいかなかった。


 ピンポーンって鳴る前に準備しないと。

 とりあえず涙拭いて……。ってこんなに泣いちゃってたら顔ひどいことになってそう……。でも時間がないからパパっと準備準備……。




 ピンポーン。


「今行くからちょっと待っててー」

「おっけー」


 準備を整えてエントランスに向かう。


「おはおはー」

「おはよ」

「って林檎のその顔どしたん?」

「気にしないでー。大丈夫だから」


 なんかうまく言い訳も思いつかないな……。


「ほんと……? 絶対なんかあったよね……?」

「ほんと大丈夫だから! ね!」

「うーんわかったけど、なんかあったらちゃんと言うんだよ。幼馴染のよしみでなんでも聞いたげるから」

「うん、ありがと」


 なんだか少しだけ楽になった気がする。

 流石にすぐ相談するわけにもいかないけど、頼ってみるのもいいのかもしれない……。


 葡萄と旅行の話をしながら歩く。

 いちごちゃんとの思い出が蘇ってきて苦しいけど、葡萄の話につい笑っちゃったりして少し元気が出た。


 葡萄がみかんちゃんとゴーカートで激しいレースを繰り広げ、結果的には男子を跳ね除けて1位を取った話とか、ジェットコースターでどれだけ目を開け続けられたかとか、お化け屋敷をどっちが先に抜けられるかとか、そういったおかしな競争ばっかりしてて、ほんと面白いなーって思う。


 しばらくして学校に着いていつもの席に座る。

 いちごちゃんが左前の前の席にいて、思い出しちゃう。


 さっきまでは葡萄のおかげでちょっと元気になれたけど、やっぱりいちごちゃんを見ると、ぐさぐさ、と心に刺さって辛くなる。刺さってるものは、この好きで近づきたいって気持ちを否定するいちごちゃんの言葉だったり、好きって思ってしまった自分への嫌悪だったり、たくさんたくさん……。




 そんな気持ちのままHR(ホームルーム)を聞き流して1時間目の英語の授業が始まる。


 キーン、コーン、カーン、コーン。


 先生が教壇に上がる。


「Good Morning. それじゃあ教科書の35ページ開いてー」


 パラパラと教科書を開いて授業が始まる。


 板書を写す。


 でも全然集中はできなくて。

 ずっといちごちゃんのことを考えちゃって辛くなる。

 でも泣いちゃだめだから歯を食いしばる。手を強く握る。




 そうやって耐えてたら授業が終わった。

 休み時間は机に伏せてちょっとだけ泣いたり。

 そうして次の時間もその次もやり過ごして、お昼休みになる。


 いつもは4人で私の机を囲んでお弁当を食べてるんだけど、葡萄とみかんちゃんだけがやってきた。


 おかしいなって思ってたら丁度いちごちゃんも来た。

 だから一緒に食べることになるのかなって思ってたんだけど。


「ごめん、ちょっと図書室で勉強しようと思ってるからお昼は一緒にできないの。数学がちょっとまずくて……。ごめんね」

「あれ、いちごちゃんってそんなに数学ヤバかったっけ」


 葡萄がそう質問する。

 まだテスト9日前で、テスト1週間前にもなってないのに。ちなみにテスト1週間前からは部活も禁止になる。だからそこからでも勉強は十分間に合うと思うんだけどなぁ。


「あー、うん。ちょっとね」

「わかったー。勉強がんばってねー」

「がんばれー」


 葡萄とみかんちゃんがそう対応していちごちゃんが教室から外に出る。


 やっぱり私と喋りたくなかったのかな……。


 そんな気持ちになりながらも私たち3人はご飯を食べる。

 葡萄とみかんちゃんが楽しく喋ってるところに「うんうん」とか「あははー」って反応する。私からはあんまり喋りたくない気分だったけど、元気な二人組がいてくれたらなんだか私まで楽しくなっちゃう。


 でもそれも授業が始まれば終わっちゃう。




 授業が始まる。同じように耐える。机に伏せる。始まる。耐える。そしたら帰りのHRが始まって放課後になる。


「はやくいこー」


 そう言って葡萄が私の手を取って家庭科室に連れていく。

 なかば連行されるような形だったけど、葡萄が早く行きたかったんだからしょうがない。


 今日はテスト前最後の活動なんだけど、各々作ってる作品を完成させる日でもあって、葡萄はその進捗が結構ヤバかった気がする。私は簡単に作れるポケットティッシュカバーをほとんど完成させててあとは飾り付けをちょっと付け足すだけなんだけどね。


