三羽の鳥

 町のひとびとはある一人の少女をイケニエとして祀った。


 天でかみさまは少女にクイズを出した。

「なにが、正しいか」


 そのこたえがわからない少女はなやんだ。

 少女のためにかみさまはヒントを持つ鳥たちに向かえるように道を一本通した。


 少女がはじめに出会った鳥は「フツウ」を持っていた。

 何も持っていなかった少女はその日に初めて普通をのぞむようになる。

 それを持って少女は道を進む。


 次に出会った鳥は「カキマゼ」を持っていた。

 その力に少女はこんらんし、目が回った。


 次の鳥は「タイヨウ」を持ち、それは少女を照らした。

 まぶしいその光に少女はあこがれ、またつよい光は見ることができなかった。


 さいごに出会った鳥は「マチガエ」を持っていた。

 それはいい匂いがして、でも少女の体はまひしてしまう。



 道はここでおわる。

 かみさまは少女にクイズを出す。

「なにが、正しいか」


 何も知らない町のひとびとが歌って祭りを楽しんでいる。


「御幸ちゃんは本当に来てくれるって?」

「うん、返信きたし住所も送ったけど、子供の頃何回か来てるよね?」

 お父さんが緊張している。珍しいな、とも思ったけど、七年近く会ってないんだもんね、それは緊張するか。

「今事務の仕事をしながら一人暮らししてるらしいよ」

 知らない間に自立をしているんだな、いや年齢的に不思議じゃないか。

「今日は何作ったの?」

「ペペロンチーノとアヒージョ、バゲットも。ニンニク苦手じゃないかな」

「おお!美味しそう、そんなこと気にする?」

 チャイムが鳴り、日晴が玄関に小走りで向かう。

 玄関先を見ると僕の知っている御幸ちゃんじゃない大人の御幸ちゃんが立っていた。

「ごめん!」

「ごめんなさい!」

 玄関を開けた瞬間に謝罪の言葉に挟まれた日晴は、一瞬止まってしまう。

「ハハッ、なにこれ!板挟みじゃん、ほら御幸ちゃん上がりなよ。お父さんもリビング戻って」

「あ、うん、お邪魔します。」

「うん、いらっしゃい」


「突然二人とも謝り出したから驚いたよ」

「お父さんなに見つめてんの」

 よく見ると、御幸ちゃんは決して濃くはないがメイクをしている。大人になっている御幸ちゃんをまじまじと見てしまう。

「絶対に怒らせてしまっていると思って」

「いや、全く怒ってはいないよ。悲しかっただけ、でも面会にもいけなかったのは大人として情けないよね。ごめんね」

 どうしてもその話は避けられないか、当然だよね。

「そんなしんみりした大事な話後にとっておいて、今日は別のパーティなんだから、御幸ちゃんなに飲む?ビール?」

「ごめんね、ありがとう。お茶でもいいかな」

 グラスを三つ、食器棚に取りに行く。早いな。今年三人は二十二歳になるのか。

「いちいち、謝んない。はい、じゃあお父さんお誕生日おめでとう!」

「おめでとございます、」

「ああ、ありがとう!じゃあ食べようか」

 日晴はスパゲッティを取り分ける。


 これ、と御幸ちゃんが包装されたプレゼントを渡してくれた。

「朝野さんは二冊目になっちゃうけど、私はそれでもいいかなって思って」

「ありがとう、とても嬉しいよ」

 九郎くんと僕が同じ誕生日だとわかって、その時も日晴が一緒に誕生日会をしよう、と言ってきてくれた十年以上前の合同誕生日会を思い出した。

「僕も一冊目、古い方のこれを母さん、日晴のおばあちゃんにもらったんだ。だから僕たちが、君たちが贈りあっているのを見ると、とても嬉しくてね」

 そういえば、と日晴が口走る。

「九郎は来れないって」

「あ、そうなの?九郎くん、何か用があるって?」

「うん、用があってこれないって言ってた、そういえば誕生日おめでとう、くらい言えばよかったかも」

「二、三年前に九郎君と電話で話した時、僕と同じく児童福祉士を目指しているって言っていたよ。」

 自分で言いながら、嬉しくも、恥ずかしくもある。懐かしいなあ、僕も二十二歳の誕生日に所長から採用の連絡が来たのを覚えている。


「私、院にいる時ずっと考えていたんです。それで私は今まで疑うことをしていなかったなって思って」

「何かを信じるのと同じくらい、それを疑うのは大事で、でも疑ってばかりは辛すぎるから、正しいと思ったら、とことん信じるべきだ、って。疑わずに信じるのはやめようと思いました。」

「良い成長をしたね」

 彼女の変化を見て僕は、それを心から言えた。


 楽しい時間はすぐに過ぎた。緊張していたのが不思議なほどだ。

「御幸ちゃん、やっぱり今日泊まっていけば?」

「いや、いいよ」

 彼女の答えになんとなく遠慮ではない何か別の気持ちを感じた。

「九郎の電話番号送っとくね、誕生日のお祝い電話してあげな」

「うん、ありがとう、じゃあお邪魔しました。」

「またいつでも、おいで」


 初めて朝野さんの家に入った。初めて朝野さんと日晴ちゃんとご飯を食べた。多分本当はどっちも初めてじゃないけど、なぜかそんな感じがした。お父さんみたいな存在。お姉ちゃんみたいな、姉妹みたいな存在。即席の「家族」を口いっぱいに味わった、そんな気がして満足感があった。

 日晴ちゃんに言われたからなのかはわからない。けど九郎くんに電話をかけたくなった。知らない番号だから出てもらえないかもしれない、そもそもあんなことがあったし愛想尽かされているかもしれない。よぎった思考はネガティヴなものばかりだったけど、私はもう十一文字目の数字を打ち終えている。

 最初に何を言おう。最初は謝らなくちゃいけないかな、お誕生日おめでとうかな、何を言うか定まらないまま、呼び出し音は止まり、彼の低くなった声が携帯電話越しに聞こえる。

「もしもし、私、御幸、元気にしてる?」

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鳥にて @ttiyta

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