番外話 国盗り弓姫 3

二つの巨大な山の麓に立つアグナ王国、いや…アグナ王国。

まだ壊されていない家の床下やクローゼットの中、屋根裏やベッドの下に…残された国民たちはいた。

未だ稀に起こる雪崩のときにしか使われたことがない、非常事態を知らせる鐘。

警戒が解除された合図である短い鐘の音が響かない。


城から500m程離れた場所に銀鉱脈の入り口がある。この国の兵士以外のほとんどの男は、鉱脈で銀を掘って暮らしていた。数百年の歴史ある鉱脈に、防寒具を着こんだ異質な存在が足を踏み入れる。


「ここで最後カ…全ク、主要な穴は塞いだガ…どれだけ横穴を掘っているのカ…」


ガラスと厚手の皮でできたガスマスクをつけた異界人の男は

ブツブツと呟きながら肩にかけた手提げ袋を降ろす。


そこは地下空間が広がる銀鉱山の内部だった。木材や石材で補強されたメインドームからは、大小40以上もの穴が、鉱脈に沿って開けられていた。


彼の名前はサルハラ 通称はサルファで通っている。

今回彼の仕事は横穴の一つ一つに入念に特殊硫黄を吹き込むこと。銀の採掘が盛んな国だと連絡は受けていたが、想像以上の規模で採掘を行っていたようだ。その気になれば1時間もあれば町一つ、硫黄の煙で覆い尽くすことができるサルファが

一日かけても密封空間である鉱山内に、充満させきれていない。


サルファが手をかざすと

手提げ袋の中から特殊な薬剤と混ぜ合わせた硫黄の粉が舞い上がる。掌の動きに合わせ、生きているように硫黄が穴の中に行き渡る。


硫黄が触れた端から、壁に浮き上がった鉱脈の銀が真っ黒に変色していく。


しばらく沈黙した後、サルファは右手を耳にかざし、言葉を発した。

「アクタ、仕事は終わっタ。」


『アクタ』と呼ばれた男はその言葉を遠隔地から聞きとり集合の号令をかけた。


「ご苦労。さぁみんな、集合だ。」


惨劇の中心となったアグナ王国の城内はしんと静まり返っていた。

城内に響くのは反響する足音だけ…足音は一つ二つと増えていく。


まだ血の匂いが残る玉座の間にはサルファを除く9名の異界人が一同に会していた。


「サルファが銀鉱脈の無力化に成功した。」

アクタの言葉を聞くと、集団は安堵し肩の力が抜ける。


「ジエム、クエストを完了した。これで我々もレベルアップできるな。」


「ええ、お約束通りにさせて頂きます。銀の鉱脈を持つ国を一つ滅ぼし、

沢山の人間を葬った。難易度の高いクエストをクリアした『灰の団』様には

今回特別、全員に100レベルを贈呈いたします。」


「100レベルも!?そんなに貰えたら…どんなことができるんだ?」


灰の団はいのだん』。彼らの名前だ。自分たちから名乗った訳ではないが、行く先々で不可解な理由で人を殺し、嵐のように消えていく。『邪教の教え』を信じ、異界人の教祖に陶酔する一団…と銀の教会は警戒し、指名手配している。


ジエムと言うピエロの面をした男は柔らかい物腰で灰の団の前に立つ。

「まぁまぁ、先ずは次のゲームを決めましょう。既にレベルは贈呈されています。

次の提案ですが、こんなのはどうでしょう?それぞれ教会とは別の異界人コミュニティを創設し、仲間を増やすのです。新しい異界人1人につき1レベル、命の危険もありません。最も多く仲間を集めた人がレベルを総取りできる…いかがですか?こちらが最終ゲームになります。」


