晴れた日の祭り

子供の時は何も感じなかったけど、いや多分、薄々うすうす感じていたかもしれないけど、私は日晴ちゃんが苦手だった。

日晴ちゃんには家族がいて、私にはいない。日晴ちゃんは学校でいつも友達といて、私は一人。本を読むのが好きだったし、一人でいるのも楽だからそうなったのかもしれない。でも私は不思議と寂しかった。

平成十九年に入学した西第一小学校は知らない子ばかりだった。保育園とか幼稚園を卒園した子たち同士で一緒に遊び、グループのようになっていた。体が貧弱で人見知りの私はきっと浮いていたと思う。そんな中でも日晴ちゃんは私を気にかけてくれた。それでも、そんな言葉知らなくても、私はそれを慈悲じひのようなさげすみに感じていた。毎日一緒に帰る。それも朝野さんの娘だからだったからかもしれない。

高学年になってクラブ活動と委員会が始まってからは気づくと日晴ちゃんから逃げるみたいに下校していた。

こうして冷たい壁に寄りかかって、いつもとは少し違う本当の孤独こどくの中だと、きっと私は日晴ちゃんと九郎が自由に見えて羨ましかっただけだと改めて思う。二人はただ優しかっただけなのに。

面会に来てくれた日晴ちゃんはしきりに、弁明みたいに言った。

「お父さん怒ってはいないと思うよ、少し悲しいだけだよ、きっと。」

「今日も来られなかったみたい。仕事が忙しいんだって言ってた。」

日晴ちゃんの言葉や気持ちが、余熱みたいに体に残っている。その熱が冷たい壁とぶつかって、とても辛かった。

私が止めて私がこんな状況なんて九郎には顔向けもできない。


「御幸ちゃんでしょ、パパから名前聞いたんだ」

初めて会ったとき、小学校に入学する前から彼女は明るい子だった。

「鳩さんのこども?」

「鳩さん?パパのことなら多分そう、日晴っていうの、よろしくね」

緊張した私は無愛想ぶあいそうに返事をしたが、気にすることもなく彼女は隣の部屋に行く。隣の部屋からも声が聞こえる。

「九郎くんね、よろしく」

「ああ、あさのさんの。よろしく」


日晴ちゃんは小学校でも中学校でもみんなにへだてなく話しかけ、当然のようにすぐに、人気者になった。学年を超えて誰でも「日晴ちゃん」を知っていた。そんな彼女はもちろん私にも九郎くんにも話しかけてくれた。九郎くんはどう思っていたかわからないけど、私はそんな状況でも彼女と自分の差で、誰かに嫌な思いをさせていないか怯えながら、彼女と話す時間をやり過ごしていた。


私は目立つ。

嫌ではないけど、辛い時もある。

「日晴ちゃん、おはよう」

「日晴ちゃん、この問題さ、」

いつでもどこでも誰かに何かを言われる。受け答えは完璧。無意識に「正しい朝野日晴」を目指す。きっと御幸ちゃんとか九郎みたいに生きられたら、楽なんだろうな。


「なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの?」

この悩みが邂逅かいこうした日があった。これがきっかけで二人は疎遠そえんになってしまう。

「いや、私は日晴ちゃんに迷惑かけたくないだけで、」

「全然迷惑じゃない!御幸ちゃんに話しかけなくなったら冷たいやつ、って思われちゃうから」

全く理解ができなかった。日晴ちゃんも意外と悩みがあるんだな、程度にしか思えなかった。

「そんなこと、誰も思わないんじゃない?」

「思う人もいるんだよ、御幸ちゃんはわからないと思うけど」

なんでこんなに御幸ちゃんはわかってくれないの?と思った。

「もういい、部活行くから」

正直な声は耳に障る。その点図書館は音も無いし気に入っている。


「毎日図書館でそんなにすることあるのか?」

初めてアークに行く時、九郎くんに言われた。

「無いよそんなの。無いけど、どこでもする事なんてないから図書館にいる。」

「ただ、日晴ちゃんが迷惑そうだから。学校以外で。」

九郎くんは不思議そうな顔をしている。

比べたいわけではなかったけど、日晴ちゃんと九郎くんは昔から似ていた。二人とも明るかったけど、九郎くんは私と同じく一人が好きそうな子だった。

だからというわけでもないけど、今日の放課後にあったことをすんなり話すことができた。

「へえ、めずらしいね、日晴っていつも笑顔の元気な子って感じなのに」

「受験期だから気が張ってたんじゃない?」

意外にもあっさりした答えにおどろいたが、九郎くんならこう言いそうだとも思っていた。

「気にしていたことに限って、何か起こっちゃうんだよね」

「タイヨウを持っていても気が張るんだね、」

一瞬考えて、九郎は笑う。

「ハハッ、そうだね、確かにタイヨウだ」


「え、ここに入るの?」

「意外とたのしいよ、ここも、みんなも」

そこはジメジメしている感じで薄暗うすぐらくて怖かった。九郎くんが紹介してきたケンとホロロはその時はものすごく怖い人に見えて、店内で落ち着くことはできなかった。

確かに九郎のいう通り、御幸とケンとホロロは相性が良かった。三人とも受動か能動かは関係なく、社会から弾かれてしまう特性を持っていた。

御幸にとって、一人じゃないと感じられる唯一の存在だった九郎が西児相を去ってしまったこともあり、ケンとホロロとの関係性はより強固なものになってしまった。


「それもあなた、八木御幸さん?今日誕生日じゃない、なんで?」

間が空いてしまう。

「ただ楽しかったんです、今まで楽しかったことなんてなかったので」

「悪いことだって思う前に、楽しいとか、興奮が生まれたんです。」

もう善悪を判断するスイッチが壊れてしまっていた。

「窃盗罪と怪我人を出してしまったことによる事後強盗罪がありそれなりの罰が課せられます。共謀の膠幌君がいうには何度も繰り返しているんだね?」

なにもいえなかった。静かに頷くことしかできなかった。

家庭裁判所に送致された私は処分として最大一年間の少年院勾留が決まった。

悲しみみたいな、絶望みたいな、本当によくわからない気持ちでいっぱいだった。


独りの部屋で一日を毎日過ごすと、億劫になるほど絡まっていた思考を邪魔する糸が、パラパラと落ちていく。気持ち程度に解いた気になっていた。

よくわからない気持ちも整理され一年はあっという間に過ぎた。

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