番外話 国盗り弓姫 4
元は道だった雪深い道を抜ける。
タリアと手を取り、いつも狩りに出かけては帰ってくる道のり。
いつもならタリアの手の温もりを感じているはずなのに、今は冷たい金属の弓と矢を持って進んでいる。
「もう一度確認する、敵は10人で全員異界人。アグナに殺してはいけない異界人はいないな?」
その質問に姫は少し逡巡しながら答えた。
「アグナ王国第三王子 アルコ=マトウッドとして命じます…アグナを…救ってください…」
若干13歳の少女ながら精一杯絞り出した言葉に、3人の処刑人は無言で応えた。
城下町の家屋のほとんどが崩れている。暖房の為の火が燃え移り、家事があったのか煤けた瓦礫が散乱。遠くからも見える、山に空いた採掘鉱には黄色いモヤのような雲が停滞している。
姫…アルコはマクラドから受け取った、予備の小さな弓を携え城を目指す。
瓦礫となった家々から無事だった少数の民達が、もぞもぞと這い出してきた。
口々に姫への畏敬の念を口にする。
「姫様…ご無事で!」
「教会の処刑人だ…初めてみた…」
「これで国は救われる…」
民達はかじかむ指で顔を覆い、跪く。安心したせいか足が動かない者もいる。
「まだ賊達はいるな?教会の処刑人だ。これから戦闘になるから遠くまで避難するか家の中でじっとしていろ。安全の保障はできない。」
シュラクは周囲の民間人に伝えるように指示をする。
民間人の1人がアルコに駆け寄る。
「姫様…城へ行かれるおつもりですか…?」
「ええ。この者達と、城を…国を、奪い返してきます。私が帰って来なかったなら…時を見計らい、皆を連れて東の国へ逃げて下さい。緊急時に保護してもらえるでしょう。お願いします…町長さん。」
「…姫様…」
遠目から城を観察していたヴァンの声が響く。
「師匠!異界人だ」
「この距離でも感知タイプの異界人の範囲に引っかかったか…数は!?」
離れた城から数人分の陰が飛び出してきた。
「5体だ!」
「5体…半分は様子見か、来るぞ」
5体の黒い影は、城下町から城へと続く急斜面を滑り降りる
「アルコ。相手は人間より素早い。しっかり引き付けて射るんだ。」
マクラドが背中越しにアドバイスを送る。
「言われなくても…!」
そうだ。物心ついた頃には弓を握っていたのだ。今更アドバイスをされる筋合いではない。
城から真っすぐに飛び出し、町の大通りに着地する。
黒装束の5人はすぐさま4人を取り囲みそれぞれ武器を取り出した。
槍、剣、ナイフ、弓が2人
正面から防寒用のマフラーと帽子をかぶった黒装束の者達はシュラクの処刑人服を目にした途端、一瞬たじろいだ。
武器を持っていないのだ。丸腰に手甲をつけただけ…
「ヴァン、まだ撃つな」と銃を構えた状態のヴァンに声をかける
5人のうちナイフを持った者が切りかかった。
…一瞬の出来事だった。アルコの目をもってしてもあまりの速さに
反応すらできなかった。
シュラクは身をかわし、振り下ろしたナイフが降りきる前に
右手でカウンターを顎に当てる。異界人といえど身体構造は人間と大差無いと言う。即ち急所も同じだ。
アゴを揺らされ一瞬で意識を刈り取られたナイフの男は力なく倒れた。地面に手を突いた瞬間、絵の具が水に滲むようにナイフだけを残して消える。
アルコはそのナイフに見覚えがあった。城の武器庫で目にした装飾がされたナイフ…
残りは4人…4人…?
「国を襲った賊はたった10人…だって?冗談だろ姫様。」
ヴァンが口を開き、無駄口を叩く。
4人が周囲へ目をやる、アルコが気付くと、何十もの大量の黒装束に囲まれていた。
腰を落とし、拳を構えるシュラク。
「ヴァン坊!アルコを護衛!息止めろぉ!」
マクラドが声を張った直後、何かを地面に投げつけた。
煙玉だ。投げた衝撃で煙が周囲を包み込む。
マクラドの声に合わせ、ヴァンはアルコの頭を押さえて屈ませる。
煙を浴びた黒装束の動きが鈍り、身体の末端が若干滲む。
補助銀装【銀箔爆弾】
「銀粉の煙幕だが…まだ改良が必要そうだな。一発で能力由来の
存在は消し去れるはずだった。やはり純度を上げる必要が…」
マクラドがブツブツぼやいている間打撃音が辺りに響き続ける。
煙が引き始めた頃、シュラクとマクラドだけが立っていた。
周囲に散乱する武器たち。黒装束の集団は跡形もなく消えている。
時間にして数十秒の出来事だった。
「あー…腰いてぇ。マクラド!お前も戦え!オッサン1人に働かせんなよ…」
「私は実地試験さえできればいいんだ。この為だけに一次的に処刑部隊に入ったんだからな。」
「おまっ…これだからコネがあるヤツは…」
4人はオッサン2人の言い争いをそこそこに城へと歩を進める。
城への道中は最大限警戒するも、異界人側に動きは無かった。
正面の門は開かれ、兵達の亡骸がそこかしこに散らばる。
ヴァンがアルコに目をやり心配する。
「お姫様…」
狩に出て、ゴモに矢を射り、城へ帰る。
