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「んじゃ、行くか」


 何度も頭を下げようとするアランを止めるように、アゼルが宣言した。

 そして彼は腰に付けていたバッグから携帯用のランタンを取り出すと、リヴィウスに振り返った。

 

「ファイア」

(……おぉ)


 リヴィウスがそう呟けば、ランタンに火が灯る。続けて彼は「ライト」と紡ぎ、光の球を生み出した。

 異国風の文化や特異な景色、剣を振るう姿も見慣れてきたと思ったが、やはり「魔術」なるモノは程度が違う。何もないところから火が出たり、光が生まれたり。あちらの世界では、少なくとも瑠依が触れたことのない事象。だがこれらが出来るということは、一連の『魔法使い事件』も行えるということだ。


(でも、こちらの世界からあちらの世界に戻れるかは分からないらしいし、もし仮に行き来出来るような方法があるとして、その『魔使い』がコンビニや飲食店を襲う理由は?)


「ルイ、大丈夫ですか?」

「あ、はい!」


 考え込んでぼうっとしてた瑠依に、リヴィウスが声をかけた。慌てて意識を現実に戻すと、火の灯ったランタンを腰に下げたアゼルが、さっさと階段の中に入っていくところだった。

 

「すみません、『魔術』に見とれてしまって……」


 瑠依が謝ると、リヴィウスは首を横に振った。


「私も初めて魔術を見たときはそうでしたよ。……そうですね、あとで魔術についてもう少しお話しましょうか。こちらの世界で過ごすとなると、ある程度知識があった方が――」

「おーいお前ら、来ないのかー」


 階段の入り口からひょっこりとアゼルが顔を出した。初め話を聞いたときは面倒そうな様子であったが、今のアゼルはなんだか楽しそうである。

 

「好きなんですよ、『探検』は」

「……男の子ですね」


 微笑ましく見ているわけにもいかず、瑠依達もアゼルの後に続いて階段へと足を踏み入れた。

 水を司る神殿らしく、湿気が多く、足下が滑りやすい。しっとりとした石壁に手をつきながら一歩ずつ進むと、数メートルほど下がったところで少し広い空間に出た。

 

「取りあえず一本道みたいだな」


 アゼルがランタンを掲げる。光が照らす通路は階段より広くなっており、ゆるくカーブを描きながら坂になっていた。

 そろそろと坂を下る。通路は苔むし、脆くなっている箇所もあるが、大きくは崩れている様子はない。通路の脇には倉庫のような小部屋もあったが、ネズミなどの小動物も入り込んで居なかったようで、さっぱりとしたものである。

 

「角度と移動距離から考えて、そろそろ湖の中に入ります。一旦ここで休憩しましょう」


 通路は途中で何度か、あの大穴の側面へと繋がった。上から慎重に下りて一時間くらい。そんな場所のひとつでリヴィウスが声を張り上げる。

 落水音の轟音に耳が痛くなるが、ここは上部からの光も入り、ランタンや魔術の光がなくても明るかった。魔物等がいないといっても、暗闇の中では休みにくい。もともとこの場所もそういった用途で設けられていたのか、石造りのテーブルセットのようなものがあった。

 アゼルと瑠依は頷くと、それらの椅子へ適当に座った。


「携帯食料もいただいていますから、小腹が空いていましたらどうぞ」

「わあ! いただきます!」


 リヴィウスが背負い鞄から油紙に包まれた物を取り出す。中身はビスコッティのような食べ物で、瑠依は早速手を出した。慣れない道で思っていたよりも疲れているらしい。ざくざくと堅くもほのかに甘いそれを瑠依は美味しくいただいた。

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異世界で始末書を書く方法。 柚科葉槻 @Yushina_0w0

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