第2話

 『世添真玄まさはるの真骨頂!』『世添が辿り着いた新たな境地、緻密なトリックに酔いしれろ』。


 一作目は初版から二ヶ月経たずに重版がかかり、編集からはすぐにシリーズ化を打診された。ならばと書きあげた二作目は、一作目より早い一ヶ月での重版となった。新聞も書評サイトも似たような言葉で俺を絶賛している。ミステリー界の寵児として、俺は再び息を吹き返した。これだ。俺が求めていたものは、これなんだ。久し振りの血沸き肉踊る感触に、肌が粟立つ。

 SNSの反応も、みな「やはり世添はすごい」の論調だった。

 どうだ、見たか。

 ふふ、と腹の底から湧き上がる喜びににやついていると、DMダイレクトメールの表示が灯る。新シリーズを書き始めてから、ファンメールも格段に増えた。返すわけじゃないが、賛辞の言葉は気分がいい。今回もどうせ、と開きながら電子煙草を咥える。一作目が当たったあと、切り替えた。俺はまだまだ、くたばるわけにはいかない。書きあげた三作目は、ぼちぼち印刷所へ送られた頃で……。

 『先生の新シリーズ、一作目も二作目も拝読しました。お使いになられているトリックは、失礼ですが僕が考えたものではありませんか。僕は2018年の3月から、こちらのサイトで連載を続けている青柳あおやぎです』

 添えられていたURLを開かなくても分かる。青柳はあの、俺が「土台にした作品」の作者だ。じわりとこめかみに汗が滲む。

 バレないと高をくくっていたわけではない。地質学を題材にミステリーを書く人間が、これほど大々的に宣伝された同カテゴリの小説を手に取らないわけはないだろう。

 それでも俺には、こいつにないものがある。

 『拙書をお手にとって頂き、ありがとうございます。申し訳ありませんが、どちらの作品も私が考え出したトリックで間違いありません。とはいえ、これほど多くのミステリー小説が存在する今日では、トリックが類似してしまうのも致し方なしと思っています。

 リンク先は確認しておりませんが、私も大学時代は地学も学んでいましたし、小説を書くものなら思いついても不思議ではないでしょう。

 あなたは作家を志す方とお見受けいたします。ご健筆をお祈りしております。』

 返信を終えて、一息つく。もうこれで黙ってくれればいいが。

 改めて添付のURLを開く。四作目のトリックを確認しておかねばならない。今度のものは、確か。

 ……ない。

 一作目と二作目で俺がトリックを「土台にした」話以外が、消えていた。

「は? なんでないんだよ、ふっざけんな!」

 画面に向かい悪態をつきつつ、デスクを蹴る。当然、そんなことをしたって消された話が戻ってくるわけじゃない。あいつ、消しやがった。

 荒れた息を吐き、煙草を吹かす。……まあ、いい。こんなこともあろうかと、参考資料として保存しておいた。素人が、プロの邪魔してんじゃねえよ。

「ええと、どの話だったかな」

 ファイルを開き、四作目の土台を探す。あっちが消したんなら、むしろ好都合だ。感情的になって消したんだろうが、悪手だったな。勝つのは、俺だ。

 見つけたファイルを開き、鼻で笑った。


 青柳からの返信は、四作目のプロットを詰めている時に届いた。

 『これは、れっきとした「盗作」です。はぐらかされるおつもりですか。これは僕が行った研究をベースにしています。先生が大学生の頃には、ここまで進んでいなかった研究です。どこで知られたのか、トリックのエビデンスを教えて頂けませんか。』

「しつけえ奴だな」

 舌打ちして、返信ボタンを選ぶ。

 『個人的な関係に基づくものなので、エビデンスを明かすことはできません。それに、あなたは盗作と表現されましたが、トリックにはそもそも著作権がないことをご存知ですか? 同じトリックを使って著作権違反になるのなら、古今東西、多くのミステリー作家やシナリオライターが訴えられていることでしょう。改めてお勉強なさってはいかがでしょうか。

 申し訳ありませんが、私は現在執筆中ですので、いつまでもあなたの盲言に付き合っている暇がありません。これ以上私の作品を侮辱されるおつもりなら、前回のリンク先の運営会社や各所へ通報させていただきますのでご了承ください。』

 ここまで書けば、さすがに黙るだろう。実際、サイトの運営会社に一報を入れたって構わないのだ。お宅の一ユーザーがけんかを売ってきて困る、とでも言えば動くだろう。作家と取るに足らない素人ユーザーなら、俺を選ぶに決まっている。

「俺には、お前にはねえもんがあるんだよ。黙れ素人が」

 引導を渡すように返信ボタンを押し、ムカつくからSNSのページも閉じた。


 青柳のせいで、今日の目覚めは最悪だ。

 編集から送られてきた進捗状況確認のメールを眺めながら、あくびを噛み殺す。これはまあ、またあとでいい。コーヒーメーカーのスイッチを入れながら、いつものようにSNSを開く。灯るDM着信の表示にげんなりした。ファンメールと思いたいが、違うだろう。

「いい加減にしろよ、あいつ」

 うんざりしつつ開くと確かに青柳だったが、予想とは違う文言が連なっていた。

 『先生のお言葉に、自分の立場を省みることができました。僕の盲言に辛抱強くつきあってくださり、ありがとうございました。

私事ですが、この度ダイレクトパブリッシングで僕の作品を全て出版いたしました。先生の足元にも及ばない作品ではありますが、今後は広く皆様にお手にとって頂けたらと思っています。

 それと、友人が僕と先生のトリックの類似検証サイトとSNSのアカウントを作ってくれました。現在は一作目と二作目のみ、検証がなされています。僕の作品も販売されたので、今後は同じ土俵ですね。どれくらい類似したトリックが生まれるのか、検証を楽しみにしています。最後になりましたが、先生のご健筆を、1ファンとしてお祈りしております。』

 慌てて確認した書籍販売サイトには、確かに青柳K吾ケイごの名で全ての話が登録されていた。あの投稿サイトとは利用する人間の数が桁違いの、巨大サイトだ。

 やってくれたな。

 噛み締めた奥歯が、ぎり、と音を立てる。

 盗作と騒ぎ立てれば、小説になんか興味のない連中まで押し寄せて騒ぎになるのは見えている。浅はかな正義感で人を叩いて酔いしれる連中だ。そんな奴らに、作家生命を断たれてたまるか。

 伝い落ちる汗を拭い、着信履歴から編集を選んだ。

「あ、すんません。世添ですけど、俺の原稿、今どの辺までいってます?」

「お待たせして申し訳ありません! 今印刷中です。少し押してますけど、発売日には予定どおり店頭に並ぶ予定ですので」

 三作目から新しく担当についた若い女が、恐縮したように現状を告げた。印刷中、か。ふらつく足に、背を冷蔵庫へ預ける。

「あの、何かありましたか?」

「……いや、なんでもないです。予定どおり、お願いします」

「はい。先生の大事なご本、必ず間に合わせます!」

 もういっそのこと、データも原稿も全部吹っ飛んでくれた方がいいんだけどな。

 言えない本音を噛み潰しながら電話を切る。三作目はもう、どうしようもない。

 大丈夫だ、どうせ裏でぎゃあぎゃあ言われただけで終わるだろう。俺はあくまでトリックを土台にしただけだ。文章も登場人物も俺のもの。あれは、盗作には当たらない。

 ただこの先も被るなら、そうも言ってられなくなる。黙らない奴が増えて、俺の作家生命は終わる。

 もう、使えない。

 ずるずると座り込み、頭を抱えた。

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