第1.4話 企画

 文化祭の企画は、クラスの方でも始まっていた。

 前に出し物を投票で決めようとしていたが、それでは決まらなかったらしく、熱い議論が続いている。

 こういうイベントの前は、ホームルームと放課後の境目が無くなって帰りにくくなるのだが、寺門君の温情により、俺は同好会の方を優先していいということになった。

 普段であればラッキーと思えるのだが、こう気遣いされると、何もしないことに何も感じないわけではなく、何かしら多少の貢献をするべきではないだろうかと思ってしまう。

「出し物は決まりそうなのか?」

ちょうど隆也が前を通りかかる。

「いや、まだだ。ほかのところの出し物が決まってから、それに対策する形になるらしい。今のところは情報収集だな」 

クラスメイトの半分ほどが部活なりバイトなりで出ていく。俺もその波に乗っかるつもりだったのだが。

「Aクラスの出し物が決まったぞ!1年で残りはDクラスだけだ!」

文化祭に熱心なうちの1人が、どこからか情報を得たのか、スマホを片手に叫んだ。

黒板に各クラスの出し物が書かれていく。他の学年のクラスも合わせると、被っているところがいくつかあるようだ。

「Dクラスか、あそこはもう決まったらしいが、誰も教えてくれないんだよな」

「他のクラスの奴らも知らないってよ」

残ったクラスメイト達が苦い顔をする。

 そういえば、秋晴さんはDクラスだった。出し物はたしか。

「ドーナツ」

何人かのクラスメイトが振り向く。静かな奴がいきなり声を出せば、驚くのは当たり前だろう。だが、自分の声に一番驚いたのは俺なのだ。

「Dクラスはドーナツだ。小麦粉かホットケーキミックスかで意見が割れてるらしい」

言ってしまったのなら仕方ない。一度抜いた刀は鞘には戻せないというやつだ。違うか。

「そこのクラスは誰も出し物を教えてくれなかったんだ、まさか浩太朗から情報を得られるとわ!」 

隆也が俺の両肩を叩きながら喜んだ。

「それで、どこからそんな情報を仕入れたの?」

寺門君が聞いてきた。

 秋晴さんだと言おうとした口を慌てて閉じた。情報の出所が向こうのクラスにばれるとマズいかもしれない。ここは軽くでっち上げておこう。

「昨日の放課後に、小麦粉を使うかホットケーキミックスを使うかっていうのが聞こえたんだ」

昨日聞いたことも、議論の内容も嘘ではない。

 これで1年の出し物は揃ったぞと、誰かが黒板のリストにDクラスの出し物を追加する。

「ドーナツは3年のクラスにも」

「ああ、確かあそこは、アイスを挟むとか言っていた」

「小麦粉とホットケーキミックスどっちか選ぶために、買い出しに行くはずだ」

「だったら俺が張り込んでくる、そろそろ家の卵が無くなりそうなんだ」

「いや、お前ん家の冷蔵庫事情は知らねえよ」

真剣さと楽しさと、新しい情報を得たクラスメイト達は、まるで水を得た魚のように動き出した。

 さて、そろそろ俺も第二コンピューター室に行って、ゲーム制作に取り掛かるか。


 

 秋晴さんの絵の修正は、ある程度出来上がってきたらしい。そろそろ次の指示を出さないと、手持無沙汰になってしまう。なにせ、シューティングゲームの改良版も、新しく作るゲームのほうも、描いて欲しい絵をまとめてないのだ。

 しかし、中途半端はよくないと、シューティングゲームの改良案を考える。

 同好会にも部活動ほどではないにせよ、部費がもらえるらしい。しかし、パソコンやペンタブなど、必要なものはすでに揃っている。であれば、文化祭の出し物に使えるんじゃないだろうか。

 お菓子を用意して、一定のスコアを出した人に配るというのが、最初に思いついたことだ。

 ランキングをつけて、上位者に賞品を出すということも考えたが、わざわざ文化祭が終わってから集計して、渡しに行くというのは面倒だ。生徒や先生ならともかく、校外の参加者が入賞した場合、学校に残っていなければ、探し出すのはほぼ不可能だろう。