「待って、サルファがまだ戻っていないわ。ゲームを開始する時は全員揃ってからって決めてたじゃない。いいの?」


仲間の1人である女性がジエムに問いかける。


「いないのであれば仕方ありません。こちらにいる私を除いた8人で開始しましょう。後の埋め合わせは私の方でサルファ様にしておきます。」

ジエムの言葉に若干の焦りを感じさせる。



「…フン、怪我をしないゲームだと?気に入らねーな。散々人間を殺してきたのに最後は人集めかよ。もっと血沸き肉躍るような戦いがしてぇ。だろ?アクタ。」


「…ジエムは我々の協力者だ。無理を言って団体でエントリーさせてもらっている。

 ジエムからの提案を呑もう。ビジョン。」


ビジョンと呼ばれた細身の男は舌打ちをし、そっぽを向いた。

「わーったよ、リーダー。新しいクエストを始めよう、人集めゲームだな。

それにしてもゲームやってねぇと死ぬのかってくらい必死だなぁジエムさんよ。

そういう能力か?」


「ビジョン、灰の団われわれ以外の能力の詮索はするな。客人だぞ。」


「では、気を取り直して…最終ゲーム【仲間集めゲーム】開始です。」

玉座の間にいる灰の団メンバー8人からそれぞれ青白い光が滲み出る。

光は線となってジエムに繋がり、やがて消えた。


「…これでプレイヤー登録は済みました。期限は10年。再びこの城で結果発表を行います。それでは、ルール等に質問等はございますか?」


「おいっ!お前らどういうつもりダ!」

玉座の間にサルファが物凄い剣幕で飛び込んで来た。


「悪ぃなサルファ、俺らもうお前抜きでゲーム始めちった。」


「なんだト?俺がせっせと銀鉱山塞いでる間に話進めたのカ!?レベルハ!?まさか

俺だけ貰えないなんてことは無いだろうナ!」

サルファはビジョンの襟首を掴み、詰め寄る。


「俺は止めようとしたんだぜ?でもジエムと他の奴らがよぉ~…」

今にも血管が千切れそうなほど、マスクの奥で顔を引きつらせているのが分かる。

力がこもった手に、ジエムの手が重なる。


「まぁまぁ…それは私の不手際ということで…今回のゲームは長い期間を使って行います。その間、サルファ様には別のゲームと特典をご用意しております。」


ピエロの面の奥で仮面と同じように反り返った目が更に微笑む。


「特典…だト?」


「私がサルファ様と同行します。お好きな場所へ旅して頂いて構いません。」

「ハァ?ゲームマスターがゲームを見届けなくていいのカ?」


「言ったでしょう、長い期間を使うと。結果発表は10年後なのです。サルファ様は

そういった長いゲームを嫌う傾向がありましたので…その間私がミニゲームを提案し、ポイントをお渡ししようと思います。


不老の存在である異界人に、一味違った

人間では味わえない娯楽をお届けするのが我々の仕事ですから…」


サルファは握っていた両拳を開き、ばつが悪そうにポケットに入れた

「…いいだろウ。じゃあ集合はまたここに10年後だナ。」


そうと決まればこの場にいる理由などないと言わんばかりに、サルファはすぐさま城を後にした。

「ジエム!レベル1消費、南西のホルトニアへ飛ばセ。

また会おうぜクソ共。今度会う時は俺が灰の団の頭だ。」


「承知しました。」

サルファが命令を下すと、

二人は跡形もなく消え去った。




城に残ったのは8人。アクタが中心の玉座に座ると宣言した。

「人集め…俺にとってはどうだっていいことだ。俺はゲームから降りる。レベルはお前らで山分けにすればいい。」


「アクタ…どういうつもりだい?ゲームから降りるなんて。」


「ジエムの考えは理解した。人を集めろと。ならばその受け皿となる場所が、統治機構が必要だ。」


「つまり…どういうことだ?」


「お前らが人集めしたところで食料や生活が継続出来るわけがない。10人、この10人の団だからこそ盗賊が成り立っていたんだ。少なくとも20人、これから増えていくのだろう?インフラを整えて国を作るんだ。」


「国を作るったって…どこに造るのよ?」

「昨日、地図から無くなった国があっただろう?。」


「ここって…アグナを乗っ取るってこと?」


「今からここは異界人だけの国だ。まずは周辺の…教会に恨みがある異界人を集める。その後教会を打倒し異界人を完全に開放、人間とは不可侵の条約を結ばせる。そして…」



「話、長くなりそうか?俺はさっさとこっから帰りてぇ。」

ビジョンがアクタの話を遮り、背を向けて玉座の間から出ていく。



「…ったく、いつからあんなに丸くなっちまったんだか。ジエム、聞こえるか?」


「はい。ビジョン様。ゲームプレイヤー様方は一度ゲームが始まると私とどこにいても会話、レベル特典を行使することができます。」


ビジョンの頭の中に、その場にいないはずのジエムの声が鮮明に聞こえる。


「レベルを使用して特典を使いますか?」


「ああ、レベル10使用、透視能力を強化してくれ。あとは適当な東の国に飛ばせ」


「レベル10使用して本当によろしいのでしょうか?ビジョン様。他にも金品や食料といったものにも換金できますが…」


「先行投資だよ先行投資、ちょっとモノを透けさせて中身見れるなんて何の役にも立たねぇ。

強化してくれ。」


「承知しました。」


青い光がビジョンの全身を包み込む。

ビジョンが城の外に出る直前…


強化された透視能力が 数キロ先に位置する4人の人影を捉えた。

「もう処刑人が来てるのか…さぁてここから楽しくなるぜ~…アイツらには黙っておいてやろう…その方が、面白くなりそうだ。」




「今よりここは、異界人のみの国家だ。たった8人の、異界人の国民だがな…。記念して祝おう。」

アクタが形式上の宣言をする。 

他の七人が城の食堂からくすねてきたワインの樽を各々の杯に注ぎ、大きく仰ぐ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一方、雪が積もった森の中を4、人の狩人が進む。

姫は先程までの低体温から来る体調不良が嘘のように回復した。

深々と鏃が突き刺さった左手の傷も塞がり、薄っすらと痕が残る程度になった。


「これが教会の医術なのですか?」


先を進む大柄な男性に対して姫は問いかける

男性はマクラドと言った。顔に対して小さいメガネを付け、弓を携えている。

「そうですお姫様。本来なら重傷を負った処刑人へ緊急時にのみ許された

急速回復用の聖水を…王族とは言え一般人に使ってしまったのです。」


柔和な表情からは考えられないほど嫌味ったらしい皮肉が口から飛び出した。


教会の技術開発部門から処刑人へ転向した珍しい経歴を持つらしいが

まさに研究者といった振る舞いでメガネをクイッと整える。


「…ごめんなさい。本当によかったの?私に聖水を使うよりマクラドさんや

シュラクさんやヴァンくんに使うものでは…」


「そうだな…こいつは一般人に使うと重罪だ。オジサンの首も飛んじゃうだろうな。」

シュラクがほくそ笑む。


「ええっ!じゃあ尚更…」


「まぁ、オジサンが裁かれるのもその異界人とやらを倒してからかな。生きて帰って、罪を甘んじて受けようじゃないの。」


ヴァンがフフッと笑う。


これから私を含めたたった4人で、乗っ取られた国を…故郷を…奪い返す。


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