朽ちた新星
魚崎 依知子
第1話
軽い気持ちで書いて送ったミステリーが新人賞を獲得したのは、大学一年生の秋だった。
当時は『瑞々しい感性が紡ぐ新感覚ミステリー』『ミステリーに新時代の到来』と騒がれ担がれた。ミステリー界の新星として、俺は華々しいデビューを飾った。
とはいえ新星も時が経てば輝きは失せるもの、作家生活二十周年を迎えた今はくすみきっている。二十年前は溢れるように湧き出していたトリックのアイデアも枯渇し、新作の評価も散々だ。
「『あまりに都合が良すぎる』って、当たり前じゃねえか。トリック考えて、そう動くように書いてんだよ」
書評サイトの酷評に、思わず舌打ちをする。
『かつて新時代を切り開いた
分かってる。そんなことは言われなくても、ほかでもねえ俺が一番分かってんだよ。俺だって、誰も思いつかねえようなトリックで読者を裏切って「やっぱり世添はすげえ」って言われたいんだよ。
「書けねえんだよ」
その歯がゆさと憤りと苦しみを、俺以上に分かってる奴がいるわけがない。落ちていく俺を踏み台にして、新しい奴らが上にいく。それがどれほど惨めか、お前らにどん底に落ちた俺の気持ちが分かってたまるか。
モニターを叩き割りたくなる気持ちを押さえ、煙草に火を点ける。最初は書けない苛立ちを抑えるためだったのに、今は吸わないと頭がまともに働かない。一日に二箱、吸いすぎは分かっているが書くためだ。書くためなら、もう一度這い上がれるなら体なんかどうなってもいいし、魂だって売ってやる。
煙草のおかげで、苛立ちは少し収まる。うっかり書評サイトに引っ掛かってしまったが、今は日課のネタ探し中だ。あらゆるサイトをチェックして、トリックになりそうな素材をしらみつぶしに探す。「どうやって殺したのか」さえできれば、あとはどうにか。
ネタサイトのリンクをクリックするうちに、アマチュア作家の投稿サイトに辿り着いていた。俺が若い頃にもあったのだろうか、当時は調べたこともなかった。
へえ、と早速ミステリーのカテゴリを漁ってみる。少しくらい俺が気に入るようなトリックがあれば、使ってやってもいい。
しかしながら、一通り漁ってみた結果は惨敗だ。まあ悪くないやつもあったが、こんなのを採用したらまた『素直に寂しい』だ。
無駄にした時間を嘆きつつ画面を閉じようとした手が、ふと止まる。
『地質学をベースにしたミステリーです。少し難しいかもしれません。』
思わず鼻で笑った。誰も惹きつけられなかったらしい、明らかに読まれた形跡のない短編集だ。タイトルはそれっぽくても、紹介文がこれじゃなあ。
俺は理学部化学科だったが、地学の専門科目も受けていたから多少は分かる。どうせ中身もお堅いつまらない話だろう。流し読んで気に入ったら、『この紹介文じゃ読みませんよ』くらいコメントしてやってもいい。
短くなった煙草を灰皿の隙間にねじ込みつつ、ページをクリックする。数ページ流し読んで素人のトリックを鼻で笑っておしまい、の予定だった。
気づくと、最後まで食いつくようにして読んでいた。
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