何気なく繰り返していた日常がひっくり返った。自分たちが狩られる側に立った。ただそれだけ。自分1人が死ぬだけならどれだけ気が楽だったか。
民を蹂躙し、泥をかけた者達への怒りと、身を裂く程の心の痛みがこみ上げる。
弓に矢をつがえ、城内へ入っていく。
何百と見た城に非日常の存在が巣食っている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「アクタ。奴ら城内に入ってきた。」
集中の為フードを被って探知に力を入れていた女性が口を開く。
「迎撃しろ。さっきの爆弾が何発あるか分からない。丸腰の処刑人は後にして武器持ちを先に片付けろ。貰ったレベルを使用して能力を強化しろ。負ける要素は無い。」
「民間人?の女はどうする?」
「捨て置け。今は処刑人に集中しろ。」
「オクト!人員追加だ!」
「了解」
オクトと呼ばれた男が玉座の間の真っ白な大理石の床に、巨大な毛筆を走らせる。
数秒の間に人の絵が完成し、オクトの合図で床から飛び出すと黒装束の集団となった。
「スミも武器もまだまだある。あと数百人はイケそうだな。
オーダーと呼ばれた男がベルを鳴らし、装束の集団に命令する。
「【
黒の集団が指示を受けて武器を取り、走り出す。
ズズン…
城の入り口の方で地震のような大きな衝撃が走った。
「始まったか…今のはロックのか?随分レベルを使ったよう―――」
壁を突き破り、巨大な岩石のような男が玉座の間に飛び込んで来た。
「何事だ!?」
「オイ!ロック!?お前なんで壁を…!」
玉座の間にいた全員が息を飲み、言葉を失う。
岩石のような肌をした男は既に息絶えていた。胸は拳型に大きく抉れ、ピクリとも動かない。
「馬鹿な!ロックを吹き飛ばすなんて…」
「やぁやぁ、アンタが賊の頭目か?今すぐ抵抗を諦めて拘束されるか、俺に殴られるか選べ。降伏する場合は手を地面に置き寝転がれ。」
アクタは戦慄した。仲間の中で最も重い重量を誇るロックを吹っ飛ばした…人間離れした腕力にではなく、その姿。
「…お前…人間なのか…?なんだその姿は!?」
「質問してるのは俺だ。次口開いたら一人ずつ、殴っていく。」
はぁ~と息を拳に吐きかけるシュラク。しかしその姿は、先程までの白髪交じりの…教会の処刑人ではなく、壮年の男性ではなく、この世界の人間でも無かった。
真っ黒の髪・瞳。少年のような姿。それは人間の姿ではなく…まさしく
「異界じっ」
口を開いたオクトの頭は潰された。速すぎる。その場にいた異界人の誰もが目で追うことができなかった。
「オクト!」
パン。その部屋に木霊した破裂音はオーダーの頭から響いたモノだった。
「そっちはハズレか…」
潰されたと思われたオクトの頭は、先程の黒装束の様に、空間に滲んで消えていった。
「このっ…」
一番近くにいた男が身体を硬化させ、
瞬間、男の視界は天地がひっくり返り、大理石の床へとめり込む。
「
「よくもオーダーとロックを…おおおおおお!!!」
男はひび割れた床から飛び起きた。腕は先程よりも鋭さを増している。
シュラクへ飛び掛かり手刀を振り下ろす。
すかさずシュラクが腹部へ拳を叩きこむ。
「…硬いな…!」
手応えは鉄。…いや鋼以上の硬度だ。銀装では貫けない。
男を吹き飛ばし、石壁へ叩きつけた。
(…あと10秒!まずい!)
ヴァンの銃声が城内に響く。それと同時に玉座の間に弓矢が撃ち込まれた。矢には煙幕を発生させる筒が括り付けられ、追加で煙幕が投げ込まれる。
「…!例の煙幕か!?」
「違う!ただの煙だ!」
黒髪のシュラクは慌てて走り出し、壁に空いた大きな穴から外へ逃れる。
安全を確保したシュラクは髪が見る見るうちに白髪交じりに脱色され、顔に皺が現れる。動悸が激しくなり息が切れる。その場にいたマクラドにシュラクが報告する。
「マクラド…制限時間なんとかしろよな…」
「何人ヤった?」
「2人…城には7人しかいなかった!残りは5体、玉座以外に1人」
「内訳は?」
「筋肉質の男が甲型1人、残りは恐らく乙型だ。」
「降伏した奴は?」
「0だ。」
「…だろうな」
ヴァン、アルコ、筋肉質の男にだけ気をつけろ。
「シュラクさん…今、何をしたの?髪色が…」
「これも教会の試作品だよ。異界人薬。一日に1分間だけ異界人と同じような身体能力を得られる。」
「そんな物が…?」
ヴァンは初めて聞いた薬品に驚きを隠せない。
「はぁ…本当なら…奥の手にしておきたかったんだが…はぁ…あのデカブツ問答無用でいきなりぶん殴ってきやがった!はぁ…つい使っちまった!」
息を切らすシュラク
城の中庭でシュラクの報告を聞いた4人に、黒装束の集団が再び忍び寄る。
続く
Born・Again・Neighbor ~ボーン・アゲイン・ネイバー~ 穢土木 稿書〈えどき こうかく〉 @edoki-koukaku
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