「おー、りんちゃんとぶどっちじゃん! 久しぶりー。今日も仲良しさんだね」


 家庭科室に入って早々部長に挨拶される。

 旅行や土日が挟まった関係で1年生にとっては1週間ぶりくらいの活動日。だから確かに久しぶりだと思う。


「お久しぶりです!」


 葡萄が元気に挨拶する。


「あれ、ぶどっちって結構進捗ヤバくなかったっけ?」

「あ、あははー……。今日頑張ってなんとかするんで許してくださーい」

「しょうがねぇなぁ。はやく席について進めな」

「はーい」


 そんなやり取りがあってから私たちは手を離して適当な席に座る。


 葡萄が作ってるのってなんだっけ。

 そう思って隣に座る葡萄を見てるとなにやらデカいものを持ってきた。

 あぁ……。そりゃ完成しないよ……。


 そのデカいものとは、カーテン。

 私のと大きさが何倍、いや何十倍も違うよ……。


「ねーえ、手伝ってー! ちょっと終わりそうにないよぉ」


 私のはほとんど終わってるから、手伝ってあげよっか。


「しょうがないなぁ」


 葡萄ったら世話が焼けるなぁ。でもなんだかんだ頼ってくれるのが嬉しい。




 ぬいぬい。ぬいぬい。




 しばらく縫っていたらなんとかカーテンが形になってきた。

 もう時間だから帰らないとだけど。


「ねえ、これギリギリカーテンになってるよね?」

「まあ、うん。葡萄らしくていいと思う」

「なら、よし」


 帰る準備を済ませて、作品を鞄に詰め込む。

 葡萄は結構無理やり押し込んでるけど。


 ぐいぐい。


 なんとか入ったみたい。


「よし、これで帰れるぞー」

「そうだねー。でもそれ大丈夫? パンパンになってる……」

「まあ入ればなんでもいいんじゃない?」


 シワ付かないかなぁ。まあ葡萄のことだしいっか。


「葡萄はやっぱり葡萄だねー」

「え、そんなわたしらしいことあった?」

「ひみつー」

「むー。とにかく帰るよ。ほら」


 そう言って私に手を出す。

 いつものようにそれを握り返して、家庭科室を一緒に出る。




 校門を出て、歩道を歩いて、家に着くまで色々話してたらあっという間に時間が過ぎちゃった。


「それじゃあまた明日だね」


 そう言って葡萄が私の手を離す。

 途端に葡萄との心の繋がりも離された感覚に襲われて、いちごちゃんのことを思い出してしまう。

 なんだかんだ葡萄と話してて忘れることができてた分、心の内側に溜まってたドロドロに耐えられなくて息ができなくなる。


「どしたの?」


 返事ができなくて葡萄に心配される。

 でも、その間にも苦しさに耐えられなくなっちゃった。


 ひぐっ。ぐすん。


「え、林檎? 大丈夫? じゃないよね……。えとえと……。ほら、ハンカチ」


 ハンカチを受け取って涙を拭く。


「えっとどうしよ、どうしよ。とりあえずわたしの家で話そ?」


 葡萄に構ってもらえて、少しだけ元気が戻ってきた。


「……うん。ちょっとお母さんにだけ伝えてくるから待ってて」

「わかった。でもちゃんと涙は拭いてね?」

「うん」


 涙を拭いてからお母さんに葡萄の家に行くことを伝えて(「晩御飯までには帰って来なさいよー」って言われた)、葡萄のところに戻る。


「お待たせ。なんかごめんね……」

「いいよいいよー。朝も言ったように辛い時は頼ってくれていいんだからね」

「ありがと……」


 ひとりじゃないっていいな。

 葡萄がいなかったら今日はただただ辛いだけの日だったのに。

 ひどく心は痛むけども、ちゃんと私の事を気にかけてくれる人がいて、がんばろって思える。

 そう思えるだけでもやっぱり幼馴染の存在は有難いなって感じる。


 葡萄にたくさんお話聞いてもらおっと……。

 そしたらちょっとは心も軽くなるかな……。


 そんなことを思いながら私たちは葡萄の家に向かうのだった。

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