7話 魂の形(3)
掲げた諸手に浮かぶは、奇しく耀う
微笑みに促され、吸い寄せられるようにその柄を取る。指が触れた途端、ひんやりとした心地よさが不思議と馴染み、自ずと強く握りしめた。腕に伝わる気迫は血潮に乗って全身を駆け巡り、熱を伴ってラケを揺り動かす。重心を確かめるべく軽く翻すと、程よい弾みがついて思いのほか扱いやすい。
託されたものを掲げる拳に、しばしディヤが手を重ねた。ラケとチャンカヌ・バダルへ向けた言葉なき
蛇の肉を脱ぎ去った
「いいか、我はこのナリで長く留まれん。すでにヤツは、なりふり構わず突っ込むことしか頭にないほど自我が揺らいでいる。その時にただアンタはククリを振り下ろせば良い。頼んだぞ、友よ」
刃から声が聞こえた。思い起こせば、彼とともに行くと決めたとき、勢い余って何でもすると口にした気がする。こんなご立派な役回りを任されるなんて、露ほども考えなかった。それはそうと、話しぶりからあのすかした顔が目に浮かぶようだ。
「勝手に友にするな」
「えー? もう充分打ち解けたろうが。我、悲しい」
とても呑気にしていられないはずだが、これはこれで蛇神なりの気遣いなのだと今ならわかる。実際お陰様で、祭りの前よりもよっぽど落ち着いた自分がいる。素直に受け取れない子供っぽさをありのままぶつけているのも、彼に心を許しているからだった。気付いてしまって、なんだか急にげんなりする。
『随分と楽しそうだなァ!』
湖の上に生じた靄の玉は、もはや西の空を覆い隠すほどに
「二人とも、もう少し下ってくれんか。なにせ我は昔っから力加減ってもんが下手でな」
「蛇神様どうか……」
「なに、この子らは強い。ヤツなんかよりもずっとだ」
渋々後ろへ引いていくのを確かめてから、正面に浮かぶ赤眼を見据えた。ぶくぶくと膨らみすぎて、今にも崩れそうに揺らめいている。
「
もとから幾層にも重なり合う声であったのに、いよいよ聞き取るのが難しいほどにブレている。ラケは刃を構えると、肺にありったけの空気を吸い込んで勇み立つ。
「イェンダに災いあれと望むなら、まずは俺たちを呪ってみろ!」
まんまと焚き付けられた
「……!」
ディヤが息を呑む音にふと顧みると、いつのまにか正面の靄とは別に、小さな塊が背後からも押し寄せていた。最後に抜かったのは奴ではなく。
(何が突っ込むことしか頭にない――だ!)
ほぼ同時に挟み撃ちにされるであろうことから、どちらかを先に仕留めてからでは遅いと勘が囁いている。万が一他に後ろを任せるとしても、ただのククリで
目まぐるしく思考を巡らせて打開策を練るが、行動に移すことまで考えればできることは少ない。
「とりあえず前後に渡るよう、横に大きく薙げ! 我が勢いをつけるから、肩を持っていかれぬようにな!」
「……ったく!」
右足を前に腰を低く構える。どんなに行き当たりばったりであろうと、この期に及んでうだうだ悩んでいられない。ディヤを振り落とさぬようきつく抱きしめると、彼女もまた来たる衝撃に備えてしがみつく。
その時、背後の靄がゆくりなくも晴れた。東の雲を朝日が差し貫いている。あっという間に開かれた青空に浮かび上がるのは、全てを見渡す堂々たる真白き峰。天の神様の
「ディヤ!!」
幼くも畏き神へ、志を奉る。ラケはククリの柄を固く握り直すと、高々と振りかぶった。イェンダの誇りを示すように。そして、長年の願いが実を結ぶように。相手もただでは終わらないと血濡れた眼をギラつかせて、諸共呑み込まんと大口を開けた。そこへすかさず一閃を見舞う。光纏う刃は滑らかに走り、
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