 次にスコアのほうだが、これは複数あった方がいいだろう。敵を倒した数、クリアまでにかかった時間。他にもいくつか。同じゲームでも、楽しみ方は人それぞれなのだ。

 シューティングゲームのほうは、クリアしたときにスコアを表示するようにすればいい。おそらくこれなら、秋晴さんに追加で絵を頼むことはなさそうだ。

 となれば、新しいゲームの方も考えよう。だいたいの内容はこの前に決めた。

 まずはプレイヤーが操作するキャラクターの絵から頼んでみよう。

 ゲームの内容としては、色を吸い取るというのがポイントとなる。吸い取るのだから、武器はスポイトだ。しかし、化学の授業で使うようなスポイトを、ただ大きくしただけというわけにはいかない。どうせならカッコいい見た目がいい。スポイトの機能を持った剣、いや、ランスがいいかもしれない。ここらへんは、秋晴さんのセンスにまかせればいいだろうか。

 そして、その武器を握るキャラクター。キャラクターデザインも、絵を描く秋晴さんに任せたらいいのかもしれないが、ゲーム内容を考えたのは俺であり、ある程度の方針は考えた方がいいだろう。

 色というものを考えてみる。最初に思い浮かんだのはペンキが飛び散るところだった。少しぶかぶかの作業着と、飛び跳ねたペンキ。そして、その飛び跳ねたペンキを全く気にしない活発な表上のキャラクター。うむ、なんとなくおぼろげでそこはかとなく思い浮かんできた気がする。

「なぁ、秋晴さん。次の絵を頼んでもいいか?」

俺の声に気づいた秋晴さんが、体をこちらに向けた。

「もしかして新しく作るほう?」

表上と声に、期待を感じる。

「ああ、新しく作るほうだ。最初にプレイヤーが動かすキャラクターを描いて欲しいんだが」

先程思い浮かんだキャラクターをもう一度思い浮かべる。

「まず服装だが、ダボダボの作業着を着せてほしい、いくつかペンキが飛び散ってるようなやつだ。そして表上は活発な感じ。あとは武器だが、スポイトをそのままというのはダサい気がしてな、吸い取る機能がついた剣かランス、まぁここらへんはなんか、かっこいいのを考えてくれ」

秋晴さんは俺の説明を聞くなり、復唱しながらメモを取る。

「吸い取るものって敵だっけ?」

メモを取りながら、晴さんが聞いてくる。

「敵、というよりは色だな。それをギミックに注入して動かす」

秋晴さんとアイデアを共有するためにも、企画書を書き始めないといけないな。

「ギミックを動かすんだったら、色よりもエネルギーとかの呼び方のほうがいいんじゃないかな?」

些細な事かもしれないけどと、秋晴さんから提案があった。

 たしかに、見た目のことばかり考えていて、言葉でのイメージをおろそかにしてたかもしれない。

「そうだな、これからはエネルギーと呼ぶか」

企画書でもこっちのほうが、アクションゲームとしてイメージできそうだ。

「あと、性別はどうする?」

どうやら大事な要素を忘れていたらしい。ただ正直いって、性別はどっちでもいいのだ。

「秋晴さんの描きやすい方で描いてくれ」

性別を選択できるっていうのが理想かもしれないが、他にも頼みたい絵はたくさんある。とりあえず、キャラクター1人を描きあげてもらえばいいだろう。

 秋晴さんはわかったといい、体をこちらに向けたままラフを描き始めた。こうやってそつなく描き始めるのはちょっと憧れる。

 俺の方も企画書を書き始めることにした。キャラクターの絵も1枚だけでなく、歩いたり走ったりジャンプしたり武器を振ったりなどの絵が必要であり、そういうのもまとめないといけない。

 気合を入れて、パソコンの電源を入れた。

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Learn ~夏休み編~ ピヨさぶろう @Piyosaburo

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